生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

4 / 73
スペシャルウィークは落ち着けない

 二時間後。スペシャルウィークとトレーナーは札幌某所のビジネスホテルへやってきていた。

 

 今回の札幌遠征は二泊三日の余裕を持ったスケジュールで最初から行動しており、レース当日の札幌泊は規定事項だった。ただし、チェックインの時刻は当初の予定よりいくらか後ろへずれ込むこととなった。原因はもちろん言うまでもなく、シンボリルドルフが言い放った一言である。

 

『君は将来の生徒会長となるべきだと私は見ている』

 

 正直なところ、スペシャルウィークはこの数時間の出来事が夢か何かなのではないかと未だに疑っていた。自分は今現実そっくりの夢を見ていて、目を覚ましたら本当の札幌記念が始まるのではないか……当然そんなわけがないと自分の理性が告げていたが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

 自分が生徒会長? トレセン学園の生徒会長に? 

 

 なれるなれない、ありえるありえないの段階ですらない。少したりとも、一秒だってそんなことを考えたことはなかった。ましてやその提案をしてきたのは現生徒会長、あらゆるウマ娘の憧れにして模範のような存在、あのシンボリルドルフなのだ! 

 

 あの衝撃的な一言の後に、彼女はこう続けた。

 

『詳しい話はトレセン学園に帰ってからになるだろうし、今すぐにというわけではない。恐らくは一年以上先の話になるだろう。一先ず今は、そういう選択肢があるということを頭の中に入れておいてほしい。念のために言っておくと、私は真剣だよ』

 

 思考はろくに回らなかったが、それでもスペシャルウィークはどうにか質問を形にすることができた。

 

『ど、どうして……どうして、私に? もっと他にすごい方が、私よりも向いている方が……』

()()()。断言するが、いない。君より生徒会長に向いている生徒はいないよ。今トレセン学園に在籍しているどのような生徒も、君よりは生徒会長に向いていない』

 

 ここでシンボリルドルフは一度言葉を切り、トレーナーの方を向いた。トレーナーは無言で頷いて、続きを促した。

 

『足りないんだ、傲慢さが』

『……傲慢さ?』

 

 シンボリルドルフの言葉に文字通りのオウム返しをするスペシャルウィーク。しかし彼女のことを責めはできまい。

 

『そうだ、傲慢さだ。重賞に勝つウマ娘は、特にGI勝利を当然のようにこなすウマ娘は、多かれ少なかれ傲慢さというものを必ず秘めている』

 

 瞳を閉じながらシンボリルドルフは語り続ける。何かを思い出すかのような顔つきだった。

 

『名前を挙げるなら……そうだな、三冠を成し遂げ、怪物と呼ばれ、強敵に飢えていたブライアンは良い例だ。オグリも言うことなしだろう。クラシック登録の期限をとうに過ぎているにもかかわらず、会長(わたし)の力でダービーに出してくれと正面から言いにくるような、駿足長坂たる様は評価に値する。そして私もそうだ。そんな彼女らをターフで叩き潰したのだからな。もっとも、二人には潰し返されもしたのだが』

『じゃ、じゃあ……』

『だが足りない。……いや、この言い方は良くないかもしれないな。これではまるで、君のことを傲慢さの塊だと言っているようだ』

 

 すまなかった、と彼女は軽く頭を下げた。

 

『君の性格は伝え聞いている。君の夢は既に誰もがよく知るところだ。北海道の田舎から日本一のウマ娘を目指してトレセン学園にやってきた純朴で素直な編入生の名前は、今やトゥインクル・シリーズに興味のない者にすら知れ渡りつつある。ありていに言えば、君は他人の上に立つ存在としてとても受けがいい。それでいて他人から文句が出ないほどに強い。そして君自身、他人からの評価に、自らが置かれた現状にまだ満足していない』

 

 ぴくり、とスペシャルウィークの耳が動いた。シンボリルドルフはそれを決して見逃さなかったし、トレーナーは見ずともスペシャルウィークの心中を理解していた。

 

『満足していない、ことは……菊花賞とか、ジャパンカップとか、確かにそういう舞台で勝ちたいと思ったことは……あります、けど』

 

 尻すぼみになっていく声。対するシンボリルドルフは、毅然とした表情でスペシャルウィークを見下ろした。

 

『少し違うな。菊花賞を軽く掻っ攫って、無敗のクラシック三冠ウマ娘と呼ばれたくはないか』

『それは……』

『天皇賞で、ジャパンカップで、有馬記念で、名だたるウマ娘たちを軒並み薙ぎ倒して1着を掴みたくはないか』

『それは──』

『クラシック三冠シンボリルドルフとGIの大舞台に立ち、これ以上ないほどの大差で前世代の皇帝を打ち倒したくはないかッ!』

『それはッ!』

 

 叫んでから、スペシャルウィークははっとした。シンボリルドルフを相手に叫んだ自分に初めて気付いたのだ。そして同時に彼女の言葉を否定できず、むしろそのまま受け止めてすらいる自分の思考にも、スペシャルウィークは初めて気付いていた。

 

『それでいい、それでいいんだスペシャルウィーク。大半のウマ娘は人前だから行儀良く見せているだけで、レースを勝ちに行くというのはそういうことなんだ。しかし本当に行儀が良いだけで、レースを勝つことへの自覚がないのはよろしくない。他者にとっても、君自身にとってもだ。ましてや君は、全てのウマ娘の上に立つ資格を充分に持ち合わせる、稀代の名ウマ娘ときている』

 

 シンボリルドルフは反論を待ったが、彼女は口を開こうとしなかった。先程までとは打って変わって、スペシャルウィークは闘志に満ちた顔で目の前に立つ生徒会長を、皇帝をただ見上げていた。

 

『良い顔をしている。そうだ、私は君のそういうところを買ったんだ。遥々札幌まで来た甲斐があるというものだ』

 

 満足そうに笑うシンボリルドルフ。そこに声を掛けたのは、ここまでの成り行きをずっと隣で見ていただけのトレーナーだった。

 

『本当によろしかったのですか。今しがた、ミスは眠らせておいた方が良かったかもしれない猛獣を無理やり叩き起こしましたよ』

『なに、構わないとも。百駿多幸……学園の未来のため、ひいては全てのウマ娘のためだ。それに私がやらなかったとすれば、近いうちに貴女がやっていたのではないかな。陽室(ひむろ)トレーナー』

『それは……ええ、まあその通りですね』

 

 トレーナー──陽室(ひむろ)琥珀(こはく)は、全く悪びれる様子もなくそう答えた。

 

『それに、スペのトレーナーとしては歓迎すべきことですから。私がスペに求めるのは、かの優駿クリフジやトキノミノルのように走ってほしいという一点のみですので。その過程であらゆるウマ娘を撫で切っていくさまを私は見たいのですよ』

『なるほど、私も楽しみにしていよう。それではまた学園で。生徒会執行部はいつでも君を歓迎するよ、スペシャルウィーク』

 

 そう言葉を残して、シンボリルドルフは颯爽と控室を去っていった。ドアがぱたりと閉まり、二人だけが部屋に残される。

 

『さて、私達もお暇しましょうか。お望みの夕食とふかふかのベッドが貴女を待っていますよ、スペ』

 

 陽室がそう呼びかけるが、スペシャルウィークは何も言葉を返さない。燃え盛っていた闘志はすでに霧散しているようだったが、それでも何か思うところがあったのだろう。

 

『……ミス・スペシャルウィーク!』

『うひゃっ!? え、はいっ、スペシャルウィークです!』

『よろしい。スペ、お暇しますよ。荷物を纏めてください』

 

 陽室の言葉に、スペシャルウィークは赤面しながら慌てて荷物を鞄に押し込み始めた。

 

 それから二人はレース場を去り、スペシャルウィークの希望で札幌名物のラーメン屋にてどんぶりをいくつか重ね、そのまま予約していたビジネスホテルにチェックインして、シャワーと湯舟で改めて疲れを癒した後にベッドへ転がり込み、ようやく今に至る。

 

「スペ、眠気が来ているようなら電気は消しますが」

「あっ、いいえ。ちょっとぼーっとしちゃってただけで……」

 

 隣のベッドから声を掛けてくる陽室に答える。

 

「ふむ、なるほど。ミス・シンボリルドルフの言葉が気になっていましたか?」

「……はい。なんだか、あまりにも現実味がなくて」

「でしょうね。私とていつかはそうなるかもしれないと思っていましたが、まさか菊花賞よりも先とは。ミスはそれほどにスペを買っていた、ということなのでしょう」

 

 澄ました顔でそんなことを言う陽室に、スペシャルウィークは半分呆れてすらいた。

 

「……トレーナーさんが私をスカウトしたときのこと、覚えてますか?」

「ええ、もちろん。選抜レースより先にわざわざ貴女を選んだのですからね。誘い文句は一言一句違えず覚えていますとも」

「忘れたって言ったら怒りますよ。『貴女の殊更傲慢なところに惚れました。日本一のウマ娘、貴女なら決して夢物語などではありません』……でしたよね」

 

 自分で口に出しておきながら、スペシャルウィークは改めてもう一度呆れ果てた。こんな誘い文句で自分のことを勧誘してきた陽室にも、そんな陽室の手を取ってしまった自分にも。

 

()()()無敗三冠から、とも言いましたね。凱旋門賞()()()なら手が届きそうだ、とも。私はあのときから今までずっと本気でそう言っていますよ。そして貴女は順調に私の言葉を証明しつつあります」

「……私が傲慢だ、ってこともトレーナーさんは本気で言ってるんですか?」

 

 シンボリルドルフからその言葉を聞いたとき、スペシャルウィークの脳裏に浮かんだのは困惑ではなく驚愕だった。あのシンボリルドルフが、自分のトレーナーと同じ言葉で自分のことを評価したのだから。スペシャルウィークが知る限り最高の手腕と最悪の性格を併せ持つ、掴みどころのないこのトレーナーとだ。

 

「スペ、私が冗談でものを言ったことがありましたか? ああいえ、ないことはないでしょうがそれはそれとして、貴女が真摯に問いかけてきたときは────」

「琥珀さん」

 

 スペシャルウィークに下の名前で呼ばれて、陽室は口から流れ出る言葉を一旦そこで堰き止めた。手元のタブレットから視線を上げると、真剣な面持ちの教え子がじっとこちらを見つめていた。

 

「ふむ。ミス・シンボリルドルフからの言葉では不充分ですか」

「はい」

「具体的には?」

「琥珀さんの言葉を聞きたいんです。私は、傲慢ですか」

「そうですね。とても傲慢です」

 

 あまりにもあっさりと、陽室はそう言った。

 

「ここからは貴女の質問から外れますが、私はそうある貴女が好きですし、これからも貴女にそうあってほしいと願っていますし、しかし貴女がそうでなくなったとしても最後まで貴女の面倒を見ます。ええ、堅く約束しますよ」

「……あの、そういう言葉って、普通は異性の人に言うものなんじゃないですか……?」

「貴女も中々言うようになったではありませんか、スペ。しかし致命的な見落としをしていますね。このような性格の私に友人が、ましてや友人の発展形たる恋仲のような相手が作れると大真面目にお思いで?」

「それは……まあ、その、はい、頑張ればきっと……! たぶん……おそらく……」

「さすがに泣きますよ、スペ。しかしそこで折れるあたりはまだまだですね。今のシーンでは『無理だと思います』と言い切る方が当然ながら威厳は出ますよ。生徒会長の話を承けるのならばこれから意識していくべきです」

「……生徒会長、私にできると思いますか?」

 

 スペシャルウィークの言葉に陽室は首を傾げた。何を言っているんだお前は、と言わんばかりの顔もセットだ。

 

「何故できないと言うのです? それこそミス・シンボリルドルフからの言葉だけで充分ではないですか」

「でも、私には……会長さんみたいに人の前に立って胸を張って、それこそ威厳のある感じで喋るのは無理のような気がして」

 

 そんな彼女の言葉に、今度は陽室が呆れ果てた表情を見せた。

 

「あのですねえ、スペ。人に忘れたら怒ると言っておきながら、貴女は私の仕事というものを忘れているのではないですか」

「え? 琥珀さんはもちろん『トレーナー』が仕事で……」

「ええ、その通りです。『URA平地競走上級指導員』、通称するところの中央資格(セントラル)トレーナーが私の仕事であることは確かに相違ありません」

 

 ですが、と陽室は続ける。

 

「私の本業は()()()トレーナーです。発声、歌唱、ダンス、演技……メインはあくまでそれらの指導であることを、スペは本気でお忘れではないですか?」

 

 そう、陽室は元々ウイニングライブを始めとする、競走ウマ娘の『アイドル的』な部分を支える指導員であった。それが何の巡り合わせか、世代最強とも囁かれるスペシャルウィーク専属のレーストレーナーとなっているのである。

 

「威厳があるように見せる演技自体は、事前の練習を惜しみさえしなければさして難しいことではありません。以前、貴女にマスコミ対応のさわりを叩き込んだことがありましたね? 要するにあれの発展形でしかありませんよ。もっとも、毅然とした態度を維持しなければならない具体的な時間に天地の差があるので、付け焼刃でどうにかなる範疇からは離れるでしょうね。長期的なレッスンが必要になると考えるべきです」

「レッスンってことは、琥珀さんが教えてくれるんですか?」

「貴女がそう望むならば。演技指導こそ私の本領に他なりませんし、貴女が努力するならば私も努力を惜しむことはしません。貴女が生徒会長を目指すのならば、そして自分自身の性格を生徒会長へ至るにあたっての障害と見なすのならば、それを乗り越える試みに手を貸す程度のことはできますよ」

「……いいんですか?」

「逆に何が悪いと? ……そう、こういった物言いですね。余裕を見せつつ有無を言わせない、自分の意見を通すための言葉遣いです」

 

 スペシャルウィークは腕を組んで考えこんだ。

 

 確かにこの人は、目の前にいるこのトレーナーは、ライブの指導には全く手を抜かない人だ。まるで本物のアイドルかのように軽く数曲のセットリストを──それもウマ娘向けに作られた動きの激しい曲を──完璧に演じてみせて、『では今の流れを通しでやってみましょうか』などと宣うのである。そして練習中に歌やダンスのミスを目敏く見つけては、付きっきりで丁寧に指導してくれるのだ。

 

 なお、レースの指導に関しては良く言えば放任主義、悪く言えばすこぶる雑である。けれども情報収集は怠らないし、なんだかんだと結局本番のレースで勝てているので、これで正しいのだろうと彼女は考えている。ともかく、陽室はやると言ったらやるし、やらないことをやるとは言わない人間なのだ。

 

 スペシャルウィークは目を閉じて、また開き、陽室の方に向き直った。

 

「やります。私、生徒会長になってみせます」

「分かりました。私が選んだ貴女です、そして貴女が選んだ私です。その道、私が責任を持って切り拓きましょう。貴女はそのまま突き進めばよろしい」

 

 その日、トレセン学園の未来が大きく動いたことを知る者はごくわずかであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。