生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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乙名史悦子は特ダネがほしい

「今日はよろしくお願いします!」

 

 やってきた女性にぺこりと頭を下げた佐久間は、応接用のソファを勧める。

 

「お世話様です。朝早くからすいません」

「せっかく許可をいただけましたし、いろいろとお話もしたかったので!」

 

 その記者────乙名史悦子は早速メモ帳とペンを取り出す。佐久間は応接用のプラコップにアイスコーヒーを注ぎ、彼女の前に置いた。

 

「お気遣いなく」

 

 自分用に同じ物を用意した佐久間が向かいのソファに腰掛けたことを確認して、乙名史は頭を下げる。

 

「今回は本当に取材を受け入れてくださり、ありがとうございます。佐久間トレーナー」

「いえ、お礼は結構です。良くも悪くも利害が一致した。それだけです」

 

 佐久間はそう言って肩をすくめた。この暑い中でもフルセットのスーツを着ている彼。記者会見でも同じような格好だったから、まだ余所行きの面しか見せてくれてはいないのだろう。

 

「はい。それも含めてです。今日は月刊トゥインクルとしてではなく、URA記者クラブの代表として参りました。その意味は理解しているつもりです」

「正直なところ、週刊ウイークリーの方がいらしたらどうしようかと思っていたところですが……スピカのころから信頼がおける貴女でよかった」

「あはは……ウイークリーの四月一日(わたぬき)記者は良くも悪くもああいう芸風ですので……」

 

 曖昧な笑みを浮かべる乙名史。合わせるように佐久間も笑みを浮かべたが、乙名史は真剣な表情で頭を下げた。

 

「この度の複数の報道関係者による学園への不法侵入事件、穏便に解決できたのは佐久間トレーナーのお力添えもあっての事と伺っています。重ね重ね、本当にありがとうございました」

「頭を上げてください。月刊トゥインクルさんがやらかした訳ではありませんから、謝罪は結構です。我々としてはデジタルやゴールドシップの周囲に過度な刺激を与えることは避けたかった。また同時に情報もある程度は公開しておきたかった。それに、URA記者クラブとしての自浄作用も働いているようですし、今後も対等で誠実な取材を期待します」

 

 チームペルセウスが乙名史の独占取材を受けるのには当然訳がある。最大の理由は、アグネスデジタルやゴールドシップの周囲で違法ギリギリな取材行為が立て続けに発生したことで、情報公開を強いられたためだ。

 

 スペシャルウィークを破って安田記念を取ったアグネスデジタルと、宝塚記念を連覇したゴールドシップ。ダブルエースを抱えて独立したチームペルセウスの衝撃はトゥインクル・シリーズ関係者を駆け巡った。しかし、チーム旗揚げ直前の安田記念で発生した刺殺未遂事件への対策もあり、アグネスデジタルやゴールドシップのメディアへの露出は記者会見や公開練習などに絞られていたため、チームペルセウスは『鳴り物入りで旗揚げし、成果も上げているにもかかわらず、情報が著しく流れにくいチーム』としてメディアには認識された。

 

 そこに来て、スペシャルウィークの『アグネスデジタルより弱かった』発言である。

 

 ジャック・ル・マロワ賞当日の深夜、学園からのコールで叩き起こされて事情を把握した佐久間は即刻陽室に対してコールした。言うまでもなく、スペシャルウィークの発言の真意を問い詰めるためである。

 

 しかし彼女から返ってきた言葉は、『こちらからの指示は一切していません。彼女の選んだ言葉です』といういっそ清々しいほどの無関係宣言だった。

 

『仮にもそれが真だとして、直後のお前の補足も言わずもがな、記者会見でお前がさらに油を注いだと聞いたが』

『はて、油を注いだ覚えはありませんがね。スペのインタビューについてしつこく掘り返すフランスメディアに、我々の語る言葉はその言葉以上でも以下でもなく、ただ事実のみがそこにあるとは申しましたが』

『それのことだよ馬鹿野郎……』

 

 あまりにもあんまりな言い草に、佐久間は怒る気力すらどこかへ行きそうになってしまう。

 

『とはいえ先程改めてスペに聞いたところ、もう少しマイルドな表現を意図してはいたそうです。ミス・アグネスデジタルとのレースがあったおかげで今回は勝てた、くらいの想定だったとのことですが……まあ、今更言っても仕方のないことです。発言は取り消せませんし、ミスターたちに降りかかる可能性のある迷惑をどうにかできるわけでもありません。ひとつだった借りをふたつにしていただくということで、ここはどうか。では失礼します、少々立て込んでおりますので』

 

 ぷつり、と通話の切れる音。佐久間が呻き声じみた溜息を吐いたことは最早言うまでもない。

 

 そこから改めて情報を集めてみれば、国内のみならず欧州のメディアまでもがスペシャルウィークの勝利とインタビューについて取り上げ、イングランド・タイムズに至っては英国版・仏国版・日本版を問わず同紙記者によるチームテンペルへの独占インタビューを掲載し、挙句『花の都に太陽が昇る。ドーヴィル占領未だ続く』に始まり『今度はフランス抜きでやろう』や『“負けた”と述べるだけでその会見?』などとブラックジョーク交じりに書き立てる始末であった。

 

 しかもこれは記者の暴走というわけではなく、インタビュー中に陽室が『短い言葉こそ最良のものです。それが古いものであるならばなおさら。皆様はそれをよくご存じでしょう』などと述べているあたり、英国向けに仕立て上げられたこの記事に彼女も一枚噛んでいるのはまず間違いないようだった。佐久間はその思惑など知らないし知りたくもなかったが、これによって英国人の多くがスペシャルウィークとチームテンペルの認識を更新したことは事実だ。

 

 そんなわけで、ここにきて取材合戦が一気に加熱し、しかもスペシャルウィークの発言によってその最前線にチームペルセウスが晒されたのだ。

 

 メディアにとってトレセン学園生につきまとうことは、地検特捜部出身の元検事が率いる学園法務部を敵に回すことと同義であるため、かなりのリスクを伴う。そのため基本はトレーナーやチームへの取材をすることになるのだが、今回ばかりはうまくいかなかった。特ダネ狙いの週刊誌などがトレーナー狙いで尾行などをしようとすれば、公安畑、それも対テロ活動の最前線を飛び回った佐久間にあっさりと見破られ失尾されたあげく、数日後には記者の所属会社に証拠写真付の抗議文書が届くことになったのである。

 

 チームとしてある程度はインタビューなども受け付けていた。しかしとある記者が()()()()()()()盗聴器入りの電源タップがインタビューを受けた合宿所で見つかってから、チームペルセウスと学園は──主に青筋を浮かべた佐久間と溜息交じりの駿川たづなが──マスコミ対応に追われることになる。

 

 合宿所の立ち入り禁止区域を知らせる柵を乗り越えて警報器を鳴らし、学園警備部及びアイルランド国防陸軍警衛隊に御用となった()()()()のカメラマンが合計2人、沖野トレーナーに突撃取材と称して接触して警察沙汰になった()()フリールポライターが1人。果ては望遠レンズで浜辺での練習シーンを狙っていたところでゴールドシップに捕まりずだ袋に詰められたフランス人記者や、『推し活』しに大井レース場に足を運んだアグネスデジタルと案内役のカレンチャンが取材陣に囲まれた所を()()()()()()()()()佐久間が救出するなど、それはもう地獄のような様相と化した。

 

 結局はこれらの影響を鑑みて、チームペルセウスの夏期合宿が途中で中止される事態となったことで、騒動自体が一気に下火となった。

 

 チームペルセウスが運用する公式SNSアカウントで一斉に中止が公表され、そのひとつであるウマスタグラムの投稿をカレンチャンが誹謗中傷に繋がらないようにと『Currenからのお願い』付きでリポストした段階でURA記者クラブを巻き込んだ大規模なネガティブキャンペーンに発展したため、他チームの取材をしていた無関係な記者たち含め、誰もまともな取材ができなくなったのである。結果、記者クラブ内で吊し上げられた複数のマスコミから謝罪文が掲載されたことで表向き決着がついた。

 

「トゥインクル・シリーズは各スポンサーの協力や報道機関あってのものとも言えますから、可能な範囲では協力します。その意味で今回URA記者クラブから代表者が取材を行い、記者クラブで共有して頂く体制は渡りに船でした。こちらとしてもありがたくお受けいたしますよ」

「ご配慮、痛み入ります」

「ですから頭を下げないでください、乙名史さん」

 

 佐久間の言葉に、乙名史はどこかばつの悪そうな顔を浮かべる。

 

「本当にチームペルセウスは現在注目の的ですからね。アグネスデジタルさんやゴールドシップさんに加え、ダートで活躍していたカレンチャンさんも加わるとなるとなると多方面への影響があります。特にアグネスデジタルさんは今や日本のみならず欧州からも注目の的です」

「スペシャルウィークさんや陽室チーフから高く評価されていることは素直に喜ばしく思います。スペシャルウィークさんは現状で日本が誇る最強のオールラウンダーであることは疑いようがなく、悔しくも彼女を育てたチームテンペルの陽室琥珀チーフトレーナーの目は的確でした」

「悔しくも、ですか? それはトレーナーとして?」

「えぇ」

 

 佐久間はアイスコーヒーで口を湿らせてから続けた。

 

「陽室チーフのレース指導については各々見解があるかと思いますが、生徒の仕上がりを見る限り同業として脅威と言ってよいでしょう。だが一方でおそらくかなり人を選ぶ。これは個人的な見解ですが、陽室チーフの指導で潰れない生徒は稀です。だからこそ、ついてこれるであろう少数しか指導しないように見えます」

「高く評価してらっしゃいますね」

「この先、ゴールドシップもアグネスデジタルもスペシャルウィークさんとの対決は避けられません。舐めてかかればこちらが喰われる」

 

 そう言って佐久間はふっと表情を緩めた。

 

「それに全体のプロデュース能力で言えば、芸能界出身の陽室チーフの腕は一級品です。見習うべきところも多いと思いますよ」

「素晴らしいですっ!」

 

 そう声を上げる乙名史。

 

「出走するウマ娘の事を真摯に考え行動できるトレーナーがいることは良いチームマネジメントの最低条件です! それがすでに機能しているというのは本当に素晴らしいことです!」

「え、あぁ。ありがとうございます」

 

 妙なところでツボを押してしまったらしく、若干引き気味にそう言う佐久間。『アグネスデジタルより弱かった』事件の後、スーツのままバッティングセンターで陽室の顔を思い浮かべながら金属バットを振っていたなんて口が裂けても言えない雰囲気だ。

 

「それで、この夏は学園での調整になった認識ですが、これからどのように調整されていくのですか?」

「各ウマ娘の状況に合わせての個別対応となりますが、デジタルについては天皇賞(秋)を見据えた毎日王冠への出走、ゴールドシップはジャパンカップへ向けたパワートレーニングを中心に組み立てて行くことになります。カレンチャンは今のところ芝の短距離路線への馴致を中心に取り組んでいますね」

「カレンチャンさんは、今後は芝に転向ですか?」

「えぇ、カレンについてはダートよりも芝の方が圧倒的に適性が高いです。そもそも彼女が中央に移籍となったのも、芝への適性が認められたからですしね。彼女が希望しない限り、ダート中心に戻ることはないかと思います」

 

 予定を話しつつ、佐久間はタブレットを操作した。表示されたのはチームペルセウスのホームページに掲載されているメンバープロフィールだ。

 

「実際、カレンのスプリンターとしての才能は傑出していると言えるでしょう。この後の練習で直接見ていただいた方が良いかと思いますが、瞬間的なトップスピードもそこまでの加速力もジュニアとしては高いレベルにあるかと思います。このまままっすぐ伸びてくれればかなり良いところまで食い込んでくれるかと」

「となるとこの先は短距離、マイル路線へ?」

「いえ、おそらく短距離に集中することになるでしょう。少なくとも今の彼女にマイルまで挑戦する余力はありませんし、無理に距離を延長すると、トップスピードを維持できなくなる可能性が高いです」

「なるほど、ではこの先もスピードトレーニングを中心に?」

「走り方の癖を適度に修正しつつですが、概ねその通りです」

 

 さらさらと万年筆が紙を滑る。それを見て溜息のような、笑いのような声を漏らす佐久間。

 

「やはり、貴女が取材担当でよかった、乙名史さん」

「はい……?」

 

 きょとんとした様子の乙名史に佐久間が笑いかける。

 

「少なくとも貴女は無断で撮影や録音をする人ではないということです。その万年筆はモンテビアンコのマイスターシュテック、クラシックモデルとお見受けしました。ICレコーダーを仕込めるサイズですが、天冠の刻印からして正式なプレーンなモデルでしょう?」

 

 にこりと佐久間は笑みを浮かべるが、乙名史は背をぞくりとさせた。

 

「……なるほど、警察出身という噂は本当なんですね」

「どこでそう思われました?」

「以前会社の研修の一環で、数ヶ月だけ月刊トゥインクル編集部を離れて週刊誌の取材班に籍を置いたことがあるんです。そのときに何度か警視庁の記者クラブに出入りしたことがありますが、そこで見た警視庁の警察官のふるまいとそっくりです。……本当に警察官、だったんですね」

「まあ、その通りです。警察官としての振る舞いは、警察学校で全員が叩き込まれますからね。一年以上経っても抜けきらなくて……南坂さんにもいい加減直した方がいいと言われてしまっているんですよ」

「南坂トレーナーといえば、チームカノープスのチーフですね?」

「えぇ。大学の先輩であり、警察官としても先輩です」

 

 佐久間は終始笑みを浮かべるが、それが警告であると乙名史は誤ることなく受け取った。これは、URA記者クラブへの警告だ。

 

 今回の事件、謝罪文が掲載された直後に学園とチームペルセウス、チームスピカから出された被害届は全て取り下げられた。ウマスタグラムから飛び火したウマッターでの炎上も驚くほど初期に鎮火できたと言って良い。三日もたてば他の特ダネで流れる程度のボヤで済み、どの会社にとっても、上役が当事者に菓子折を持って行った程度で済んだとも言える。

 

 だからこそ乙名史は礼を述べたのだ。『穏便に解決できたのは佐久間トレーナーのお力添えもあっての事』というのはお世辞でも何でもない。経営面でも体制面でも体力のある学園が裁判に踏み切らない理由はなく、保護者などへの説明を考えれば徹底抗戦としたほうが学園の利益になるはずだ。だからこそ、そのカードを切らずに済んだのは学園側の配慮であり、URA記者クラブやそこに記者を送っている報道各社への貸しである。一番の被害者であるアグネスデジタルを抱えるチームペルセウスからの貸しでもある。

 

 次はない。その声を確かに聞いた。

 

「……まぁそんな緊張せんでください。少なくとも我々は敵ではない」

 

 佐久間はそう言って席を立つ。

 

「挨拶はこの程度で良いでしょう。もうすぐ皆の用意が整う頃です。こちらも用意が済んだらグラウンドに出ましょう。水分補給と日焼け対策をお忘れなく」

 

 そう言って佐久間はジャケットを壁のハンガーに掛け、スーツのベルトになにやら小ぶりなバッグのような物をくくりつける。

 

「それって……」

「え? ……あぁ、応急処置キットです。何があるかわかりませんので。こっちがタブレットケース。我々のチームとしては必需品です」

「タブレットケースは撮影用ですか?」

「それもありますが、カメラを設置しての練習が多いので、その確認用ですね」

 

 簡単に説明しつつ、保冷剤代わりの凍ったスポーツドリンクや冷やしておいた濡れタオルなどをクーラーボックスに詰め込み、肩にかけた。

 

「それでは、行きましょうか」

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