生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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チームテンペルは張り合いがほしい

 フランス北西部、ドーヴィルレース場。

 

 スペシャルウィークの次走にして海外初戦、ジャック・ル・マロワ賞が開催されるレース場である。フランス到着の翌日、ベルノライトは間髪入れず偵察のためこの場所にやってきていた。

 

「もー、本当にトレーナーさんって人は……! いっつもいきなり無茶ぶりするし、空気読めるのにわざと読まないし、全方位に喧嘩は売るし……しかもいつの間にか料理当番にされてるし!」

 

 ぶつぶつと呟きながらレース場を見て回るベルノライト。首にはデジカメを提げ、手にはメモ帳と万年筆。気づいたことを書きこみつつ、ときおり写真を撮って資料集めも欠かさない。

 

 本来のスケジュールにおいて、彼女は到着して二日三日ほどシャンティイトレセンでトレーニング環境を把握しつつメニューを組みなおすという流れで行動するつもりでいたが、そういうわけにもいかなくなってしまっていた。理由はもちろん、到着早々陽室がモンジューに盛大な煽りをやらかしたからだ。

 

 しかも、その煽りが高じた賭けでベルノライトはチップ代わりにされてしまったのである。これにはさすがの彼女も我慢ならず、ひとまずモンジューに謝り倒してその場をなんとか収めたあと、陽室を無理やり引きずりながらスペシャルウィークとメジロマックイーンを探し出し、今しがた起きたことの一部始終をふたりにしっかりと伝えた。その結果、なぜか冷凍食品だらけのアパートの一室で、陽室がベルノライトたちに囲まれて説教を受けたことは言うまでもない。

 

 だが、陽室は教え子たちからひとしきり怒られても全く動じていなかった。

 

『そうですね、確かに私の落ち度もありました。具体的にはベルノをダシにしてミス・モンジューに賭けを持ち出したことです。本来は煽るだけで止めておくべきだったのですがね、この点に関しては貴女に謝罪すべきでしょう』

 

 申し訳ありませんでした、と一言挟んで陽室は続ける。

 

『ですが、私が何の理由もなくシャンティイ首席の凱旋門賞ウマ娘を煽りに煽り、賭けなどというものをちらつかせるとお思いですか?』

『思います』

『思いますわね』

『むしろ理由があったんですか?』

『よろしい、私の言動に対する貴女たちの評価が底を叩いてなお余りあることはよく理解しました。ですが、決して嘘や出まかせの類ではありませんよ』

 

 陽室は溜息を吐き、ちらりとスペシャルウィークの方を見た。

 

『ときにスペ、貴女がわざわざフランスまでやってきてマイルレースを走る理由はなんですか』

『え? それは……安田記念でデジタルちゃんに負けたからです』

 

 あんまりな言い草にベルノライトとメジロマックイーンが頭を抱える。

 

『原因ではなく、理由と目的を』

『えっと……いずれデジタルちゃんにリベンジするためには、マイルでもちゃんと勝てるようにならないといけないからで……』

『結構。ではベルノ、現時点においてスペがマイルという距離を走るにあたって障害となっているものはなんですか』

『そうですね、一番のネックは……最高速度でしょうか。スペちゃんはパワーとスタミナがすごいので、すぐスパートができますし、それを維持できる時間も長いですけど、最高速度だけを見るならもっと速い方もいます。スタミナにものを言わせられないマイルレースだと、その速度差が致命的になるかもしれません』

『結構。つまり今のスペに必要なのは、兎にも角にもスピード。地道なフォーム修正やインターバル走などの基礎的なトレーニングは必須として、今回の海外遠征におけるスペの目標とは、マイルの経験を積むことでスピーディなレースの感覚を掴み、またGIレース本番という大舞台で海外の猛者と本気のぶつかり合いをすることによって己の殻を破るような成長をすることにあります』

 

 そう語る陽室の言葉にベルノライトは妙な引っ掛かりを感じた。具体的には最後の一言に。

 

『あの……まさか、レースする相手をわざと怒らせたうえでスペちゃんにぶつけようとしてるんですか?』

『おおよそ正解です。とはいえミス・モンジューは今年も凱旋門賞への出走ですし、スペとレースでぶつかることはありません。ミスがもし先程の問答で怒りを感じていたとしても、それが直接スペのレースに影響するわけではありませんが……スペ、そしてマックイーン。貴女たちがベルノよりも先にフランス入りして過ごしたこの2週間の生活で、何か感じたことはありませんか。とりわけ、異国のウマ娘たちについて』

 

 陽室の質問に考え込むふたり。ややあって、マックイーンがおずおずと口を開いた。

 

『……私の勘違いであれば、それに越したことはないのですが』

『構いませんよ。言ってみなさい』

『モンジューさんはそうでない、と前置きさせていただいたうえで……スペシャルウィークさんのことを下に見ている方や、取るに足らない存在としか考えていない方が、ちらほらといらっしゃるように感じます』

『慧眼ですね、マックイーン。正解ですよ』

 

 やる気のない陽室の拍手がぱちぱちと響く。

 

『ま、待ってください! スペちゃんはデビュー以来12連勝のクラシック三冠ウマ娘なんですよ!? 安田記念もハナ差の2着で、GIだけでもルドルフ会長と並ぶ七冠! そんなスペちゃんを取るに足らないだなんて……』

『ええ、ベルノの言い分は実にもっともですが、残念ながらマックイーンの意見は正しいものです。スペはその戦績に対して、不釣り合いなほどに嘗められています。……その理由はこの際なんだろうと構わないのです。重要なのはスペの実力がフランスのウマ娘から不当に低く評価されているという事実、それに尽きます』

 

 ここまで来て、ようやくベルノライトにも話の全貌が見えてきた。つまるところ陽室はモンジューを指して煽ったのではない。いや、煽ることには煽ったのだが、そのトラッシュトークの本命はモンジューではない。

 

 あの場に居合わせた、あるいは通りがかったフランスのウマ娘たちは、陽室の言葉を聞き逃さなかったはずだ。モンジュー本人にしても、あの一幕を友人やクラスメートに全く話さないなどということがあるだろうか。

 

『遠からず噂が広まることでしょう。極東のウマ娘が国内のマイルレースでクラシック期の後輩に負けておきながら、不遜にも我がフランスの最高峰マイルレースに挑もうとしている、と。しかもそのウマ娘のトレーナーは我が国最強のウマ娘を相手にこれでもかと煽り散らかし、負ければ優秀なチームサポーターをみすみす手放すとまで言い出した。やられた立場からしてみれば、黙ってはいられないでしょう?』

 

 改めて聞くと本当に何をしているんだと突っ込みたくなるベルノライトだが、全て事実なのがただただ性質の悪さを助長していた。

 

『……あの、やっぱりこれ、理由はどうあれモンジューさんに喧嘩を売ってて、私が勝手に賭けられてることには間違いないですよね』

『そうですね。そうでもしなければ、フランスのウマ娘たちにスペの方を向かせられそうにはありませんでしたから』

『なんでそんな当然のことをやったみたいな物言いでいられるんですかトレーナーさんは!?』

『唯我独尊ここに極まれり、ですわね』

 

 陽室の物言いに呆れるふたり。しかしその一方で、スペシャルウィークは何か重要な事実に気づいたような表情をして顔を上げた。

 

『トレーナーさん。よくよく考えてみると、トレーナーさんの言い出した賭けって……もし私が勝てなかったとしても、ベルノさんの気持ち次第ではノーリスクになりませんか?』

『え?』

 

 困惑するベルノライトを尻目に、陽室はスペシャルウィークの言葉を肯定する。

 

『ええ、当然です。チームテンペルにとってのベルノとは、賭けのテーブルに乗せられるほど軽い存在ではありません。それが極めて勝率の高い賭けであったとしても、です。あくまでリスクのない範疇で喧嘩を売ったというだけですよ』

『……言われてみれば、確かにその通りですわね。仮にベルノライトさんとの契約が解除されたとして、再契約を禁じる条項はチームテンペルの契約書にも賭けのルールにも存在しませんから』

『あれっ? ということは、私がすぐに再契約すれば……?』

『スペの言う通り、ノーリスクです。もっとも、一瞬とはいえフリーとなったベルノを獲得したいというチームは()()()()()()()数多いことでしょうが……金銭的にも信条的にも、果たしてチームテンペルより良好な条件を出すことが他のチームに可能なのでしょうか。私としては甚だ疑問であると言わざるを得ませんね』

 

 ベルノライトがチームに合流した毎日王冠以来、チーム所属ウマ娘による収得賞金の1割を彼女に報酬として分配するという契約は未だに有効だ。彼女の合流後におけるスペシャルウィークの競走成績は毎日王冠の1着、菊花賞の1着、有馬記念の1着、天皇賞(春)の1着、安田記念の2着。恐ろしいことに、この期間だけを見ても獲得した賞金の総額は9億円を超えている。

 

 それが意味しているのは、ベルノライトがチームテンペルへの所属契約によって得た報酬は単純計算で9000万円を超えているということ。税金でかなり差っ引かれてしまうことを鑑みても、チームサポーターが1年弱で得るものとしては常軌を逸している。

 

 いくらベルノライトをチームに引き入れたいからといって、チームテンペル以上の……すなわち、年棒1億円を超えるような待遇を彼女ひとりのために用意できる者などそうそういない。付け加えれば、陽室もベルノライトと同じように収得賞金の1割を報酬としている以上、陽室は自らの取り分をさらに渡すことでベルノライトに対する金銭面の譲歩を図ることも可能なのだ。

 

 そしてそういった実利的な理由と同じかそれ以上のファクターとして、チームテンペルにはスペシャルウィークが在籍している。その事実だけでも、ベルノライトがチームテンペルを離れない選択をするには充分だった。

 

『例え私に愛想を尽かそうが、スペに愛想を尽くすことはないでしょう? さらにマックイーンという将来有望なステイヤーもチームに加わり、サポーターとしての貴女は常に頼られている状態です。面倒見の良い貴女のこと、途中でチームメンバーのサポートを投げ出すという選択は考えもしないはず。つまるところ、この賭けのテーブルにベルノは最初から乗っていないのですよ。怒りに滾った相手は、勝手にその存在を幻視しているかもしれませんがね』

 

 陽室の言葉に沈黙するチーム一同。だが、言葉を発さずとも彼女たちの心はひとつだった。

 

 ────この人、やっぱり悪辣! 

 

『ああ、貴女がトレーナー資格を取得したうえでチームを旗揚げし、スペとマックイーンを引き抜きにかかるなら話は別です。そうなれば相応の対策を考えねばなりませんね』

『考え方がいちいち悪辣ですっ!』

 

 一瞬前に飲み込んだ言葉を面と向かって口にしたベルノライトだったが、陽室はそれでもやはり動じず、どこ吹く風といった様子だった。

 

『ともかく実質無問題とはいえ、煽ってしまった以上は勝たなければ示しがつきません。シャンティイ滞在中は私もライブレッスンよりレーストレーニングに重きを置いたスケジュールを組みますので、そのつもりで。ベルノには対戦相手やレース場のデータ収集を優先していただきます』

 

 ……以上が、ベルノライトがフランス到着翌日からドーヴィルレース場に駆り出されているおおよその経緯である。

 

「本当に、トレーナーさんって人は……」

 

 陽室に対する呆れ交じりの恨み節だけが口から出ていく。

 

 なまじ彼女の行動自体には合理性があるので余計性質が悪い。しかもスペシャルウィークが成長するための海外遠征という視点に立てば、レースで戦う相手が脅威でなければならないとする陽室の考え方には確かに一理ある。その目的も、その手段も、チームテンペルを成長させるために必要かもしれないことなのは事実だった。

 

 深く溜息を吐いてから、ベルノライトは腕時計で時間を確認する。

 

 12時半、そろそろ昼食にしたい頃合いだ。しかし近隣の飲食店について下調べをするような余裕はなかったし、弁当類の持参もしていない。こんなことならば行きしなにサンドイッチでも買っておけばよかったか……と、彼女が考えたちょうどそのときだった。

 

「……ベルノライト?」

「え?」

 

 背後から自らの名前を呼ばれて、ベルノライトは立ち止まる。

 

 今のイントネーションは日本語で名前を呼ばれるときのそれだ。だが、ここはフランスの地。日本語でフランクに呼び捨てしてくるような相手に心当たりはない。彼女は振り返り、声の主を確認しようとして────自らの目を疑った。

 

「やっぱりベルノライトだ! まさかこんなところで会えるなんて、もう()()()()()()()は引退したのに……」

 

 懐かしそうにその名を呼ぶのは、数年前と変わらないブロンドヘアを──毛先が青く染まっているのも変わっていない──靡かせるウマ娘。かつてジャパンカップにおいてオグリキャップやタマモクロスを始めとする強豪たちをねじ伏せ、優勝レイを持ち帰っていった米国からの刺客。

 

「え、お、オベイユアマスターさんっ!?」

「Yes! 忘れられてなくてホッとしてるよ。それで、観光しにきたって感じでもない君がドーヴィルにいるのは……ジャパンの三冠ウマ娘、スペシャルウィークがジャック・ル・マロワに出るんだったよね。いつかと同じように偵察ってところかな、名サポーターさん?」

 

 オベイユアマスターはそう言いながら、ベルノライトにウインクしてみせた。

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