「うひょおおおおお! サービスショット満載ですぞぉ!」
頭上のキャットウォークの方から聞こえてくるアグネスデジタルの声を聞きながら、セイウンスカイは息を整える。体育館の壁は誰に対しても冷たさを提供してくれる。それが踊り疲れて火照った身体には気持ちが良かった。
「な、なんとか乗り切った……!」
「お疲れ様。君も大人気だったね」
「フジさんこそ」
リーニュ・ドロワット本番当日。照明トラブルなどもあり、ステージではなく体育館中央で踊る羽目になったと聞いて冷や汗をかいたものの、なんとかエキシビションを乗り切った。それに満足感を覚えなかったと言えば、おそらく嘘になる。
だが、セイウンスカイにとって本当のトラブルはそのあと。彼女と踊りたいという人が複数出てきてしまい、すぐ引っ込む予定が崩れ、しばらくいろんなウマ娘と踊り明かすことになってしまったことだった。
「ステージの上で軽く踊って退散のつもりだったのに、とんだ災難ですよー」
「でもよく乗り切ったね、えらいえらい。それに……大胆な判断をするものだね、スペちゃんも」
「実際、会場セットやライティング含めてよく調整しましたよ。エアグルーヴさんもよく土壇場で許可しましたよね」
今は即席の中央ステージが踊りたい面々に開放され、いろとりどりのドレスが花開く。卒業生やトゥインクル引退組が多いが、現役生も結構な人数が見える。比率はほぼ半々と言えるだろう。
「前に比べれば多くの在校生が参加してくれているよ。結果は上々といったところだね」
「なによりですよー。なかなか疲れましたよ、本当にもう」
そんなことを言いながら天井を仰ぎ──正確には天井から伸びるキャットウォークを仰ぎ見るセイウンスカイ。外だったら星空が見えたのだろうかと考えるが、そういえば今日の府中は曇りだったと思い直す。
「とはいえ大人気だったじゃないか。君のファンも増えたんじゃないかな?」
「またまたぁ。私の何倍も囲まれてたじゃないですかぁ」
「嬉しい限りだよ。……そう言う君も、悪い気はしてないんじゃないのかい?」
「聞き方が意地悪ですね、フジさん」
「ふふっ」
フジキセキは笑う。実際、彼女はセイウンスカイよりも多くのウマ娘と踊っていた。どこまで行ってもそつも隙もない対応をして戻ってきたフジキセキは、どこか満足そうにフロアを眺める。
「本当は私のトレーナーさんと踊りたかったところだけども、ドロワはあくまで生徒会主催、ウマ娘しか参加できないイベントだからね。それに思い出作りも悪くない」
「あー、なるほど。トレーナーの存在を盾にして逃げればいいのか……セイちゃん良いことベンキョーしちゃいました」
「おやおや、悪い子だ」
余裕そうに笑うフジキセキ。
「そう逃げても、君にも結構熱心なファンがいるじゃないか」
「まぁ、いぶし銀? とでも言うんですかね。一番人気は趣味じゃない、って子とかが推してくれたりするんで、結構ありがたいと思ってますよ」
「けれど、それをよしともしてないんだろう?」
「……やっぱり聞き方が意地悪ですよ、フジさん」
半分茶化すようにそう言い返す。半分は本音だ。
「自覚はあるよ。でも大切なことだ。作戦かもしれないけど、自ら進んで孤独になる必要はない。少なくとも、君はそれを選ぶべきではない」
「……フジさん、あなたは」
「余計なお世話だったならそれでいい。私を軽蔑してくれていい。それでも、一瞬でも揺らいだのなら、君は一瞬でも立ち返るべきだよ。君は君のために走るとしても、その背にはいくつもの思いが託されているだろう? 捨てたくても捨てられなかった
「……フジさんは、レースをステージと勘違いしていませんか?」
「……かもね。忘れていいよ、さっきのことは」
フジキセキが溜息を吐いたタイミングで、緩やかな舞踏会の音楽が一区切りとなった。すっと明かりが暗くなっていき、ステージ上にセットされたDJブースに明かりが灯る。照明トラブルを受け、統括ブロックの面々が慌てて100円均一で買い占めてきたLEDライトがこれでもかと言わんばかりに輝く。
《さぁ、皆様お待たせしました! ここからは一気に盛り上げていきましょう!》
DJブースの前に出てきたのは勝負服姿のスペシャルウィーク。それを見るでもなく眺めるセイウンスカイ。
《今年のリーニュ・ドロワットは一味も二味も違います! 優雅に華やかに、そしてエネルギッシュに参りましょう! 学園内外から一流のトラックメーカーたちを集めてアップテンポでハイになる楽曲たちをお送りします、ドロワット・ハイウェイラインの開幕です! 司会進行もスペシャルウィークから特別パーソナリティに引き継いでこの方にお願いします! ────ダイタクヘリオスさんっ!》
《イエェェェエエエエエエエエエイ! バイブスマックスでテン上げチョモランマでイっくよおおおおっ!》
マイクのハウリング音が一瞬キィンと耳を突いたが、すぐに音響が適切な音量に抑え込む。
「本当によく採用したよね……」
苦笑いのフジキセキ。これでも会場からちゃんと叫ぶようなレスポンスが返ってきているので、成功ではあるらしい。
《とりまのスタートダッシュはこのトラックをキメときゃアガるっしょ! 鼻にゅうめんPことOGAちゃん、よろしくぅ!》
ダンスフロアの明かりも色の付いたものになり、スピーカーから流れる曲の音量もテンポも上がっていく。フロアのライトもガンガンと色が変わっていき、それにつられるようにウマ娘たちが身体を揺らし始める。
その様子をじっくりと眺めてから、セイウンスカイは頷いた。
「うん、これぐらいくだけてた方がセイちゃん的にはいいかな」
「これはあれだね、個人で踊る感じの曲だね」
「踊るというよりモッシュで騒ぐんですよ」
「モッシュ?」
「ステージ前のあんな感じみたいにおしくらまんじゅうすることです。覚悟せずに突っ込むと押しつぶされるので、やめた方がいいですね」
私の知らない文化だ、とフジキセキは笑った。
「あー、フジさんとはたしかに無縁かもですね、こういうロックというかパンクなステージって」
「実際初めてだよ。スカイは慣れてる感じかな?」
「実はあんまりなんですけどねぇ。ガンガンうるさいのはなかなか苦手で……楽しそうではありますけど」
「じゃあ突っ込むのかい?」
「今は体力がないのでパスします。それに……」
セイウンスカイの視線の先をフジキセキが追うと、ようやくステージから解放されたスペシャルウィークが降りてきて、手を振りながらこちらに向かってくるところだった。
「セイちゃん! さっきはありがとう! すごいかっこよかったよ!」
「あははー。それはスペちゃんもでしょー? さっきまで司会進行で出ずっぱりだったんだしー」
「そ、そうかなあ。私は私のできることを必死にやってたらこんなことになってただけで……」
「それでできるのはすごいことだよー? よっ、常勝無敗の総大将っ!」
「もー、からかわないでよー!」
そういって頬を膨らませる彼女だったが、すぐに笑顔に戻る。
「でも、本当にありがとう。フジ先輩もありがとうございました! おかげで素敵な導入になったと思います!」
「ポニーちゃんのためになったなら、これくらいどうということもないさ」
おどけた様子でそう口にするフジキセキに、ぺこりと頭を下げるスペシャルウィーク。
「で、統括ブロックの進行班長さんがこんなところで油売っててもいいのかなー?」
「しばらくはヘリオスさんがステージを仕切ってくれるから大丈夫だよ。というわけで、ちょっと息抜きに……セイちゃん、私と一緒に踊らない?」
「いっ!?」
思わずという具合の叫び声が漏れ、聞いていたフジキセキが噴き出した。
「あっはっは! いいじゃないか、踊ってくれば」
声には出ていないが『威力偵察にもなるだろうし』と続いたに違いない。そう確信しながらセイウンスカイは眼をそらしつつ、頬を掻く。
「仕方ないなぁ、じゃあ次のトラックだけだよ、スぺちゃん。ちょうど切り替えのタイミングだろうし」
《次のトラックメーカーもバイブスアゲアゲでいっくよー! カモーン『!monad』、ロジカルなサウンドでクールにフロアをアツアツにしちゃってー☆》
赤系統の色で照らされていたフロアも青系統の色に変わる。DJボックスに立つのは、スペシャルウィークとセイウンスカイの前年にデビューして、今年の大阪杯を搔っ攫っていったウマ娘。
「へー、シャカールさんDJやるんだ」
「あれ、セイちゃん知らなかったの? というより、進行表見てなかったの?」
「私はエキシビションだけ踊ったら終わりだからねぇ」
そう言いつつフロアの方に出ていこうとした、ちょうどそのとき────ものすごい勢いで走る人影とすれ違った。
「……えっ?」
慌てて振り返るセイウンスカイとスペシャルウィーク。すれ違ったウマ娘──辛うじてしっぽが見えた──がありえないほど大きい音で体育館の床を踏み切り、身体を宙に踊らせるのとほぼ同時だった。
「うそぉ!?」
セイウンスカイが思わずそう叫んだタイミングで、ジャンプしたウマ娘はキャットウォークの手すりに手をついて飛び越え……そこにいた影に飛びかかった。
「のわっ!?」
アグネスデジタルの悲鳴が響くと同時、胴の長いレンズが付いた一眼レフカメラがキャットウォークから落ちてきた。そのまま床に当たって砕けたカメラの破片が音を立てて飛び散り、周囲の視線を嫌というほどに集める。
「
「ちょ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい痛い痛い痛いっ!」
アグネスデジタルの悲鳴が響く中、勝負服のポケットに入れていたらしいスペシャルウィークのスマホが光った。セイウンスカイからでは聞き取りづらいが、耳を澄ますとどうやらエアグルーヴの声に聞こえる。
《アボート・アボート。進行中断。
それを聞いたスペシャルウィークが息を大きく吸った。その息を吐きながら何かを呟くように口元が動く。セイウンスカイはスペシャルウィークが何を言っているのかを聞き取れなかった。
その直後、スペシャルウィークは自身の耳元に手を当てる。今度は簡単に彼女の言葉を聞き取ることができた。
「進行班長スペシャルウィークよりエアグルーヴ統括リーダー、トラブル対応入ります」
《頼んだ。私も向かう》
セイウンスカイはそのとき初めて、スペシャルウィークの耳に骨伝導式の小型ヘッドセットが挟んであるのに気が付いた。キャットウォークに向かう梯子にそのまま飛びつき、駆けあがるスペシャルウィーク。
BGMが停止し体育館の天井に吊るされた石英水銀灯がゆっくりと色付き始めるころ、会場のフロアから大声が響いた。
「
その顔を見て、セイウンスカイはこんな事態になった理由をおおよそ察した。グリーンを基調にしたドレスに身を包んでいるのはファインモーション──大英諸島連合の一角、アイルランド大公国の第二公女だ。
「
「
「
ファインモーションの声が凛と張る。キャットウォークに飛びあがった影──ファインモーションの護衛を担当しているSP隊長は、しぶしぶといった様子で組み伏せていたアグネスデジタルを解放する。キャットウォークを駆けてきたスペシャルウィークがアグネスデジタルを助け起こした。
「これ、大丈夫かなぁ……」
アグネスデジタルを背負うようにしてスペシャルウィークが梯子を下りてくる。そこにセイウンスカイが駆け寄るのとファインモーションがやってくるのはほぼ同時。遅れてエアグルーヴも駆けてくる。
「スぺちゃん、大丈夫?」
「デジタルさん、本当にごめんなさい……」
「スペシャルウィーク、何があった」
泣きじゃくるアグネスデジタルを見つつ、スペシャルウィークに問いかけるエアグルーヴ。
「理由はわたしにもまだ。ですが、ファインモーションさんの護衛隊長さんに聞けば分かるとは思います。ひとまず各所への対応を指示して、それから別室に移動しましょう。……エアグルーヴさん、タイムラインの管理をお願いできますか? 何があったかの確認とフィードバックはわたしがやりますから」
「ファインのことなら私の方が……」
「エアグルーヴさんはダメです」
スペシャルウィークは即答する。
「エアグルーヴさんはファインモーションさんと同室です。状況の整理は可能な限り関係性のない人がやるのが鉄則だって、わたし、エアグルーヴさんから教わったんですよ」
そう言ってスペシャルウィークはヘッドセットに手を伸ばし操作する。エアグルーヴはそれをただ黙ったまま聞いていた。
「至急至急、進行班長スペシャルウィークよりメジロアルダン救護班長、取れますか? ……はい、まずは保健室への連絡を。それから念のために会場入口で担架を準備させてください。そこまではわたしが運びます。続けてスマートファルコン広報班長、取れますか? 広報班は現場の写真を数枚撮ってから清掃をお願いします、統括からの応援も向かわせますので。安全確認が終了した後はエイシンフラッシュ統括補佐の指示に従ってください」
周囲を見渡しつつ、スペシャルウィークは目を走らせる。
「続けてヒシアマゾン会場リーダー、取れますか? サクラチヨノオー誘導班長及びスマートファルコン広報班長と連携して、現場の鎮静化をお願いします。おそらく会場の整理だけで問題はないと思います。続けてエイシンフラッシュ統括補佐、取れますか? チームスピカの沖野トレーナー及びチームリギルの東条トレーナーに電話で一報をお願いします。それから統括ブロックの余剰人員を3名ほど広報班の応援に向けてください。以上、終わり」
耳元に当て続けていた手を除けて、彼女はエアグルーヴに対してきっぱりと告げる。
「エアグルーヴ統括リーダー、進行班と協力してタイムラインの管理と調整をお願いします。調整完了次第わたしに引き継いでもらえれば、後は対応します」
「……分かった。この案件は任せるぞ」
「はい。それでは関係者のみなさん、移動するのでついてきてくださいね。……ごめんねセイちゃん。わたしから言い出したのに、一緒に踊れなくなっちゃった」
スペシャルウィークは微笑みと共にそう告げて、セイウンスカイに背を向けた。