ようこそ悪霊と逝く楽しい学校生活 作:ふにふら
「よう
「ああ池くん、おはよう」
(ぽん太郎、なんか最近彼らによく話しかけられますね?)
"うん。何故だか理由は分からないけど"
学生寮から教室に向かう途中、池くんとばったり鉢合わせた。数週間前であれば彼はそそくさと立ち去っていったが、どういう心境の変化が有ったのか最近積極的に話しかけてくるようになった。
「こないだ買ったゲームやってたら夜更かししちまってさ、今めっちゃ眠い」
「気持ちは分かる。俺も読書してると時間忘れるし。今のところ宿題とかも出てないからつい遊びたくなるよね」
「だよな!
「ああ、楽しそうだね。じゃあ是非」
また池くんだけではなく須藤くんや山内くんといった、いわゆるクラス内で3バカという不名誉な渾名で呼ばれ始めた面子が話しかけてくるようになった。
須藤くんは今度バスケをしようと誘ってきたし、山内くんは今度俺にクラス内で合コンを企画してほしいと言った直後、そして当日欠席するよう依頼してきた。
…………山内くんとは距離を取りたいと思った。
「あ!つーか
……ああ、うん。
「まだ振り込まれてなかったね」
「そうなんだよ!朝ジュース買おうとしたらポイント無くてさ。今日10万振り込まれるって言ってたけど、何時に振り込まれんかな?」
「……後で先生に聞こうか」
そんなことを話しながら教室に到着する。
相変わらず喧騒に満ちている教室だが、それでもどこか普段とは騒めきの種類が違うように感じる。いつもは楽しそうにお喋りしているクラスメイト達は、今日はどこか困惑している雰囲気だ。
「じゃあ池くん、また」
途中何人かに声を掛けられながら進み、席に着いた。
そして誰かに話しかけられる前に目を瞑った。
"……こうなっちゃったか"
(あの、ぽん太郎……このままだと……)
"分かってる。最悪の場合は視野に入れる"
まだホームルームまでに少し時間があり、出来ればそれまで誰にも話しかけられたくなかった。
わざわざ説明する気も無いが、嘘はつきたく無い。だからそもそも質問されたくないのだ。
「─────」
だが、この感覚は無視できない。
「…………はぁ」
この感覚は嫌いだった。自分が自分でなくなる気がする。
(ぽん太郎、そろそろ……)
"ああ"
「ねえ、ちょっといいかしら?」
そして動き出そうとした直前、声をかけられた。
「────ああ、堀北さん。どうしたの?」
着席中に、彼女にこうして話しかけられるのは初めてだった。
なにせクラスの中でも彼女の席は窓側2列目の1番後ろ。俺は廊下側に近い席でだいぶ離れていた。
今は朝のホームルーム前で、何か用が無ければ態々此方まで来ないだろう。
改めて堀北さんの方を向き直るが、いつもと少し様子が違うように見える。
「貴方はこれを、予想していたの?」
……ああ、これを聞きにきたのか。
どうやら彼女は、この事態に対して見当がついたらしい。そして以前の俺の発言の真意を問いに来たわけだ。
「うん、そうだね」
彼女の目が細まる。
「何故、何も言わなかったの?」
「ごめん」
周りの目が集まり始める。
(あわわわ)
"まあ、堀北さんから誰かに話しかけるのは珍しいもんな"
「ねえ、
そんなやり取りをしていると櫛田さんが話しかけてくる。
……ますます注目が集まる。
「知ってはいないよ。心当たりがあるってだけ」
「じゃあ……」
「もうすぐ先生が来るし、説明してくれるよ」
「…………そうだね」
此方がそう言うと、櫛田さんは名残り惜しげに席に戻った。
「それで、何故?」
……堀北さんは全く納得してないが。
答えに窮していると、5月最初の学校開始を告げる始業チャイムが鳴った。
「後で話そう、堀北さん」
「…………」
いかにも渋々といった様子で席に戻る堀北さん。
それを見ながら鞄から水筒を取り出し、呷り出した自分を見て教室に騒めきが戻っていく。
それから程なくして、手にポスターの筒を持った茶柱先生がやって来る。
先生と目が合った。
「…………」
なんだか、こうして目が逸らされないのは久々な気がする。
「せんせー、ひょっとして生理でも止まりましたー?」
池くんがまさかの発言を繰り出す。
「……これより朝のホームルームを始める。が、その前に何か聞きたいことがある者はいるか?」
視線が外され、茶柱先生は池くんのセクハラに一切構わずそんなことを言った。生徒から質問が出ることを確信している口ぶりで、実際すぐに数人の手が挙がった。
「あの先生、毎月1日にポイントが支給されるんじゃなかったんですか?今朝確認したら増えてなかったんですけど」
「本堂、前に説明した通りだ。そしてポイントは間違いなく振り込まれている。このクラスだけ振り込み忘れたなどということもない」
「……え?いやでも、実際振り込まれてないし。だよな?」
本堂くんや山内くん達は顔を見合わせている。それは他のクラスメイト達も同様で、困惑の空気が益々強くなっていく。
(ぽん太郎、可哀想です……)
"彼らは可哀想かもね"
クラスメイトをぼんやり見つめていたが、視線を上げるとまた茶柱先生と目があった。
ーー嘲るような視線だった。
「……本当に愚かだな。お前、達は」
茶柱先生はこちらを見たまま、強く、叩きつけるようにそう吐き捨てた。
(……佐枝ちゃん先生……?)
"…………あー、そういう感じね"
本当に、本当に。
ーー残念だった。
「……は?愚か……っすか?」
呆気に取られたようにそう繰り返す本堂くんに、茶柱先生は鋭い視線を向けた。
「座れ、本堂。二度は言わん」
「あ、あの?さ、佐枝ちゃん先生?」
これまで呼んでいた愛称で呼びかけるが、見たことのない鋭い視線を向けられズルズルと尻餅をつくように着席する本堂くん。
「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。わかったか?」
「……いや、分かったかって、実際に……」
本堂くんは戸惑いながらも不満そうに小声で話している。
「ハハハ、なるほど!分かったよティーチャー。この謎解きがね」
そこで、高円寺くんが笑いながら足を机に置き茶柱先生を指差した。
「つまり、我々には0ポイントが振り込まれたのだよ」
「は、はあ!?なんだそれ、毎月振り込まれるのは10万ポイントだろうが!」
「私はそう聞いた覚えはないね……それに今思えば、直ぐに気がついていた生徒もいたようだが」
そう言うと、高円寺くんは視線を真っ直ぐにこちらによこした。
"……おい、勘弁してくれ"
どうやら高円寺くんは最初のホームルームで、ポイントの説明を受けていた俺が顔を覆っていたことを覚えていたらしい。
他人には興味の無さそうな顔をしていても、記憶力は優秀なようだ。
"あーあ、せっかく少しはクラスに馴染んできたのに"
きっと高円寺くんは、このままクラスメイトの前で俺が最初から支給されるポイントの増減に気がついていたと指摘するだろう。
ーーそして俺はそれを否定しない。
先程の堀北さんや櫛田さんとのやり取りと合わせて、俺はポイントの増減の可能性を口にしなかった事を、クラスの中で責められ信頼を多少なりとも失うだろう。
"──でも、もう良いかな"
疲れてしまった。
「そうだろう、ミスt「態度には問題ありだが、高円寺の言う通りだ。これだけヒントをやって自分で気がついたのが高円寺だけとはな。全く、嘆かわしいことだ」
"…………ん?"
(…………佐枝ちゃん先生、今庇ってくれました?)
再び茶柱先生と視線を合わせようとするが、先程までと違い全く目が合わない。
「……先生、質問いいですか? 腑に落ちないことがあります」
突然のことに教室の中が騒然とする中、平田くんが手を挙げた。
自分の為ではなく、不安に包まれるクラスメイトのために質問しようとしているのだろう。
それから平田くんによってクラスに支給されるポイントが0になった理由に対する質問が始まり、茶柱先生によってこのクラスの酷過ぎる授業態度が具体的に挙げられていく。
「…………」
だが俺にとってはそんなこと、どうでもよかった。
"悪霊"
(ん?なんですかぽん太郎?)
先程の疑問も忘れたような、いつも通りの緩んだ声。
"力を貸して欲しい"
(え、珍しいですね)
だが、俺は知っている。
"茶柱先生のことを、判断してほしい"
(……ぽん太郎?)
"確信がない。お前の意見も聞きたい。数秒なら耐えられるから、考えてくれ"
まるで騙されたこちらを嘲笑うような態度と、生徒からの追求から庇うような態度。
俺は先程の茶柱先生の行動の理由を、既に幾つか想定できていた。
その中にはポジティブな想定と、ネガティブな想定の2種類がある。そして俺は前者の可能性が高いと判断したつもりだが、それが俺にとって[そうであって欲しい]願望を含んだものか自分では判断できなかった。
「……頼む」
小声で呟く。教室は未だに喧騒があり、この声は誰にも届かない。
だが、コイツには間違いなく届いている。そしてこれまで『悪霊』がこちらの頼みを断ったことはない。
なので後は、あの凄まじい酩酊感に耐えるだけだ……と、この時の俺はそんな風に思っていた。
(はい、嫌です!)
「…………は?」
思いの外、その声は教室に大きく響いた。
「───なんだ不服か、
どうやら茶柱先生の言葉の後に発言した形になっており、それが不満の現れに聞こえたらしい。
「いえ……」
と言い掛けたが、先生の発言を遡って再生すると明らかに態とこちらのやる気を削ぐ発言をしていた。
なんだ、この「遅刻や私語を改めてもポイントは増えないから来月も0ポイント。いくらでも私語遅刻し放題だぞ良かったな」って。ただの嫌味だろこれ。
「………………」
そんなわけで、湿度の高い視線を茶柱先生に照射してみた。
「………………」
負けじと茶柱先生もこちらに挑むような視線を向けてきた。
「「……………………………………」」
……なんだ、この不毛な時間。
(ぽん太郎、あなたは自分の目を信じて、自分で判断してください)
「……はぁ」
ふっ、と力が抜けた。
改めて周りに目をやると、俺と茶柱先生の睨めっこをクラスメイト達は固唾を呑んで見守っている。
「……
そうして、自分が
"……悪いな悪霊。テンパってた"
(いえ、可愛かったです!)
"やかましいわ"
「……なんでもありません」
「…………そうか」
ただ、その思惑通りに動くつもりはない。
俺は茶柱先生のことを好ましく思うし、ましてや約束のことを口外するつもりはない。
……最後にその所信表明をしようと思う。
チャイムが鳴り、ホームルームの時間が終わりを告げる。
「……時間も押している。本題に入ろう」
茶柱先生は持ってきていた筒から厚手の白い紙を取り出し、黒板に貼った。そこには各クラスの名前と数字が書かれている。
Aクラス 940
Bクラス 650
Cクラス 490
Dクラス 0
美しい並び順だった。
そして茶柱先生によって、これが各クラスの成績であり、この学校ではこの数字を100倍した数値のポイントが毎月1日に振り込まれるルールとなっていることが判明した。
「こんなのあんまりっすよ! これじゃ生活できませんって!」
今まで黙って聞いていた池くんが叫んでるし、山内くんに至っては阿鼻叫喚だ……もしかして10万ポイント全部使ったのか?
「よく見ろバカ共。Dクラス以外は、全クラスがポイントを振り込まれている。それも一か月生活するには十分すぎるほどのポイントがな」
それを不思議に思った生徒が口々に疑問を呈する。
「段々理解してきたか? お前たちが、何故Dクラスに選ばれたのか」
未だ理解が及ばない様子のクラスメイト達。
……もしくは理解したくないのか。
「この学校では、実力が全て。評価の高い者から順にA、B、C、Dクラスと割り振られている。まあ、大手の塾のような制度だな。つまりDクラスに所属するお前たちは、学校側からしたら落ちこぼれ。不良品というわけだ」
その言葉にショックを受けた様子のクラスメイト達。まあ、いきなりお前は不良品だなんて言われて気にならない生徒は普通いないだろう。
あそこで机に足を乗せてる高円寺くんと、あと清隆くらいしか表情が変わらない生徒はいなかった……うん、清隆はもう少し動揺しててもいい。
「しかし逆に感心もした。歴代のDクラスの中でも、こんなに早くポイントを全て吐き出したのはお前らが初めてだ。褒めてやる」
(素敵な笑顔ですね!)
"ああ、やっぱり茶柱先生はこうでなきゃな"
ニヤニヤ笑いながらわざとらしい拍手をしてる茶柱先生はとても楽しそうだった。やはり普段から猫を被ってたらしい。
ーーというかまた意識的に目を逸らされてるような……?
「このポイントが0である限り、僕たちはずっと0のままということですね?」
変わらず平田くんが皆を代表して質問しているらしい。
「ああ、このポイントはリセットなどはされず卒業まで継続する。だが安心しろ。食事は無料のものがあるし、寮の部屋はタダで使用できる。死にはしない」
「…………」
ガン、と何かを蹴りつける音が聞こえた。
「クソ、俺らはこれから他のクラスの連中に馬鹿にされるってことかよ!」
須藤くんが荒ぶっているが、沸点が低い彼は他クラスの生徒に馬鹿にされたら、下手をすると乱闘しそうだった。
「何だ、お前にも気にする体面があったんだな須藤。だったらクラスを昇格でもさせてみたらどうだ?」
「……あ?」
「クラスのポイントは、なにも支給される金額にしか影響しないわけじゃない。クラスに支給されるポイントは、そのままクラスのランクになる。つまり今回お前たちが500ポイント残せていたら、今日お前たちはCクラスになっていたわけだ」
……ならAクラスは果てしないな。
「さてもう一つ、お前たちに伝えなければならない残念な知らせがある」
もう1枚追加するように黒板に貼られた紙。そこにはクラスメイト全員の名前と、その横に数字が書いてあった。
「これが何の数字かは、バカが多いこのクラスの生徒でも分かるだろう」
うわ、公開するんだアレ。
「先日行った小テストの結果だ。お前たちは中学校で何を学んでいたんだ?揃いも揃って粒揃いで、先生は嬉しいぞ?」
ざっと見た感じ殆どの生徒が60点前後か……須藤くん14点はちょっと……池くん24点ってお前……
「今回がノーカウントでよかったな。これが本番だったら8名退学しているぞ」
「た、退学?それってどういうことですか?」
「この学校では中間、期末などの定期テストで赤点を取った生徒は即退学だ。今回のテストでいうと34点未満の生徒は退学だな……言ってなかったか?」
「はあああああーーーー!?」
該当の生徒は悲鳴のような声をあげている。
「そんなバカなことある!?」
「佐枝ちゃん先生なんとかしてください!」
「いや私に言われてもな。学校のルールだ。潔く腹を括れ」
そんな阿鼻叫喚の中、笑い声が聞こえた。
見てみると案の定、高円寺くんが足を机の上に乗せたまま、爪を研ぎながら偉そうに微笑んでいた。
「ああ、いや失礼。余りにも無様だったものでね」
その態度に8名からブーイングが飛ぶ。
「んだと高円寺!お前だってどうせ大した点数じゃないだろ!」
「やれやれ……ボーイは頭だけではなく目も悪いのかね?よく見てみたまえ」
「……あ、あれ?高円寺の名前が無い?どこに……」
下から順に探しているようだが、それだと時間がかかるだろう。
なんせ彼は総合2位。95点を記録していたからだ。
(凄いですねー)
"だからお前がいうなと……まあいいけど"
嘘だーー!?という悲鳴と高円寺くんの笑い声の共演が実に芸術点が高かった。
「あと一つ付け加えておこう。この学校は国の管理下にあり、高い就職率、進学率を誇っている。諸君らもそう認識してこの学校に入学したことだろう。希望する企業や大学に目星をつけている生徒もいるかもしれない」
それは、非常に有名な話だった。
この学校は全国でも屈指の進学、就職率。ここさえ卒業出来れば、日本最高峰のレベルを誇る大学ですら推薦で入れるらしいという噂が真実味をもって語られている。
「だが、それは勘違いだ。お前たちのような低レベルの人間がどこでも進学、就職できる?はっ、あり得ないだろう常識的に考えて。もし高いレベルの企業や大学に入りたければ、まず自分達のランクを上げるんだな」
茶柱先生の言葉が教室に響き渡る。
「つまり希望の就職、進学先に行ける恩恵を受けるには、Cクラス以上に上がる必要がある……と言うことですか?」
「それは違うぞ平田。この学校に将来の望みを叶えて欲しければ、Aクラスに上がるしかない。Aクラス以外の生徒の未来に、この学校は何の保証もすることはない」
「そんな……話が違う!無茶苦茶だ!?」
立ち上がったのは
「みっともないねぇ。男が慌てふためく姿ほど惨めなモノは無い」
そんな幸村くんの姿が気に入らないのか、高円寺くんは溜息を漏らしていた。
「……Dクラスだったことに不服はないのかよ。高円寺」
「不服? 何故不服に思う必要があるのか、私には理解できないねぇ」
「俺たちは学校側から、レベルの低い落ちこぼれだと認定されて、その上進学や就職の保証もないって言われたんだぞ、当たり前だ!」
「ふっ。実にナンセンス。これこそ愚の骨頂と言わざるを得ない」
爪を研ぐ手を止めない高円寺くん。それどころか幸村くんに目を向けることすらしなかった。
「学校側は、私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私は誰よりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。学校側が勝手にD判定を下そうとも、私にとっては何の意味もなさないと言うことだよ。仮に退学にすると言うのなら、勝手にするがいい。後で泣きついて来るのは、100%学校側なのだからね」
(……強いっ!)
"いや、本当にな"
人間は、大なり小なり傲慢だ。だが、それを強さにできる人間が果たしてどれだけいるのだろうか。
「それに……私にはやはり、この学校の査定は節穴にしか見えないね。君もそう思わないかね、ミスター?」
こっち見んな。
「ん?……って
ああ、池くんが大声を……なんか教室に騒めきが広がってる。
これ以上俺に構わないよう思念を込めて高円寺くんを見つめた。
「…………」
そうすると高円寺くんは、やれやれと言いたげに肩をすくめる。
「……まあいい。それに私は学校側に進学、就職を世話してもらおうなどとは微塵も思っていないのでね。高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。DでもAでも些細なことなのだよ」
将来を約束されているなら、確かにAクラスである必要性はない。幸村くんも反撃の言葉を失い、そのまま腰を下ろしていた。
「浮かれていた気分は払拭されたな?長ったるいホームルームではあったが、これでお前達の置かれた状況が認識できたなら少しは意味はあったかもな。中間テストまで3週間ある。まあ、精々考えて赤点を回避してくれ。お前たちが赤点を取らずに済む方法はあると確信している。出来るなら、実力者に相応しい振る舞いを持って挑んでくれ」
そう言うと茶柱先生は、いつもより強く教室の扉を閉めて出て行った。
綾小路視点
茶柱先生が居なくなってからの休み時間、教室の中は酷く荒れていた。
「ポイントが入らないって、これからどうすればいいの?」
「私、昨日ポイント全部使っちゃったよぉ……」
まず目先のポイントを心配し、これからの生活に不安を隠せない生徒。
「ふざけんなよ。なんで俺がDクラスなんだよ……!」
クラス分けの内容を聞き、納得がいかず気が立っている生徒。
「というか進学も何にも保証してくれないって、じゃあ私たちなんでこの学校に来たの?酷いことばっかり……茶柱先生って私たちのこと嫌いなのかな……?
叩きつけられた悪い情報の数々に混乱し、考えが纏まらない生徒。
「みんな、混乱する気持ちは分かるけど、いったん落ち着こう」
教室の不穏な流れに危機感を覚えた平田が、周りを制そうと立ち上がったが中々纏まらない。
結局、櫛田が間に入ることでようやくクラスに少しだけ落ち着きが戻ってきた。
ふと隣の席を見ると、堀北が真剣な顔をしながら教室の扉を見つめていた。見ると、ちょうどハジメが教室から出て行くところだった。
「……彼、どこに行ったのかしら」
「さあな。普通にトイレじゃないか?」
「…………」
納得いってなさそうだが、一応休み時間だしおかしくないだろ。
「皆、授業が始まる前に少し真剣に聞いて欲しい。特に須藤くん」
まだ騒然とする教室で、平田は教壇に立ち生徒の注目を集めた。
そして始まったのは、クラスポイントをこれ以上減らさない為の声掛けだった。確かに現時点で0ポイントであり、一見いくら努力しても無駄なように見える。だが、もし今後ポイントが増える機会があっても、これまでと変わらず授業態度を改めなければ、ポイントが増えたことにすら気付かず0ポイントに逆戻りしてしまう可能性がある。そのため、授業は真面目に受けて、私語や居眠り、携帯を触るなどの行為を慎もうという呼び掛けだった。
「……お前がなにやろうが勝手だけどよ。俺を巻き込むな。わかったな」
だが須藤は、まずポイントを増やせる方法を見つけなければ意味が無いと言い捨てて、教室を出て行ってしまった。
授業が始まるまでか、それとももう戻って来ないつもりか。
「須藤くんって、ほんっと空気読めないよね。遅刻だって一番多いし。須藤くん居なかったらちょっとはポイント残ってたんじゃない?」
「だよね……もう最悪。なんであんなのいるんだろ……」
……今朝までは、オレ達は平和に暮らせていたのだが。
須藤に対してだって文句を言う奴もいなかった。やはり人間は満たされていなければ心が荒んでいくらしい。
「ごめん、ちょっといいかな?」
そんなことを考えていると、壇上から降りてきた平田に声を掛けられた。用件としては、クラスポイントを増やすためにどうするべきか、放課後に話し合うので是非参加してほしいというものだった。
「ごめんなさい、他を当たって貰える? 話し合いは得意じゃないの」
それに対し平田はいてくれるだけで良いというが、堀北は首を縦には振らなかった。
「それに、今日の放課後は予定があるの。だから無理よ」
「……分かった。残念だけど、じゃあしょうがないね……綾小路くんはどうかな?」
「オレは……」
正直なところ、どっちでも良かった。だが、ここでオレが参加すると不参加の堀北がより目立ってしまうかもしれない。
本人はあまり気にしてなさそうだが、まあ今回は不参加でいいか。
「悪いな平田。今回は欠席で」
そういうと平田は、気にしないでとフォローしながら他の生徒に声をかけ始めた。どうやら一人一人にお願いして周るらしい。
「……平田って偉いよな。あんなにクラスの為に動いて」
「偉いかどうかは見方一つね。それに頭の悪い生徒を集めて話し合ったところで建設的な意見が出るとは思えないわ。むしろ難航するでしょうね。だから時間の無駄だと思ったのよ」
……まあ確かにコイツは頭が良く、勉強も出来るのだろう。先程の小テストも90点という高得点をとり、クラスで同率3位だった。それに最後のラスト3問の難易度は異常だったので、高校1年生のテストと考えれば85点が満点みたいなものだった。アレが一問解けた堀北と幸村ははっきり言って凄いし、2問解いた高円寺は高校1年のレベルなんて遥かに超越してる。そしてあのテストで100点を取るハジメははっきり言って可笑しい。
そんなことを自分の名前の横の
「……それに私は、このまま引き下がろうとは思わないわ」
「ん?どういう意味だ?」
そう聞き返すが、堀北から返事が返ってくることはなかった。
「先生、朝からこんなところで煙草吸ってていいんですか?」
「……
校舎の屋上、そこで茶柱先生は紫煙をくゆらせていた。
「お前こそこんな所にいて、授業に間に合わなくなっても知らんぞ」
先生はこちらに背中を向けていて表情は見えない。
明るい陽射しの中で白い煙が漂って、風の中に消えて行く。
「ポイントはもう減りようがないから、好きにしろって言ったのは先生ですよ」
「はて、そんな酷いことを言ったかな」
「次からまた録音しますね」
「ああ、そうしておけ」
少し沈黙が流れる。
(今日は良い天気ですね。ぽん太郎)
ぬくぬくと暖かい陽気と柔らかい日差しにペールトーンの青い空。
優しく肌をなでる春風。何もかもが穏やかに感じるような天気だった。
「なあ、
「はい。茶柱先生」
「……お前は、後悔していないか?」
"?"
(?)
「あの、何がですか?」
「…………」
こちらをチラッと振り返った先生だったが、すぐに背中を向けてしまった。
「私の人生は、後悔ばかりだ」
「…………」
「お前はそんな風には、なるなよ」
さて、と先生は振り返った。
「確かにポイントはもう減りようがないが、学生が授業をサボるのは教師として感心できない。私の名前を好きに使っていいから教室に戻れ」
「先生」
「さっきはお前たちに不良品と言ってしまって悪かった。発破をかけようとしたんだ」
「先生」
「だが、お前たちは不良品なんかじゃない。腐らず過ごしていればポイントが増える機会もある。だから無理をせず──」
「茶柱先生!」
向き合っても目が合わなかった先生と、強引に視線を合わせた。
「俺に、クラスに情報共有してほしくないとおっしゃっていた理由を教えてください」
「学校のことではなく、俺に先生の事を教えてください」
「力に、なりたいんです」
「────────」
これが、呆気にとられたように開いた茶柱先生の口から煙草が落ち、先生の両手を掴んだ俺の指の間に、根性焼きのように突き立つ3秒前の出来事だった。
another episode
ー①ー