Barブロンズ・開店記念(2)
「いやー、初々しいのに傲慢で悪辣だわスペ会長」
「なんでその反応になるの?」
鰯のオイルサーディンをつまみながらスペシャルウィークが不満そうに口にすると、ナイスネイチャは「たははー」とごまかすように笑った。
「だってさ、GI勝ってまず出てくる感想が『こんな感じなんだ』なのがもうほとんどの競走ウマ娘に共感されないし、『生徒会長にならないか』って言われて次の日には『なります』って堂々宣言できちゃうのもおかしいし、挙句そこに『ならば威厳を付けましょう』とか言い出す陽室トレーナーだよ? よくもまあこの二人が悪魔合体したもんだ」
「ネイチャちゃん酔ってる?」
「残念ながら一滴もアルコールを入れておりませーん。完全に
そう笑いながら、サラダをきれいに盛り付けていくナイスネイチャ。今晩のプレオープンは通常出すおつまみよりもかなり豪勢だ。料理も決まっていて、そのなかの一品らしい。
「まぁ、戦績としては全盛期だったからね」
「ずっと全盛期だったじゃん、メイクデビューから引退レースまで」
今度はスペシャルウィークがごまかすように笑う番だった。すでに3杯目となる黒ビールを胃に流し込みながら、思い出すように語り続ける。
「未来がどうなるか分からなかったのも、それはそれで楽しかったんだ。でも……きっと、私が一番天狗になってた時期でもあったんだと思うよ、今になって振り返るとね」
「そりゃ天狗にもなるでしょうよ。変則三冠獲って次に目指すは無敗のクラシック三冠、同期最強の座はもう揺るがない、そんな波に乗ってたタイミングだもんね。そのときのアタシなんて、本格化が始まったっぽい感覚はあるのにトレーナーがついてなくて焦ってた時期だったもん。キラキラでうらやましかった」
「あー、そっか。ネイチャちゃんのデビュー戦って……私の……」
「2年後。マックイーンとかテイオーと同世代。スペ会長がシニア1年目のタイミングだからね、適正距離がバッチリ被ってたからつくづく感謝したよ。ま、それでもしんどかったんだけど」
「あはは……」
その言い草にスペシャルウィークも苦笑いだ。
「そういう意味ではエルさんやグラスさん、それからファインちゃん、ミークちゃんあたりの同期マイラーが一番しんどかったんじゃない? 適正距離外でぶん殴られた訳だし」
「あー……一度桐生院トレーナーに謝っておいた方が良いかな」
「今更じゃない? 本当にやるなら、謝らないでいい人探した方が早いんじゃないかなー?」
「悪辣! やっぱりネイチャちゃんも相当悪辣だよ!」
「ははは、なんのことやら」
ナイスネイチャが笑ったタイミングでカラカラン、とドアベルが鳴った。
「あ、セイちゃん。ずいぶん早いね」
「はーい、セイちゃんですよー。というよりスペちゃんこそ早くない?」
「おいっすー。スカイ副会長が二番手で到着って珍しいこともあるもんですねー」
入ってきたのはいつも通りのオーバーオールを着たセイウンスカイだ。二人の言い草に露骨に頬を膨らませる彼女。
「二人ともひどくない? そんな鳩が豆食ってポーみたいな顔して」
「それどんな顔?」
「まって、ごめん、ツボった……!」
ナイスネイチャがカウンターの影に消える。赤い耳カバーの先端がかろうじて見え隠れするあたり、本当にツボって立っていられなくなったらしい。
「ポーって豆食ってポーって……!」
「ネイチャのツボが浅いのは相変わらずだねぇ。というわけで腹筋にダメージ入ってるところ悪いんだけど、はいこれ。お土産ー」
セイウンスカイは肩に提げていた重たそうなクーラーボックスをカウンターに置く。笑っていたせいか顔が赤くなっているナイスネイチャがクーラーボックスを開けた。
「おぉ、真鯛ですな」
「大物だね。セイちゃんが釣ってきたの?」
「もっちろん。ということで、差し上げるので捌いて?」
「うーん、良い昆布はあるんだけど、時間的に昆布〆は間に合わないか……なら半分は素直に刺身で、残り半分でカルパッチョですかねぇ。あらの方はご飯と炊いて鯛飯にするかな。それでいい?」
店主が顎をさすりながらそう言うと、途端に目をキラキラさせる客二人。
「わーい! ネイチャちゃんの和食ー!」
「鯛飯鯛飯ー!」
「バーだからあんまり和食を売りにする気はないんだけどなぁ……。二人とも食欲は本当に学生時代から変わらないよねー。そのうち太り気味になるぞー」
からかうようにそう言うとすぐに反論が返ってきた。
「セイちゃんまだ乙女だもん!」
「す、スペちゃんもまだ乙女だもん!」
「はいはい、ほんとお二人は仲いいんだから」
刺身包丁どこに仕舞ったっけな……とつぶやきつつ、ナイスネイチャが裏手に消える。残された二人が顔を見合わせて笑った。
「朝からいなかったの、これを釣りに行ってたからだったんだね」
「やっぱりネイチャのお店のオープンに手ぶらだとかっこ悪いからさー」
「てっきり新作のネタでも考えに行ったのかなって思ってたよ」
「もちろんそれもある」
セイウンスカイはカウンター席に腰を落ち着けながら、隣に座るスペシャルウィークの言葉を肯定した。
「で、いいのが浮かんだし、大物もきたし、今日はいい日だったわけでして、これから実質的な同窓会だしさ」
「いつぶりだろうね、みんな集まるの」
そう懐かしそうに言う彼女に、くすりと笑って頬杖をつくセイウンスカイ。
「『みんな』って言っても、きっとデジタルは来れないんでしょ?」
「ネイチャちゃんに来たメールだと、今は東ティモールだって」
「うっへぇ、暑そう」
「そうなの? 私はどこなのかピンと来てないんだけど」
「赤道直下だよ、そこ」
全く、ウマ娘ちゃんが絡むとどこまでも突っ走るんだから……とぼやくセイウンスカイは苦笑いだ。
「でも、デジタルらしいね。セイちゃんも懐かしくなってしまいますよー」
「うん。……勢いあまってまずいことになるところまで含めて、本当にそうだね。覚えてる? あのリーニュ・ドロワット」
「あー……うん」
「お、懐かしい話をしてるねぇ」
包丁を持って戻ってきたナイスネイチャが笑う。
「あ、そだそだ。スカイ副会長は何飲みます?」
「じゃあ、ビールで」
「だーめ、セイちゃん中ジョッキで即撃沈するんだから。まだノンアルにしないとみんな来たときには酔い潰れて顔も上げられないよ。ネイチャちゃん、深めのお皿にミルクでも注いで置いといて」
「私はネコじゃなーいー!」
「ひはい、ひはいよふぇいひゃん」
顔を引き延ばされながら抗議するスペシャルウィークを見て、ナイスネイチャはけたけたと笑う。
「じゃあ、ジンジャーエールはどう? スパイスいれて辛口な感じだから料理にも合わせやすいよ。うちの母さん直伝で結構自信あるし、よければ飲んでって」
「あ、じゃあそれで」
「あいよー」
氷が小気味よくガラスコップに当たる音が聞こえてきて、ようやくスペシャルウィークは解放された。
「もう、ひどいよセイちゃん……」
「そういうからかい方をする方が悪いんですー」
「だってセイちゃんは普段からネコだし……」
「さっきは横だったし、こんどは縦に伸ばしてみようか。顔のサイズもその方がバランス取れるよね」
「申し訳ありませんでした」
「よろしい」
先ほどからずっと笑い上戸になっているナイスネイチャがタンブラーを差し出す。レモンの皮やミントが散った様子が目にも鮮やかだ。
「なんか本物のバーテンダーみたい」
「なんせ本物のバーだからね。これからもBarブロンズを御贔屓に」
そう笑いながらぱちんと指を鳴らしてみせる。
「こんなサービスのいいお店ならセイちゃん通っちゃうなぁ」
「お、いつでもおいでー。なんならスペちゃんと喧嘩したら逃げといで―」
「じゃあ夜中にセイちゃんがいなくなったらここに来ればいいね」
それじゃ意味ないじゃん、とぼやくセイウンスカイの抗議を聞き流しつつ、スペシャルウィークがビールグラスをコンと机で鳴らした。
「同じのでいい?」
「うん。……それにしても、さ」
セイウンスカイの方に視線を向けて、すぐに外す。どこを見つめるでもなく、ぼんやりとした瞳のままでスペシャルウィークは言葉を続ける。
「私とセイちゃんが、今こうやって隣に座って喋れてるのって……なんだか不思議だよね」
「かなり今更な話だねぇ。在学中からずっと一緒みたいなものだし、そもそも私を副会長に指名したのはスペちゃんでしょ?」
「指名をセイちゃんが断らなかったところまで含めて、だよ。こんな機会じゃないともう聞けないだろうし、せっかくだから聞かせてほしいんだけど」
差し出されたビールを受け取りつつ、スペシャルウィークはなんでもないことのように聞いた。
「セイちゃん、嫌いだった? 私のこと」
カウンターの向こうで鯛を捌こうとしていたナイスネイチャの笑顔が凍り付く。
「……それを真正面から聞いてくる貴女のことは嫌いだよ、スペシャルウィーク」
「そうやって私の望み通りに嫌いだって言ってくれる貴女が好きだよ、セイウンスカイ」
ジンジャーエールの嵩が減っていく。4杯目の黒ビールが消えていく。
「……あのさ、お二人さん。これは心の底からの忠告というか、お願いでもあるんだけどさ」
呆れ顔を全く隠さずにナイスネイチャが言った。
「頼むから、大事な場面だとしてももうちょっと穏当な会話の仕方を学んでくれない? アタシ、今も若干生きた心地がしてないんだけど」
その発言に二人は顔を見合わせる。
「今の会話、何か良くなかったかな?」
「いや、そんなことないと思うけどねぇ」
「もしかしたら知らないかもしれないから言っておくと、伝えたい感情と意図を短文に無理やり詰め込んで、相手がそれを読み取ってくれるのを確信しながら会話するのって、一般的な会話からはだいぶかけ離れてるんだよね。アタシだからまだいいけど、大半の人は誤解するよ」
一応確認だけどさ、とナイスネイチャは続ける。
「スペ会長は『もし昔に嫌っていたことがあったとしても今更気に病まないでね』ってスカイ副会長に伝えたい。一方でスカイ副会長は『ありがとう、そういうところまでひっくるめて好きだよ』ってスペ会長に伝えたい。要するに、お互い盛大に惚気てるだけ。……合ってるよね?」
「惚気てるとかひどーい。でも伝えたいことはそれで正解だよ、ネイチャちゃん」
「ただの事実確認だし、別に惚気てはないんだけどねぇ。しかもちゃんとネイチャにも伝わってるじゃん」
「アタシは生徒会で二人の会話を散々浴びる訓練をしてたからわかるだけだってば。あと今のはどこに出しても恥ずかしい惚気だからね、ほんと」
「なら、ネイチャちゃんは琥珀さんたちにも説教しなきゃだよ?」
スペシャルウィークはそう言って頬を膨らませる。
「あー……それはそうかも」
「やたらとハイコンテクストなやりとり多いよねぇ、お二人のトレーナーさんは」
にしし、と笑いながらセイウンスカイは突っ込んだ。
「わかった。機会あったら説教しとく」
ナイスネイチャはシンプルに話題を畳み、軌道修正を図る。
「で、なんだっけ。……そうだ、リーニュ・ドロワットだ。スペ会長、ドロワでは二年連続でアクシデント起こしてたんでしょ? アタシは二回目の方しか知らないけどさ」
その言葉にスペシャルウィークは苦笑を浮かべた。
「あはは……一回目は巻き込まれのはずなんだけどね。それにそのころの話をするなら、私は有馬記念の前にあったことの方をよく覚えてるかなぁ」
「そなの?」
「ちょうどそのタイミングで、ブライアンさんから色々と忠告を受けたことがあって……」
「へー? ブライアンさん、スペちゃんの提案に大笑いして『面白そうじゃないか』とか『上等だ』とか言ってるイメージしかないんだけど」
セイウンスカイの言い草に堪えきれず、スペシャルウィークが噴き出す。手際よくお手拭きと替えのビールが出てくる。
「ごめんねネイチャちゃん……セイちゃん、それブライアンさんに言ったら多分怒られるよ?」
「にゃははー。本人いないし、多分今日は来ないでしょ?」
そうとぼけられて、スペシャルウィークは困ったように笑った。
「で、なんて言われたの」
「えっとね……」
昔語りが再び幕を開けた。