生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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ベルノライトは言語能力がほしい

「ここ、どこなんですかぁ……! トレーナーさぁん……!」

 

 パリ北駅まで死力を尽くして辿りついたのはいいが、ベルノライトはそこで既にいっぱいいっぱいだった。やたらと高い天井、足早に歩く背の高い老若男女。そんな中で大きなスーツケースを手にうろうろする、文字通りの海外旅行初心者丸出しスタイルで歩くのはそれだけでもすこぶる勇気が必要だった。

 

 そもそも、空港に迎えに行くと言ったのに盛大に寝坊する陽室が悪いのだ。

 

 ベルノライトが残りのチームテンペルの面々から遅れてフランス入りするのには理由がある。フランス入りが確定したときにまだパスポートを取得していなかったためだ。慌てて両親に戸籍謄本と住民票を府中に送ってもらい、ひとりだけ別行動で一旦府中に戻って申請をしたのだが、それでもスペシャルウィークたちの出発には間に合わなかった。

 

 発行の目処が立ち、初めての海外ということで心配が膨らんだ親の同伴を『シャルル・ド・ゴール空港からはトレーナーさんも一緒だから大丈夫! 出国も入国も問題ないから!』と断ったにもかからず、結局羽田空港の制限エリアギリギリまで見送りにきた両親に大手を振ってやってきた結果がこれである。

 

 結局トレーナーはやってこず、なんとか空港で受け取りを済ませたプリペイドの携帯電話でトレーナーを呼び出すも繋がらず、やっとのことで連絡がついたメジロマックイーンに確認してみれば、部屋で爆睡していることが確認された。目的地である『Lycée Fille de Cheval Centre d'entraînement à Chantilly』──日本語に直すなら『ウマ娘トレーニングセンター中等教育学校シャンティイ校』まで自力で辿りつかねばいけなくなった瞬間である。

 

 空港で両替を済ませ、鉄道に乗り込んだまではよかったのだが、いきなり車内で演奏し始めたアコーディオンを持った人と目が合ったせいで、チップを払わざるを得なくなったのがまずだめだった。両替直後で最小でも10ユーロ紙幣しかなかったせいで、お昼ご飯代がいきなり吹き飛んだのである。その事実を噛みしめながら電車に乗っていたのだが、ガール・デュ・ノールとアナウンスされてもそれがパリ北駅だとわからず危うく乗り過ごすところだったのが追い打ちをかける。空港からの列車が着く地下ホームから地上階に出るころには、既に息も絶え絶えだった。

 

 陽室に対して絶対に文句のひとつも言ってやるという決意だけで脚を動かすものの、ここからシャンティイ駅までの行き方がわからない。

 

「北に行くシティに乗れって言われても、どれがシティなの……!」

 

 ベルノライトは天を仰いだ。ザ・ヨーロッパの駅! と言った雰囲気の恐ろしく高い天井を鉄の柱が支える駅舎の天窓からは曇天が見える。今日のパリは生憎の小雨だったが、街往く人々──どちらかと言えば駅を行き交う人々──はほぼ皆傘を持っていない。これが国民性、と思っても状況は解決しない。

 

 観光ガイドには『シャンティイはパリ北駅から発車するTERピカルディのCitiで30分程度で到着でき、パリからの日帰り旅行に最適!』などと書かれていたが、そもそもその列車はどれなのかがわからない。乗ってきたRERとかいう列車の別の路線に乗り直しても一応シャンティイまで行けるらしいが、既にベルノライトはゲリラライブの高額チップがトラウマになっていて乗りたくないので、意地でも『TERピカルディのCiti』を見つけ出さなければならないのである。

 

(そもそも列車番号もわかんないし、チケットはどこで買えばいいの……? 列車はどこ……?)

 

 仕方ないので駅の端から電光掲示板をひとつひとつ確認していくことにして、スーツケースを引いて歩き出すベルノライト。そのタイミングで思い切り誰かにぶつかってしまった。

 

「きゃっ、すいませ……じゃなくて! えくせきゅぜ、もあ!」

 

 酷い発音だろうが、謝らないよりはずっといい。飛行機の中で覚えた付け焼刃の『ごめんなさい』を早速披露する。

 

「Ça fait rien.────コニチワ?」

「え、あ、こ、こんにちは……」

 

 そのときになって初めて、ベルノライトはぶつかった相手がウマ娘であることに気がついた。ベルノライトよりもかなり背が高く、染めたのではない赤みがかった亜麻色の髪の奥からヘーゼルの瞳が彼女を見据えていた。おそらくは男性物らしい、トレンチコートのような薄手のレインコートを身につけたそのウマ娘がにこりと笑う。

 

「Je peux vous aider?」

「え、えと……」

 

 ヘーゼルの瞳のウマ娘はフランス語で問いかけてくるが、あまりに流暢でベルノライトには聞き取れない。それを様子で感じ取ったのか、そのウマ娘はにっこりと笑って続けた。

 

「May I help you? You seemed to be lost」

 

 英語ならばなんとかわかる。いつぞやのジャパンカップに向けて、オグリキャップの対戦相手の情報を集めたのはベルノライトだ。発音が酷くとも伝わればいいのだと割り切ってサバイバルイングリッシュでなんとか乗りきってきたのだが、早速その経験が生きるとは思わなかった。

 

「イエス。えっと……アイ・ウォントゥゴー……シャンティイ。シャンティイトレーニングセンター」

「Chantilly Training Center? You mean ‘LF3C’, right?」

「エル・エフ・スリー・シー……?」

 

 いきなり知らない単語が混じって戸惑う。おそらく場所を示す略語だ。

 

「Lycée Fille de Cheval Centre d'entraînement à Chantilly. National Training School for Horse-Girls in Chantilly」

「い、イエスイエス! アイウォントゥゴーゼア!」

「You are lucky. I am just on my way there too. Would you like to join me?」

「サンキューベリーマッチ!」

 

 ちょうどそこに行くところだったから一緒に行くかと聞かれ、とっさに「はい!」と答えてしまったが、大丈夫だろうかと一抹の不安を抱えるベルノライト。その間にもそのウマ娘はくるりと背を返して歩き出してしまう。だまされたらお金を渡してお引き取り願い、全部陽室に請求してやると心に決めつつ、慌てて追いかける。

 

(……あれ? もしかして)

 

 その後ろ姿を見て違和感を覚える。左足に体重をかけたときに若干頭が振れているのだ。耳を澄まして確認してから、ベルノライトは声をかけた。

 

「エクスキューズミー、ミス」

「Oui?」

「パハップス・バット……えっと……イズ・ユア・レフト・サイド・シュー・カミング・オフ?」

 

 ベルノライトが気がついたのは彼女の左右の脚の長さが違うこと。より正確に言えば左右の靴底の高さが違うことで、その歩き方に慣れていないのだ。その原因として考えられるのは、落鉄。左足の蹄鉄が落ちてしまい、左右のバランスが崩れている可能性だ。

 

 そう考えて告げると、そのウマ娘は驚いたような顔をした。

 

「I was amazed. You are right」

 

 そう言って、左足を持ち上げて靴の裏を見せてくれるウマ娘。靴底こそ汚れているが、おそらく丁寧にメンテナンスされているのだろうものだった。そこからきれいに蹄鉄だけが取れてなくなっている。

 

「……ウェア・イズ・ユア・シュー?」

「Here」

 

 彼女がバッグの中からビニール袋にくるまれた蹄鉄を取り出す。おそらく軟鉄製の蹄鉄にゴムカバーをかけた市街地用の蹄鉄だ。カバーのおかげで、固定用のボルトも残っているように見える。

 

 ――――これなら直せる。

 

 瞬間的にそう思ってしまった。思わず声が出る。

 

「アイム・チームサポーター。……イフ・ユー・プロミス・トゥ……テイク・ミー・トゥ・シャンティイ、アイル・セット・ユア・シュー……イン・トレイン」

 

 伝わったか不安になる。だが驚いたままだったそのウマ娘の顔がほころび、しまいには大声で笑いだしてしまった。

 

「Okay, ‘give and take’, Samurai-Girl. But the train arrives at its destination in 20 minutes, can you finish your job in that time?」

「ノープロブレム」

 

 間髪おかずに応えてから『あ、まずったかも』と思ったところで最早どうしようもない。反省は後だ。何故なら、相手が笑いながら口にしたことは理解できたからだ。

 

 ────20分で列車は着くけど、本当に蹄鉄をセットできるのかい、サムライのお嬢ちゃん? 

 

 20分で外れた蹄鉄を付け直せるか? 揺れる列車の中で? ろくな設備もないのに? 手持ちの道具だけでできるの? 

 

 そんなことできるわけないでしょう、という前提で目の前のそのウマ娘は笑ったのだ。

 

 ────舐めるな! 

 

(トレーナーさんの方が100倍無茶言うんだから!)

 

 即答を聞いたそのウマ娘の笑みが深くなる。

 

「Good, Samurai-Girl. I love a girl as bold as you. What's your name?」

Berno Light(ベルノライト)

 

 ボールドがどうとか何を言っているのかわからなかったが、名前を聞かれたので答える。

 

「Okay “Bell”(ベル). I’m Montjeu, school leader of LF3C」

 

 そのウマ娘の答えを飲み込むのにたっぷり数秒かかった。

 

 ベルノライトの目の前でにっこりと笑う、長身で亜麻色の髪をしたウマ娘────シャンティイトレセン学園首席、モンジューが続ける。

 

「Welcome to Paris, and let’s go to our school. Bell」

 

 モンジューが歩き出す。ベルノライトも彼女を追いかけた。さっきのような迷いはない。言われるがままに券売機でチケットを買い(画面でChantillyと見えたので間違いないだろう)、改札もなく列車へ。止まっていたのは二階建ての背の高い電車。その一階席へと進む。

 

 ちょうど席が向かい合わせになっているブロックに座るモンジュー。ベルノライトはその斜め前に座り、スーツケースを開けた。取り出すのは愛用のドライバーやハンマーなどをまとめた装蹄整備セットとスリッパ。スリッパをモンジューに差し出し、代わりに靴を両方とも預かる。

 

「オーケー、レッツゴー」

 

 ベルノライトの誇りを賭けた20分が始まった。

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