生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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ファインモーションは気が気じゃない

「で、呼び出されて来てみたらこれはどういう状況だ?」

 

 通常業務が終わり、トレーニングもない今日は久々に定時退社だと気楽な心持ちで荷物をまとめていたところに電話で呼び出された沖野は、開口一番胡乱な声をあげた。

 

「沖野トレーナー……」

「べそかいちゃってまぁ……」

 

 沖野はそう言って苦笑いを浮かべた。アグネスデジタルが涙目になっている事態は相当に珍しい。普段鼻血を出すことこそあれ、このように泣くことはめったにないのだ。

 

 沖野が呼び出された先は体育館からほど近いコミュニケーションスペース。教室と廊下の壁を取っ払ったような空間で、生徒たちの団欒の場として、あるいはオープンに実施できる肩肘の張らない面談や話し合いの場として扱われている。木材をふんだんに使ってやわらかいイメージを与えるようにと気を使っているのだろうが、顔を合わせている面々の物々しい雰囲気ですべてぶち壊しである。

 

 そこに集まっているのは、まだぐずっているアグネスデジタル、そんな彼女の肩をさするファインモーション、リギルのチーフトレーナーである東条ハナ、同じくリギルのサブトレーナーである桐生院葵、トレーナー二人と真面目な顔で会話しているスペシャルウィーク、そして居心地の悪そうなファインモーションの警衛部隊の隊長と、その他数名の護衛。

 

「お疲れ様です、沖野トレーナー。お忙しいところ申し訳ありません」

 

 沖野の存在に気付いたスペシャルウィークがそう言って頭を下げてくる。それを手で制止しながら沖野は口を開く。

 

「いや、ちょうど手の空いたタイミングだったからいいんだが……デジタルがファインモーションさんの警衛隊に取り押さえられたって、一体全体何があったんだ」

 

 そう言いつつ沖野は椅子に座ったアグネスデジタルの前に膝をついて視線を合わせた。

 

「沖野チーフ、この度は──」

「ファインモーション」

 

 会話を強制的に断ち切る沖野。

 

「今必要なのは謝罪じゃなくて情報だ。何が起きて、何が問題だったのかを知らないのに謝られてもこちらが困る。……まずはデジタルの状況の確認から。デジタル、立てるか?」

 

 沖野に言われその場にまっすぐ立つアグネスデジタル。

 

「見たところ脚は無事だな。痛みは?」

「動かせないほどじゃないんですけど、肩が」

「肩?」

警衛隊(こちら)の隊長が組み伏せたときに腕を後ろに回すように拘束しています。そのときに軽く捻ったのかと」

 

 ファインモーションの補足に唸る沖野。

 

「少し肩を触るぞ。痛いのはどっちだ?」

「右側です。あの、佐久間トレーナーは……」

 

 アグネスデジタルが申し訳なさそうに聞く。

 

「佐久間なら買い出しに出てたタイミングだ。電話で戻るよう伝えたら、恐ろしいほど低っい声で『すぐ戻ります』と言ってたから文字通り飛んでくるぞ」

「デジタルさんは沖野トレーナーが指導しているわけじゃないんですか?」

 

 服越しにアグネスデジタルの肩を軽く触りつつ、沖野はスペシャルウィークの問いに答える。

 

「デジタルの指導は基本的に佐久間サブトレ主体で進めてる……右肩熱持ってるのと、首の後ろが腫れてきてるな。肩は捻ったか脱臼しかけたかでいいとして、首の後ろ擦ってるのが気になるな……さっき直立できてる以上脊椎には問題ないだろうが……保冷剤(アイスノン)持ってきてるからいったんこれで冷やしとけ。簡単な状況確認が終わったら念のため病院でレントゲンだな。大事にはならないだろうが、一応頭部CTも取ってもらえ」

 

 沖野がそう言ってアグネスデジタルを再度座らせる。

 

「で、何があったんです? デジタルが写真係でイベントに駆り出されてたのは知ってますが」

「佐久間さんを待たなくていいんですか?」

 

 そう発言したのは桐生院だ。メインの担当トレーナーがいない状況で話を進めていいのか迷ったらしい。

 

「俺から説明しとくから大丈夫だ。本来なら佐久間の方がこういうエマージェンシー対応は向いてるんだが、いきなり戦闘モードの威圧感満載で飛んでくるだろうからそうなる前に整理しときたい。それに、この面々ならテンペルの陽室トレーナーも来そうなものだが」

「わたしのトレーナーさんは、今関西にいて連絡がつきません」

「関西?」

 

 スペシャルウィークの補足に沖野が怪訝な顔をした。事前にスペシャルウィークから聞いていたらしい東条が溜息を吐いて続ける。

 

「大阪ドームで明日開催されるプロ野球開幕戦の招待チケットを()()するため、だそうよ」

「本当になにやってんだあのちんちくりん……まあ当事者ってわけじゃないし構わんが。それで、デジタルは一体何をしてこうなった? 何もしてないのに警衛隊が動くとは思えないんだが」

 

 ファインモーションが一歩前に出る。

 

「結論から申し上げますと、わたくしの警衛隊隊長がデジタルさんの持っていた一眼レフカメラを武装と誤認し、武装解除と拘束の手順を実行したことが原因です」

「カメラと武器を見間違えた?」

 

 沖野がオウム返しにそう口にすると、頷くファインモーション。スペシャルウィークが歩いてきて、白っぽい物体を差し出した。長さは30センチほど。端に握りと、反対側の端に板がついたような不格好なプラスチック製のパーツだ。

 

「これは?」

「デジタルさんがカメラに着けていた部品で、ショルダーブレースと言うそうです。3Dプリンタで作ったもので、ここに残っている黒いパーツはカメラの底のマウント部分。白い部分を肩に当てて、カメラを安定して構えるためのパーツです」

 

 こんな風に使うそうです、と続けて実際に構えて見せるスペシャルウィーク。右肩に端の板の部分をあて、右手で握りを持って構えると……ちょうど、顔の前にカメラのマウント部が来る。

 

「あー……なるほど理解した。そりゃロケランかバトルライフルに誤認されて当たり前だ」

 

 構えの姿勢はたしかに小銃を構えた姿勢に酷似していた。沖野はアグネスデジタルの方を見る。

 

「お前なぁ。こう、三脚とかもっとこう、あっただろ」

「キャットウォークは狭すぎて三脚どころか一脚でもファインダー覗くと通路ふさいじゃうんですっ! しかも会場のライティングがガンガン切り替わるし、ズームする場所もガンガン変わるので機動力を上げないとウマ娘ちゃんのいいところなんて撮れないじゃないですか! それにカメラ落としたら大惨事ですし、露出時間も長いので手ブレしますし。安定して構えようと思ってたらこの形になったんです!」

 

 興奮気味にまくし立てるアグネスデジタルに沖野は頭を抱えた。

 

「ということはあれか? やっぱりこのパーツ自作か? ってか、カメラ自体持ち込みか?」

「そうですよっ! 全日本ジュニア優駿の賞金が入ったので、やっとコンデジからアップグレードできたんですよ! ショルダーブレースは小物づくりが得意なオタク仲間に作ってもらったものです!」

「あの長いレンズも私物だったんですね……」

 

 ファインモーションがそう口にすると、はいっ! と元気よく返事をするアグネスデジタル。首を動かすのは少々痛むらしい。直後に首をさすっていた。

 

「初心者こそ良い装備をするに限りますからね」

「……浪費癖がつかないか本気で心配だぞ、俺は」

 

 沖野がそう溜息を吐けば、心配された本人がそれに頬を膨らませる。

 

「ウマ娘ちゃんのための投資は浪費じゃないですーっ! ペンライトもグッズも部屋に入るうちはセーフですし!」

「アウトだよ! お前までフクキタルみたいになるな!」

 

 そんなやりとりが始まってクスクスと笑う桐生院。

 

「でも元気そうでよかったです。デジタルさんが怪我したって聞かされたときはどうしようかと思ったのですが、命に別状はなさそうで……本当に、本当によかったです」

「本当ね……少なくとも最悪の事態は回避できたようで良かった」

 

 沖野は頭をぽりぽりと掻きながら二人の言葉に返す。

 

「少なくとも言語野も記憶も大丈夫そうだ。CTで脳出血とかがなければ、肩の怪我の精検待ちだし、激痛でどうにも動かないといった様子でもない以上、早い段階で治癒が見込めるんじゃないか? お医者さんの判断次第だがな」

 

 そう言って、沖野はスペシャルウィークの方に視線を向けた。

 

「すまない、脱線したな。今回の()()、運営側には通してたのか」

「はい、承知していました。スマートファルコン広報班長経由で、わたしやエアグルーヴ統括リーダーに報告が上がっています。キャットウォークからの撮影の手ブレ対策としても有効だという説明もあったので、正式に許可していました」

 

 沖野が顎に手を当てて考え込むような仕草を見せると、すぐにスペシャルウィークが深々と頭を下げた。

 

「リーニュ・ドロワット運営委員会として許可した以上、わたしたちの責任です。申し訳ありませんでした」

「え、あぁ。まぁそりゃそうなんだが、組織の責任である以上、個人が必要以上に頭を下げる義務もない。そんな肩肘張んなくても大丈夫だぞ、スペシャルウィーク」

 

 そう言って下げた頭にぽんと手を載せる沖野。その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

 

「……ですが」

「ですがもへちまもない。こういうときはまだ大人を頼って良いんだぞ」

 

 そのままさらさらとした髪を撫でつけていると、明らかにわざとらしい咳払いが聞こえた。その方向をスペシャルウィークと沖野が見ると、拳で口元を隠している桐生院と腕を組んでいる東条がいた。

 

「安易に女性の髪を触るなど、女性の扱いがなっていないのではないですか、沖野チーフトレーナー?」

「うえっ、そんな桐生院さんも怒らないでくださいよ」

 

 東条も同意するように頷いているので、沖野はタジタジだ。

 

「時間も押してるし、さっさと話を進めようじゃないか」

「逃げたわね……」

「逃げましたね……」

「それで、だ。デジタル!」

 

 トレーナー二人の追撃を無理矢理かわして生徒の名前を呼ぶ沖野。

 

「取り押さえられる直前って何をしてたんだ?」

「えっと……ちょうどステージの演奏者の入れ替えがあって、エアシャカールさんが舞台に出てきたんです」

 

 アグネスデジタルはどこかばつが悪そうに続ける。

 

「それに合わせて会場のライティングが変わったので、フィルターを変えて構え直した瞬間に真下からSP隊長さんが飛んできて、カメラを弾き飛ばされたのに気づいたときにはあっという間に組み伏せられてました……」

「なるほど……フィルターの調整動作をリロードか何かの予備動作だと勘違いした。……ということで隊長さん、合ってます?」

「申し開きもございません」

 

 沖野がSP隊長に確認を取ると45度の最敬礼が返ってきた。

 

「シャカールが出てきたので、わたくしも最前列に移動しようとしていたんです。なので、同じタイミングでデジタルさんがシャカールを撮ろうとしていて」

「で、カメラのファインダーに護衛対象が入るタイミングになったから、ロケランか何かで狙われてると考えた隊長さんが慌てて武装解除に走った。ってところか。首の後ろの腫れは首にかけてたカメラの紐がこすれたから……と見るのが無難か。肩の腫れは組み伏せられるときのもので間違いないだろう。……デジタル、お前後で佐久間にちゃんと怒られとけ。お前も十分やらかしてるぞ」

「ふぁい……」

「デジタルさんは何も悪いことをしていませんよ!」

 

 ファインモーションが慌ててとりなしに入るが、スペシャルウィークは黙ったままだ。困り顔で沖野が続ける。

 

「もちろんデジタルに害意はなかったし、悪さそのものをしたわけではないけどな。聞いてる限りライブで暗い状況だったんだろ? そんなときにそんな紛らわしいもの構えてたら疑われても当然だし、そちらの警衛隊の隊長さんも疑うのが仕事でしょう。なら皆が正確に仕事をしただけだ」

 

 そういって肩をすくめる沖野。

 

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず……疑われることをしたデジタルにも責任の一端はあるわけだ。あんまりそう隊長さんを責めないであげてください。……ということで、ファインモーション周りはそれで整理がつくと思うんだが、おハナさんはそういうことで大丈夫か?」

「スピカがそれで構わないなら。だけど、デジタルさんは二週間後には桜花賞でしょう? 調整は間に合う?」

「間に合わせるのがトレーナーの腕の見せ所だろうし、負い目を感じられてもこちらが困る」

 

 トラブルはつきものだろ? と沖野は笑う。

 

「とりあえずは病院で見てもらってからだな。カメラの修理というか、まあぶっちゃけ買い換えだろうし、そのへんの弁償や治療費とかのお金周りは追ってトレーナーと関係者を交えて詰めれば良いだろう。お金が絡む以上、ここで口約束で詳細を煮詰めるのはまずい。後日たづなさんか学園総務の人間に入ってもらって書面で取り交わしたいが、おハナさんから異論はあるか?」

「ないわ。学園との取り次ぎはリギル側でするから、空いてる日付を教えて」

「わかった。後でメールする。手間をかけさせて申し訳ないが……」

「大丈夫、手間賃ぐらいこっちで払わせてちょうだい」

「それじゃ、遠慮なく甘えさせてもらう」

 

 沖野がそう言ったタイミングで靴音が聞こえてきた。沖野が振り向いて吹き出す。

 

「怖いのは予想してたが、予想ぶっちぎって怖い顔でうちのサブトレがきたから、デジタルと俺はここで失礼するよ。デジタルの診断結果については明日までにリギルと生徒会と学園総務にメールで一報いれるから明日朝にでもチェックしてくれ。おら、デジタル病院いくぞ」

「はい……ひょえっ! 佐久間さんそんな大事じゃないですから安心してくださいっ!」

 

 廊下の奥に出ていったアグネスデジタルの声を聞きながら、沖野がスペシャルウィークの方を振り返る。

 

「あぁ、余計なお世話かもしれんが、スペシャルウィーク。お前もう少し肩の力抜け。そんなんだとあっという間に息切れするぞ」

「……いえ、わたしのことはご心配なく。少し気持ちを切り替えるだけで済みますから」

「そうか? ならいいんだが」

 

 沖野がスペシャルウィークの肩を叩いてアグネスデジタル達を追いかける。スペシャルウィークは撫でられて少し乱れた髪を直しながら、無感情な瞳でそれを見送った。

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