生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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佐久間昊明は真実がほしい

「ご無沙汰しております。南坂警部」

「元警部ですよ。それに階級は君の方が上だった。そうでしょう、佐久間警視正」

 

 チームカノープスの看板が掛かっていた部屋で頭を下げた佐久間だったが、デスクに向かって書き物をしていた男は、柔らかく微笑んだ。

 

「呼び立ててしまって申し訳ありませんでした。依頼されていた件についての報告と、提案がひとつふたつ。……その前にコーヒーでも淹れましょう」

「いえ、お気遣いなく」

 

 佐久間は勧められた応接セットのソファに腰掛けつつそう言うが、南坂は糸目をさらに細めた。

 

「まぁそう言わずに、後輩の顔を見るのも先輩の楽しみですから。キミにコーヒーを淹れるのも緑会の自治会室以来です。キミは深煎りの豆が好きだった。覚えてますよ」

「……やはり、先輩にはかなわないですね」

 

 電動ミルが音をたてて、ふわりと香ばしいコーヒーの粉の香りが広がる。粉受けから几帳面に粉をフィルターに落として、細い注ぎ口のコーヒーケトルを手に取る。

 

「こだわりが強いのは相変わらずですね」

「そう言う佐久間君もです。四角四面で隙がない」

 

 その言い草に佐久間は笑みを浮かべる。

 

「よく自治会室に転がり込んでは、課題の合間に飲ませてくださった。『喫茶緑会』なんて言われてたのが懐かしい」

「あのころに比べても腕は錆びていないと思いますよ。昔の上司が根っからの紅茶派だったせいでよく揉めたものです。コーヒー派に染め上げようと思ったのですが、見事に失敗しました」

「噂に名高い長官官房直下の、ですか」

「実際は何でも屋でしたよ」

 

 そう笑ってゆっくりと粉が膨らむのを見守りつつ、南坂は続けた。

 

「……キミがこちらに来て、もう1年半ほどですか」

「はい。先輩の2年後ですので、そうなります」

「正直なところ、キミはもう少し利口で、論理的な男だと思っていました。まさかあそこから全てを投げ捨ててこちら側にくるとは思わなかった」

「利口……ですか」

「澤田警視長、いえ、今は警視監でしたか。ともかくあのお方に気に入られた時点で相当ですよ。それに君ならば、それこそ警視総監だって狙おうと思えば狙えたはずでしょう」

「私には務まりませんよ」

 

 コーヒーが落ちていく音を聞きながら、佐久間はそう呟くように言った。

 

「あそこは……警察組織は私にとって現実的すぎました」

「現実的過ぎる……なるほど、理由はそのあたりでしたか」

「笑いますか?」

「笑えるほど大層な人間ではありません」

 

 目の前にコーヒーが置かれる。佐久間がブラック派だったことを覚えていたのか、砂糖もミルクも、スプーンもついていなかった。向かいに座った南坂は砂糖とミルクを少しずつ入れ、コーヒースプーンでかき回しながら続ける。

 

「私が4回生の時、まだ2回生だった佐久間君と26時まで激論になったことを思い出します。自らの感情に由来する決意や決断さえも理路整然と論じようとしてしまう佐久間君は誰よりも冷静で、冷静が故に、自らの感情を後回しにしてしまう事がある。それがキミの強さであり、キミの脆さです」

「あのときは、先輩が何を言っているのかわからずに困惑しました」

「なるほど。その言い草だと今は理解しているとも取れますね」

「鱗片だけは、なんとか」

 

 コーヒーに口をつける佐久間。嫌みのないすっきりとした苦みで喉を潤し、彼は続けた。

 

「デジタルを見ていると、嫌でも思うところが出てきます。頭の回転の速さ、恐ろしいまでの観察眼の広さと洞察力。彼女が監視対象ではなくてつくづく良かったと思ってしまう。しかし、それを支えているのは、彼女の感情と、理論の地平のさらに先にある何か。……そう思えてならないんですよ」

「良い具合に絆されてきましたね。フェアに関係性を築けるところは昔からキミの強みでした。それが曇ってないと知れただけでも、私にとっては大きな収穫です」

 

 南坂が笑って一口コーヒーを啜り、テーブルに戻した。

 

「さて、佐久間()()()。結果について報告です」

 

 その呼びかけに表情を落とす佐久間。彼の目の前にトレーにのせられたスマートフォン端末が2台置かれる。ひとつは対衝撃用のハードケースを着けた佐久間のもの。もうひとつは明らかに佐久間の趣味から外れているであろうパステルカラーのファンシーな手帳型ケースが付けられたものだ。

 

「提出いただいていたあなたとアグネスデジタルさんの端末ですが、少なくとも電子的に情報を抜かれたような痕跡は見つかりませんでした。通信履歴もシロと見てよいでしょう。デジタルさんの背後関係も漁れるだけ漁りましたが、今回の事態に繋がるようなものは見当たりませんでした」

「昨日の今日でよくそこまで……」

「金沢から戻りの足で訪ねてくれたのは驚きましたが、それでも可愛い後輩の頼みです。これくらいは力になりますよ」

 

 解析結果をまとめた紙を佐久間に差し出す南坂。それを斜め読みしながら、佐久間が口を開く。

 

「結論だけ見れば、シロ……ですね?」

「えぇ。佐久間チーフが意図的に情報を隠蔽しているのでなければ」

「万が一私がクロだとして、あなたなら見抜けるはずでしょう? 警視庁刑事部が誇る捜査支援分析センター、その機動分析第1係係長だったあなたなら。捜査一課でも一目置かれていた、あなたなら」

 

 にっこりと笑う南坂。

 

「私はエスパーでも何でもありませんよ。ですが信頼していただけたこと、感謝します」

「先輩は今回の騒動をどう見ますか?」

「報道発表通り裏はない……というよりは、裏を立証するには情報が足りない。疑わしきは被告人の利益に、です」

「不起訴相当……ですね」

「確かに、捕まった警備員が有効なIDを持っていたこと、裏賭博に必要な情報がURAから事前に漏れていたことは事実です。組織犯罪対策部(マルボウ)が当該の情報端末を迅速に押さえられたのはラッキーでした」

 

 しかし、と続けて指を組んだ南坂。

 

「URA内部の膿が出きったわけではない。それは確かです。とはいえ、我々は既に警官ではなく、ましてや裁判官でもヒーローでもない」

「わかっています。……しかし」

「デジタルさんの安全に関わる以上、引くわけにはいかない。だからあなたは私に調査とコンサルを依頼してきた」

 

 各チームの業務内容は、チームごとに作成する規程に基づいて実施されることが通例だ。基本はウマ娘の指導に限定されるが、トレーナーになる前に何らかのキャリアを積んできた面々は、ある種の()()としていくつかの()()が付帯することがある。

 

 佐久間や南坂などの元警察関係者の業務はその最たる例だ。彼らの業務内容には『各種警備活動等に関する指導業務およびそのコンサルタント業務』が記載されている。ウマ娘警官などへの指導について、警察からの協力要請に応じることができるようにするためだ。自衛隊出身のトレーナーなども同様の措置を執っていることもあるなど、それぞれの古巣と無関係ではいられないトレーナーも数多い。貴重な『戦力』となり得るウマ娘の情報をいち早く掴みえる環境に人を送り込める各団体と『生徒の就職先』とのコネクションを得ることができるURAやトレセン学園の利害が一致した結果がこれである。それぞれのトレーナーの副業について学園側が禁止できるような規約はどこにもないのだ。

 

 今回、佐久間は南坂に対し業務として個人端末などから情報が漏れている可能性がないかの調査を依頼していたのである。

 

「トゥインクル・シリーズが犯罪組織のマネーロンダリング先として利用されている実態も未だ続いています。トレセン学園としても、生徒が知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされていたなんて事態を認めるわけにはいかない。現理事長である秋川やよいの信念に共感したからこそ私はここにいます。それは君もそうでしょう?」

「えぇ、それも理由のひとつです」

 

 佐久間はそう返して言葉を待った。

 

「URAやその先にいる誰かとのつながりは、未だ立証できません。しかし、今回の対応でしばらくは相手も警戒するはずです。少なくともあなたと私が動いていることは、明確なメッセージとして相手に伝わった」

「だと……いいのですが」

「それに、あなたの動きを封じるためにデジタルさんやゴールドシップさんを襲うというのもナンセンスな話です。警戒は続けるに超したことはありませんが……リスクとしては、メディア対応の方が優先ですよ」

「それは……まぁ、そうでしょうが」

 

 理解はしたが納得はしていないと言いたげな歯切れの悪い回答が帰ってきて、南坂は飲みごろになってきたコーヒーをぐいと煽る。

 

「相手が小ぶりなのも困りますね。まとまって真正面から来てくれればいくらでもお相手できるのですが。逃げ足が速くて仕方ない」

「洒落になっていませんし、目元が昔に戻ってますよ、南坂()()()

「おっと、いけないいけない。ターボさんにまた泣かれてしまう」

「なにかやらかしたんですか?」

「まあ……前にターボさんが縁日で射的の景品で当てたという、かなり精度のいいM9ピストルのモデルガンをここに持ち込みましてね……それを知らずに、その……反射的に……」

「それは……泣きますね」

 

 どうやら反射的に()()したらしい。かつて捜査一課で特殊犯捜査1係(S I T)の面々にシゴかれていた南坂にやられたら大の大人でも怖いに決まっている。ツインターボからしてみれば、文字通り死ぬほど怖かっただろう。

 

「結局、私の奢りでチーム全員焼き肉バイキングに落ち着きましたよ」

 

 まったくこの先輩は、と笑って佐久間が返す。

 

「ありがとうございました。費用についてはペルセウスに請求書を回してください」

「人件費についてはサービスしておきます。この件については理事長からもかなりの額を包んでもらっているので」

 

 それにしばらく考え込むような仕草をした佐久間だったが、なにかに思い当たったのか、はっとしたような表情をした。

 

「あの匿名掲示板……」

「えぇ、駿川秘書官と結託していくつか書き込みをしています。あのあと愉快犯のような投稿もいくつかありましたが、こちらについても学園法務部に通報済みです。数日もすればプロバイダから開示請求が出ていることが相手もわかることでしょう。法務部はしばらくたのしそうですね。数百万で示談にするか、刑事までもつれこむか……」

「こういうときに楽しんでしまうのは先輩の悪い癖ですよ」

 

 佐久間は苦笑いだ。

 

「もっとも、キミからの依頼の有無に関わらず、どちらにしろ潜らなきゃいけない状況でした。人件費分以上の金額を理事長からお支払い頂いてるので、そちらはサービスということで」

「……両取りしてたんですね。相変わらず抜け目ない」

「その代わりといってはなんですが、いくつか提案があります」

「聞きましょう」

 

 佐久間がそう言うと、南坂は一度デスクに戻り、書類を一枚クリアファイルに入れてもってきた。

 

「うちのマチカネタンホイザが相談に来ましてね、すごく見込みのある子がいるから、カノープスで取れないかと言ってきまして……」

 

 書類は選考会用のエントリーシートのようだった。名前や写真、過去の選考会におけるリザルツなどが羅列されている。リザルツ欄がかなり埋まっているところを見ると、1年以上選考会に出続けているように見える。

 

「……この名前」

「佐久間君も覚えがありますか」

「えぇ、デジタルを取ったときに見た覚えがあります。まだ本格化前であろうことと、ダート向きではなかったので採用は見送っていたのですが……所属が決まっていなかったとは驚きです」

「本来ならカノープスで取ることも考えたのですが、私ひとりではターボさんにタンホイザさん、イクノさんと3人すでに抱えていて、4人目を取ることは難しそうなのです」

「……特に最近は副業の方でも引っ張りだこだそうですしね」

「もう最近は学園の情報保全室所属なのかカノープスのチーフトレーナーなのかわからなくなってきましたよ」

 

 そう言ってニコニコと笑う南坂、佐久間は話が見えてきたのかすっと眉を下げた。

 

「うちを紹介する、と?」

「えぇ、あなたなら教え子の友人を預けても安心でしょうからね。中長距離の芝向きの脚質なので少々勝手は違うでしょうが、あなたなら上手くやるでしょう」

「実力を見ないことにはなんとも言えませんが……最近は選考会に顔を出すこともあまりなかったので」

「それがよいでしょう。ですが、キミはほぼ間違いなく彼女を取ると思いますよ」

「妙に自信がありますね」

「私の教え子が勧める子ですから────うちの子たちは少々行儀が悪いところもありますが、基本は良い子なんですよ」

「なるほど……そういうことですか」

 

 佐久間は笑ってコーヒーカップを机に置いた。

 

「80秒前からで合っていますか?」

「えぇ、すいません。……ターボさん、タンホイザさん、ドアの外にいるのはわかっています。入ってきなさい」

 

 その声にドアの奥がガタン! と大きな音を立てた。

 

「あだ……タァボォ……」

「ごめん! ホイザごめんっ!」

「のぁっ、おふぉっ、揺らさないっ、でいぃっ、のだっターボ、くんっ!」

 

 ドアは開かないが、扉の奥でゴタゴタしている声が聞こえてくる。そのやりとりを聞きながら、南坂は微笑む。

 

「仕方ないですね。佐久間君、よろしければコーヒーのもう一杯くらい付き合ってくれると助かります」

「よろこんで」

 

 その答えを聞くころには南坂は入り口のドアを開けていた。鼻頭を押さえている淡い栗色の髪のウマ娘と、真っ青な髪のウマ娘がどこか困った笑みで南坂を見上げていた。

 

「中に誰か居るとわかったときはノックをして入るか、改めて出直すようにしましょう。盗み聞きはお行儀が悪いですよ」

「ごめんなさい……」

 

 青い髪のウマ娘────ツインターボがしゅんとして謝る。栗色の髪を揺らすマチカネタンホイザも同じように頭を下げた。

 

「お茶にしましょう。……作戦会議もトレーニングもその後です。ちょうどお客さんも来ている所ですし」

 

 南坂はそう言って佐久間の方を見る。第2ラウンド開始といったところか、と過たず意味を捉えた佐久間がウマ娘たちに笑みを送った。

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