「もー、フジさんのデートになるってことを完全に舐めてました……」
「あはは。それは君が魅力的だってことさ、スカイ」
そんな会話をしながら、初めての通しリハーサルを終えたセイウンスカイが体育館の天井を仰ぐ。運営サイドしか集まっていないはずなのだが、それでもかなりの人数が揃っていた。
「それにしても、生徒会というか……リーニュ・ドロワット実行委員会が本当にやる気で驚きましたよー」
「組織化はエアグルーヴのお手柄だね。人員の拡充と縦割り化は弊害もあるけど、スーパーマンに頼らない組織作りとしては正しい」
「それも帝王学に含まれてたりするんですか?」
「まさか、一般論さ。皇帝にも怪物にもなり損ねたウマ娘が帝王学を語ったところで説得力なんてないだろう?」
そんなことを言いながらフジキセキは笑みを浮かべる。襟ぐりが大きく開いて肩の出るデザインのドレスは、『王子様』と呼ばれ続けてきたフジキセキにしては珍しい意匠のドレスだ。深い紫色を基調にしたドレスを金色や銀色の糸で刺繍がライトアップで輝くように計算されて配置されている。その着こなしや身のこなしはセイウンスカイでさえも『流石フジさん』と唸らざるを得ない。
「でもやっぱりフジさんはすごいや」
「君もだよ、プリンセス。まさか逆提案が来るほど乗ってくるとは思ってなかったよ」
「いやはや、中途半端は許せないタチでして」
セイウンスカイが両掌を上に向けつつやれやれとジェスチャーをしてみせると、何が面白かったのか腹を抱えて笑い出すフジキセキ。
「それでブレイクダンスのエッセンスも入れたフリースタイルに持ち込まれるとは思わなかったな」
「この意匠を考えてもらったのに、パンクにしちゃいましたね」
「いやいや、いいのさ。元から『いつもと違うことをしよう』という意図だからね。これくらいの方がありがたいし、実際ウケも良かったじゃないか」
青みがかったグレーに青い半ズボン。昔の貴族の肖像画でこういうの見たなぁ、なんて感想が湧いてくるクラシカルなデザインの衣装が用意されたときには驚いたものだ。首元が詰まった服が苦手なので当初は少々辟易としていたのだが、今になってみると我ながら想像以上に似合ってしまっているのがずるい。デザイナーというのはなかなか憎い仕事だ。
「なんだかんだ、セカンドの位置で踊り続けましたからねぇ。3着の子と組むことも多いので」
「わかるなぁ、その気持ち。相手をおもんばかることばかり上手くなるよね」
「かなり気ままに動いてるつもりなんですけどねぇ」
セイウンスカイは溜息を吐いた。自らの力不足が招いた結果とはいえ、うんざりしてしまう。
「で、今日は気ままに動きつつ情報収集というわけだ」
「やだなー、今更はしごを外さないでくださいよー。ねえ、
その言葉に目を細めて笑うフジキセキ。
「それで、総大将の天敵からみて、今の彼女はどう映ったかな」
「なんというか、ロボットみたいだなーって」
ロボット? とフジキセキが聞き返す。
「決まった『型』をなぞってるんですよ、多分。いくつもの対処パターンを丸暗記しているだけ」
そう語る声は冷えびえとしていた。
「
「辛辣だね」
フジキセキはそう言って肩をすくめた。
「でも、実際それだけでかなり上手く回っているわけだ」
「その場合どれだけ精細にパターン分けできてるかだけですからね、論点は。司会が様になっててびっくりしましたけど、司会の対処パターンて結構絞れるので、納得っちゃ納得です」
……ま、司会ができてもレースにはつながらないですけど、とセイウンスカイは心の中だけで付け足して、首の後ろに両手を回しぐっと背をそらす。
「こうなってくると、スペちゃんに関しては……視野の広さを警戒しないといけないですねぇ」
「なるほど、差し足の活かしどころって訳かい?」
「それも含めて、ですね」
スペシャルウィークのレースシーンを文字通り穴が開くほど繰り返し見続けたセイウンスカイにとって、最も大きな脅威は間違いなく終盤の差し足だ。
わずかな間隙を力技でねじ込んでくるだけの度胸と勝負感、それを支える驚異的な差し足。それがスペシャルウィークの武器だ。……少なくとも日本ダービーの前まで、それ以外に目立つ武器はなかった。武器がそれだけでもGIレースを勝つに充分だった、と言い換えることもできる。
最終盤まで先頭で逃げる戦略を得意とするセイウンスカイにとって、その爆発力のある差し足が脅威であるのは疑いようもない。
視界は広いのに、周囲からの視線や思惑にはやたらと鈍感。だからこそ周囲に惑わされることなく、自らのベストなタイミングでスパートを開始し、トップスピードまで順調に加速していくことができる。セイウンスカイが知る
だが、ダービーを機にスペシャルウィークの走りは明らかに変化した。
ダービーでは先頭の大逃げ。札幌記念では先行。毎日王冠では最後尾の追込。菊花賞では差し。そして有馬記念では……あの走りをどこにどうやって分類するべきか、セイウンスカイの中では未だに定まっていない。
あのレースで、スペシャルウィークは自身をマークしていたグラスワンダーをセイウンスカイになすりつけていた。またその過程で同時に先行組を牽制して、彼女らの自由なレースメイクを封殺していた。中盤以降、全てがスペシャルウィークの掌の上だったと言っていい。
メディア各紙に『流星のような』と表現された、暴力的な末脚。それでいて豊富なスタミナから繰り出される、悪夢的なロングスパート。その二つだけでもあの手この手を尽くしたところで届かないというのに、そこに変幻自在の脚質や徹底されたポーカーフェイス、挙句の果てには走りながら策を組み立てて実行してみせる戦略眼まで。レースに必要な全てを兼ね備えている、と言っても過言ではない。
レースにおける今の彼女を端的に表現するなら。
「……理想のウマ娘、か」
「君には彼女のことがそう見えているのかい?」
フジキセキの言葉にセイウンスカイが問い返す。
「じゃあ、フジさんにはスペちゃんがどんな子に見えてるんですか?」
「ただのポニーちゃんにしておくにはもったいないくらいにかわいいと思うよ、なんて言ったところで君の求めた答えにはなってないでしょ?」
フジキセキの方に視線を向けることを返事の代わりにして、セイウンスカイは続きを待つ。
「無邪気だよね、本当に。……手がつけられないくらい」
フジキセキはそう笑みを深めた。どこか仄暗い色が瞳に浮かぶ。
「残酷なまでの実力と、日本一になりたいという純粋な願いと、それに臆することなく手を伸ばせる傲慢さ。どれもきっとあの子を形作る強さだけど……なによりそれに無自覚であるが故の無邪気さが本当に恐ろしい」
こんなことは言うべきではないけどさ、とフジキセキは続ける。
「仮にスペちゃんの実力に絶望した誰かが首を括って、あの子がそれを知って深く悲しんだとしても……それがあの子にとって『誰か』でしかなかったなら、次の日には泣き止んで笑顔でターフに戻れるんじゃないかな。私にはそう映る。今のスペちゃんは、力への自覚がない」
セイウンスカイは言葉を継げなかった。そんなことをフジキセキが言うなんて全く思ってもいなかったし、セイウンスカイ自身もそんな想像はしたこともなかったのだ。
「まあ、だからこそ会長がテコ入れをしているんだろうけどね。それでも力の行使に無自覚なまま口先だけが上手くなったリーダーの行き着く先は独裁者で、そのカリスマの行き着く先は大量虐殺か強制収容所と相場が決まってるんだよ。無知と無邪気がたくさんの人を傷つけて、心地よいことを口にしてくれる誰かだけで世界ができあがっちゃう。それが恐ろしくてね」
「……もしかして、スペちゃんの鼻をへし折るのってスペちゃんのためなんですか?」
「もちろん、私情も山盛りさ。否定はしないよ。私は栗東寮の寮長で、その栗東寮には他ならぬスペちゃんだっているんだからね」
フジキセキの目の色が優しい色に戻る。
「でも、全部杞憂で終わればいいと思ってるよ」
「皆さん集合してくださーい! 振り返り会しまーす!」
「……っと、愛しのスぺちゃんからお呼ばれだよ」
紫色のドレスから伸びるすらっとした手を取って、呼ばれた方に足を向ける。体育館の特設ステージの前には制服姿の面々を中心に20人以上が集まっていた。
「皆さんお疲れさまでした! 初回の通しリハなので、途中タイマーを止める場面がありましたが、そこ以外は大きな問題なく進んで、なにより事故や重大インシデントがなかったので大成功だと思っています」
はきはきと進めていくのはスペシャルウィークだ。左胸に着けられたネームプレートには『統括ブロック進行班班長』と小さく打ち抜かれている。
「では、統括ブロックリーダーのエアグルーヴさんから全体の所感をお願いします!」
「まずはスペシャルウィークが言った通り、皆が怪我を伴うような重大インシデントなく乗り切れたことは喜ばしいと考えている。特に会場ブロックの照明班や統括ブロックのロジスティック班はキャットウォーク部での高所作業があるにも関わらず、しっかりと安全行動ができていたことがとても心強い。一方で会場誘導等については一時的な過密状態への対応に不安が残る。この辺りは統括ブロックからの応援体制の見直しが必要だと考える。ロジ班や設備班から事前に応援対応の優先アサイン人員を選抜するべきだ。誘導班からの
そう言われ、メモ帳をパラパラとめくるスペシャルウィーク。
「はいっ! 人員選抜はこの後のブロック単位の打ち合わせでやりましょう。明日の第二回リハの前に誘導班との
スペシャルウィークが視線をヒシアマゾンに向けると、ヒシアマゾンが大きく頷いた。
「了解だ。ばっちり
「えっと……人数にもよりますが、5人くらいであれば、おそらく30分もあれば基本の動きや情報伝達はできると思います」
「分かりました。では優先アサイン人員は一度の応援は3人を基本定員として、予備人員含めて5人指定します。レクは明日の14:30から体育館でということで一旦確定。都合が悪ければ、明日の通しリハ後を目途に
「あぁ」
「わかりました」
「では誘導まわりはひとまずこれでいいとして……えっと」
スペシャルウィークが助け舟を求めるようにエアグルーヴを見る。
「他に気になるのは広報班の動きだ。スマートファルコン、班長としてどう見た?」
「うーん、いろいろ動きながらアングル探してみたけど、ファル子的には会場横からやステージ前からだけだとベストアングルになりにくいかなって。できればキャットウォークも使えたらと思うんだけどダメ?」
顎の下に指を置きながらそう告げるスマートファルコンだが、腕を組んで見せるエアグルーヴ。
「入口側の最後方は誘導班と統括班の指揮所として扱うし、その前は照明班が使うことになる。ステージが広く望める場所は空いていない上に、上り下りは梯子になる。照明を落とした状況で動くことが多い広報班が動くのは危険だと思うが」
「ってことは、エアグルーヴさんが気にしてるのって上り下りの危険だけ?」
「そこで動き回ると危険という話だ」
むむむ、と唸ったスマートファルコンだったが、すぐにポンと手を打った。
「じゃあじゃあ、最初からそこで張り付きの人を置いておけばオッケーだよね?」
「待て、そんな人員の余裕は……」
「一人心当たりがあるんだ☆ ウマ娘のことをよく見てて、どう切り取れば輝くかわかってて、頼めば熱心に協力してくれそうな子。で、まだ参加者として申し込みをしてない子」
そう言ってウインクをしてみせるスマートファルコン。セイウンスカイからすると『これが本物か』と思わざるを得ない。チームとしても同じ『ティコ』グループなので会話の機会も多いのだが、このあたりの所作はやはりウマドルを自認するスマートファルコンの方が上だ。
「スぺちゃん、副会長さん。人員を確保できて、キャットウォーク張り付きだったら問題ないよね? 休憩時間の明るいタイミングで安全に上り下りすればいいだけだし、予備のカメラもあるから機材の追加手配も必要ないと思うし」
「エアグルーヴさん、どうしましょう?」
困ったようにスペシャルウィークがエアグルーヴを見る。拝み倒すように両手をあわせて腰を90度に折るスマートファルコン。
「お願いー! 事前告知は間に合いそうですけど、当日のカメラ担当が足りないんですよー!」
「……本人の意思を最優先にしよう。キャットウォークでの活動を行う場合は高所安全教育を受けた上でなら許可する」
「エアグルーヴさんありがとー!」
愛想フルパワーでお礼を言うスマートファルコン。
「で、その心当たりの相手というのは誰なんだ」
「ふっふふー。エアグルーヴさんなら、芝・ダート両刀使いになりそうな子って言えばわかるかも?」
「ああ、あの小柄な……」
「イエース! 去年のダートジュニア王者にして、今は桜花賞に向けてキラキラに仕上がってきてる期待の新星! いつかファル子と一緒に日本のダート戦線を引っ張ってほしい子ランキングナンバーワン!」
そこで間を貯めに貯め、スマートファルコンが人差し指を天に向けぴっと突き出した。
「チームスピカの……アグネスデジタルちゃんですっ☆」
「ほえ? 今誰かに名前を呼ばれたような……ハッ、まさかデジたんの徳もいよいよテレパシーを受信できるまでに!?」