生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

46 / 73
アグネスデジタルは発言したい

「トレーナーはさ、知ってたの?」

 

 ダイワスカーレットに聞かれ、沖野は小さく首を横に振った。

 

「いや、知らなかった。佐久間がひたすらにスズカの練習やレースビデオ、それからスペシャルウィークのレースビデオを見まくってたのは知ってたし、テイオーたちを使ってコーナーやゴール前の動きとかを重点的にやってたのも知ってる。だが、それについてはお前らも見てただろう」

 

 ダイワスカーレットはそれには答えられない。確かにその様子を見ていたのもあるが、トウカイテイオーたちの後ろを進むトレーニングは『先行や差しで足を温存しながらスタミナを残すトレーニング』だと思っていたのだ。

 

「まさか、あれがスズカさんについていくためのトレーニングだったなんて……」

「デジタルちゃんの走り、かなり……怖かったんです」

 

 サイレンススズカが呟くようにそう言った。彼女がこういう場面で弱音を吐くこと自体が珍しく、皆の注目を集める。

 

「怖かった? あのデジタルが?」

「まぁオタクモード全開の時は怖いことはあるが、レース場ではかっちりきっちりするよな、あいつ」

 

 ウオッカとゴールドシップが半分茶化すように──もう半分は場が暗くなりすぎないように──そう言うと、こくりと頷くスズカ。

 

「400メートルでも600メートルでも……ずっと同じ位置に、いるんです。デジタルちゃんが。気のせいだと思ったんです。けれど1200メートルで振り返って、ぞっとしたんです。デジタルちゃんは距離を詰めもせず、離れることもせず、そこにただ()()んです」

「上がり3ハロンで妙に速度が落ちたのはそれか」

 

 沖野の声にこくりと頷くサイレンススズカ。そこから先はスピカの面々も直接見ていたからわかる。末脚でスペシャルウィークが彼女を抜き去るのと、アグネスデジタルが最後のスパートを掛けるのがほぼ同時、スペシャルウィークのスリップストリームで吸い寄せられるように前に出たアグネスデジタルがその勢いで横並びになり、ゲート板を駆け抜けた。

 

「これほどデジタルを側でずっと見てきたスピカでさえも、デジタルの眼と実力を甘く見ていた。……甘く見た相手に勝てる訳がない。すまなかった、スカーレット、スズカ。今回は完全に俺の指導ミスと作戦ミスだ。次は負けんぞ」

「当たり前でしょ。ここで終わるわけにはいかないわ」

「はい……トレーナーさん……!」

 

 反省会の最中で、控え室の古いブラウン管テレビがチカチカと光った。カメラのフラッシュの光を画面が映している。それを見て、ゴールドシップがテレビの音量を上げる。

 

「デジタルの会見始まるみたいだぞ!」

 

 カメラのフラッシュが光る中で出てきたのは、ほぼ黒に近いスーツ姿の佐久間とその後ろを右手と右足を同時に出しているアグネスデジタルだ。それを見たウオッカが口元を押さえて肩をふるわせている。

 

「あいつ、完全にお遊戯会の行進になってる……!」

「大人の相手は慣れてる方だったはずなんだがなぁ、デジタル……」

 

 沖野のフォローが会場のアグネスデジタルに届くはずもなく、佐久間のサポートを受けて椅子に腰掛けると、そのまま記者会見が始まった。

 

『それではアグネスデジタルさんの記者会見を始めさせていただきます。まずはアグネスデジタルさんと佐久間トレーナーから一言いただけますでしょうか。では、アグネスデジタルさんから』

 

 たづなに指名され、わたわたと両手でマイクを持つアグネスデジタルが大写しになる。

 

『えと、アグネスデジタルです。皆さん応援ありがとうございました……。その、なんというか、まだあまり実感が湧かないというか……スペシャルウィーク先輩やスズカ先輩、スカーレットちゃんと走って、まだ勝ったという感じがしていないです。正直、私個人としては勝てるとは思ってなかったので……えっと、何を言えばいいのか……』

 

 そう困って佐久間の方を見る。佐久間は笑って自分用のマイクを取り直した。姿勢は半分彼女の方を見るように斜めに座っているので、アグネスデジタルと会話しているようにも見える。

 

『彼女のトレーナーとしての意見となりますが、今回の勝利は、デジタルの観察眼の鋭さ、正確無比なレース運びを可能にした場のコントロール能力によるものであると考えております。大逃げ戦略をとったサイレンススズカに対し、一番冷静に対処できていたからこその勝利であると存じます』

「うっはぁ。デジタルベタ褒めじゃない……」

 

 ダイワスカーレットが半分引くように感想を述べれば、だな、と沖野も同意した。会見場では立て続けに入る指名を無視した割り込みの質問にたづなが四苦八苦しているのがうかがえる。

 

『日刊デイリーの水元です!』

「日刊デイリーってなんなのさ」

 

 半目になったトウカイテイオーが媒体名に突っ込みを入れると、ゴールドシップは面白そうに笑った。

 

「チゲ鍋みたいなもんだろうなぁ……」

『スペシャルウィークさんと陽室トレーナーは先程の会見でアグネスデジタルさんがスリップストリームを使われていたことを指摘されていましたが、それは本当なのでしょうか』

『えっと……はい、その……一番走りやすいところを走るなら、そこになったので……えっと、と、トレーナーさん?』

『……スリップストリームを積極的に活用するように指導したのは事実です。デジタルを見てもらえればわかる通り、彼女はかなり小柄でその恩恵を最大限生かすことが可能です。特に今回は先行、差し含め実力があるメンバーが揃っており、前方をブロックされた場合、現時点のデジタルでは前に出ることが厳しくなるだろうというのは見込みが立っていたので、逃げの面々についていけるだけついていけと、この子と話してはいました。……陽室トレーナーの言葉を借りるなら《作戦勝ち》を可能にしたデジタルの実力が掴んだ勝利と言えます』

 

 そんな会話が続く中、クスリと笑ったのはサイレンススズカだ。

 

「デジタルちゃん、上がっちゃってますね……」

「まぁ、本人は本当にうまくいくとは思ってなかったんだろうな。実際……今日の走りを見るまでは俺も信じてなかったよ。この2週間でスリップストリームをここまで使いこなせるようになるなんてな。……そのあたり、一番知ってるのはテイオーだろ。ずっと並走してたよな」

「もー頭バクハツするかと思ったよー。周回するたびに集合、ビデオを見ながら反省会、走ったら反省会。1時間で4回もやるんだよこれ、意味わかんないもん。ウーダループがどうこうとか言ってたけど、もうボクにはさっぱり」

 

 机にぐでっと突っ伏したトウカイテイオーがそう言って手をひらひらと振った。その間にも会見はアグネスデジタルがどんな戦術を取ったのかなどに話が続く。

 

「でも確かに、デジタルがスタート直後にアタシの前にしゃしゃり出てきたとき、やたらと速かったのよね。ついてきた時点で驚いたのもあるんだけど、アタシでもスズカさんに追いつけないって思った瞬間に、横をするりと音もなく抜けていったというか、いつのまにか前にいたというか……」

「実際、スカーレットが掛かってたんじゃないのか?」

「うっさい!」

 

 ウオッカの茶々にげんこつが飛び、それを躱したウオッカが意地悪く笑う。

 

「だが、スカーレットにしては落ち着きがなかったのも確かだ。……デジタルが前に出ることを、お前も考えてなかったんだろう?」

「そう言うトレーナーはどうなのよ」

「先行組の先頭を行くかもしれない、ぐらいは考えてたさ。それでもデジタルのスタミナでは、逃げについてきてトップを維持するのは無理だと思った。だからデジタルが大逃げをかましたときに、トレーナーたちは声を上げて驚いたんだよ……不気味に笑ってる佐久間と、それでもスズカとまとめて追い抜けると思ってたであろう陽室トレーナー以外はな」

 

 サイレンススズカが不安そうに沖野を見る。

 

「佐久間にデジタルの強さを聞くと『デジタルの脚質は確かに有利ですが、それ以上に頭の回転がずば抜けて速い。動きのひとつひとつの意味を理解して動かせる頭の良さがあります』と笑っていた。……その証明がこれだ。よく見ておけ、スズカ、スカーレット、ここから先マイルで勝つには()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぞっとするような声で沖野に言われ、ダイワスカーレットが唾を飲み込む。その合間にもテレビは記者会見の様子を伝える。

 

『週刊ウイークリーの四月一日(わたぬき)です。つまりデジタルさんが幸運な勝利を掴むための筋書きを書いたのは佐久間トレーナーということですね?』

『……大変申し訳ありませんが、質問の意図がわかりかねます。もう一度お願いできますか』

「週刊ウイークリーってなんなのさ」

「サハラ砂漠みたいなもんだろうなぁ……」

 

 数分前にしたやりとりがリフレインする中、記者が改めて質問をする。

 

『先ほどの話では、スタミナ等の関係でシニア期の面々には真っ当な手段で勝てない以上、勝てる作戦を吹き込んだと────』

『結構。ではご質問にお答えします』

「あーらら、あの記者あいつの地雷真上から踏んだぞ」

 

 他人事のような沖野の声がした。彼は既に画面から目をそらし「もう知らない」の態勢だ。

 

『まず、認識の齟齬が2点あるようですので、訂正していただきたい。1点目、まず作戦の立案は私ではない。デジタルも共に考えた作戦で、最終的に走るのはデジタルです。そのすべてをトレーナーが決められると思うほど私は傲慢ではない。2点目、デジタルがシニア期の面々に真っ当に勝てないとは言っていないし、誰にも言わせるつもりもない』

『あの、トレーナー……? トレーナーさん……?』

 

 壇上のアグネスデジタルがさすがにマズいと思ったのかマイクを通して疑問を投げかけている。控え室の面々も同じ気持ちだ。

 

「これ記者会見……だよな?」

 

 ウオッカが画面を指さしながら振り返る。両手を空の方に向けて肩をすくめるゴールドシップと目が合った。

 

『そのうえで今質問された記者さんに──あぁ、週間ウイークリーの四月一日(わたぬき)さんでしたね、こちらからも質問させていただきたい。あなたは我々の勝利が真っ当な手段によるものではないとお考えですか?』

『それは……』

『答えにくいなら言い換えましょう。私はあなたの発言をアグネスデジタルが安田記念の勝者としてふさわしくなかったと弾劾する意図をもって発言されたものと認識したが、よろしいか?』

 

 しばらく記者のもごもごと口ごもるような間が開いた。それを真顔で微動だにせずに待ち続ける佐久間と、その横でおろおろしているアグネスデジタルが画面の奥に見える。

 

「佐久間トレーナーって……本気で怒ると怖いんだな……」

「大人を怒らせるとおっかないぞ、ウオッカ」

「はちみーおごってもらったの、ありがとうってあとでちゃんと伝えとかなきゃ……」

 

 控室で佐久間の株が上がったり下がったりしている中、ようやく記者が答えをひねり出した。

 

『いえ、私の意図としてはアグネスデジタルさんが奇跡の勝利を幸運で手にした────』

 

 大きな物音でその先を聞き取ることはできなかった。佐久間がほぼ反射的に立ち上がり、アグネスデジタルをかばうように身を乗り出す。その物音を引き起こした犯人が乗り込んできた。

 

『去年、私の走った日本ダービーを見てくださっていましたか?』

「……マジかよ、やりやがった」

 

 ゴールドシップですら呆けた顔でそう呟いたが、それも当然だ。カメラが映し出しているのは、マイクを持ったスペシャルウィークの姿。彼女の眼は燃えていた。おそらくほぼ全ての人間が初めて見るであろう、激しい怒りに燃えていた。

 

『日本ダービーは最も幸運なウマ娘が勝つレースだと、そう言われています。ですが、本気で幸運なだけのウマ娘が勝つとお思いでしょうか。逃げに逃げた私が掴んだ去年の勝利も、その私にハナ差まで迫ったウマ娘の意地も、ただ幸運の上のみに成り立ったとお思いでしょうか。……これまで日本ダービーを勝ってきた、日本ダービーを戦ってきた全てのウマ娘に、同じことが言えますか』

 

 その問いに答えられる者はいない。答えを出しうるものはいない。少なくとも、スペシャルウィークの反語に否と言えるものは──そのレースを走った者は、会見場にはいない。

 

『同じことが今日のレースにも、他のどんなレースにも言えると思います。レースから運は切り離せません。けれど、レースは運だけで決まるものではないんです。それを踏まえて……何か、()()()()()()()()アグネスデジタルさんに申し上げたいことはありますか』

 

 会場が静まり返った。その最中、スペシャルウィークを追ってすたすたと出てきた陽室が佐久間のマイクを横から分捕った。

 

『……この際ですので、私からもひとつ申し上げておきます。貴方はミス・アグネスデジタルが幸運にも勝利したと仰りましたが、ウマ娘が幸運で勝利したか否かを遠い場所からそこまで適切に見極められるようでしたら、記者会見場になどいらっしゃらずとも、レースの勝敗予想記事を書くのみで不自由しない生活を送れるのではないでしょうか。当然ご存知ないのでしょうが、真摯な取材を行うというのは難しいものですからね。苦手ならば避けるに越したことはありません』

『……次の質問に移らせていただきますので、登壇者のみなさまはマイクを置いてください。登壇者以外の方からの回答はお控えください』

 

 半分怒りが滲むたづなの制止が入った。マイクを返すタイミングで佐久間に対して何か呟いたらしい陽室が壇上を去り、それにスペシャルウィークが続き、やっと会見が再開される。

 

「なんつーか、大変なんだな、スペ公に勝つのって」

 

 ゴールドシップの総括が、その場の感情を代表していた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。