生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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アグネスデジタルは結成したい

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称中央トレセン学園は、フランスのジャック・ル・マロワ賞に挑戦するウマ娘、スペシャルウィークさんを擁するチームテンペルが本日フランスに向けて出発したことを公表しました。先日の安田記念では記者会見後に刃物を持った男に襲われるという事件が発生したばかりであり、渡航の日程は非公開となっていました』

 

 西日が差し込む車内でカーラジオのニュースを聞きながら、佐久間はウインカーを点灯させ、車を静かに学園の駐車場に入れる。

 

「さて、チームテンペルがフランスに行った以上、国内の世間様の目はお前に集中するぞ。良くも悪くもセキュリティ対策を引き上げざるをえない。……最終確認と行こう」

 

 佐久間は車をバックさせて枠にきっちり収め、エンジンを切れば、同時にニュースが途切れ静かになる。助手席にはすでに制服に着替えているアグネスデジタルが緊張した面持ちで座っていた。

 

「ファンと名乗るウマ娘ちゃんから差し入れが届いた。どうする?」

「先生や事務員の皆さん、それからトレーナーさんが安全を確認するまでは勝手に開封しない! 食べ物や飲み物は絶対口にしない! 手作り品は特に警戒!」

「そうだ。薬物混入の可能性を常に警戒しろ。基本的に自分で買ったもの以外は信用するな。それがクラスメイトであってもだ。自分で買ったものでも、飲みかけで目を離した飲み物などは絶対に口にするなよ。……次、週刊誌の記者がいきなりマイクを向けてきた。どうする?」

「デジタルに関することなら答えてもいいけれど、複数人に囲まれそうになったら逃げる! 他の人に関する意見を聞かれたら答えられないと断って、しつこいようならその場で110番!」

「結構。答えたくない質問には答えなくていい。俺がそばにいるなら俺を呼べ。必要に応じて記者会見を開くこともできる。後ほど記者会見を開きますから、とハッタリかまして逃げてもいい。お前の安全が第一だ」

 

 ある程度会話を交わしてから、佐久間がドアを開け外に出る。助手席側に回り、アグネスデジタルを下すと、正門側からデジタルをかばうように立ちながら校舎の方へと抜ける。そのまま校舎に入って、やっとデジタルが胸をなでおろす。

 

「あーいむばっくほーむ!!」

「お疲れさん。疲れてるところ悪いが、サクッと部室だけ整理しにいっとこう。トレーニングは明日から再開するが、今日の内に準備しておきたい」

「ですね! チームということは、あたしのほかにもウマ娘ちゃんを迎え入れなければいけないわけですし!」

 

 間近でウマ娘ちゃんを眺められるチャンスを作らねば……! と意気込むアグネスデジタルを見て、佐久間はどこか感慨深そうに笑みを浮かべた。前までは『他のウマ娘ちゃんと同じ空気を吸うなんて恐れ多い』などと言っていたのに、だいぶ図太くなったものだ。

 

「部室の方は理事長が手配してくれた。課外B棟5階の北西角で、今日から使っていいそうだ。西日がきつそうだな」

「おー……って、そこ練習トラック見放題の場所じゃないですかっ! なんでそんな特等席が空いてるんですかっ!?」

「グラウンドからも食堂からも教室からも遠くて、いまいち使い勝手が悪いからだよ」

 

 そう言いつつ、トレーナーの執務室兼チーム部室が詰まった課外活動B棟への渡り廊下を目指すふたり。

 

「とはいえ、最上階で見晴らしもいいし、トラックを上から眺められるのは強みかもしれないな」

「スピカのときはちょうど反対側でしたもんねぇ」

「だな。……目下の問題は、チームとしてあと何人かはメンバーを確保しないといけないことだな。中央への転入予定で見込みのある子がいるからとは、たづなさんから言われてこそいるが……いくらかはスカウトしないとな」

 

 佐久間の言葉に首をかしげるアグネスデジタル。

 

「あれ? でも、チームテンペルってそんなに人数いないですよね。かれこれチーム結成から2年半くらい経ってるはずなのに」

「本来なら取り潰しになるはずだったんだが、スペシャルウィークの戦績だけで押し切ってる。まぁ、うちもデジタルの戦績で押し切ろうと思えば押し切れるんだろうが……」

「そういうの、トレーナーさんは嫌いそうですもんね」

「よくわかってるじゃないか」

 

 階段の一歩前を進みながら、デジタルは笑った。

 

「なんだかんだで1年以上の同志ですから」

「……そうだな」

 

 どこか満足そうに息を吐いて、佐久間が続く。

 

「北西角だからこっち側の……わぁ、本当に一番奥ですね!」

「遠い分静かだが、移動にちょい時間がかかるな」

「それだけ道中にウマ娘ちゃんとすれ違うチャンスと考えれば……」

「そういうところは本当に変わらないな」

 

 佐久間がまだプレートのかかっていない扉に手をかけ、動きを止める。

 

「ト……?」

 

 ──―レーナーさん? と続ける前に、佐久間の人差し指が口元に持っていかれた。『喋るな』のジェスチャーにデジタルが口元を覆う。佐久間が声を出さないように口パクで伝える。

 

 ダ・レ・カ・イ・ル

 

 デジタルを手招きし扉の前から退かせると、彼女を自身の身体の影に隠すようにしつつ、ベルトに挟んでいた15センチほどの長さのあるフラッシュライトを逆手に持ち、強烈なストロボが焚けることを確認する。

 

 カ・ク・レ・テ・ロ

 

 佐久間がドアを半ば蹴り開けるようにして勢いよく飛び込んだ。

 

「よぅ、遅かった────んがっ!」

「動くな! ……ってゴールドシップ!?」

「へ? ゴールドシップさん?」

 

 デジタルが慌てて部屋の中を覗き込むと目元を押さえてのたうち回っている芦毛のウマ娘とそこからかなり離れた場所で懐中電灯をベルトに戻している佐久間が見える。

 

「さくまん……さすがに問答無用で目潰しストロボはさすがに過激な挨拶が過ぎますことよ……」

「いや、流石にここまでクリティカルなタイミングでゴールドシップがいるとは思わなかった……すまん……」

 

 佐久間は素直に謝罪しつつゴールドシップを助け起こす。

 

「えっと、ゴールドシップさん?」

「おうよ! 元気そうでなによりだぜアナログ!」

「デジタルですっ!」

 

 ようやく部屋に入ってきたデジタルにもあっけらかんと挨拶をしてゴールドシップ。佐久間が口を開く。

 

「で、だ。ゴールドシップ、お前はなんでここにいるんだ?」

「なんでって、今日からここがゴルシ様たちの部室になるからだろ?」

「……ちょっと待て」

 

 佐久間の顔色が変わる。デジタルは会話についていけていない様子だ。

 

「お前、スピカはどうした?」

「もちろん脱退届を出してきた! 我らが黄金船、チームスピカを堂々退場す、ってな!」

「はぁっ!?」

「ちょっと待ってくださいよっ!」

 

 佐久間とデジタルが同時に突っ込む。

 

「おまっ、何したかわかってんのか!?」

「そうですよ! ゴールドシップさんは宝塚連覇を賭けた大切な時期じゃないですかっ! そんなタイミングでフリーになったら出場権を逃しちゃいますよっ!?」

 

 慌てふためくふたりにゴールドシップは笑って頭の後ろに手を組んだ。トゥインクル・シリーズの出場にはトレーナーとの契約が必須条項として盛り込まれている。このタイミングでチームを抜けるということは、出走できないレースが出てきてもおかしくない。

 

 ましてやゴールドシップは宝塚記念出走を賭けたファン人気投票で堂々の1位を──凄まじいことに、その投票数はスペシャルウィークにすら僅差で優った──獲得した、文字通り人気筆頭のウマ娘だ。去年の宝塚記念覇者で人気も十分すぎるほどにあるウマ娘が、出走資格の失効による競走除外を意図的に引き起こすなど、到底許されるものではないのだ。

 

「問題ない問題ない。さくまんがチームに引き入れるって言ってくれればフリーエージェントを行使しなくていいわけだしよ。それに、スピカにはスズカたちがいるんだぜ? ゴルシちゃんが活躍しても枯れ木も山の賑わいになるだけじゃねぇかよ」

「……本心を話せ、ゴールドシップ。お前は自分の勝利の意味をそんな低くは見積もっていないだろうが」

 

 佐久間の声が低く落ちる。それを見てにやりと笑ったゴールドシップが腰を軽く折って、下から見上げるように佐久間を見つめた。

 

「そう怖い顔すんなよ、佐久間()()()。でもやっぱりいい勘してんな。理由は単純明快。さくまんのチームの方が面白そうだから。そう話したら、沖野トレーナーも乗ってきた」

「沖野チーフが?」

「チームスピカの沖野チーフトレーナーから伝言だ。『約束通り、チーム独立の記念にエプソムダービーと宝塚の二冠を預けておく。下手をこいたら即刻取返しに行くから、首を洗って待ってろ』らしいぜ」

「……まったく、食えないことをしてくれるお人だ、あの人は」

 

 佐久間は頭を抱える。

 

「安心しろって、宝塚もちゃんともう一回獲ってやるからよ」

「……落としたら承知しないぞ」

「おうよ。これからよろしくな、佐久間トレーナー」

 

 ゴールドシップが拳を差し出した。佐久間は苦笑いでそれに拳を合わせる。

 

「で、今からどうすんだ?」

「まずは備品の確認だ。できればもう少しチームメンバーを増やしたいが……メンバーの検討は追々でよかろう」

「部屋の確認なら済ませてるぜ! 角部屋の特権がいい感じだよなぁ」

 

 その場でくるりと回りながらゴールドシップが部屋を指し示す。角部屋ということで2方向に開いた古いアーチ型の窓からは、レースカーテン越しの西日がこれでもかと差し込む。特に西側に向いた窓からの光線が、部屋の対岸を埋める棚──といっても、まだほぼ空なのだが──に突き刺さっていた。

 

「これからの季節は死ぬほど暑そうだなこの部屋。このすぐ上普通に屋根だろうし、エアコンをガンガンかけないとしんどいかもな」

「冷房ちょっと苦手なんですよねぇ……」

「まーそんときはビニールプールでも持ち込んで、氷水で脚冷やしながら会議しようぜ!」

「やめろ。事故って階下を浸水させたなんてことになれば洒落にならん」

 

 佐久間が即却下すると唇を尖らせるゴールドシップ。隣の部屋に通じるドアを開けると、ほぼ同じ広さの部屋が顔を出す。北向きで直射日光がない分いくらか薄暗く見える。

 

「こっちは執務室兼物置かな」

「人数が増えてきたら考えてもいいかもですね。でもこれ、壁に貼ってあるシートってホワイトボードシートですよね? もしかしてこれ、壁一面ホワイトボード……?」

 

 デジタルがすぐに気が付いて、壁に触れながら言った。

 

「あぁ、これは助かる。ホワイトボードは広ければ広いほどいいからな。プロジェクタをこっちに設置して会議もこっちでやればいいし、入り口に近い方は生徒の休憩室兼簡易的なトレーニングスペースで使うか」

「りょーかいです!」

「そういやこの階にも生徒向けの更衣室とシャワー室がばっちりあるし、必要なものは持ってきといていいか?」

「ああ、それなら鍵付きのロッカーを手配するからそれまで待ってくれ。他人がアクセスし放題の場所に着替えやシャンプーを放置するのも気味悪かろう」

「佐久間の旦那は気が利くでござるぅ」

「お前バカにしてるだろゴールドシップ」

 

 佐久間に突っ込まれ、舌を出して頭をこつんと叩いて見せるゴールドシップ。

 

「あ、そだそださくまん」

「ん?」

「チーム名どうすんだ。第2スピカってわけにもいかないだろうし、名前を決めなきゃだろ?」

 

 ゴールドシップがそう言った。

 

「あー……一応デジタルとも話してたんだが……」

「ペルセウスが良いんじゃないかなって思ってて……」

 

 ペルセウスねぇ、とゴールドシップが意外そうに呟いた。

 

「いいんじゃねぇのペルセウス。怪物殺しのペルセウスだろ?」

「お前の知識は他にももっと活かし処があると思うんだが……まあいい。デジタルはかなり引っ込み思案なところがあるから、名前だけでも好戦的に行こうかなと思ってね」

 

 佐久間がそう言って笑う。

 

 チーム名の命名規則にルールはない。せいぜい『報道で用いられても問題ないと判断される用語を用いること』程度だ。しかしながら、トレセン学園中央校の伝統として、チーム名は星や星座に関連する用語を掲げることが通例となっている。……もっともその通例も樫本トレーナーの率いるチーム・ファーストが旗揚げされてから緩和され、さらにその後チーム・キャロッツなるチームが爆誕してから、ほぼほぼ有名無実化している。

 

「正直。そんな危ない感じの勇者になる気はないんですけど……」

「安心しろ。これからお前は芝でも砂でも怪物じみた差し足を嫌でも発揮することになる」

「それのどこが安心できるんですかっ!?」

 

 デジタルはそう言って尻尾を振り上げるが、佐久間は気にした様子はない。

 

「勇者になる責任はデカいぞ。いつか後輩がその背を踏み台にして飛び越えていくまで、走り続ける事を強要される。『それでも』と走り続けることが出来た奴だけが得られる称号だ。……少なくとも、デジタルはその一歩目を踏み出したし、ゴールドシップもその道行きの半ばだろう」

 

 願わくば、と佐久間は続けた。

 

「勇者として長く前線を走り続けて欲しいとは思うが、まずは目の前のレースに集中していこう」

「んじゃ、次はアタシの宝塚だな! チームペルセウスの初白星決めてくるぜ!」





//NEXT CHAPTER ==>
第5章『衝撃のロンシャン』

「Good, Samurai-Girl. I love a girl as bold as you」

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