ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
「そんなわけで、なんとか逃げ切りました」
ここ2週間の成果を2人に報告した。
「しぶといわね」
「大人しく捕まっとけ」
「堀北さんも清隆も酷くない!?」
あの水泳授業の後、水泳部顧問でもあったらしいマッチョ先生からの猛攻は凄まじいものだった。泣き落としはまだしも、現代社会において土下座は一種の脅迫だと思う。いや全力で阻止したけど。
「でもポイントは貰ったんだろ?」
「5万ポイント、ポンとくれました」
入部すればその10倍くれたらしい。
「でも貰った次の日から、教室の外で出待ちされるようになるのは予想外だった」
「付き合いたての彼女みたいだったな」
「やめれ」
そして昨日の放課後、ようやく水泳部顧問との長きに渡る話し合いを終えて自由を勝ち取ったのだった。
今久しぶりの開放感に浸りながら1限目の授業を迎えようとしている。
「あれだけ優れた身体能力があるなら、それを活かすべきじゃないかしら。仮に水泳を選ばなくても、貴方は別の部活をする気もないのでしょう?」
「あー、うん。あんまり大会とか出たくないし、練習も燃費の問題で気が進まなくて」
「………………」
うん、堀北さんは相変わらず納得してないらしい。
何故だか清隆がうんうんと頷いてるのは謎だが。
(ぽん太郎、本当にお疲れ様です……)
"ああ、なんかクラスでもそろそろ観念しなよ……みたいな空気だったから、ケリをつけられてよかった。何度か危なかったが"
(すみません何だか健気に見えてしまったんです!)
"悪霊が健気なマッチョに籠絡されるな"
そんなやり取りをしているうちに、鐘の音が鳴った。同時に男性の教師が教室に入ってくる。
「よーし、授業を始めるから席につけー」
そうして授業が始まるが……
「ぎゃははははは! ばっか、お前それ面白すぎだって!」
1時間目から引き続き、2時間目の数学の授業中も今日も池くんが大声で談笑していた。相手は山内くんだ。入学してから3週間、池くんと山内くんの2人に須藤くんを合わせて陰で3バカトリオなんて呼ばれている。
「ねえねえ、カラオケ行かない?」「行く行くー」
その近くでは、女子グループが早くも放課後の約束をして盛り上がっていた。
「うーっす」
授業も後半に差し掛かろうかという頃、教室の入り口が五月蠅く音を立てて開き須藤くんが登校してきた。授業中ということも気にもせず眠そうに欠伸をしながら席に着く。
「おせーよ須藤。あ、昼飯食いに行くだろ?」
池くんが離れたところから声をかける。数学教師は注意するどころか須藤に目もくれず授業を続けている。全ての教科の先生が私語も遅刻も居眠りも、全て黙認。その態度に最初は遠慮がちだったクラスの連中も、今では自由気ままに過ごしている。
もはや堀北さんのようにずっと真面目に勉強してる生徒は数える程だった。
(学 級 崩 壊)
"それな"
たぶん順調にクラスに支給されるポイントはすり減ってる。あんまり五月蝿いのは、騒いでる本人と目を合わせて指を口に当てると声のボリュームは落ちたが、すぐに戻ってしまった。なのでポイントに関しては正直もう諦めている。
(……ぽん太郎は、それでいいんですか?)
ぽつり、と声が響く。
悪霊の声は独特だ。頭の中で響いて、偶に自分の思考と混じってしまう。
"約束だから"
ただ、この思考は自分の物だと胸を張って答えられる。
(私は、あなたの考えを尊重します。でも今回は──)
柄ではない、悪霊らしくない感情が伝わってくる。
──こんな奴でなければ、嫌いになれたのだが。
"悪霊のくせに、生意気"
(なっ、酷いですぽん太郎!)
憤慨したような声が響く。
そんな声に、少し笑ってしまった。
(……む、なに笑ってるのですか)
「ーーいや、なんでもないよ」
そんな小さな呟きは、教室の喧騒に消えていった。
3時間目の社会。茶柱先生の授業だ。
始業開始のチャイムが鳴っても騒ぎ立てている教室に茶柱先生がやって来る。それでも、生徒たちの高いテンションは変わらない。
「ちょっと静かにしろー。今日は少しだけ真面目に授業を受けて貰うぞ」
「どういうことっすかー。佐枝ちゃんセンセー」
既にそんな愛称で一部からは呼ばれ始めていた。
ちなみに一回呼んだら、何故かジト目で見られたので俺はそれ以降呼んでない。
「月末だからな。小テストを行うことになった。後ろに配ってくれ」
一番前の席の生徒たちにプリントを配っていき、やがて机に1枚のテスト用紙が届く。主要5科目の問題がまとめて載った、それぞれ数問ずつの、まさに小テストだ。
「えぇ~聞いてないよ~。ずる~い」
「そう言うな。今回のテストはあくまでも今後の参考用だ。成績表には反映されることはない。ノーリスクだから安心しろ。ただしカンニングは当然厳禁だぞ」
"成績表には"
(あー)
"というわけで真面目にやります"
問題に目を通す。一科目4問、全20問で、各5点配当の100点満点。それにしても拍子抜けするほど、殆どの問題が非常に簡単だ。
受験の時に出た問題よりも2段階くらい低い。幾ら何でも簡単すぎだ。
そう思いながら最後まで問題用紙に目を通すと、ラストの3問くらいは桁違いの難しさだった。しかも数学最後の問題は、複雑な数式を組み立てなければ答えは出ない。
正直、高校1年で解けるようなレベルじゃない。
明らかに異質で、最後の3問だけはこのテストに載っていることそのものがミスじゃないかと思えるほどだ。
"まあ、解けるが"
(さすがぽん太郎です!)
"お前がいうな"
ただ、知識が問われる問題なら解けない筈がない。
解答用紙を埋めていった。
綾小路視点
「お前さ、正直に言えば許してやるぞ?」
「何だよ正直にって」
小テストの翌日、ハジメと別行動をとり教室で昼飯を終えたオレは、須藤たちと一緒に自販機傍の廊下に座り込み雑談をしていた。
そんな中突如、池がオレににじり寄って来たのだ。
「……俺たちは友達だよな? 3年間苦楽を共にする仲間だよな?」
「あ、ああ。そうだけど」
「当然……彼女が出来たら報告するよな?」
「は? 彼女? そりゃ、出来ることがあればな」
池はオレの肩に腕を回す。
「堀北と付き合ったりしてるんじゃないだろうな? 抜け駆けは絶対に許さないからな」
「……はぁ?」
気が付けば山内も須藤もオレを怪しむ目で見ていた。
「バカ、付き合ってないって。全然。いやマジで」
「だってお前ら今日も授業中コソコソ何かしゃべってただろ。俺たちに聞かせられない話でもしてたんだろ。デートとか、デートとか、デートの約束とか! あああ、裏山ー!!」
いや、教室があまりに煩いので堀北が苦言を呈していただけだ。
「ないない。そもそも堀北ってそう言うキャラじゃないだろ」
「しらねーよ。俺たち話したこともねぇのに。名前だって櫛田ちゃんから聞かなかったら未だに知らなったかも知れないレベルだぜ? 影薄いっつか、絡まなすぎ」
そういやそうか。堀北がオレかハジメ、櫛田以外と喋ってる姿はオレも殆ど見た覚えがない。
「だとしても名前も知らないって、それはひどくないか?」
「だったら綾小路は、クラスメイトの名前全部覚えてんのかよ」
……ちょっと思い出してみるが、半分も出てきそうになかった。なるほど、納得だ。
「顔だけはすげぇ可愛いじゃん? だから注目はしてるわけよ」
うんうんと頷く山内たち。
「性格がきついけどな。俺はああいう女はダメだ」
須藤がコーヒーを飲みながら言った。
「そうなんだよ、トゲトゲしいというかなんというか。俺は付き合うならもっと明るくて会話が自然と続くような子がいいな。もちろん可愛くて。櫛田ちゃんみたいな」
やはり池のお気に入りは櫛田か。
「あー櫛田ちゃんと付き合いてー。つか、エッチしてー!」
山内が叫ぶ。
「ばっか、お前が櫛田ちゃんと付き合えるかよ! 想像すんのも禁止な!」
「お前こそ付き合えると思ってんのかよ池。俺の中じゃ、もう櫛田ちゃんは俺の横で寝てるっつの!」
「なんだと! こっちはコスプレやらすげぇポーズを取ってんだぞ!」
二人して妄想上の櫛田を奪い合いだ。おいおい、何を想像しても自由だがそれは流石に……
「須藤は誰狙いよ。バスケ部にも可愛い子は居るって噂だぜ?」
「あ? 俺は別に、まだいねぇよ。新入部員が女の品定めしてる余裕なんてないっつの」
「本当かよ……。とにかく彼女が出来たら隠さず報告すること、いいな! 絶対だぞ!」
「あ、ああ」
気持ち悪いほど念を押されたので頷いておく。彼女といえば、で平田のことを思い出す。
「そういや平田、軽井沢が彼女になったって言ってたけどもうエッチしたんかな」
「そりゃしてるだろー。あー羨ましい、羨ましすぎる……!」
高校一年でエッチとか、もう何だこの現実離れした感じ。でもしてんだろうなぁ。
……ついつい考えてしまうオレもこいつらと同類だな。
「エッチ経験者の話が聞きてぇ……」
山内が廊下に寝そべって本能をぶちまける。
「平田に聞けばいいだろ」
「お前な、平田に聞いて素直に内容教えてくれると思うか? おっぱいどんなだったとか、処女だったのか? とか、あれはやっぱり舐めたん? とか」
お前はどんな経験談を聞き出すつもりなんだ……。
「綾小路は
次はハジメにターゲットを変えたらしい。
「さあ、本人は童貞って言ってたけどな」
「絶っっっ対!嘘だ!!!」
山内、そんな魂の叫びをあげるな。
「というか、本人に訊いてみたらどうだ?たぶん正直に答えてくれるぞ」
あれだけフレンドリーな態度なのに、不思議とこいつらはハジメに話しかけない。
「……むしろ綾小路は、よく気軽に話せるよな」
あの光景見て、と続ける山内に無言だが同意するような雰囲気の、池と須藤。
「あの光景ってプールのことか?」
「それ以外に何があんだよ」
あの後、プールサイドでは歓声というより困惑したような騒めきが広がっていた。女子の中でダントツに早かった水泳部の小野寺も絶句していたし、水泳に詳しくない生徒たちでもハジメの尋常ではない動きは理解せざるを得なかった。
その後ハジメは決勝戦に参加しなかったが、それも納得だろう。
ーー勝てるわけがない。
あの後、顔色を変えた高円寺が同じように潜水泳法で泳いだが、それでも20秒の壁は越えられなかった。いや、十二分に凄いのだが。
「あそこまで突き抜けてると、なんか気遅れするっていうか……」
意外とコミュ能力が高い池がこうなのだから、他の男子は尚更なのだろう……女子は強いというか、すぐ黄色い悲鳴をあげてたが。
「それにあいつ最近すぐにどっか行っちまうし、昼は食堂でアレだしで話しかけにくい」
……なるほど。
「でもあいつ、ちょっと寂しそうだったぞ」
「……え、まじで?」
意外そうだが、本当のことだ。
「ああ、お前たちとも仲良くしたいって言ってた」
これは嘘だが。
「…………」
「…………」
「…………」
池、須藤、山内の3人は顔を見合わせている。
「話しかけてやったら、あいつも喜ぶと思うぞ」
……オレはハジメに救われた。
この3人も友達と呼べるかもしれないが、オレがこの学校に来てこんなに楽しく過ごせているのは、正直ハジメのおかげだと思ってる。
「……ちっ、しゃーねーな」
不貞腐れてるような口調の須藤に続いて、池と山内も同意する。
「なんだよあいつ、寂しかったのかよ」
「よし。女の子紹介してくれるなら友達になってやるか!」
オレは事なかれ主義だ。そのため、目立つ真似をするつもりはない。
だからオレに出来ることは多くないが……
「ああ、頼む」
ーーせめてこのくらいは、したいと思った。
高度育成高等学校学生データベース
氏名
クラス 1年D組
部活動 無所属
誕生日 10月20日
──評価──
学力 C
知性 C−
判断力 C−
身体能力 C−
協調性 D
──面接官からのコメント──
積極性に欠け将来への展望なども持ち合わせておらず、現段階では期待の薄い生徒だと言わざるを得ない。協調性や個性と呼べるものも感じられない。受け答えそのものは高校生として許容範囲内ではあるものの、現段階での学力と身体能力は平均をやや下回る。特別な資格もないこと、別途資料による事情等からDクラスへの配属が適正であると判断。友人関係の構築、教師との関係に注意しつつ生徒個人の成長を望む