生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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ゴールドシップは日陰がほしい

「あっぢーなぁ……」

「へろへろ~ん……」

 

 行き着いた先はグラウンド、日よけ用に立てたテントで既にゴールドシップとカレンチャンが溶けていた。

 

「水分しっかり取ってるか?」

「もちろんっ! おに……トレーナーさんの言いつけ通り、15分に1回は休憩で水分補給」

 

 カレンチャンは部外者がいることに気がついたのか、『トレーナー』と言い直してから笑ってみせた。

 

「水もあっという間に温くなるもんよー。っと、トゥインクルの記者さんじゃん。今日だっけか、練習見学って」

 

 ゴールドシップがダレながらそう言う。ガバリと頭を下げる乙名史。

 

「はい! よろしくお願いします」

「おうよー。つってもこの炎天下じゃ、あんまり長時間の練習はできなさそうだけどな」

「朝7時半でこれだからな。気温次第だが、遅くとも9時までには切り上げてクーラー使えるジムでの筋トレや体幹トレーニングに切り替える。あと、ほれ」

 

 佐久間はそう言って肩にかけたクーラーボックスを揺らす。

 

「とりあえずスポドリやらキンキンに冷えた濡れタオルやら、いろいろ持ってきた」

「やったー! お兄ちゃんだいすき!」

 

 結局すぐ『お兄ちゃん』と呼んでしまったが、それを気にする様子もなくクーラーボックスからタオルを取り出すカレンチャン。汗でぺったりと張り付いた髪を剥がすように持ち上げておでこにつける彼女を横目に、佐久間はトラックの様子を見た。

 

「笛鳴らすぞ」

 

 カレンチャンやゴールドシップに声をかけてから笛を吹く佐久間。トラックで軽く流していたアグネスデジタルとナイスネイチャが向こう正面から手を振っているのが見える。おそらくすぐに合流できるだろう。

 

「お兄ちゃん……カレンチャンさんと佐久間チーフはご兄妹なのですか?」

「いえ、やめろと言っているのですが……」

「血はつながってないけど、命の恩人でお兄ちゃんだも~ん」

 

 佐久間は目に見えて嫌そうな顔。乙名史が困惑した様子でカレンチャンを見ると、彼女が人差し指を唇にあてて『しーっ』とジェスチャーをしてから、そっと乙名史のそばによって、軽く背伸びしてヒトの耳の位置に口元を寄せた。

 

「お兄ちゃんは前にカレンを助けてくれたかっこいいお兄ちゃんだから、取ったらだめだよ?」

「カレン、変なことを吹き込まない」

「あはっ、お兄ちゃんお耳がいいね? なにを言ったか聞こえちゃった?」

「いや。だが、あることないこと吹き込みそうだ」

「抗議しまーす! カレンはあることは言ってもないことは言いませーん!」

「はいはい。……デジタル、ネイチャ。水分しっかりとれ。クーラーボックスに濡れタオルもある」

「ふへー……」

「ありがと……ございます……」

 

 戻ってきたデジタルとネイチャがよろよろとクーラーボックスにとりつき、濡れタオルに顔をうずめる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛生き返るぅ……」

「年頃の乙女が出しちゃいけない声が出てるぞネーチャン」

「今はそれよりもこの冷たさに癒されたい……」

 

 首にタオルを巻いたゴールドシップが突っ込むがナイスネイチャは耳も垂れっぱなしだ。

 

「デジタル、ネイチャとの並走はどうだった」

「すごいんですよネイチャちゃん! 前からわかってた事ですけどスタミナ的に中距離以上だとあたしじゃ並走厳しいです! 1800メートルが目標ならゴルシさんに並走してもらわないとたぶんネイチャちゃんのトレーニングになりません!」

「いやいや、過大評価しすぎだってば」

 

 慌てて否定するナイスネイチャだが、デジタルは首を横に振る。

 

「そんなことないですっ! ネイチャちゃん、スタート時の出遅れと息を抜くタイミングさえ気をつければですけど、かなーり良いところまで行けるはずです!」

「デジタル、どこでそう思ったか言語化できるか?」

 

 佐久間の眉がわずかに下がる。それを見たアグネスデジタルが表情をキリリと引き締める。

 

「さっきのは2本目で先行気味に走ってもらったんですけど、やっぱりネイチャちゃんは差しの方が多分得意です。ちゃんと自分のペースを守って追いかけるってのができてるし、差しのタイミングもバッチリでさくっとかわされちゃいました……と、言ってもあたしが長距離苦手で後半へばりがちなんですけど。でもでも、それを差し引いても完全マークで囲まれてということがない限り前に出れます!」

 

 話ながらどんどんハッスルしていくアグネスデジタル、どんどん声が大きくなっていく。

 

「ネイチャちゃんのメイクデビューは小倉の1800! 小倉と言えばきれいな芝が作る高速バ場と平坦な最終直線のスピード勝負! 逃げ先行有利ですが、1800なら2コーナー明けでペースが緩みがちなので、そこで貯めればネイチャちゃんの脚なら差しでも十分に決められます! 狙うならゴルシさんの追い込みから逃げられるような速度を目指すべき! その速度があれば余裕で全員差せるはず! というわけで、このあとはゴルシさんと併走するのがいいと思います」

「ふむ……」

 

 アグネスデジタルのプレゼンを聞いた佐久間が一瞬だが考え込むようなそぶりを見せた。

 

「わかった。デジタルの目を信じる。ゴールドシップ、お願いできるか?」

「うっし。ネーチャンの汗が引いたらやってみっか。ゴルシ様から逃げ切れたら本物の激辛焼きそばを奢ったる!」

「いや、いらないし……あんまし辛すぎるの得意じゃないし……」

 

 そういって拒否するナイスネイチャに「えー」と言いたげなゴールドシップ。

 

「ネイチャはそれで大丈夫か?」

「大丈夫ですよー。激辛焼きそば以外は」

「なんだぁ、ゴルシ様の焼きそばが食えないと申すかぁ?」

 

 ナイスネイチャの顔が『めんどくさ……』といった雰囲気に染まる。

 

「す……!」

「す?」

 

 いきなり割り込んだ声に、ウマ娘達の視線が集中する。視線の先では乙名史が俯いてぷるぷると震えていた。

 

「素晴らしいですっ!」

 

 そう叫ぶ乙名史にアグネスデジタルの尻尾が飛び上がる。

 

「レース場ごとのバ場の傾向を踏まえたレース展開を予想、それも堅実な予想をしっかりと立てた上でチームメイトの状況を把握して行動できている!」

「ほえ? えっ? あの? しょ、それは……!」

 

 アグネスデジタルは真正面から褒められて挙動不審だ。慌てて両手が空中で怪しい動きを繰り返している。

 

「先程の走っている様子を見る限りではアグネスデジタルさんの方が先行していたように見えますが、それでも後方にきっちり注意を向けて併走できているということに感服いたしました。佐久間トレーナーこれはどのようにトレーニングを?」

 

 困惑するアグネスデジタルを尻目に佐久間の方に視線が向く乙名史。佐久間はどこか困惑しながらもすぐに言葉を継いだ。

 

「もともと周囲の状況を読み取る能力が高いことは事実です」

 

 いきなり褒められてわたわたしていたアグネスデジタルの頭に手を置きつつ、佐久間は続けた。

 

「この子の視界は広く、集中しすぎて周りが見えなくなったりすることがあまりない。冷静にレースを進めることができ、だが臨機応変にその場で戦略を切り替える事ができる。故にレースそのものの空気感や他に出走するウマ娘の覇気に飲み込まれることがあまりない。それを潰さないように、伸ばすように指導してきました。安田記念はもちろん、ジャパンダートダービーでの勝利も彼女の素質あってこそと思っています」

 

 実際、夜の大井レース場で開催されたジャパンダートダービーでアグネスデジタルは、文字通りの『圧勝』と言うべき勝利を掴んでいた。アグネスデジタルは安田記念でスペシャルウィークを破っているし、昨年のジュニアダート覇者、直前の人気投票では1番人気となった。そんな彼女を警戒しない陣営など当然存在するはずもなく、アグネスデジタルは先行策で挑んだのだが、あっという間に『デジタル包囲網』が形成された。

 

 それでもアグネスデジタルは一瞬の隙に身体をねじ込んで包囲網をあっさりと正面突破。その瞬間に追いつかれまいと逃げ集団が加速し、ハイスピードなレース展開を演出した結果、スタミナを早々に使い果たした逃げ・先行集団が総崩れとなった。デジタル包囲網で結託した結果、団子状態で力尽きた先行組の屍を超えてなんとか這い上がった差し集団も、最終直線の頃には6バ身程も差が開き、そこでアグネスデジタルがさらに加速。差し切れずにアグネスデジタルが8バ身差でゴール板の前を飛び抜けたのである。

 

「佐久間トレーナーはアグネスデジタルさんやみなさんの事を本当に信頼なさっているのですね」

「指導の根底には絶対的な信頼が不可欠です。ウマ娘のトレーナーが担当ウマ娘の走りを信じられなくなれば終わりですからね」

 

 佐久間がそう言って笑う。

 

「だからこそ、皆にはしっかりと気持ちや考えと向き合ってほしいし、それを応援するチーム作りにできればと思っています」

 

 乙名史がさらさらとペンを走らせながら聞いている。

 

「ちょうどメンバーの適性がばらけているので、それぞれの場所で光ってくれればと思います。……さて、カレン、併走ではない形になるがいけるか?」

「もっちろん!」

「デジタル含めて三人は見学。その上で気になる事があればガンガンその場で出してくれ。ネイチャの息が戻ってないから、その後は全体で息が上がらない程度に赤旗対応のための緊急制動練習を軽く流す」

「うえっ、バレてましたか……」

「水分不足だろう、しっかり水分と塩分取って息整えとけ」

 

 肩での息が戻っていないことを見抜かれてたナイスネイチャが肩を跳ね上げたが、同時に怪訝な顔をしたのはカレンチャンである。

 

「緊急制動練習って……なんだっけ?」

「あぁ、ローカル・シリーズだと競技時非常速報システムはまだ努力義務状態で整備が進んでいなかったな。レース中に緊急地震速報などを受信したり、重大事故の発生でレース続行に支障をきたす……もっと言うと、出走ウマ娘に多大な危害が即刻及びかねないと裁決委員や走路監視委員が判断した場合に、走行中のウマ娘に対してサイレンとフラッシュライトでレースの即時中断を知らせるものだ」

「いわゆる『赤旗システム』ってやつだな。ローカルだと確かまだ本当に赤旗振ってるだろ?」

 

 ゴールドシップが腕を組みながら付け足せば、佐久間が静かに頷く。カレンチャンもぽんと手を打った。

 

「まあ、サイレンが聞こえてフラッシュライトが見えたら、減速しつつコース中央の安全な場所でゆるやかに停止するだけだ。簡単だが、URA規則に基づく法定練習だから真面目にやるように」

「はぁい。でもその前に、まずはカレンのタイムトライアルだね」

 

 上着のジャージを脱ぎブルマに半袖シャツという出で立ちになったカレンチャンは佐久間の前でにやりと笑った。

 

「カワイイ?」

 

 その様子に佐久間は笑って肩をすくめるにとどめた。

 

「いつも通り行こう、1200メートル1分12秒以内。戦略は任せる」

 

 カレンチャンが表情を引き締めて頷いて、芝のコースに出て行く。佐久間はタブレットを取り出し、撮影用のビデオカメラを同期する。向こう正面やコーナーに設置した全部で7台のカメラがオンラインになっていることを確かめる。

 

「ビデオカメラ……もしかしてリアルタイムで確認しているんですか?」

 

 乙名史がそう小声で聞いた。佐久間はカレンチャンから目を離さないようにしながら答える。

 

「はい。リアルタイムで確認可能です。画像はチーム用のサーバーで保管しているのでいつでも確認できます。チームペルセウスでは、それぞれの走りを客観視するためにも、ビデオカメラによる撮影や心拍数などの推移を可能な限り記録し、参考にしています」

 

 スタート位置に着いた事を示すようにカレンチャンが手を振った。それに答え、ホイッスルを構える佐久間。

 

「大きな音が鳴るのでお気をつけて」

「スターターピストルは使わないのですか?」

「えぇ、うちはホイッスルでやってます」

 

 佐久間がホイッスルを鋭く吹くと同時にカレンが走り出す。トップスピードまであっという間に到達した

 

「……速いですね」

「えぇ、スタート後の立ち上がりも十分に実践レベルに到達しています。ジュニア期の8月でこれですので、芝のオープンでも十分に通用するかと思います」

 

 第3コーナーに突っ込んでいくカレンチャンの様子を見る。佐久間は単眼鏡を目元に当て確認していく。

 

「……腕の振り」

「乙名史さんも気づかれましたか」

 

 思わずといった雰囲気で漏れた乙名史のつぶやきを佐久間が拾う。

 

「も、申し訳ありません!」

「いえ、的確な答えだと思いますよ。さすが月刊トゥインクルの看板記者、スタート1ハロンで十分でしたね」

 

 佐久間はそう言いつつコーナーを回るカレンチャンの様子を見る。

 

「カレンの走り方のクセとして、腕を正確に前後に振るのではなく肩関節を軸に若干左右に回すように腕を振ることがあります」

「女の子走りになってしまっていますもんね」

「えぇ、そのために上半身の軸がブレた結果として、蛇行まではいかないもののかなりのパワーロスになっている」

 

 第四コーナーに入っている彼女を見つつ佐久間はもう単眼鏡もいらなくなったのか裸眼で彼女を追う。

 

「対策は腕をまっすぐ振るクセをつけ直す、でしょうか?」

「いえ、彼女の場合腕振りの修正はひと月以上後でしょう。内股気味の歩様の矯正と後方によりすぎている重心の修正が最優先、次点で上半身の筋力トレーニングです」

 

 佐久間はそう即答。思わぬ答えが返ってきたのか乙名史のペンが止まる。

 

「全力疾走をすれば誰しもが股関節を骨盤ごと回すような動きになる。これを腕の振りで相殺するが、内股だと重心が後ろに寄り、走っていても猫背気味になって腕の動きが制限される。そもそも筋力不足だと腕の振りだけでは相殺しきれないから、回転運動に頼ることになる」

 

 そもそも二足歩行を選択した生物として、ウマ娘もヒトも身体の構造だけで見るならば高速での移動には向いていないのだ。ピッチ走法に顕著なように、高速で脚を前後させて走るにはかなりの負担を強いることになる。速度を上げるには腰の回転を使うしかないが、その際に反動は上半身で吸収するのが定石だ。腰の回転運動を打ち消すように腕を振りバランスを取ることになるが、筋力不足や姿勢の問題で前後の腕振りだけでは吸収しきれない場合、腕を左右に振ることで相殺する。これが重心のブレの原因だった。

 

「しっかりと重心の位置が定まれば自然と腕の振りは洗練されていきます。まずは歩く姿勢から見直しつつ、上半身の筋肉も気持ち多めにメニューを組む必要がありますね」

 

 正面まで走ってきたカレンチャンを確認してストップウォッチを止める。

 

「1分10秒2か……良い感じだな。これからもっと速くなる」

 

 佐久間の方に向いて走ってくるカレンチャン。

 

「どうだった!? カレン、ちゃんとカワイイ感じに走れてたでしょ?」

「ペースは申し分ないがフォームがやはり崩れがちだな。方針通り、筋力トレーニングや歩様の確認をしつつ進めていく」

「はぁい。ご指導ご鞭撻のほどお願いしますっ」

 

 ぱちんとウィンクをしてみせるカレンチャン。それに笑おうとしたタイミングで誰かの携帯電話が着信を告げた。

 

「す、すいません……」

 

 慌てた様子の乙名史に手で出て良いですよと伝える。少し距離を取って乙名史がスマートフォンで通話を始めた。

 

「乙名史です。米倉君、今日は朝から取材だって……掲示板? 後で確認しますから……え? 陽室トレーナーが?」

 

 ピクリと佐久間の眉が動く。また色々と問題が起きそうな、嫌な予感が彼の胸に去来した。

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