生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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アグネスデジタルは確認したい

 ずっと手に握っていた携帯電話が震えて着信を告げる。たづなはすぐに応答して、スピーカーモードで繋ぐ。

 

「駿川です」

《佐久間です。先程はありがとうございました。駿川秘書官は今どちらに? 周囲はセキュアですか?》

 

 車の走行音が背後に聞こえる。おそらく車に置いたスマートフォンへ話しているのだろう。

 

「今はスピカの控え室です。理事長も隣にいます」

「佐久間からか?」

 

 離れた場所で手荷物検査をしていた沖野がたづなに声をかける。それに頷いて答えると、沖野と一緒に指揮を執っていた秋川やよい理事長も飛んでくる。手荷物を広げていたチームスピカの面々──サイレンススズカ、ダイワスカーレット、ウオッカ、トウカイテイオー、ゴールドシップ──がその外を囲むように集まった。

 

「部屋そのものには盗聴器が仕掛けられていないことを確認しています。恐らくテンペルの控え室よりは安心かと。理事長の大号令で荷物検査をしていますが、手荷物の方も問題ないかと思います」

《わかりました。その判断を信じます。スマートフォンをスピーカーモードに切り替えてください。理事長や沖野チーフも交えて話がしたい》

「最初からスピーカーです。少々お待ちを」

 

 たづながスマートフォンをテーブルに置く。

 

「沖野さんも来ています。佐久間さん、どうぞ」

《お疲れさまです。佐久間です。デジタルも隣に居ます》

「僥倖ッ!!! デジタルも怪我はないか!」

《はいっ! ピンピンしてますっ!》

 

 アグネスデジタルの声がスピーカーから飛んできて、半分崩れ落ちるようにしゃがみ込む沖野。サイレンススズカがその肩を励ますようにさすった。それを横目に、理事長が改めて口を開いた。

 

「今はどこにいる?」

《調布インターから中央自動車道上り線に乗ったところです。理事長がいるなら話が早い。このまま私とデジタルはほとぼりが冷めるまで地方に避難できればと思います。恐らくテンペルの面々もフランスに飛ぶまで同様に隔離した方がいいかと思います。許可を頂きたい》

「ちょっと待て。話に聞くと、デジタルがスペシャルウィークに土をつけたから襲ってきたらしいが、中央にいるのはマズいのか?」

 

 まだ脱力したままだが、沖野が口を出した。

 

《沖野さん、私もデジタルを襲ったのは単独犯である可能性が高いだろうとは思っています。それが正解であれば、確かに地方へ逃げる必要はありません。ですが、組織的かつ計画的なものだった場合は話が変わります》

「計画的? 何のためにそんなことを……」

《さぁ》

「さぁ……って、お前なぁ」

 

 沖野が溜息を吐く。

 

《ただ、報道記者もシャットアウトしているURAの制限エリアで襲ってきています。あの警備員単独の犯行か、バックが付いているのか、見極める必要があります。……なのでトレセン学園には、私たちが地方に逃げている間、欺瞞情報を流してほしいんです》

 

 そう言うと、理事長が扇子を自らの手に叩くように押しつけて音を鳴らした。

 

「理解ッ! つまりは中央で安全に保護されているという情報を流し、トレセン学園の側で怪しい動きがあれば組織的犯行と判断する訳だな?」

《地方で動きがあればURA内に内通者がいますし、両方で動きがなければ単独犯とおおよその見当がつきます。このあたりは私の()()も使えればと思います。いったん安全を確保してから警察に相談しましょう》

「許可ッ! 君とウマ娘の安全を第一に考えて行動してくれたまえ! それで、どこに逃げるかの候補は決まっているのか」

《そこで、できれば駿川秘書官や理事長のお知恵をお借りしたく》

 

 スピーカー越しの声はひどく落ち着いた様子だ。

 

《URAもしくはトレセン学園の関係施設、関東から自動車でのアクセスが可能で、可能であれば新幹線での移動も容易な立地。三大都市圏から遠く、情報の遮断が容易な場所、かつウマ娘が居ても違和感のない場所。心当たりはありませんか?》

「えっと……」

 

 たづなが言いよどむと、すぐに理事長が続けた。

 

「ならば金沢ッ! 金沢トレセンはどうか? 地方トレセンならばそもそもウマ娘は居ても当然、同時に全寮制のため生活圏は敷地内で完結する! トレーナー寮を利用すれば情報封鎖も容易だ!」

《……なるほど。金沢なら私も多少土地勘はあります。では、私とデジタルはとりあえず金沢方面に離脱できればと思います。受け入れ準備をお願いできますか?》

「承知ッ! ……可能なら、浦和トレセンに一度寄ってはくれないか。デジタルは今勝負服のままで目立つだろう。スタッフに目立たなそうな服とトレセンのジャージと制服を見繕ってもらう。受け取りたまえ」

《感謝します。理事長》

「うむ! すぐに用意にかかる。まずは浦和トレセンへ!」

 

 すぐに電話が切れる。それを確認して、理事長は一度だけ溜息を吐いた。

 

「悔悟。今、あの場にアグネスデジタルと佐久間君がいたことを不幸中の幸いだと思った私が度しがたい。レース場の中なら安心だと緩んでいたのは、私の責任だ」

「理事長……」

 

 理事長が悔しそうな顔をする。

 

「急いで戻れるように立て直す。たづな、手配を頼む」

「はいっ!」

 

 たづながぱたぱたと部屋を出ていく。残ったのは重たい沈黙だった。

 

「あいつは……佐久間は何者なんです? 元警察官だとは聞いていましたが」

 

 憔悴しきった様子でそう聞く沖野の言葉に飛び上がったのはトウカイテイオーだ。

 

「え? 佐久間トレーナーっておまわりさんだったの!?」

「肯定。元々は警視庁警備部で活躍していたと聞いている。佐久間君は、このような事態についてはプロだ」

「なるほど、道理で要領がいいはずだ……」

 

 半分呆れた様子の沖野だが、周囲のウマ娘たちは何を言っているかわからない様子。

 

「でもまあ、デジタルはそんなヤバい警官がついてるからこれで良いとして……問題はスペ公たちの方じゃないのか?」

 

 ゴールドシップがそう言ったタイミングを計ったかのように、今度は理事長の携帯が鳴った。そのまま彼女はスピーカーモードで繋ぐ。

 

「秋川である」

《陽室です。ミス・駿川が通話中でしたので、直接こちらにお電話致しました。我々は今後どのように動けばよろしいでしょうか》

「君たちが盗聴器を仕掛けているのではないかと疑いたくなるな。ちょうど方針が決まったところだ」

 

 苦笑いしながら理事長がそう返す。

 

《ご冗談を、理事長。それで、チームテンペルの旅行先はどちらに?》

「地方トレセンで受け入れてもらえるように調整中だ。可能なら車で……と言いたいところだが、確か自動車運転免許は持っていなかったな?」

《ええ、その通りです。付け加えると、タクシーの後部座席に生徒3人を詰めて長距離を移動させる真似もさせたくありませんね。スペはレース直後ですし》

 

 電話の奥は単調だ。理事長はその答えを聞いて数瞬の間考え込む。

 

「ふむ……ならば、提案ッ! 東京都調布飛行場に停めてある学園用のビジネスジェットを使い、佐賀トレセンか帯広トレセンへ飛べ!」

 

 理事長の言葉に度肝を抜くスピカ一同。

 

「ビジネスジェットって……」

「やっぱりお金持ちなのね……」

 

 彼女たちが呆れている間にも会話は続く。

 

《成程。承知しました》

「承知しちゃうんだ……」

 

 トウカイテイオーがもう驚き疲れたという様子でそう言った。

 

《佐賀か帯広ですね、少々お待ちを。……スペ、帯広の方に親戚や知己は居ませんね? いない? ならば結構。……理事長、我々は帯広へ飛びます。万一のことがあっても門別や札幌などの道内拠点に避難できますし、もしそちらが無理でも最悪スペかマックイーンの伝手を頼れます。帯広空港は夜間でもILSアプローチが可能だったと記憶していますし、今からの出発でも問題はないかと》

「うむ、承知した。すぐに帯広に通達する」

《ちなみに機種の方は?》

「無論ッ! エクリプス500だ!」

「それ絶対名前だけで選んだろ……」

 

 ついにはゴールドシップすら真面目なツッコミに回り始めるような会話なのだが、当人たちは意に介さない。

 

「乗客として5名まで乗れる。チームテンペルの人数であれば問題ない! すぐにパイロットを手配するので……」

《いえ、結構です。エクリプス500であれば、機種証明を含めて有効な操縦ライセンスを私が所持しています。私が操縦してそのまま帯広空港で乗り捨てても構いませんか?》

「……正気ッ!?」

《おや、なにか問題でも?》

 

 理事長が返答に窮している。その場にいる誰もが理事長とおおよそ同じ感情を共有していた。

 

「再度、確認。航空機の免許を持っているのか?」

《ええ、以前ハワイで少々学びましてね》

「お前は小さい名探偵かっ!」

 

 ゴールドシップの鋭い言葉にも、電話の向こうはどこ吹く風だ。

 

《機種が一致したのは奇跡的ですね。航空身体検査証明と航空特殊無線技士資格も間違いなく持っていますので、どうぞご心配なく》

「……では、そのまま帯広へ飛んでくれ。燃料代などは学園名義で領収書を切ってもらってかまわない」

《大変助かります。我々はこのまま調布飛行場に向かいますので、現地での動きやその後の手筈については決まり次第連携をお願いします。それでは、また後程》

 

 嵐のような電話が終わり、スピカの控え室に沈黙が落ちる。

 

「やっぱり……あのトレーナーはヤベぇわ……」

「こればっかりは完全に同意するしかないわね……」

「だな……」

 

 ダイワスカーレットとウオッカの意見が珍しく一致した。

 

 


 

 

「Chofu-Flight-Service, Juliet-Alpha-Nine-Eight-November-Tango, こんにちは。Request engine start-up」

《こんにちは、JA98NT. Cleared for engine start-up. Report when ready taxi. Expect take off at RWY35》

「Cleared for engine start-up. Report when ready, 98NT」

 

 無線でやりとりし始めたチームトレーナーを尻目にテンペルの面々が硬直していると、なんだか後ろの方で甲高い音がしたと思ったらすぐに大きく低い音に変わっていく。

 

「トレーナーさん……本当に操縦できるんですね……」

 

 ベルノライトが最後方──とはいえ2席3列のたった6席しかない小型ジェットなのだが──の席に座って、頬を引きつらせながらそう口にする。

 

「この状況でジョークを言えるほど肝は据わっていませんよ。……離陸後は着陸まで基本的に無線以外で喋れませんから、空の旅は皆で楽しんでおいてください。特にスペ、貴女は私に声をかけないように」

「は、はい……」

 

 最前列の副操縦士席に座りたがったスペシャルウィークを無理矢理2列目に押し込んだ陽室はサングラスで目元を守りつつ、タッチパネル式の計器に何やら入力を続けていく。

 

「スペシャルウィークさん、トレーナーさんが航空機の操縦資格をお持ちだとご存じでしたか?」

 

 2列目右側の席に座っていたメジロマックイーンが、計器を弄る陽室から視線を反らさずに問いかける。一方左側の席に陣取るスペシャルウィークは、ノータイムで首を横に振った。

 

「いくらなんでも初耳です……トレーナーさんに驚かされるのももう慣れたと思ってたんですけど、こんな隠しダネがあったなんて……」

「淑女の嗜み、というものなのでしょうか……」

「嗜みというよりはただの道楽ですがね。──Chofu-Flight-Service, 98NT, ready to taxi」

《98NT, cleared to taxi for Alpha-1 via Bravo-3, Bravo-2, Alpha-1. Report and wait at Alpha-1》

「Cleared to taxi for A1 via B3, B2, A1. Report and wait at A1, 98NT」

 

 陽室が無線に返し、機体がゆっくりと滑り出す。

 

「え、あ、動きましたよ! 動いてますよ!」

「乗り物ですから動いて当然ですわ……それよりも、ベルノライトさん。失礼ながら、もしや飛行機は初めてですの?」

「は、はい……!」

「初めての飛行機がプライベートジェットとは、中々ない経験ですわね。大型機に乗るのとはまた違いますが、()()()()()()()()()()()()()()なのですから、今回で慣れておいた方がよろしいですわね」

 

 メジロマックイーンの言葉に、一瞬呆けたような顔をしたベルノライト。

 

「えっ、あっ、そっか! チームで行くってことは、私もマックイーンちゃんもフランスに行くことに……?」

「当たり前です! 貴女の他に誰がスペシャルウィークさんの蹄鉄をメンテナンスできると思ってますの!?」

「ど、どうしよう、パスポートなんて持ってないのに……!」

「申請すればよろしいでしょう!?」

 

 その言葉になおのこと後ろでガタガタしだしたベルノライトだが、それを無視するかのように機体はするすると滑走路に向かっていく。

 

「Chofu-Flight-Service, 98NT, holding in position」

《98NT, hold short of RWY35. Dornier on short final》

「Hold short of RWY35, 98NT. ……到着機が滑走路から出たらすぐに離陸ですから、シートベルトの確認をしてください。帯広までひとっ飛びですよ」

 

 陽室の声に皆慌ててシートベルトの位置を確認する。非常時の行動などは事前に説明を受けているし、操縦席の陽室を信用していないわけではないのだが、初めての状況に皆緊張していた。

 

 すぐにプロペラ機が降りてくる。管制官──正確には違うらしいが、陽室以外は誰も理解できなかった──に報告して滑走路に入る。

 

《98NT, Runway is clear, wind 150 at 2. After take off, turn right and contact YOKOTA DEPARTURE 122.1》

「Runway is clear, 98NT, thank you for your cooperation. Good day. どうもありがとうございました」

《ありがとうございました。Good day》

 

 機体が滑り出す。すぐにふわりと機体が浮いた。

 

「飛んでます! 本当に飛んでますよ!」

「ですね!」

「おふたりとも! 飛行機なのですから飛んで当たり前でしょう!」

 

 かしましいウマ娘たちを乗せて、エクリプス500が一路帯広へと飛んでいった。

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