生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

24 / 73
エルコンドルパサーに悪気はない

「追試回避! そしてこれでなんとか落第回避デース!」

 

 エルコンドルパサーの姦しい声が教室に響く。手元にあるのは古典のテスト結果だ。その様子にスペシャルウィークは苦笑いを浮かべた。

 

「これで来年も全員同じ学年だね」

「もう少し余裕をもってクリアしてほしかったものですが、可とはいえ合格は合格です。素直に喜ぶべきですね」

「もー、グラスはこんなときも硬いデスねぇ。でもこれでみんなテストからは解放デース! みんなで甘味パラダイス行きましょう! ほら、セイちゃんも寝てないで起きる!」

「うえー……」

 

 エルコンドルパサーが元気一杯にそう言うが、肩を揺すられているセイウンスカイにとってはたまったものではない。

 

「甘味パラダイスって新宿のー? 去年スぺちゃんが行ったときに在庫全滅させて出禁になってなかったけ?」

「うぅ、セイちゃんよく覚えてるね……確かにそうだけど……」

 

 スペシャルウィークはそう言って耳をへたらせる。甘味パラダイスと言えば、アイスやケーキなどのスイーツ類のバイキングを提供するチェーン店だ。ウマ娘料金の割り増しを払って入っていたのだが、彼女は90分の時間制限をものともしない恐ろしい勢いで店内在庫を払底させたのである。

 

 もっとも、そのころにはもう引退していたオグリキャップと連れ立っての来店であり、オグリキャップの負担分も相当だったのだが。とはいえどちらにせよ、おそらく甘味パラダイス全店でスペシャルウィークとオグリキャップは当面出入り禁止という姿勢は変わっていまい。

 

「本当は行きたいけど、出禁じゃしょうがないし……甘パラはパスかな。ちょっとこの後用事もあるから。ごめんね! また今度!」

 

 そう言って荷物をまとめ、ぱたぱたと出ていくスペシャルウィーク。セイウンスカイはそれを見送ってから、首を回して残された面々を見る。教室に残っているのはエルコンドルパサーとグラスワンダーだ。

 

「あれ、そういえばキングとおツルちゃんは?」

「二人とも保健室デース」

「あー、キングの面倒見の良さの本領発揮かー」

 

 セイウンスカイはそう呟いてにやりと笑う。

 

「それにしても、スぺちゃんもいよいよ体重を気にするお年頃かなぁ」

「出入り禁止になっているのが本当なら、甘味パラダイスに行くこと自体が問題でしょうしね……」

 

 グラスワンダーの指摘に少し考え込むセイウンスカイ。

 

「あ、そっか。出禁になってるの無視して入店したら最悪警察沙汰か」

「ケッ!?」

「そういうことです。スペちゃんもスキャンダルを意識しないといけない状況ですね」

「うえー。でもスキャンダル対策って意味ならみんなそうデース」

「あのインタビュー対策とかの講習の再履修とか避けたいしねー。あぁやだやだ。甘い物食べるのも釣りも自由にできないこんな世の中じゃ」

 

 そんなことを言いつつ身体を起こすセイウンスカイ。

 

「でも、スペちゃんが甘味で釣られてこないなんて相当だよねぇ」

「そう言うセイちゃんも、相当珍しいことになっているのではないですか?」

 

 グラスワンダーがそう言って口元を隠す。その仕草があまりに様になっていて、セイウンスカイは噴き出しそうになったのを誤魔化しながら言葉を返した。

 

「どこが?」

「リーニュ・ドロワットです。フジキセキ先輩の『デート』になったって聞きました」

「うわぁ、もう情報回ってるの……?」

 

 グラスワンダーは積極的に情報を集めて回る方ではないし、そもそもグラスワンダーはセイウンスカイと同じ美浦寮だが、彼女に情報を流した覚えはない。フジキセキは栗東寮の寮長なので、グラスワンダーとの接点はあまりない。つまり、ドロワの情報は現時点でかなり広まってしまっているらしい。

 

「まずったなぁ。あんまり目立ちたくないんだけど」

「確かに、目立つのはレースの結果だけにしておきたいものです」

 

 くすりと笑うグラスワンダー。

 

「それにしても最近のスペちゃん、なんだか、えっと……南京料理じゃなくて……満身創痍でもなくて……」

「……他人行儀?」

「それデース!」

「エル、さすがに離れすぎです。というより、セイちゃんもよくわかりましたね」

「なんというか、同じようなこと思ってた部分あるからねー」

 

 セイウンスカイの言い分は半分本当で半分嘘だ。フジキセキに指摘されてから思い返してみれば、という程度に過ぎない。それでも、エルコンドルパサーも感じ取っていた所はあるらしい。

 

「まあ、レースが続くシーズンは皆ピリピリしてしまうものですからね。スペちゃんは特にそういうところがあったので、その状態が切れなくなっているのかもしれませんよ」

 

 グラスワンダーは持論を展開しつつエルコンドルパサーの方を見る。

 

「エルはどう思います?」

「スペちゃんは裏切り者デス。『いつまでも一緒に補習を受けようね』って誓い合った仲なのに!」

「エル」

 

 補習の度にフォローアップを手伝っているグラスワンダーの声が冷え込んだ。

 

「まぁまぁ、グラスちゃんもそんなに怒らないであげて。最近はエルも頑張ってるし。国語以外は」

「それ絶対褒めてないデス……」

「バレた?」

 

 にゃははとわざとらしく笑ってみせれば、エルコンドルパサーが飛びかかってくる。椅子からひらりと立ち上がりつつ、セイウンスカイはそれを避けた。

 

「最近のスペちゃんは勉強も優秀ですし、勝ち逃げも視野に入れつつ単位をどんどん取ってくとかも考えてるのかなぁ、あの子ってば」

 

 セイウンスカイの声にピタリと動きを止めるエルコンドルパサー。その間に距離を稼いだセイウンスカイがグラスワンダーを見る。

 

「グラスちゃんはどう思う?」

「あり得るでしょうね」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園はある意味で『特殊な』学校だ。セイウンスカイも入学オリエンテーションで教師から『トレセン学園は、文部科学省とURAが共同で出資して設立した特別な学校法人であり、日本ウマ娘トレーニングセンター学園法に基づいて運営されている私立の中等教育学校です』と言われ、脳内が困惑で盛大に埋め尽くされたことがある。

 

 トレセン学園の授業は、午前に勉強、午後にレースに向けたトレーニングやライブレッスンなどが組まれるのが通例で、通常の学校のようなカリキュラムが組めない。中等部からトゥインクルでデビューするウマ娘も珍しくないため、授業側のカリキュラムをある程度組み替えられる中等教育学校制度と、フレキシブルに授業を選択して履修できる単位制を平行導入することによって『レースのために授業の方を組み替える』という力業を押し通しているのがトレセン学園だ。

 

 そのため、レースに『身が入っている』ウマ娘ほどトレーニングが増え、座学の時間が少なくなるため留年しやすい傾向があるし、レースの影響によってトレセン学園で留年することそのものは、決してマイナスだけを意味するものではない。事実上学園生のみに門戸が開かれている、トゥインクル・シリーズの出場資格をそれだけ長く保持できるからだ。逆にレースを諦めたウマ娘などは早々に座学主体に切り替えてサポート科に転入したり、大学や専門学校への進学を目指してあっという間に卒業していくこともある。

 

「でもスペちゃん、現役で長く居るつもりならそんなに焦って単位を取らなくてもいいと思うんだけどなぁ」

「ルドルフ会長方式でも目指してるんデスかね?」

「どれか1単位だけあえて取得しないことで高等部三年を留年し続け、現役に残っておくという方式ですね。シニアでしっかり練習時間を稼げるのは魅力ですが、時間を取られる生徒会執行部員や寮長にでもならない限り、そうそう必要ない方式ですから……」

 

 グラスワンダーがそこで言葉を切った。

 

「……気づいた?」

「スペちゃんが生徒会に入ろうとしている? 決してあり得ない話ではありませんね。単位を取りきり、さくっと卒業して……というタイプにも見えませんから」

「やっぱりそう見えるよねぇ」

 

 セイウンスカイはそう言って溜息を吐いた。

 

「やっぱり、ということは……セイちゃんは大体予想がついていたのですか?」

「まぁねー。それこそフジさんから『今回のドロワはスペシャルウィークが司会進行』って聞いてたし。ドロワは生徒会主導でしょ? もしかしたら狙ってるのかもよ、生徒会入り」

「スペちゃんなら『ルドルフ会長に憧れて!』って言っても驚かないデス……」

「皇帝越えが見えてきた、なんて言われてるもんね……」

 

 セイウンスカイの言葉で教室に沈黙が落ちた。現状、三人は──というよりも、現役ウマ娘の誰も──スペシャルウィークを相手取って1着を勝ち得たことはないのだ。

 

「……次にぶつかるのは、セイちゃんでしたね」

「だねぇ。上手いこと勝てればいいけど」

 

 そう言いつつ荷物を纏めにかかるセイウンスカイ。

 

「最近スペちゃん強いからなぁ……いろいろと」

「それでも立ち向かうほかありません。エルは()()()()ですか?」

「もちろんデース! 今年は世界最強を目指して凱旋門デース!」

「タイキさんに続けてリギルは今年も海外遠征かぁ。がんばるねぇ」

 

 そう笑いつつ筆箱を乱雑にスクールバッグに放り込み、バッグを肩にかける。

 

「それじゃ、そろそろ私は昼寝に行きますかね」

「あれ? 甘パラはなしデスか?」

「あんまり食べるとブタになっちゃうからねぇ」

 

 頬を膨らませるエルコンドルパサーと、ちょっとむっとした表情のグラスワンダーにパチンとウインクをして見せ、セイウンスカイは手を振った。

 

「それじゃ、よい春休みをねー」

 

 挨拶して廊下に出る。今日はトレーナー全員集合の会議があったり、トレーナー以外の教師や教官も進級判定会議やらで忙しいらしく、教官もしくはトレーナーの監督が必要な器具を使用するトレーニングは一切禁止であり、練習用のトラックも基本的に閉鎖。そのため、今日の午後は生徒だけでできる自主練に勤しむか息抜きに行くかの二択になっている。

 

「来週末には卒業式とドロワかぁ……上手いこといくといいけど」

 

 外を見れば気の早い桜がほころび始めたころ。来週末にはおそらく七分咲きぐらいにはなっているだろう。『みんなで先輩に感謝して泣きながら送り出しましょう』という空気になるのが送る側としても送られる側としても苦手だったセイウンスカイにとって、この時期は少々憂鬱なのだが、それでも桜は嫌いではなかった。

 

「スペちゃんが生徒会……やっぱり私はどこか信じられてないんだけどな」

 

 グラスワンダーはあり得ると言っていたが、レース中の凄まじい気迫を見せるスペシャルウィークだけを見るならばともかく、普段のスペシャルウィークを見る限りはあまり向いていないのではないかとセイウンスカイは感じていた。

 

「ま、最後は目と足で確かめるしかないんだけどさ」

 

 グラスワンダーは当分マイル戦線を見越している。明言こそしていないが、おそらくはヴィクトリアマイルか安田記念あたりに照準を合わせているはずだ。エルコンドルパサーは海外遠征の道を選び、今年は秋までフランスで暴れてくる算段らしい。キングヘイローはなぜか短距離路線に照準を合わせ始めた。

 

「つまり、中長距離でスペちゃんとやりあうのは私だけ、か……」

 

 そう呟いて、しまったと感じる。独り言が増えるのは良くない兆候だ。

 

 エルコンドルパサー、グラスワンダー、キングヘイロー、セイウンスカイ────そして、スペシャルウィーク。

 

 黄金世代と呼ばれ、しのぎを削った面々だが、クラシックの結果はスペシャルウィークの一人勝ち。中長距離のいわゆるクラシックディスタンスはスペシャルウィークの独壇場となり、スペシャルウィークが出走するレースを皆が避け始める。……少し前の例を出すならばマルゼンスキーやシンボリルドルフがそうだったように、スペシャルウィークが居るだけでそのレースの出走ウマ娘が減るという状況がいよいよ見えてきた。

 

 そこまで手に入れて、今度は生徒会で何を欲するんだろうか、スペシャルウィークは。

 

 セイウンスカイは首を振って考えるのをやめる。その答えを探しても仕方がない。セイウンスカイの目標は春の天皇賞でスペシャルウィークを下すこと。ドロワへの参加も生徒会関連の情報収集も、スペシャルウィークの戦略を丸裸にするためやっているに過ぎない。今セイウンスカイが知るべきは、彼女の目的ではなく、彼女の手段だ。

 

「力業で押し通すような戦い方だけでも厄介なのに、向こうまで策略と戦略を用意してレースメイクなんてされ始めちゃったらなあ……」

 

 セイウンスカイは顔を上げ、桜を一瞥して歩き始めた。

 

 もうすぐ春が来る。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。