生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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スマートファルコンは怪しまない

「スペちゃんは今からライブレッスンなの?」

「あ、そうじゃなくて……ちょっと今日の予定が変更になって、トレーナーさんのところに顔を出すことになったんです」

 

 スマートファルコンの問いに嘘は言わず、しかし曖昧にごまかしながらスペシャルウィークは答えを返した。

 

 今のところ、スペシャルウィークが生徒会と共に仕事をしていることを知る生徒はかなり少ない。それこそ生徒会執行部員の他には、会議で同席することがある寮長や各委員長、そして現状唯一のチームメンバーであるベルノライトくらいしかいない。

 

 しかも彼女たちですら、その大半は『スペシャルウィークは将来的に生徒会入りを目指すのだろう』という程度に受け止めている。現会長のシンボリルドルフから事実上の次期会長推薦を受けているなどという事実は知るよしもないのだ。

 

『早いうちから私の推薦があったという事実だけが周囲に伝われば、その事実のみが独り歩きしてしまう。それは私にとっても君にとっても喜ばしいことではない』

 

 シンボリルドルフの推薦によって生徒会長を目指していることは、まだ外部に公言すべきではない。それが現執行部の見解であり、スペシャルウィークもそこに異論はなかった。

 

 そうだったんだ、と相槌を打っているスマートファルコンから一瞬だけ視線を外して、ちらりと陽室の方を見る。彼女の顔には、『どうせまだごまかしにも慣れていないのだから早めに話題を変えておけ』と言いたいのだろう仏頂面が浮かんでいた。

 

「あー、ところで……セイちゃんがファル子さんと一緒にレッスンしてないの、なんだか珍しいですね」

「スカイちゃんなら今日はアヤベちゃんとトレーニングでグラウンドに行ってるよ。最近はすっごく真剣で、なんていうか……ほら、ね?」

 

 スマートファルコンの顔に浮かぶのはいつも通りのウマドルスマイルだったが、笑顔とは裏腹に言葉の歯切れは悪かった。もちろんスペシャルウィークはその理由を──セイウンスカイが真剣な理由も、それをスマートファルコンが濁す理由も──察することができた。

 

 スペシャルウィークはセイウンスカイに勝ったから。勝ち続けているから。まだ一度として、敗北を味わったことがないから。

 

 菊花賞は、これまで二人が戦った中で着差が最も開いたレースだった。記録上は『大差』、しかし実際には15バ身近い差。3000mという長丁場のレースであることを鑑みても、なお埋め難いその距離、着差。

 

 スペシャルウィークは敗北を経験したことがない。故に想像するしかないが、敗北とはさぞ屈辱的で、泣きたくなるほどに悔しいものなのだろう。他ならぬ自らの友人であるセイウンスカイがその只中にあって、しかもその原因が間違いなく自分にあるということを考えると、スペシャルウィークの心には焦げるような痛みが走った。

 

「セイちゃんが頑張ってるなら、私も頑張らなきゃですね!」

 

 その痛みを無視しながら、スペシャルウィークは笑顔を作った。その様子にスマートファルコンも乗ってくる。

 

「いいなぁ、青春って感じがして」

「どうしましたファルコン、そのように年寄りめいたことを言って」

「琥珀さん、ファル子はまだまだそんな年じゃないゾ☆」

「話題を振ったのは貴女ではありませんか」

 

 陽室が呆れた様子で肩をすくめると、スマートファルコンは小さく頬を膨らませた。その仕草は少女然としていて、纏う雰囲気をぐっと幼く見せていた。

 

 その仕草を見て、スペシャルウィークはふと気づいた。すなわちスマートファルコンは、身に纏う雰囲気を正確に制御できているということだ。目的は違えども、目指すべき終着点のひとつとして見ることもできよう。

 

「スペちゃん、どうしたの?」

「い、いえ! ……ファル子さんは、やっぱりウマドルなんだなぁって」

「ふっふーん☆ ファル子は愛され系ウマドルを目指してるからね。いつかスカイちゃんも逃げ☆シスに入ってほしいなって思ってるんだけど、なかなか首を縦に振ってくれなくてねー」

 

 いい逃げ足してるんだけどなぁ、と残念そうなスマートファルコン。

 

 逃げ☆シス──逃げ切り☆シスターズといえば、スマートファルコンを中心に活動しているウマドルユニットだ。逃げ戦略が光るウマ娘を集め、学園のバックアップを受けながらライブ活動などを行っているのだったか。

 

「スカイちゃんはほんとまっすぐだからね、見てるこっちもちょっとヒヤヒヤしちゃうところがあるんだ。でもレースになるとすごい燃えてて、ファル子の方がパワーをもらうことも多くって」

「ファル子さん……」

 

 思わずといった雰囲気でスペシャルウィークが呟いた。

 

「だからね、スペちゃん。スカイちゃんのこと、ちょっと気にしてあげてね。ライバルとしてでもいいし、友達としてでもいいんだけど、スカイちゃんと向き合ってあげて」

「セイちゃんと、向き合う……?」

「だって、気にしてる相手に見てもらえないって悲しいでしょ?」

 

 そう答えてスマートファルコンはにこっと笑ってみせた。そのタイミングを見計らって陽室が割り込んでくる。

 

「ファルコン、今日は路上ライブがあると言っていませんでしたか?」

「あっ、もうそんな時間!? 急がなきゃっ……」

 

 慌てて荷物をまとめ、スマートファルコンは勢い良く立ち上がった。

 

「それじゃあ琥珀さん、スペちゃん、また今度レッスンでよろしくねっ☆」

 

 急ぎながらも笑顔とウインクは忘れることなく、そのまま彼女はレッスンルームを去っていった。スマートファルコンの『しゃいしゃいしゃ~い☆』という声が小さくなっていくのを聞き、ドアが静かに閉まるのを見てから、スペシャルウィークは改めて口を開く。

 

「セイちゃんと、向き合う……かぁ」

「ファルコンも先輩らしくなってきましたね。後輩に頼られる経験はやはり大きいようです」

 

 どこか感慨深げな陽室の言葉にスペシャルウィークは引っかかりを覚えて首を傾げる。

 

「そういえば、ファル子さんってトレーナーさんのことを『琥珀さん』って呼ぶんですね。トレーナーさんもファル子さんを呼び捨てですし」

「これでも私はファルコンのライブレッスンをずっと担当していますからね、普通の生徒よりも親交は深いですよ。彼女の曲に歌詞を書きもしましたし」

「へー、歌詞を……歌詞!? トレーナーさん、そんなことできるんですか!?」

「作詞だけですがね。あいにく作曲は門外漢ですので」

 

 今まで全く知らなかった、という顔をするスペシャルウィーク。だが、陽室の方はむしろ呆れ顔だった。

 

「貴女の曲も私が歌詞を書いているのですよ」

「……もしかしてですけど、私のソロ曲をいつも書いてくれてる『朝月咲』さんって」

「私が以前使っていた芸名です。伝えていませんでしたか?」

「初耳ですよ!? ……ちょっと待ってください、トレーナーさんが朝月さんってことは……『私の印は大本命◎』とか、『ありがとう、神様』とか……」

「『ピリオド・レコード』も『Stellar Whiteout』も、歌詞を書いたのは私です。貴女のことをよく知り得ていないと書けない歌詞だと自負していますよ」

 

 陽室にそう諭されてもなお、スペシャルウィークは事実を飲み込めていないようだった。

 

「初めて知ったのならばその驚きようも理解はしますが、そこまで不思議なことですか?」

「えっと、その……朝月さんが書いてくれた歌詞ってすごくシンプルで、分かりやすくて……トレーナーさんらしくないなって」

「歌詞を書くのは自らのためではなく、それを歌う誰かのためですからね。それを忘れてはいけません。私とてTPOは弁えていますよ」

 

 陽室はそこで言葉を切り、近くに置きっぱなしにしてあったパイプ椅子を引っ張ってくる。

 

「さて。座りなさい、スペ」

 

 スペシャルウィークは無言で従った。先程までの雑談ムードから一変して、場の空気が……より正確には、陽室の雰囲気が真剣なものになったことに気付いたからだ。

 

 座ったスペシャルウィークに向かい合うような位置に陽室は回り込み……突然その頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした、スペ。私の監督不行き届きです」

「えっ……?」

「そもそも、貴女のトレーニングメニューやレースメニューを組みながらスケジュールを調整していたのは私です。その上で、貴女のレーストレーニングに関しては大半をベルノに任せきりでした。ベルノに録画してもらった映像で一日遅れの確認はしていましたが、それで貴女の疲労を見抜けていないのですから話になりません。私の明確な落ち度です」

「そ、そんなことないですよ! 確かに今日はちょっと疲れてましたけど……昨日の疲れが溜まってただけだと思います」

「だとすれば尚更問題です。どこか一箇所で相当な無理をしたから疲労したという話であれば、今後その行動を戒めれば良いだけです。しかし、スペは昨日今日と何か特別なことをしましたか?」

 

 陽室の言葉に押し黙るほかないスペシャルウィーク。

 

「これは私の推測ですが……スペ、貴女はトレーニングやレッスンによる一時的な疲労を隠しきれなかったというよりも、むしろ貴女が抱えていた慢性的な疲労と、漠然とした不安感による焦燥のふたつが合わさって表出し、それをミス・ナリタブライアンに見咎められたという方が正しいのではないですか」

「…………はい」

 

 ここまで綺麗に言い当てられては、スペも観念するほかなかった。

 

「慢性的な疲労の主たる原因は、周囲に見せるための振る舞いに気を遣いすぎたせい。無論、その他の要因で溜まってしまった疲労も当然あるでしょう。そしてふと、『このまま生徒会長になってしまったらどうしよう』と考えこんでしまう。今のままの、完璧には程遠い自分のままではいけないのに、と」

「……トレーナーさん、もしかしてどこかで私のことを見てましたか?」

「いいえ、見ていたらこの状況に陥らせていません。ただ、私も通ってきた道でしたからね。今の貴女を見れば想像もできます。貴女は自己肯定感が高いので、ここでは引っ掛からないと思っていましたが……これもやはり私の管理不行き届きです」

 

 陽室は腰に両手を当てた。

 

「というわけで、休養しましょう」

「休養、ですか?」

「ええ、休養です。具体的には……4週間ほど、12月の初週前後まで。有馬記念に出走する前提ならば、そのあたりまではしっかりと休めます」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんなに休んだらジャパンカップに出れなくなっちゃいますよ!?」

 

 陽室の言葉を慌てて遮り、スペシャルウィークは反論する。

 

 ジャパンカップの開催は11月の終わり。菊花賞・ジャパンカップ・有馬記念というローテーションで今年のGI戦線を戦うことは前々から相談して決めていたのに、陽室の言う通りにしてはその前提が崩れ去ってしまう。

 

「よく理解していますとも。そしてスペがジャパンカップに……というより、大きなレースに出て結果を残したがっていることもまたよく理解しているつもりです。何故ならそれは、『日本一のウマ娘』という貴女の夢を最短距離で達成する方法なのですから」

 

 ですが、と陽室は続ける。

 

「今の貴女をそのままレースに出すわけにはいかない、と私は考えています。ああ、勘違いしないように。現状のコンディションでは勝てないなどとのたまうつもりはありません。余裕があるかはさておき、貴女であれば充分勝ちの目はあります」

「それなら……」

「ですが、その勝利は貴女にとって理想的な勝利とは程遠いものになるかもしれません。中途半端な勝利を得たせいで未来の貴女が悪影響を被る可能性の高さを否定できない以上、私は『貴女ならばジャパンカップを勝てるから』と背中を叩いて送り出すことはできないのですよ」

 

 スペシャルウィークの脳内は困惑で埋めつくされていたし、それは彼女の表情にもありありと表れていた。

 

「えっと……よく分からないです」

「よろしい、この場において正直は美徳です。……ときに、ウマ娘は『想いを背負って走る』生き物であるとよく言われます。また、ヒトに比べてメンタルがフィジカルに影響を及ぼしやすい生き物であるとも。貴女の場合、一般論として語られるもの以上にその傾向があります」

 

 ウマ娘という種族の謎は、現代科学を以てしてもその全てを解明しきれていない。ヒトとほぼ同様の骨格・体内構造でありながらヒトを遥かに凌駕する身体能力も、第二次性徴期あるいは思春期の前後に訪れる本格化現象の原因も、数多の研究論文こそあれど明確な結論が出るには至っていないのが現状である。

 

「夢を託された自分を信じれば信じるほど、夢を叶えられるような自分に近づく。ありていに言えば、貴女はそういう性質を抱えているようです」

「……そんなことってありえるんですか?」

「事実そうなのですから、その理屈を論ずるのは不毛ですよ。私とて半信半疑ですし、貴女の自己暗示を目の当たりにするまでは想像もしていませんでした。あれこそ自分を信じる行動の極地であり、貴女がトレーニングで培った能力を最大限以上に発揮させる効率的手段だったわけです。完全に結果論ですがね」

「でも、それなら私がジャパンカップに出走しても大丈夫じゃないですか? 暗示さえすれば良いわけですし……あっ」

 

 スペシャルウィークが口を抑えた。

 

「気付いたようでなによりです。その暗示の効きが悪くなる、あるいは効かなくなる可能性を現時点で否定できません。かといって中途半端な暗示で勝っても、その経験のせいで今後『自分の世界に入りきれない』ことになりかねないという話なのですよ」

 

 そう言いながら陽室はデスクの方へ歩いていき、何やら収納部を物色し始める。

 

「『日本一のウマ娘スペシャルウィーク』という目標には勝ち続けばいいという明確な道筋があるのに対して、『生徒会長スペシャルウィーク』になるための道筋は貴女にとって未だ不明瞭。それが貴女の不安を掻き立て、せめて形だけでも完璧にしようという意識だけが先行し、結果として疲労が残る。その疲労、ひいては自分を信じきれない感情がレースにも及びうる。典型的な悪循環です。なのでこのタイミングでバッサリと断ち切りましょう……ああ、ここにありましたか」

 

 引き出しの奥から探し物を見つけるや否や、陽室はそれをスペシャルウィークの方に軽く放り投げた。

 

「わっ……とと」

 

 慌ててその何かをキャッチした彼女が手のひらを開いてみれば、至って普通のUSBフラッシュメモリが一本。

 

「休養中だとしても何もせずにいるだけでは弱くなるのみですし、貴女自身も落ち着かないことでしょう。今の貴女にとって必要そうなレース映像をいくらか厳選してその中に入れておきました。ベルノにも同じものを渡しておくので、じっくり見て話し合いながら研究しなさい。必要ならば私も付き合います」

「わ、わかりました。……でも、やっぱり一ヶ月のお休みは長いような気がするんですけど」

 

 スペシャルウィークの控えめな主張を聞いて、陽室はすっと目を細めた。

 

「いいえ、スペ。叩き込むに足るかという点で見ればいささか微妙な期間ですから、休養とはいえ今までより露骨に自由時間が増えるわけではありませんよ?」

「…………叩き込むって、何をですか?」

 

 恐る恐る問いかけるスペシャルウィークに、陽室は当然だと言わんばかりに答えた。

 

「これからじっくりと教えていく予定でカリキュラムを組んでいた、印象をコントロールするための演技です。貴女が求めれば求めるほど疲労を積み重ねる原因となる『威厳と余裕を兼ね備えたスペシャルウィーク』を、貴女のご希望通りにすばやく仕立て上げてみせましょう。それでも一ヵ月、二ヵ月のレッスン漬けは覚悟していただきますよ」

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