生徒会長スペシャルウィークちゃん!   作:天宮雛葵

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秋川やよいは胃薬がほしい

「譴責ッ!!! なんてことをしてくれたのだッ!」

 

 マンション中に響き渡りかねないような大声で、秋川やよい理事長は開口一番そう言った。

 

「これは理事長、はるばる日本からお早いお着きですね。まあ、一先ず上がってください。ここで立ち話もなんですので」

 

 一方彼女を迎え入れる立場にある陽室は、理事長の言葉に全く怯むことなく廊下の奥を指差した。理事長はどう反応すべきかほんの少しだけ悩んだが、結局陽室の言う通り素直に部屋へ上がることを選んだ。

 

 ドアの施錠を確認してから、陽室はリビングダイニングの方へ理事長を案内する。

 

「申し訳ありませんね、ろくに出迎えの準備もできず。ミネラルウォーターであればすぐに出せますが、如何しますか」

「……うむ、頂戴する」

 

 一応事前に来訪を伝えておいたとはいえあまりにも自然体すぎる陽室の言動に、理事長は覇気を抜かれそうになってしまう。これではいけないと気を取り直している間に、陽室がコップをふたつとミネラルウォーターのペットボトルを持って戻ってきた。

 

 お互いに無言でコップに水を注ぎ、そして無言で飲むという逆に奇妙な光景がしばらく展開された後、陽室が改めて口を開いた。

 

「譴責ですか。正直に申し上げますと、意外です」

「意外? 処分を受けることが、か?」

「いえ、もし処分が降るのであればもっと重いものだと考えておりましたので。そして処分が降らない可能性も十分にあると考えていました。なので、軽い処分という結論を弾き出されたのが意外でした」

 

 陽室の言葉を聞いて、理事長はがくりと項垂れながら額に手を当てた。すぐに怒りへと昇華したのか、理事長の声が大きくなる。

 

「高慢ッ! 自分の行動について何かしらの処分が降るかもしれないというところまで想像できるならば、もう少し自制してほしいというのが私の切な希望なのだがッ!」

「私の性格をご存知でしょう、理事長。私は私の思うままに……より正確には、私にとって理想の競走ウマ娘が、理想のライブを完遂する瞬間をこの目で見たいのです。そのための行動を何故自制する必要がありましょうか」

 

 コップに口をつけ、喉を潤してから陽室は続ける。

 

「それで、この譴責における私の過失は何でしょうか。指導ウマ娘の言動に対する管理不行き届きか、私自身によるURAとフランスクーリエの関係性を損ないかねない複数の発言か、ネット掲示板に対する事実上の本人証明を経た上での書き込みか。いずれにしても、私の責任問題にはなりうるものでしょうが」

「……君が今挙げたものに関しても、処罰対象として追求すべきという声が一部にあったことは否定しない。だが今回、それらの意見は退けられた」

 

 ようやく普段通りの調子を取り戻してきた理事長は、愛用の扇子を取り出してぱたぱたと自らの顔を扇ぎながら言った。

 

「学園理事会及びURA競走部は、君のように才あるトレーナーをそのような些事で失うのは惜しいと考えている。一方で君の行動について全指連からの突き上げが厳しいのも事実だ。よって、君には『URA記者クラブ外の報道機関所属記者に対する過度の情報共有・拡散』を理由とし、譴責という形で正式に処分が降る。具体的には口頭での厳重注意と3ヶ月間の固定給1割カットだ」

「ふむ。まさか理事長ともあろう方が全てをお知りでないということは有り得ないでしょうが、念のためにお聞きしておきます。()()()()()()?」

 

 レーストレーナーは学園に直接雇われているわけではないので、トレーナー業について学園から固定給が支払われることはない。だがその一方で、トレーナーライセンスを持っている個人が、トレーナー業とは関係のない部分で学園に雇われるという例は枚挙にいとまがない。

 

 沖野のような元自衛官や、佐久間や南坂のような元警察官による学園警備部勤務をはじめとし、金融業界出身のトレーナーは学園財務部勤務、はたまた陽室のような元芸能人は学園芸能部勤務などがそれにあたる。こういった雇われ方をしている場合、学園からは確かに固定給が支払われる。これは教え子たちの一時の戦績の浮き沈みによって、優秀なトレーナーが学園から離れないよう繋ぎとめる鎖のように活用されてきた。

 

 だが、その給与は一般的な地方公務員とおおよそ同程度かそれ以下のものだ。結局のところトレーナー業でしっかり稼ぎを出しているのであれば、固定給が1割減ったところでさして痛くないのである。ましてや陽室の場合、スペシャルウィークが獲得した賞金の一部を自らの取り分としているわけで、文字通り痛くも痒くもない。処罰を受けたという記録こそ残るものの、実質的には無処罰に近い形だ。

 

 まさかそれを学園のトップが理解していないわけではあるまい、という意味の問いだったのだが、理事長は鷹揚に頷いた。

 

「当然ッ! これは学園理事会の正式な決定であり、私もそれに関わった。この通達が覆されることはない」

「……ふむ。しかし、処分事由に記者クラブを持ち出すのはこれまた意外ですね。陽就新聞と月刊トゥインクルが何も言わない以上、他紙はそれを理由として私を攻撃することが難しくなるでしょうに」

「承知。その両者が沈黙を守るからこそ、本来ただの言い訳に過ぎない記者クラブから煙が立ち昇るような事態を未然に防ぐことができるのだ」

 

 トゥインクル・シリーズ及びローカル・シリーズ関連の専門情報誌として最大発行部数を誇る雑誌が月刊トゥインクルだ。そして同誌を抱える株式会社陽就トゥインクルメディアは、その名の通り陽就新聞グループの関連企業である。

 

 陽に就くと書いて『にっしゅう』と読む難読で知られる陽就新聞グループは、メディアに限らず様々な分野で──例えばプロ野球球団や遊園地事業など──その影響力を保持しているが、グループの大株主リストには他ならぬメジロ家関連の名前が複数並んでいる。

 

 つまるところチームテンペルがメジロ家と良好な関係を維持している間は、URA記者クラブで大きな力を持つ陽就新聞と月刊トゥインクルがチームテンペルの不利益になる行動を起こすことはないのだ。そしてこれまでもこれからも、陽室はメジロ家との関係性を損なうつもりは全くもってなかった。

 

「なるほど、理事長の意向は理解しました。ここまで便宜を図っていただいたことに感謝します」

「もう一度強調しておくが、君にはもう少し自制してほしいというのが私の願う正直なところだ。次はここまで庇い立てすることはできないということを肝に銘じておいてほしい。人材不足からの脱却が未だ遠い中央トレセンで、君のような実績あるトレーナーを失うのは切に惜しいのだ」

「ええ、そうですね。私も未だトレーナーとして道半ばですし、この業界から去るのはまだまだ早い。理事長がこうして私に味方してくださる程度の行動に留めておくことにします」

 

 陽室のなんとも微妙かつ『もう迷惑をかけない』とは言い切らない言葉に、理事長は呆れ顔を見せたままぱしりと扇子を閉じた。

 

「であれば重畳、君の誠意を当面は信じるとしよう。では、これにて────」

「お待ちください、理事長」

 

 席を立ちかけた理事長を陽室が呼び止める。

 

「貴女にはまだ、話すべき事柄が残っているのではありませんか?」

「……疑問ッ。一体何を言っているのか」

「そもそも、理事長がこんなところまでいらっしゃることそれ自体が妙ではありませんか」

 

 陽室の言葉を聞き、理事長は瞳を閉じた。

 

「口頭での厳重注意が私に対する処分の一環とはいえ、それは帰国後もしくは国際通話で済ませれば良い話です。どうしても直接対面して速やかに伝えなければならない規則であったとしても、理事長の信頼できる部下……例えばミス・駿川などに代行させればいいだけのこと。多忙な理事長がフランスくんだりまで私を訪ねる根拠には乏しい。そうでしょう」

「確かに当初はその予定だったが、欧州のウマ娘教育施設の関係者と会食の機会が設けられたのだ。君を訪ねるのは多少の寄り道になるが、さしたる負担にもならないと判断したに過ぎない。慣れない欧州で奮闘するスペシャルウィークやエルコンドルパサーに対する激励を兼ねることもできる」

 

 そう告げる理事長の表情は硬いものだったが、陽室はお構いなしに会話を続行する。

 

「道理ですね。間違いなく筋は通っていますし、真実でもあるのでしょう。ですが……耳に痛い話でしょうが、理事長。競走ウマ娘を想う貴女の気持ちが強すぎるあまり、しばしばあらゆる方面に暴走してはその都度ミス・駿川に止められてお叱りを受けるさまを、我々中央のトレーナーは幾度も目撃してきているのですよ」

 

 陽室の言葉に小さく唸る理事長。図星だと自白しているようなものだった。

 

「要するに、私が確かめさせていただきたいのは……そもそもこうして私を訪ねるという決意が先にあり、もっともらしい理由を後から付け加えたのではありませんか? これは元々根拠のない仮説でしたが、お会いすることで半ば確信となりました。如何ですか」

「……根拠がないとは言っても、その仮説に至るには何かしらの前提が必要なように思うが」

「生憎私は名探偵などではありませんので、的外れでしたら笑い飛ばしていただきたいのですが……理事長が衝動的に動いたものと仮定して、直近で問題視される私の行動はネット掲示板への書き込みでしょう。ですが、理事長の言葉を借りれば些事に過ぎません。書き込みで内部機密を暴露していたりすれば話は別でしょうが、私が書き込んだのは聞かれれば支障なく答えられる程度のものでしかありませんからね」

 

 陽室はそう言うが、そもそも中央で現役のトレーナーが本人証明をした上でネット掲示板に書き込むこと自体が十分に問題行動である。だが同時に、理事長がフランスまで飛ぶような事態かと言われれば否なのも事実だった。

 

「であればやはり、本命は『tous plus faibles qu'Agnes Digital』でしょう。スペに相乗りする形で発信した私のコメントも含めて、この発言は理事長がわざわざいらっしゃるに値するものでした。……さて、理事長」

 

 腕を組みながら、陽室は理事長を見据えた。

 

「理事長は開口一番、私をお叱りになられましたが……フランスに飛んでまで私を叱り飛ばしたかったのであれば、あれだけで感情的な叱責が終わるのはなんとも妙な話です。あるいは、時間が経つにつれて怒りの感情が単純に収まっただけかもしれませんがね。その可能性を否定できないが故に、ここからは私の妄想か直感かといったところです」

「……聞かせてもらおう」

「先にも述べた通りに、理事長にはまだ話すべき事柄が、話したかった事柄が残っている。それも私とスペを叱り飛ばす以外での何かです。しかし理事長はそれを我々に伝えることなく、あくまで自制したまま会話を終わらせようとしている。どうでしょう、答え合わせをしていただいても?」

 

 数秒間の沈黙。

 

「…………言うまでもないことだが、チームテンペルのウマ娘たち以外には他言無用だ。それを約束しない限り、私はこのままこの場を去らなければならない」

「当然です。約束いたしましょう」

 

 陽室の返事を聞き、理事長は深く頷いてから立ち上がった。一度懐に仕舞った扇子を再び手に取り、あざやかに広げて────

 

「────()()()()()()!!! よくぞ言ってくれた、スペシャルウィーク! よくぞ言ってくれた、陽室トレーナー!」

 

 満面の笑顔と共に、そう言った。

 

 ……これまで日本のウマ娘は幾度か欧州のGIレースという高みに手を伸ばし、そして栄光を掴み取ってきた。そして彼女たちには、例外なくとある共通項があった。すなわち、行儀が良すぎたのである。

 

 シーキングザパールも、タイキシャトルも、ゴールドシップですら。

 

「今この瞬間、海外の視線を日本のウマ娘へ向けさせるためには、そして日本のウマ娘が海外に飛び出すには、悪役(ヒール)を演じられる者がどうしても必要だった。そうしないと後が続かない。芝をただ単にかきわけたところで、踏み慣らさねば道は拓けないのだ」

「踏み慣らすというよりも踏み荒らすという形容の方が適切でしょうがね。それに、スペがそこまで考えていたというわけではないでしょう。彼女はレースを走り終えた上で端的な感想を述べたに過ぎません」

「それこそ僥倖ッ! それが彼女の『感想』である故に、スペシャルウィークはまさしく適役だったのだ……と、君ならばそう言うだろう?」

「よくお分かりで、その通りですよ。そしてそれ以上に、なにより……」

「彼女の言葉は実に痛快だった。君の追い討ちもだ」

「本当によくお分かりですね。理事長がここまで話の通じる方だとは意外でしたよ」

 

 先程までの重苦しい空気が嘘であるかのように笑い合うふたり。実際のところ嘘でしかなかったのだが、嘘を纏わないと背中を刺されるのが彼女たちの世界である。

 

「しかし、ある程度の予想はしていましたが……なるほど確かに、これは理事長が外で口に出せるものではありませんね?」

「そう言ってくれるな、もしたづなにバレたらと思うと……」

「こうして直接伝えてくださった分と庇っていただいた分で借りが積み重なっていますので、ミスに告げ口などいたしませんよ。……このごろはどうにも借りばかり作ってしまっていけませんね」

「それこそ因果応報というものではないのか?」

「今日一番に手厳しい言葉を頂いてしまいましたね。譴責処分よりも心に刺さります」

 

 譴責処分はもっと心に刺せと言わんばかりの白い目を理事長に向けられるも、それをスルーして陽室は席を立つ。

 

「理事長はこれからシャンティイトレセンでしょう? 折角ですし、私もご一緒させていただいてよろしいでしょうか。どのみち午後からは私も向かう予定でしたので、多少早くなっても変わりはしないでしょうから」

「無論ッ! スペシャルウィークを始め、ウマ娘たちをしっかり労わねばな!」

 

 胸を張って歩き出す理事長の後に陽室も続く。

 

「……陽室トレーナー」

「なんでしょうか」

「どうか……スペシャルウィークと共に、ムーラン・ド・ロンシャン賞の栄誉を日本に持ち帰ってくれたまえ」

 

 理事長の言葉に、陽室は普段通りの口調で答えた。

 

「最初からそのつもりですよ、私もスペも」

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