今話を読んだ後、あらすじに掲載されている表紙イラストのスペシャルウィークをよーく観察してみると……実は最初からきっちり仕込んでました。
「それでは、これで契約完了だな。これからよろしく、ナイスネイチャさん。ネイチャ、と呼んでもいいかな?」
「はい! よ、よろしくお願いしますっ!」
ガチガチに緊張した様子の生徒が頭を下げる。佐久間晃明は彼女に笑いかけた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫。君の実力なら、今から調整に入れば来年のダービーを十分に狙える」
「そ、それは……どうかなあ……?」
山のようなサイン済みの書類を取りまとめていく佐久間の言葉に、ナイスネイチャがそう返事した。クリスマスカラーの耳飾りが不安げに垂れる。
「選抜レースでもずっと3着で、年下にもどんどん追い抜かれてるし……光るところ、見せられなかったから……」
ナイスネイチャの言葉が途切れる。
「どうして君をチームペルセウスで採用したのか、最初にも話したと思うが、念のためもう一度確認しておこう」
佐久間はそう言って書類をトントンと応接用のテーブルに打ち付けてまとめつつそう言った。
「君の走りはちゃんと基本に忠実な、とてもプレーンな走りだ。教官の下でちゃんと学んで、ちゃんと考えて、練習の中でトライアンドエラーを繰り返してきた走りだと私は見ている。安定して入着できているというのも実力の証左だ。まず、そこは胸を張りなさい」
佐久間はナイスネイチャをまっすぐと見る。
「確かにトゥインクル・シリーズでは才能が物を言うところはある。努力では埋められない部分だってあるだろう。だがそれは、レースで勝てないこととイコールではないと考えている。対策を練り、準備を整えていくことで、本番ではきっちりと成果を残すことができる。努力ができる気概と技術の基礎を、君はすでに備えている。だから採用した」
そこまで言ってふっと目元を緩める佐久間。
「それに、実を言うとスピカのサブトレ時代にネイチャを採用することも考えてはいたんだが、採用の最終権限は沖野チーフが握っていたし、デジタルで手いっぱいだったのもあってね。南坂トレーナーから君のことを聞いたときには驚いたものだ」
「あはは、タンホイザがご迷惑をおかけしました……」
ネイチャはどこか気恥ずかしそうに目を細めた。
「評価している人はそれだけいるということだ。さて……メンバーと顔合わせしつつ、今後の動きを決めていこう」
そう言うと佐久間は隣の部屋へと続くドアを開けた。
「あ、トレーナーさん! 終わりましたか?」
ひょっこりと顔を出したのはアグネスデジタルだ。
「無事契約完了だ」
「これで正式にチームメイトですね! ネイチャさんとご一緒できるなんて、この不肖デジタル、大変嬉しく思う次第です……!」
「やっぱりデジタルちゃん大げさだって……」
アグネスデジタルが鼻息荒くそう言うと、ナイスネイチャは照れ気味に返す。その様子に少々意外そうな表情を浮かべるのは佐久間だ。
「最初から顔見知りか?」
「はいっ! 座学では同学年、クラスメイトですからね! それに!」
アグネスデジタルがナイスネイチャの手を取った。
「中長距離以上はあたしの苦手領域ですし、逆にマイル周りとかは教えられる部分もありそうなので、一緒に切磋琢磨できるのって本当に嬉しいんですよっ!」
ぶんぶんと手を振るしぐさに笑いつつ、佐久間はもうひとり部屋にいるはずの影を探して、目線を走らせた。
「ゴールドシップ」
「おうおう、ここだここ!」
そう言うとなぜか掃除用具箱の影から出てくるゴールドシップ。サングラスをかけながら箒を抱えて出てくる彼女に佐久間が盛大な溜息を吐く。
「……何してるんだ?」
「いやぁ、ホームページ用の写真撮るって言ってただろ? じゃあ部室の整理タイムだと思ってたら、整理してるうちになんか楽しくなってきちゃってよぉ」
「ホームページ?」
ナイスネイチャが首を傾げる。アグネスデジタルの耳が跳ねた。
「はいっ! チームペルセウスのホームページも作らないといけないので。ネイチャさんとゴールドシップさんのプロフィールページも作らないとなんですよ!」
「え゛っ、デビュー前なのにプロフィール作るの!?」
「恥ずかしがんなよナイス姉ちゃん」
「ナイスネイチャだっ!」
ゴールドシップの茶々にナイスネイチャがすぐに突っ込む。
「お前は頼むから少しは周囲を見てくれ。宝塚連覇の首は重いぞ。威厳というものをそろそろ覚えた方がいい」
佐久間にたしなめられると、にやりと笑うゴールドシップ。
「そう言われると思ってよっ! ほいっ!」
くるりと背中を向けるゴールドシップ。A4版の紙が制服にセロハンテープで張り付けられており、達筆な字で『威厳』と大書されていた。
「そういう意味ではない」
淡々と突っ込み、佐久間は個人用のデスクに腰かける。窓を背にするように置かれたデスクにはタブレットPCや電話などがセットされている。アグネスデジタルに手を引かれるようにして、部屋の中央に置かれた会議用の折り畳み机についた。ノリが悪いなぁ、などと言いつつゴールドシップもサングラスを外してナイスネイチャの向かいに腰かけた。『威厳』と書かれた紙がデスクの中央に滑る。
佐久間はそれを無視して口を開いた。
「というわけで、チームペルセウスはナイスネイチャさんと正式に指導契約を締結した。芝の中長距離路線を見据え、今季のメイクデビューにねじ込むつもりだ。シニア2期目のゴールドシップ、クラシックのデジタル、ジュニアのネイチャの3人体制で夏以降の戦線に向かうことになる。……まあ、仲良くするようにと言うまでもなさそうだが」
すでに溶けかけているアグネスデジタルを見つつ佐久間が笑う。
「で、さくまんよぉ」
「『その呼び方はなんだ』と突っ込むのも飽きてきたが、なんだ?」
「しばらく海外遠征はしないのか?」
そう言われ、佐久間は数舜考え込むような間をとった。
「来年以降はあり得るが、この12月までは国内に軸足を置くつもりだ。出たい海外重賞でもあるのか?」
「いやぁ、今年はジャパンカップを目指すからいいんだけど、来年あたり凱旋門リベンジとかしたくてさ。やっぱ負けっぱなしじゃ終われないだろ?」
「わかった。ではジャパンカップ以降……条件次第で有馬記念に出るとしても、その先については海外遠征を前提に調整する。それでいいか?」
「さっすがぁ、わかってるねぇ」
満足そうなゴールドシップと対照的にどこか不安そうなのはアグネスデジタルだ。
「となると、来年までにはサブトレーナーとかも雇わないと、ですね」
「だな」
佐久間は同意して少し疲れたように笑った。一人で海外と国内の両方を指導することは実際困難だ。最小限であっても、指導を代行できる人員を確保する必要があるのだが、現状ではどこまで上手くいくか不明瞭なのである。
「それを見据えつつスポンサー集めもしないとならない訳だが……発足メンバーの特権だ。打診のあった会社のカタログがそこに山になってるから、目を通してみてくれ。気になる会社があれば優先的に検討する」
「はーい。……って、へ? スポンサー?」
ナイスネイチャが驚いたような表情をした。
「おうよ。って……あれか。良い姉は知らないか」
「ゴールドシップさんふざけてますよね……?」
顔がどんどん赤くなっていくナイスネイチャを尻目に、ゴールドシップがどこからともなく指し棒を取り出した。
「んじゃ、説明しよう! まずはそこのさくまん、というか、どのチームのトレーナーもだが、トレーナーはトレーナーとして学園に雇われているわけじゃないって話からだ」
「へっ!?」
ネイチャの視線がデスクでタブレットを操作していた佐久間に向く。佐久間も頷いた。
「乱暴な言い方だがゴールドシップの話は正しい。トレーナーとしての仕事はさっきネイチャがサインした契約書通り、『株式会社ペルセウス』の業務としてやることになっているから、学園にトレーナーとして雇われているわけではないよ。もっとも、私は学園事務局警備部の職員としても登録されているから、学園スタッフでもあるんだがね」
すでに混乱で頭を抱えそうになっているナイスネイチャ。そんな姿を見てか、アグネスデジタルが立ち上がり壁のホワイトボードに向かう。ボードをマーカーが滑る音が響けば、『URA』と『トレセン学園』の文字が書き出される。
「えっとですね、そもそもトゥインクル・シリーズの運営主体はURAなので、学園が出走者に直接そのお墨付きを与えるわけじゃないんです。URAが認定した『URA平地競走上級指導員』……よく
URAの下に『ペルセウス』と書きながらデジタルはホワイトボードに向かって講義を続ける。
「だからトゥインクルの出走条件として、実は『トレセン学園生』である必要はなかったりします。規定上は認定トレーナーの指導を正式に受けていて、基準タイム内で走れれば出走可能です。逆に、学園生でも選抜レースをしてトレーナーについてもらわないとトゥインクルに出られないのはそういうことです」
「とはいえ全指連……って言ってもわからないか、レース指導を行うトレーナーが会員として加盟する『全国ウマ娘競走指導者連合会』から、学園生の中から競技者を選抜するようにと指導が入っているし、基準タイムを出せるだけの実力者なら中央校に余裕で入学できるはずだから、学園生以外がトゥインクルシリーズに出走したことはないんだけどな」
佐久間が補足するとアグネスデジタルは頷いた。
「それぞれのチームはURAと全指連の指導と監督を受けます。学園はチームにグラウンドやトレーニング設備、あとは部室を貸与したり、指導する学園生の人数に応じて補助金を出したりします」
「じゃあ、トレーナーの給料って……?」
ナイスネイチャが恐る恐る佐久間の方を見る。
「指導契約で決めた割合に基づき、君たちの獲得報奨金から一定の割合を貰うことが主な収入になる。あとは学園や政府からの補助金だな。そこから部室の賃貸料を学園に支払い、トレーニング関連の備品を購入し、保険とか会社の維持に必要なお金を差し引いた残りの金額が私の懐に入る」
「じゃ、じゃあ、アタシ達が勝てなかったら……?」
「生徒側にはあまり影響はない。せいぜいトレーナーの夕食におけるもやしの割合が増える程度だ。だから指導員は必死に指導をする。チームによっては成功報酬の他に月額いくらで生徒のご家族から指導料を回収する所もあるし、ローカル・シリーズを中心に活動する地方所属トレーナーの場合はそちらが主流だ。そこまでしてもチームの維持ができなくなれば当然チームは解散、トレーナーは廃業だ」
「アタシ達責任重大じゃんっ!」
そうだぞー、と気楽に言うのはゴールドシップだ。
「だからこそ、そうならないようにそこのさくまんは必死に見込みのあるウマ娘をスカウトしたり、指導したりするわけだな。今のところはアナログも居るし、アタシが勝ちまくれば良いわけだし。心配はないだろうけど、稼ぐ手段がもうひとつ……企業からスポンサー料をもらうことだ」
そう言ってテーブルに置かれたパンフレットを見る。もはやアグネスデジタルは『アナログ』呼びされても反応しなくなっていた。
「ゴルシ様やデジタルの活躍を見て『まっ! この子達にうちの宣伝をしてもらいたいわッ!』と思った会社がこうやってお金を投げてくれたり、製品を提供してくれるって寸法よ」
「そういえば、スペ先輩のいるチームテンペルはスウィング・コンツェルン・ジャパンが大口のスポンサーについてましたよね?」
「スウィング・コンツェルンって……あのスウィング!? 高級時計メーカーの……」
「コンツェルン傘下のランジンが、ジャパンカップを始めとする有名な国際重賞の公式計時を担っている。同じく傘下のツェータには競技計時専門の子会社もあるし、恐らくそういった繋がりで売り込みがあったんだろう」
佐久間は呆れの表情を隠さずに続ける。
「だが、あそこは参考にしちゃ駄目だぞ。あのトレーナー、スペシャルウィークモデルの高級時計をツェータとランジンにわざわざ作らせて納品させたらしい。予定販売額はどちらも200万越え、限定モデルの例に漏れず世界で数百本しか出さないそうだ」
「おっひょ」
また卒倒しかけたが、はっとした顔で持ち直すアグネスデジタル。
「でも……あたしならもう買えるのでは……?」
「買えるだろうけど計画的にな」
佐久間が辟易とした様子でそうたしなめた。
NHKマイルカップと安田記念を獲ってきたアグネスデジタルはそれだけで3億円ほどの賞金を獲得している。……もっとも、そのうち何割かは税金として本人の懐に入らず消えていくし、さらにそれを指導契約に基づいて分配するので本人の取り分はそれ以下なのだが、そうだとしても200万円の時計をふたつ買うということも決して不可能ではないのである。
「あれほど極端である必要はないが、場合によってはコラボモデルが作られる可能性もある。デジタルの場合はアパレル系の打診が多いが……」
「悪かったですね、子供服メーカーばっかりで」
「何も言ってないだろう」
「女性服メーカーからも来てるぞ。このゴルシ様目当てかもだけどな。あとベッドメーカーに……健康食品にシューズに家電……実質なんでもござれだな」
ゴールドシップに追い打ちをかけられ頬を膨らませるアグネスデジタルを見ながら苦笑いをするナイスネイチャ。
「まぁ、あと2週間ぐらいで決めれば良い状況だから焦らないでいい」
「あ? この後はどうすんだ?」
ゴールドシップがそう言いつつ首をかしげた。
「本当なら着替えてグラウンド集合と行きたいところだったが、たづなさんからペルセウスに紹介したい生徒がいると連絡があってな。どうやら2学期から中央に転入するそうなんだが、その子の面談をしてからになる。動きたければグラウンドの利用申請は通ってるからそっちに降りていていいぞ」
そう言うとゴールドシップとアグネスデジタルの耳が同時にピンと立った。
「それは是非とも会ってから行かねば!」
「おうデジタル気が合うなぁ!!」
「……あまり強く当たるなよ」
佐久間がそう言ったタイミングでドアがノックされた。アグネスデジタルがドアに向けすっ飛んでいく。
「はーい、ようこそチームペルセウスへ! ……って、ひょえええええええええええええっ!?」
アグネスデジタルが悲鳴と同時に後方に吹き飛ぶ。いつもの事なのか、やれやれといった表情のナイスネイチャ。ゴールドシップがめんどくさそうにアグネスデジタルを回収に向かう。
「え、あ、な、え、かっ……っ!?」
「驚かせちゃった? ごめんね?」
「アナログー、初対面で失礼だぞー。悪い悪い、アンタがたづなさんに紹介されたウマ娘?」
「アンタじゃないでしょゴルシさん! カレンチャンさんですよ!? そんな気軽にっ!」
そう言ってアグネスデジタルは、来客者の方を見る。カレンチャンと呼ばれたそのウマ娘は、淡いグレーのような髪色を揺らして笑う。
「あ、カレンの事知ってくれてるんだね! ありがとう!」
「おひゅうううううううううう!」
「おーい、勝手に昇天しないで戻ってこーい。あと、そんなに有名人なのか説明しろー?」
「有名もなにも! 『Curren』さんといえば! ウマスタグラムでフォロワー300万人突破の! 自撮りの! 女神で! 大井の! ダートで! 走って! る! すごいお方なんですよ! ゴルシさん知らないんですか!?」
「ウマッターとUmaTubeしかやってないからゴルシ様」
のんきにそう言うゴールドシップの背後で遠い目をしているナイスネイチャ。
「あー、どこかで見たことあると思ったらウマスタかー……またとんでもないキラキラ族が来ちゃったなぁ……」
「ゴルシさんもネイチャさんもなんでそんなに落ち着いてるんですか! というよりトレーナーさんは知ってて……って、トレーナーさん?」
ハイテンションなアグネスデジタルの声で皆の視線が佐久間に集まる。珍しく、彼が驚いた表情のまま固まっていたのだ。それを見た来訪者がクスリと笑った。
「やっと見つけた。カレンの運命の人っ!」
彼女は大きく一歩、部屋に踏み込んで満面の笑みを作った。
「久しぶりだね、探したんだよ!