ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
時系列が前後した補足回です。
綾小路視点
「じゃあ清隆、堀北さんも、お先にっ!」
帰りのチャイムが鳴ると同時に、ハジメは疾風のような速度で駆けていった。どうやら数日前から始まった、体育教師のストーキングを振り切るため試行錯誤しているらしい。
「頑張るよな、あいつ」
隣の席で帰り支度を始めている堀北に声を掛ける。
「……努力の方向性を、間違えてるように思えてならないけど」
溜め息を吐くような仕草をする堀北は呆れ顔だった。水泳授業の後はハジメの非常識な身体能力に戦慄したような様子だったが、どうやら本人にその力を活かす気が全く無さそうだと理解してから、このような感じになった。
「まあ事なかれ主義のオレとしては、ハジメの気持ちも分からなくはないけどな」
優れていること、それが常に最良だとは限らない。
ハジメもここ数日で周りの目が大分変わっていた。クラスの女子は相変わらずだが、同性は少し遠巻きにしてる感じだった。
平田はそんなハジメを慮っているのかむしろ積極的に声をかけているが、今のところあまり効果は無さそうだった。
……やはり楽しく高校生活を送るには目立たない方が良い。オレの方針は間違っていなかったらしい。
「私には、好きになれそうにもない考え方だわ」
……ただ堀北は、基本的に優れた者は台頭するべきだという考えの持ち主っぽい。
機会があるか分からないが、今後も気をつけようと思う。
「堀北さん、ちょっといい?」
そんなやり取りをしていると、教室で他の生徒と話していた櫛田が声をかけてきた。
「……何かしら」
「うん、私たちこれからカフェ行くんだけど、よかったら堀北さんもどうかな?」
「興味ないから、結構よ」
問答無用、一刀両断に櫛田の誘いを切り捨てる。
これから何か予定があるとか、嘘でもそう言えば角が立たないのだが、堀北は露骨に拒絶している。
しかし、そんな堀北に対して櫛田は笑顔を崩さない。
そしてこんな光景は、最近珍しいものではない。
入学してから櫛田は定期的に、こうして堀北を遊びに誘っている。少しくらい応えてやれば、と思うのは第三者の勝手な意見なのだろうか。
だが、堀北が1人を望むなら、それを否定する権利は誰にもない。
「そっか……じゃあ、またね」
「少し待って、櫛田さん」
珍しいことに、堀北が櫛田を呼び止める。
まさか、とうとう堀北が櫛田に歩み寄る時が来たのだろうか。
「もう私に構わないで。迷惑なの」
……むしろ逆だった。
そして、他人にここまで辛辣な言葉をかけられる堀北も凄いが、「また誘うねっ」と笑顔で話しかけ去って行く櫛田もメンタルが強い。
いっそ関心するような気分でそのやりとりを眺めていた。
「……あなたも、余計なことを言わないでしょうね」
「ああ、これまでの付き合いでお前の性格は把握してるしな」
「ならいいわ」
そう言うと、堀北は荷物を纏めてすぐに教室を出て行った。
「……はあ」
本当なら、学校の放課後は友達や異性と寄り道でもしたいところなのだが、まだクラスの男子で話すのは須藤、池、山内といった面子とハジメくらいだ。唯一友達と呼べるハジメは、最近忙しそうに放課後すぐ消えていくし、休日もこちらから誘うのは気後れしてしまってまだ一度も遊べてない。須藤、池、山内とはまだ盛り上がる程は上手く話せてない。
そして女子に関しては更に関わりが薄く、1番多く関わる堀北はあの調子で遊びに誘うのも気が引ける。
「帰るか」
そうして教室を出ようとすると、珍しいことに平田に声をかけられた。
要件は堀北の件で、クラスの女子の中で反感を買ってしまっているのでなんとか出来ないか、というものだった。
「……それって個人の自由じゃないか?あいつは誰にも迷惑かけてないだろ?」
「もちろんそうだよ。でも僕は、このクラスで絶対に虐めなんて起こさせるつもりはないから」
……虐め?そんな気配は感じなかったが。
「オレに言うより平田から直接言った方がいいぞ」
「……そうだね。ごめん、変なこと言って」
「あと、綾小路くんや
……平田とはあまり話したことはないが、まあハジメと一緒ならそこまで気まずくならないか。
「ああ、機会があったら」
「あ、綾小路くん。今ちょっといいかな?」
教室を出て真っ直ぐ寮に帰ろうとしていたオレだが、途中で友達と一緒に遊びに行った筈の櫛田に呼び止められた。
「別に構わないぞ」
「よかった。実は綾小路くんのこと待ってたんだ」
少し恥ずかしそうにも見える櫛田。そして放課後は遊びにいく学生が多いのか、寮への帰り道にあまり人気はない。
まさか告白か?……なんて少ししか期待してない。
「あのね、堀北さんのことで相談があるの」
……堀北はモテモテだなー。
そんな風に少しいじけていると櫛田がオレの手を掴み、ぐっと距離を縮めてきた。花の香り?ものすごく心地よい香りが鼻腔をくすぐる。
「綾小路くん、私ね、どうしても堀北さんと友達になりたいの!」
「ああ、よく声掛けてるもんな。今でもあいつに話しかけるのは、オレ以外だとハジメと櫛田くらいだし」
まだ入学式から半月程だが、既にクラスの中で堀北は腫れ物のように扱われ始めている。唯一ハジメとはまともなコミュニケーションを取っているように見える……が、それすらクラスの女子に反感を買っているらしく、堀北のいない場所で陰口が叩かれているのを聴いたことがある。
それとは逆に、櫛田はクラスで屈指の人気者だ。
女子は男子よりもグループ作りに躍起になっているようで、クラスでは既に4つほどのグループができている。パッと見、全員仲良くしているように見えて、どこか牽制し合っていると言うべきか。
ーーただ、櫛田はその中でも例外だった。
どこのグループに所属しているわけでもないが顔は利き、男子からだけではなく女子人気も非常に高い。堀北に明るく粘り強く話しかける様子も櫛田の性格を表しているようで、皆に慕われ始めている。
そして可愛い……男子にとってはこれが1番大事かもしれない。
「お願い綾小路くん……協力してくれないかな?」
「あー……」
こんな可愛い子のお願いなら、聞いてあげたい気持ちはある。
だが、あの様子を見る限り櫛田が堀北と仲良くなるのは相当難しそうだった。
「というか、オレじゃなくてハジメに頼んだらどうだ?あいつも堀北と話すこと多いし、堀北もあいつの言葉なら耳を貸すかもしれないぞ」
堀北は基本的に辛辣な態度しか取らないように見えて、例外もあることをオレは知っている。
基本的にハジメはオレに話しかけて、そのまま堀北に話しかけることが多い。だがその際、堀北がハジメに嫌味や皮肉を言っている光景をオレはまだ見たことがない。
どうやら堀北はハジメに対して一定の評価というか、有体に言えば一目置いている様子がある。
「……実は、前にお願いしたら断られちゃって……」
「ああ……」
だからオレにお鉢が回ってきたわけか。
以前食堂への同行を拒絶したことといい、ハジメは堀北に櫛田を近づける手伝いはする気がないらしい。
「だから、綾小路くんにもお願いしたいんだ」
うるうるとした目でこちらを見てくる櫛田。
だが、やはり成功するとは思えないし、堀北の容赦ない言葉で櫛田が傷つくところも見たくない。ここは断腸の思いで断ろうと思う。
「櫛田の気持ちは分かるけど……」
「ダメ……かな?」
可愛い+お願い+上目遣い=降参
「……今回だけな」
「え、ほんと!?ありがとう綾小路くん!」
本当に嬉しそうに笑い、こちらに輝くような笑顔でお礼をいう櫛田。
……可愛い。池や山内が騒ぐ理由が分かるな。
「ただ、協力といっても何をすればいいんだ?」
正面から一緒に遊ぼうと誘っても、たぶん櫛田を認識したら回れ右するだろう。長い付き合いではないが、その確信がある。
「……それも、一緒に考えて欲しいかなって」
てへっと申し訳なさそうに、自分の頭を軽く叩く仕草を見せる櫛田。
ブスがやったら殴り飛ばすところだが、櫛田がやると高得点だ。
「まず前提として、会話しないと仲良くなる余地すらない。ここまではいいか?」
「うん!」
良い返事だ。
「だがこれまでの様子を見てると、たぶん櫛田がどんな誘い方をしても堀北は食いつかない。これもいいな?」
「…………うん」
悲しい返事だ。
「そこで、まずオレが適当な理由をつけて奴を誘い出す。そこで仕留めるのはどうだ?」
「仕留めないよ!?」
冗談だ。
「あ、じゃあ私がよく行くカフェはどうかな?パレットっていうんだけど」
パレット…?
「櫛田、それってもしかしてアレか。男子禁制って感じで何かキラキラしてる……」
「大丈夫!カップルもいるから!」
放課後女子が集まって非常に人気がありそうなカフェだった。
……え、そこにオレと堀北が入るのか?
「二人がパレットに入って注文したら、その後ばったり、でいいかな?」
ーーまあいいか。そもそも堀北がOK出すか分からないし。
「いや、それだけじゃまだ足りない」
もう開き直って計画を練ることにした。
「櫛田に気がついた瞬間、堀北は逃亡を図るかもしれない。逃げられないよう環境を整えたい」
「…………」
そこまで避けられる想定なの……?と落ち込んでいる様子の櫛田だが、たぶんオレの想像は間違っていない。
「そこで、櫛田の友達の力を借りたい」
「私の……?」
「ああ、櫛田の友達にあらかじめ近くの席を2つ取ってもらっておくんだ。そして先にオレと堀北が座ってから、今度は近くの席に櫛田が座ればいい。一度席に座ってしまえば奴も席を立ちづらいだろう」
ここまでやっても駄目ならどうしようもない。そしてこれ以上となると、オレには2人を個室に閉じ込めるくらいしか思いつかない。
「確かにそれなら……うん、ありがとう綾小路くん!私頑張るよ!」
おお、櫛田の目が燃えている。この意気込みがあれば万に一つがあるかもしれない。
「さて……」
やってきた放課後。ターゲットである堀北は、いつものように一人黙々と帰り支度を始めている。
「なあ堀北。今日、放課後暇か?」
「暇ではないわね。寮に戻って明日の準備もあるし」
……明日の準備ってなんだ。学校来るだけだろ。
「この後、少し付き合ってくれ」
「……何が目的?」
「オレが誘うと何か企んでるように見えるのか」
「いきなり誘われれば、疑問に感じるのも当然じゃないかしら?具体的な用件があるというなら、話くらい聞いても構わないけど」
すまんな堀北。用があるのはオレじゃないんだ。
「学校にカフェあるだろ? 女の子がたくさんいる。あそこに一度行きたいんだが、男子禁制って感じで行きにくくてな」
「そうね。でも男子も利用しているはずだけど?」
「そりゃ男子も少数なら居そうだけど、それって女の子の連れだけだろ。あんなとこ男だけで行ったら相当目立つぞ」
堀北はあのカフェの様子を思い返しているのか、少しだけ考える仕草を見せてから少し頷いた。
「……確かに、珍しく綾小路くんの意見も一理あるわ」
「ああ、そんなわけで興味はあるけど足踏みしてる……そこでオレが唯一誘えそうな女子に声をかけているわけだ」
「ああ、あなたに女の子の友達がいる筈ないものね」
「なんか癪に触る言い方だけどその通りだ。流石にハジメを誘っても男2人は余計に気まずいし。それ以前にさっき残像残して消えたの見てただろ?」
どうやら昨日は疾風の速度ですら捕まったらしく、今日は更にスピードアップしていた。
「いや……って言ったら?」
少し試すような視線で見てくるが……
「残念だけど諦めるよ。プライベートの時間を削ってくれ、なんて強制できないし。そのうち、ハジメでも誘って頑張って突撃してみるよ。変な目で見られそうだけど」
そう言うと堀北は考え込む仕草を見せる。
「……分かったわ。確かに男子だけでは入りにくいだろうし、今回は付き合ってあげる」
……意外とすんなりいったな。
「ありがとう堀北。コーヒーの一杯くらいなら奢るぞ」
「結構よ」
それにしても今回のカフェといい、堀北はなんだかんだ誘えば付き合ってくれるんだな。これで友達が出来ないって言うのは不思議なもんだ。
早速二人で目的地へと出発し、校舎一階にあるカフェ、パレットにたどり着いた。
放課後を楽しもうと、続々と女子たちが集まってきている。
「凄い人数ね」
「堀北も来るのは初めてか?まあ、ぼっちだと来づらいよな」
「前に
ーー今なんて言った?
「……マジで?」
思わず声が震える。いや、いつの間に?最近ハジメは忙しそうだと思ってたが、裏では堀北と密会していたとか……?
「冗談よ」
「お前冗談言えるのかよ!?心臓に悪いわ!」
澄まし顔で何口走ってるんだこいつ!?
「綾小路くん、お店の前で大声を出すなんて非常識よ。弁えなさい」
「いや誰のせいだと……」
とはいえ注目を浴びてしまうのは避けたいため、渋々沈黙を選ぶ。
こいつ、こんな冗談言うことあるんだな。
「いらっしゃいませ!ご注文をどうぞ」
「あー、じゃあアイスコーヒーと、このパンケーキで」
「カフェラテを」
注文を終えてカウンターの横にずれる。
「甘いもの好きなの?」
「これを食べたくってさ」
正直ケーキは好きでも嫌いでもなかったが、これを注文しないと大義名分がなくなる。もっともらしい理由を作っておいた。
「席が空いてないわね」
「ちょっと待つか。あ、いや、あそこが空いたな」
視線の先で2人テーブルが空いたため足早に確保した。さりげなく堀北を奥側に誘導し、足元に鞄を置くことで少し立ち上がりにくくする。
「アレだよな。周りから見たら、オレたちカップルに見えたりし「つまらない冗談ね」……ないだろうな」
堀北の顔は無表情、というか心持ち冷たい感じがする。
「…………」
試しにパンケーキを突いてみるが、先程の堀北の冗談で跳ねた心臓はこれだけ女子に周りに囲まれた状態では中々落ち着かない。これから起こる事態を想像してしまうのも理由の一つだが。
「ーーじゃあそろそろ行こっか」
そんな声と共に隣のテーブルに座っていた2人組の女子が席を立つ。
そして人気店らしくその席はすぐに埋まるが、そこに来たのが櫛田だった。
「あ、堀北さん。偶然だねっ! それに綾小路くんも!」
「……よう櫛田」
オレと櫛田は、さも偶然のように挨拶するがこれは計画通りだ。
堀北は目を細めてこちらを見ているが、これなら偶然の産物に見える筈だ。
「綾小路くんと堀北さんも、ここ来るんだ?」
「たまたまだな。お前こそ一人か?」
「うん、今日は──」
ガタ、と椅子が動く音がした。
見ると堀北が腰を浮かせようとしている。
「私帰るわ」
「お、おい、まだ席に着いたばかりだろ」
「櫛田さんが居るなら、私は必要ない筈よね?」
「いや、オレは櫛田とはただのクラスメイトだし」
「私とあなたもただのクラスメイトよ。それに……」
オレと櫛田を、冷ややかな視線で一瞥する。
「……気に入らないわね。いったい何がしたいの?」
こっちの作戦を看破しているかのような発言だった。だがカマを掛けている可能性もある。
「や、やだなー、偶然だよ?」
……いや櫛田、それは自白してるように見えるからやめてほしい。
「私たちの前にここに座っていたのはDクラスの生徒だったわ。そして、隣の席に座っていたのもDクラスの生徒。これって偶然かしら?それに私達は授業が終わって真っ直ぐここに来た。つまり彼女たちもここに来てから精々5分かそこらしか経ってなかった筈よ。そんな彼女たちが殆ど同時に席を立つのも偶然だと思う?」
堀北は、オレが思っていたよりもずっと観察力の高い人間だったようだ。クラスメイトの顔ぶれを覚えてるだけではなく、席の状況までしっかりと把握していた。
「それは、その……」
チラチラとこちらに視線を送る櫛田だが、それを見逃す堀北じゃない。
これ以上の誤魔化しは益々堀北を苛立たせるだけだろう。
ーーここらが潮時か。
「悪い堀北。少し根回しした」
「でしょうね。最初から少しおかしいと思っていたし」
「堀北さん。私と友達になってください!」
もはや隠すことをせず、正面から櫛田が切り込んでいった。
「何度も言っているかと思うけれど、私のことは放っておいてほしいの。クラスに迷惑をかけるつもりもない。それじゃいけないの?」
「……一人ぼっちの学校生活なんて寂しすぎるよ。私は、クラスの皆と仲良くしたいの」
「あなたがそう思うことを否定するつもりはないわ。でも、それに他人を巻き込むのは間違ってる。私は一人を寂しいと感じたことはないの」
「だ、だけど……」
「それに、仮に無理やり仲良くされて私が喜ぶとでも?強制されて本当の友情や信頼関係が生まれると思う?」
堀北の言葉は何一つ間違っていない。堀北は友達を作れないんじゃない、必要ないと思っているのだ。
櫛田の思いは、堀北に響くことは無い。
「今までちゃんと伝えてなかった私にも落ち度はあるわ。だから今回の件は責めない。だけどもし次に同じことをしたら、その時は容赦しないから覚えておいて」
そう言うと、一口も飲んでいないカフェラテの入ったコップを持って、今度こそ立ち上がった。
「私、堀北さんとどうしても仲良くなりたいの。なんか、初めて会った気がしないって言うか───堀北さんも、同じように感じてくれてないかな、なんて思ってる」
「これ以上は時間の無駄よ。私にとってあなたの発言全てが不愉快なの」
語気を荒立てる堀北に櫛田が口を噤む様子を見せる。
ーー本来ならこの2人のやり取りに口を出すつもりはなかったが……
「櫛田に対して不愉快ってのは言い過ぎだ。お前は本当にいいのか? このまま誰とも仲良くならない道を選ぶってことは、3年間一人ぼっちってことだ。それは結構苦痛だぞ」
「9年間続けてるから平気よ。あ、少し訂正するわ、幼稚園も含めればもっと長いわね」
……今サラッと凄いことを口にしなかったか? こいつひょっとして物心ついてから、ずっと一人で過ごしてきたのか?
「それに、もし友人が欲しければ自分で選ぶわ。最後にもう一度言うけど、強制しないで」
堀北は一度深いため息をつくと、櫛田の目を真っ直ぐに捉えた。
「櫛田さん、あなたが無理に私に関わらなければ、私は何も言わない。約束する。あなたはバカじゃないのだから、この発言の意味が分かるでしょう?」
「さよなら」と一声かけてから堀北は店を去って行った。
騒がしいカフェの中、オレと櫛田の二人だけが取り残されてしまう。
「すまん、櫛田。助けになれればと思って口を挟んだが無理だった」
ストン、と無言で腰を落とす櫛田。だが次の瞬間にはいつもの笑顔をこちらに向けていた。
「ううん、ありがとう綾小路くん。確かに友達になることは出来なかったけど……でも、大切なことは知ることができたから。私はそれで十分。だけどごめんね、私のせいで堀北さんに嫌われるような真似、手伝わせちゃった」
「気にするな。オレも、堀北に友達を持つ良さを知ってもらいたかったし」
ーーこうして、櫛田による堀北の友達化計画はひとまず中止となったのだった。
「ーー、ーーーー、ーー」
オレは午後の授業中、相変わらず騒がしいクラスの中教師の言葉を聞き流し、黒板を写しながらこれまでの記憶を反芻していた。
堀北と櫛田の一件後、オレは特に何事もなく、平穏に過ごせている。
あれから池や山内に誘われて櫛田や平田、軽井沢やその取り巻きの松下、森といったこれまで絡んでこなかった女子と話す機会もあった。
「The important thing is not to stop questioning……
「─────────」
前の席で最近背中を丸めているハジメとも遊びたいところだが、あいつはついに、教室の前で出待ちするようになった水泳部顧問に連行されるようになったためまだ機会がない。
今日も無駄に良い声でドナドナを歌いながら連れて行かれるだろう。必死に首を横に振っているハジメには同情するが、同じかそれ以上に必死な体育教師を見てるとどちらを応援するべきか分からなくなるのが難点だ。
「そうだ。これはかのアインシュタインの言葉だ。大切なことだが、案外そうあり続けることは難しい。お前たちもいつか実感する時が来るだろう──と、話が逸れてしまったな」
珍しく授業の本筋から外れた教師の雑談が終わり、いつもと同じ授業の光景が戻ってくる。
「ばっか、んなわけないだろ!」
「いやマジだって!いちいち疑うなよ!」
……そういえば、不思議に感じたことがある。
相変わらず授業中に騒いでいる池と山内は、見た目通りと言っては失礼だがこの間遊んだ時にあまり成績は良くないと聞いた。また平田の彼女だと暴露した軽井沢も、ギャルっぽい見た目の印象を裏切らない学力らしい。
「…………」
つまり日本屈指の進学、就職率を誇る高校にもかかわらず、合否の基準は点数だけじゃない。
なら、一体この学校は、その人間の何に可能性を見ているのだろう。
ふとそんなことを疑問に思った。
高度育成高等学校学生データベース
氏名
クラス 1年D組
部活動 無所属
誕生日 2月15日
──評価──
学力 A
知性 A−
判断力 B−
身体能力 B+
協調性 E
──面接官からのコメント──
小学校の段階から毎年高い成績を収めており面接時の態度なども良好。進学を見据えて学力向上に取り組む姿勢も十分に評価できる。また中学校では3年間無遅刻無欠席を記録するなど自己管理も問題なし。この点だけで言えばAクラス相当の実力者である。しかしながら他者を思いやる気持ちや協調性においては欠けている部分があり、中学校では度々クラスメイトや教師と衝突することがあった。社会に送り出すには強い矯正が必要であることからDクラスへの配属とする
高度育成高等学校学生データベース
氏名
クラス 1年D組
部活動 無所属
誕生日 1月23日
──評価──
学力 B
知性 B−
判断力 C+
身体能力 B
協調性 A
──面接官からのコメント──
学力、身体能力共にBクラス相当の能力を持ち合せており、卒業校からの報告における心証評価も極めて高い。本年度における面接試験では満点を記録するなど、一見した限りでは問題のない優秀な生徒である。小学校から提出された資料によれば非常に交友関係も広く、上級生下級生にかかわらず人気者だったとのことから、優れたコミュニケーション能力を持ち合わせていると言える。しかしながら別途資料における事実を憂慮し、Dクラスへの配属とする