原稿の書き貯めが尽きつつあります。なんてこった。
というわけで、これまで毎日更新して参りました会長スペちゃんですが、今話より二日に一話の隔日投稿となります。連載を途切れさせないため、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。
Barブロンズ・開店記念(3)
「なんとか解放されましたわー!」
そう叫びつつ店に入ってきた影に、三人は同時に飛び上がった。
「おわっ!?」
「早めに集まる人が多くてネイチャさん的には助かるけどねー。這ってでも来るとは言ってたけど、本当に這ってくる状況じゃなくてなによりなにより」
「休暇を勝ち取って参りましたわよ……! とりあえず、お冷をいただけますこと……?」
肩でぜーはーと息をするメジロマックイーンに差し出されるキンキンに冷えたガラスコップ。氷抜きでたっぷりと入れられた水を一気に飲み干して、彼女は盛大に溜息を吐いた。
「生き返りますわね……あら、スペシャルウィークさんもセイウンスカイさんもごきげんよう」
「いや、今の流れでキリっとされても」
セイウンスカイが苦笑しつつそう突っ込めば、メジロマックイーンがコホンと咳払いをする。アースカラーでまとめたシックな服装でも、華やかな彼女は十分に引き立つ。引き立つのだが、それは黙っていればの話である。膝に手をついて息を荒くしているとあらゆる点で台無しだ。
「で、そんなに忙しいの? そっちは」
「ええ、今日は『明け』なのですが……非常呼び出しがかかる可能性もある程度には」
「あれま、じゃあアルコールはナシ?」
「残念ながら。このようなハレの日に飲めないのは大変腹立たしい限りなのですが、致し方ないことなのです」
そう言いながら空いているカウンター席に陣取るメジロマックイーン。丁度彼女とセイウンスカイに挟まれるようになったスペシャルウィークが、考え込むように顎の下に指を置いた。
「えっと……マックイーンちゃんも今は内勤なんだよね?」
「はい。ですがDMAT要員指定を受けておりますので、万が一の際は呼び出しがかかります」
「社会人は大変だぁ」
セイウンスカイが同情するようにそう言った。
「そう仰るセイウンスカイさんこそ、進捗の方はいかがですの?」
「げ、マックイーンまで編集さんみたいなこと言うじゃん」
突っ伏した彼女に笑いかけるスペシャルウィーク。その手がセイウンスカイの頭に乗る。
「セイちゃんは午前中もネタ出し頑張ってたんだから勘弁してあげて? そろそろ強制缶詰の季節だから」
「そんな『今が旬』みたいに言わないでよ」
「セイちゃんの缶詰、売れるんじゃない?」
「四半期に一度の収穫ペースですわね」
二人の言い草にセイウンスカイが頬を膨らませて抗議するそばで、またナイスネイチャがカウンターの下に隠れた。どうやら浅いツボにはまったらしい。
「いつ出せるかも分かんない新作の話よりも、セイちゃんはマックイーンの話を聞きたいですよー……で、実際最近どうなの? 私もスペちゃんも、アルダンさんの『突撃! お前が晩ご飯』事件までしか知らないんだけどさ」
「あのときはとんだご心配を……って、その言い草はなんですの!?」
「え? だってメジロ家次期当主を地球の裏まで吹っ飛ばしたじゃん。マックイーンを迎えにさ」
「アルダンさんが飛んできたのはほぼ全てゴールドシップさんのせいで……いえ、これは言い訳ですわね」
再び溜息を吐くメジロマックイーン。
「本当にあのときは、皆さんにもご心配をおかけいたしました」
「私たちも心配したけれど、一番心配してたのはメジロ家の人たちだからね。ちゃんと謝っておいたほうが良いよ? アルダンさんが強化ガラスの脚で飛んでいくだけのことをしたんだから」
「スペちゃん、追撃やめて……」
ナイスネイチャがなおのこと突っ伏す。腹筋が痛いと嘆く店主を置いて客三人の会話が続く。
「で、内勤って言ってたっけ。しばらくは日本なの?」
「一応は。ですがフランス語と英語で実務レベルの会話ができる
「そりゃどこをどう切り取っても貴重に決まってるよ。それこそ消防とか、下手すると自衛隊からもヘッドハンティングが来てるでしょ?」
「ええ、まあ……ナイスネイチャさん、なにかノンアルコールでおすすめをいただけますか? できれば、甘いもので。ミルク系は避けてくださいまし」
メジロマックイーンは返事を曖昧にしたまま、ナイスネイチャにそう声をかける。ナイスネイチャが腹筋を押さえたまま立ち上がった。
「うーん……じゃあ『アクアマリン』でも作ろうか? あんまし料理に合わないかもだけど、みんな来るころには飲み切っちゃうだろうし」
「アクアマリン……どのような飲み物なのでしょう?」
「真っ青なノンアルコールカクテルで、甘口のジンジャーエールをベースにレモンとノンアルコールのブルーキュラソーを少々って感じ。一足……というより二足くらい夏を先取りしちゃう感じだけど、お疲れのマックイーンには合うかなって」
「では、それで」
「うっし。すぐ作るからちょっと待ってねー」
細く背の高いグラスを取り出しカクテルを作り始めるナイスネイチャ。その手つきを見ながら、スペシャルウィークが口を開いた。
「マックイーンちゃん、これは本気の話だって前置きするけれど……
スペシャルウィークはどこかいたずらっぽく笑って、メジロマックイーンを見る。
「……スカウト、ということでしょうか?」
「そう捉えてもらっていいよ。学園の人材不足は今もやっぱり深刻なんだ。トレーナー関連は私たちのころに比べればだいぶ増えたけれど、保健室関連、医療関連の人材がどうしてもね……秋川理事長も頑張ってくれてはいるけれど、こればかりは、さ」
ビールで喉を湿らせて、スペシャルウィークは続ける。
「マックイーンちゃんが看護師として頑張ってることはよく知ってる。救急救命士としての知識と経験を活かして、海外でも頼りにされていることもよく知ってる。だからこそ、その実力を母校で活かしてみる気はない? 国際連合事務局人道問題調整事務所直轄緊急援助支援隊医療ユニット所属、メジロマックイーンさん」
「よく噛まずに言えるねぇスペちゃん」
セイウンスカイがあくびをかみ殺しながら茶化すが、二人はなおも真顔だった。
「…………」
しばしの沈黙。
「申し訳ありませんが、お断りいたします。少なくとも、今は」
「あんなことがあったのに?」
「あんなことがあったからです」
そう即答したメジロマックイーン。しばらく落ちた沈黙の間に恐る恐るナイスネイチャが手を上げた。
「あのー。スペちゃんの言う『あんなこと』ってなに?」
「あれ? ネイチャちゃんは知らなかったっけ? 『突撃! お前が晩ご飯』事件」
「別名『国連緊急援助支援隊南スーダン連続テロ事件』ね」
「はいっ!?」
セイウンスカイがどこか面白そうに口にした物騒なワードに尻尾を跳ね上げるナイスネイチャ。
「聞いてないよそんなの!?」
「マックイーンちゃんがメジロ本家に黙って国連スタッフとして南スーダンの緊急医療支援に参加してて、それがいろんな人を経由してアルダンさんにバレちゃってね……」
メジロマックイーンは突っ伏して黙秘を貫く姿勢になっていたので、スペシャルウィークが説明を続ける。
「そのころにはもうメジロ家当主代理になってたアルダンさんの堪忍袋の緒が切れて、現地に直接飛んでいったタイミングで運悪く大規模な武装衝突というか、テロというか、クーデター未遂というか……首都でも銃撃戦が発生して、邦人救出チームとして日本からテロ対策部隊が飛んでいくくらいの大騒ぎになったんだけど、ネイチャちゃんは聞き覚えない?」
「あー……それはニュースで見たわ確かに……え? マックイーン、あれに巻き込まれたの?」
「ええ、私は首都で傷病人の治療にあたっていたのです……」
「で、現地PKO部隊に保護されたアルダンさんたちをチャーター機で回収。マックイーンちゃんは任期もあるから結局現地に残ったっていうのが、大体半年前のことなんだけど……」
スペシャルウィークはメジロマックイーンの方を見る。
「もう一度聞くよ。
メジロマックイーンは慎重に言葉を選び、口を開く。
「……メジロの本分が日本におけるウマ娘文化の発展および継承であることは理解しています。トレセン学園に戻ることが、最速、最短の道行きであることも」
カクテルを見つめて、彼女は静かに続けた。
「私はメジロの一員として、先人達が積み重ねてきた文化とその利益を最大限に享受し、勝ち進んできたのです。それに自覚的であったかどうかに関わらず、その裏にある献身と犠牲をよしとしてきた数多の先人達の信念の上に栄光を積み重ねてきたのです」
白熱球の暖かい灯りに照らされたノンアルコールのカクテルをそっと口に運ぶ。爽やかな柑橘の香りが彼女の鼻をくすぐって落ちていく。
「それを否定するつもりもありません。否定する資格もありません。私はすでにそれを享受しているのですから。しかしその文化にのみ後世を縛る必要もないのです。その可能性を残すこと、そしてその道行きの半ばで少しでも新たなるメジロのあり方を模索することができればと考えています。……いつかこれが無駄骨だったと笑ってもらえるような時代になってくれるのならば、それに越したこともないのですが」
「……そっか。悪いこと聞いちゃったかな、ごめんねマックイーンちゃん」
「いえいえ、謝らないでくださいまし」
そう笑ってアクアマリンをもう一度静かに口へ運んだメジロマックイーンに、セイウンスカイが優しく笑いかけた。
「やっぱり真面目だねぇマックイーンは。それでもって不器用だ」
「これしか生き方を知りませんので。ですが、そう仰るセイウンスカイさんだって私のことを笑えない程度には不器用な部類でしょう。人伝とはいえ聞きましたわよ。私が入学した年、春の天皇賞……」
「あーあーあーあーセイちゃん聞こえないなー!」
そう言って耳を下に引っ張って塞ぎつつ、大声で叫ぶセイウンスカイ。カウンターに頬を預けてふてくされる彼女の姿にスペシャルウィークは苦笑いだ。
「そんなに色々あったっけ、あのときの春天って」
「私にとっては色々あったんだよ。そりゃあのときのスペちゃんは私なんてまっっったく見てなかっただろうけどさ」
「あー……ごめんね?」
「謝んないでよ」
「あーらら、アンウンスカイ副会長になっちゃってもう」
ナイスネイチャがそう言いながら新しくドリンクを作り始めた。
「副会長も元気出しなよ。ネイチャさん特製のミルクセーキ作ってあげるからさ」
ミルクセーキと聞いたセイウンスカイの耳がピクンと跳ねたのを見て、笑みに歪む口元を隠すスペシャルウィーク。
「あ、私にも貰っていい?」
「もちろん」
そんなやりとりを見ながらメジロマックイーンは目を細めた。
「それにしても、本当に懐かしいですわね。卒業からもかなり経ちましたものね……」
「本当ね。現役生だったころはこんなことになるなんて思ってなかったし、こんなに関係が続くとも思ってなかった。アタシが店を構えるなんて予想もしてなかったよ。……ねぇマックイーン、マックイーンはこんなことになるなんて予想してた?」
「いいえ、全くと言ってよいほどに。学園に在籍していたころは一日先の未来すら読めなかったのですよ」
その言い草にあれま、と驚いた様子を見せるナイスネイチャ。
「マックイーンってそんなに波瀾万丈な学園生活だったっけ?」
「それはもう。入学直前から、ですわ」
楽しそうに笑うメジロマックイーン、その顔は学生時代そのままだった。