美神の副団長は苦労人 作:金鳥
フレイヤファミリアは前にも言った通り団員同士でフレイヤ様の寵愛を取り合う関係だ。故に、より一層フレイヤ様から信頼して貰えて仕事を割り振られることも多い幹部の席もまた競争が激しい。
それが団長、副団長ともなれば尚更だ。
団長はオラリオ唯一のレベル7であるオッタルが就くことに異論は無いが副団長は別。レベル6は3人おり、その座に就くということは他の2人を蹴落とすということ。故にアレンが副団長に就くには他2人と壮絶な争いを繰り広げたに違いない。
───と、世間一般では思われているが実は全くもってそんな事実は無い。
まずアレン。フレイヤファミリアの狂信者共にドン引きしている彼にとってそんな彼等を管理する立場になる等論外。なんの地獄だと顔を青ざめさせるか激昂して拒むだろう。というより両方同時にそれをするという無駄に器用な真似を実際にして見せた。
次にヘグニ。目立ち無くないです止めて下さいお願いします森に引き籠もりたいですと普段の口調をかなぐり捨ててマシンガントークで断った。
最後にへディン。以前不本意ながら王の真似事をしていたがその時のことは思い出したくなく、それを彷彿とさせかねない副団長になど正直言えばやりたくないというより辞退したい。
───それはそれとして、他の奴等にただで譲ってでかい顔されるのはむかつく。
と、3人共に副団長にはなりたくないが他の奴がなるのも癪だというなんとも面倒臭い形で意見が一致したのだ。
一応団長である自分の補佐でもある副団長なのでオッタルは3人に話を聞いたがその結果判明したこの主張。
こいつら、自分のことしか考えていない。
オッタルの胃に5000ダメージ×3。オッタルは怒り狂った。この拳で躾、解らせてやることも視野に置くべきだと。
ちなみにそれを見ていたガリバー兄弟もまた3人の誰かに任せるくらいなら自分達がやると主張し始め、否定できなかったオッタルの許可の下結局幹部全員が候補となった。
「「「面倒臭いことしてんじゃねえよ脳筋」」」
なおそれを聞いたレベル6の3人は自分達が原因であるということを棚に上げてオッタルを罵倒した。
そして勿論オッタルはキレた。
だが最早殴った程度でこの怒りは晴れると思得なかった為、副団長就任の為にフレイヤ様ですら思い付かないだろう試練を課してやると誓った。
幸いにも思い付いたことがあり、準備の為に前団長が開いている酒場『豊穣の女主人』に向かう。
そして、この日フレイヤファミリアの幹部は1人を除いて全滅の危機に陥る。
◆その日の夕方
幹部達はオッタルの招集に応じ円卓の間に集まっていた。ここでこれから行われる試練を突破すれば副団長に就任出来るということで幹部達はやる気に
「「「(面倒臭い)」」」
「「「「(絶対に副団長になってフレイヤ様の御側に!!)」」」」
満ち溢れていたのは飛び入り参加のガリバー兄弟だけだった。それを見たオッタルは反射的に拳を振ろうとしたがすんでの所で堪え、席に着くように促す。そして、試練の内容を発表した。
「試練の内容は簡単だ。今から貴様等には、飯を食って貰う」
「「「「「「「何を言ってるんだ脳筋?というか何がどうしてそうなった!!?」」」」」」」
まさかの飯を食うという試練。これには全員が驚き、というより意味が解らな過ぎてツッコんだ。
「ファミリア団長とは強くならねばならない。副団長も同様だ。そして、飯を食わない者は強くなれん!故に今から配膳される料理をより多く平らげた者こそ、副団長に相応しい!!」
「「「「「「「(どうしよう、脳筋の思考回路がぶっ飛び過ぎてて理解できねえ)」」」」」」」
「ちなみにこれは前団長、ミアにも同意、協力して貰っている。料理も『豊穣の女主人』の従業員が作った物だ」
「「「「「「「先代から脳筋が団長務めてるのかよこのファミリア!!??」」」」」」」
美神のファミリア歴代団長は脳筋だったという事実に愕然とする幹部陣。正直そんなことで副団長決めるなよとツッコみたいが前団長まで賛同してるとなると否定がしにくかった。
「(どうしよう。試練の為に体力付けようと思って俺もう夕飯食べ終えてるんだけと)」
「(私に大食い等という品の無いことを出来る訳が無いだろう)」
「(朝からあの狂信者共のルーティン見て食欲無かったから胃は空いてるけどあんまり重い物食ったら吐きそうなんだが)」
「(いかん、試練の為の腹拵えとモチベーションアップの為に)」
「(女神デメテル監修の特大山盛りフルーツパフェを一人ずつ平らげて来てしまった)」
「(とゆうか前団長ってお残しする奴は許さないタイプだったよな?)」
「(もしかしなくても、食べきれない=死?)」
全員理由は様々だが、飯を食うという試練がキツい物であるという事に代わりは無い。しかも4兄弟が察したようにもし万が一食べきれなかった場合、怒り狂ったミアの鉄拳が頭をかち割る可能性は高いだろう。
つまり、割と真面目に命懸けだったりする。
「「「「「「「(そんな理由で死にたくねぇ!!!)」」」」」」」
脳筋故に訳の分からない試練だが、少なくともやる気の無い幹部のやる気を引き出すという意味では最良のようだ。
こいつ、脳筋の癖に変な所で頭の回転が速いと幹部陣は戦慄した。
「ふっ(・・・正直反対されると思っていたが、やる気が出ているようで何よりだ)」
だが当然、オッタルはそんなこと全く考えていなかった。料理を残したところでミアに殺される等全く思っていないこの男は、単に生意気な幹部陣を躾けようとしか考えていない。
オッタルはそもそも試練が1つとは言っておらず、実は二段構えで考えていた。先ず1つ目が飯を食わせること、そして2つ目がオッタルとの組み手だ。
もし試練が1つだけだと思って抗議してくれば飯を食うだけで副団長を決めるわけ無いだろうと阿呆を見るような目で諭し、煽るつもりだった。
2つ目は単純に、生意気な幹部達を試練という名目でボコボコにしストレスを発散するためである。勿論本題は忘れておらず、この試練で自分を1番苦戦させた幹部を副団長にするつもりだ。
「ふっ(人のことを脳筋等と侮辱した罰だ。俺とてこのぐらいの奸計は出来る)」
故にさあ、覚悟しろと内心でほくそ笑むオッタル。
必死になる幹部陣はオッタルの様子に気が付かない。
今ここに都市最大派閥の副団長を決めるかつて無い程下らない試練が始まる。
・・・その筈だった。
実はオッタル、この時点でとんでもないミスを2つ犯していた。正確には確認不足だが、まず料理を用意するのは従業員だとしかミアに伝えられておらず具体的に誰が何を作るのか聞いてなかったことだ。
ミアの作る料理=美味いという図式が頭の中にあったオッタルはミアの所の従業員が作る料理も美味いのだと思い込んでいた。
そして2つ目は自分も久し振りにミアの料理が食べたく、幹部達に食いっぷりで負ける気も全く無かった為自分も一緒に試練を受けるとミアに伝えてしまったことだ。
侍女達が運んでくるクロッシュに内心ワクワクしていたオッタルだが、ふと侍女達の表情が青ざめ引き攣っていることとクロッシュから何故か紫色の煙が出て来ていることに気が付いた。
殆どの幹部達もそれに気が付き顔が引き攣る。
「(おい待てマテまて、ちょっと待て。何故料理からあんな毒々しい色の煙が出ているのだ!?)」
「(これから食べるのは料理じゃなくて毒物だった?え?俺達死んで森の肥やしになれば良いの?)」
「(オラリオ に来てから色んな物をそれなりに食ってきたが、こんな料理もあるんだな)」
「(んな訳あるかクソ猫!!)」
「(胃の許容量とか関係なく食べられそうに無いんだが)」
「(というかこれ完食しないとミアの鉄拳制裁食らう羽目になるの?)」
「(デッドオアダイ、死ぬか死ぬかの試練ってことか?)」
「「「「「「(何考えてんだ脳筋、俺達を殺す気か!!??)」」」」」」
約一名を除き必死で目の前のクロッシュに隠された料理を食べない方法を模索する幹部達。オッタルを罵倒しまくるが、残念なことに罵倒された本人が1番動揺している。
「(あのミアが、こんな料理と呼ぶのも憚られる物体Xを出す等どうなっている?いや、待てよこの感じ。最近確か見覚えが───っ!?ま、まさかっ?!)」
「あ、皆さん。もう集まってたんですね」
「「「「「「「「シル様!?」」」」」」」」
オッタルが答えに辿り着いたその時、鈍色の髪をした可愛らしいヒューマンの少女がミアを引き連れて円卓の間に入室した。
シル・フローヴァ。とある事情で『豊穣の女主人』で働いており、フレイヤファミリアの団員達にとって主神と同レベルで大切な人物だ。
「み、ミア。もしや今回の料理は」
「そうだよ。残念ながらね」
「あ、はい。私が作った物です!」
「「「「「「「な、なんですと!?」」」」」」」
「ああ(やはり・・・)」
幹部達はシルが尋常ならざる料理を作ったことに、オッタルはシルが料理をしたこと事態に驚いた。
実はオッタル、ファミリアの団長としてよくシルの料理の試食を任されていたのだ。そしてその度に何度も生死の境目を彷徨っており、最近はその為か常に胃薬が手放せなくなっている。
流石にこれ以上は色々な意味で死ぬと悟り、ファミリア団長としての責務と仕事があるからと最近は試食を回避していたがここに来てまさかの事態である。
「(み、ミア!?どういう事だこれは!?)」
「(あんたには悪いけど主神の命令だからね。半脱退してるとはいえ逆らうのは駄目だろう)」
「(そんな殊勝なキャラでは無いだろう!?)」
「(というかあんたが断った試食係をさせられる娘達が可哀想だし使い物にならなくなって営業に影響が出てるからこのままあんたら全員に試食係をして欲しい)」
「(それが本音か貴様ぁぁああああ!!??)」
アイコンタクトで会話をする現団長と前団長。余談だが、幹部陣全員なんだかんだでアイコンタクトで会話を出来ている辺り実は中が良いのだろうか?
「あ、今回はファミリア団長の威厳を見せるからオッタルさんも参加するみたいですよ。威厳を見せると言うからには皆さんより食べる必要があるでしょうし、最初から特盛りにしておきました」
「(シル様!?確かにそう言いましたけど何故いきなり特盛りで!?段階を、段階を踏んで下さいせめてそこは大盛りでしょう!?)」
「(オッタルざまぁw)」
「(ヘグニお前そんなキャラだったか?)」
「(どうでも良いが早く食わないと冷めるんじゃねえか?料理は出来たての美味い時に食わねえとシル様に失礼だろ)」
「(だからクソ猫、なんでお前はそんなに食う気満々なんだ!?)」
「(いや、言ってることは正しいけど大事な所が致命的に間違ってるからな!?)」
「(最後の晩餐がデメテル様監修の絶品パフェ・・・悪くないな)」
「(もう既に死ぬことを覚悟しちゃってる!?)」
幹部陣全員のキャラが崩壊しているが仕方ないだろう。今か今かと開けられるのを舞っているクロッシュは先程まで銀色の光沢を放っていたのに今は何故か黒ずんでおり、隙間から漏れる紫色の煙は勢いを増し続けている。
時間が経てば経つ程凶悪になっていきそうな様子を見て、流石に幹部陣全員は覚悟を決めてクロッシュを持ち上げた。瞬間、間欠泉のように吹き出す紫色の煙。漂う刺激的な臭気と何故か響くこの世のありとあらゆる怨嗟を凝縮したような呻き声。
え、なにこれ。と幹部陣全員が固まる中、シルは和やかに告げた。
「今回の料理はこちら、私特製『ムドオンカレー』になります」
「「「「「「「「ムドオンって何!?」」」」」」」」
全員が思わず口にしてツッコんでしまったがそれも仕方が無いだろう。ルーの色とその中に垣間見える具材はカレーのそれだが、なのに漂う湯気は紫色。そしてカレーが放つ筈のスパイシーな香りは一切無く、ただただ臭い。ひたすら臭い。
どこかの世界のシスコン番長が泡を吹いている光景が何故か全員の脳裏に浮かぶ程、それは凶悪な印象を放っていた。実はミアも顔を引き攣らせてこの世の物じゃないと感じる程ヤバい代物。今までで1番危険なそれの処分に困っていた所、オッタルから今回の話があり渡りに船だと賛同したのだった。
「(悪いけどあんたらより娘達の方が大事なんでね。犠牲になっておくれ)」
正直食べたくないが食べなくてはシル様に対して不敬。一体どうすればと悩む中
「それでは、シル様。いただきます」
「はい、召し上がれ」
「「「「「「「!!?」」」」」」」
アレンだけが躊躇することなくその劇物、ムドオンカレーを口にした。
オッタルが、べティンが、ヘグニが、ガリバー兄弟が、ミアですら目を見開きぎょっとした表情でアレンを見る。自分に降り注ぐ視線を無視して平然と咀嚼し、食感と味を吟味するアレン。
ゴクリっと飲み込んだ音がやけに響き
「よく煮込まれてて柔らかいのが嬉しいですね。朝から食欲無かったんですけどスパイシーな刺激のお陰で今の俺でも食べられます。肉無しで野菜だけなのもありがたいですね」
「わぁ、ありがとうございます!」
「「「「「「「「な、なん・・・だと?!」」」」」」」」
倒れるどころか丁寧に食レポをするアレンに驚愕した。え?これ意外と食える物なの?と思ったヘグニがつい反射的にムドオンカレーを口にする。
「」
そしてそのまま無言で気絶し、顔面からムドオンカレーに突っ伏した。ブシュウウと、何かが溶ける音と煙がヘグニの顔面から生じ始めている。
「ヘグニーーー!!??」
「回復士(ヒーラー)を呼べ!!」
「いや、アミッドを連れて来い!!」
「「「「いや、それよりヘグニの顔面をカレーから離すことが先だろう!!??」」」」
「ボケッとしてるんじゃないよあんた達!!」
こうして幹部総出でヘグニの救出作戦が始まった。なお、アミッドを呼びにディアンケヒトファミリアを訪ねた侍女が焦るあまり大声で
「副団長就任の試練で強力過ぎる毒物を摂取したヘグニ様が瀕死です!助けて下さい!!」
「どんな試練しとるんだあの女神狂い共!?」
「試練で毒物摂取するって何を考えてるんですかあなた方は!?」
と告げてしまった為、医神と聖女はドン引きしながら怒りその様子を見ていたディアンケヒトファミリアの客達によってフレイヤファミリア副団長の座を巡って幹部達が死闘を繰り広げているという噂がオラリオ中に知れ渡った。
この時思わずシルの料理を毒物だと言ってしまった侍女は罰として試食係の一人に任命されてしまうのだがその事を彼女はまだ知らない。
「何でヘグニは寝てんだ?」
「いや、お前、それ」
「?それってカレーのことか?冷めたら申し訳ないから食い始めたが、開始の合図待たなきゃ駄目だったか?」
「いや、そんなことは無いが・・・」
「なら何だよ?てめえ等さっきから可笑しいぞ」
───いや、おかしいのはそれを食って平然としてるお前だから。え、何?こいつ味覚おかしいの?いや、休日は食べ歩きとかで結構有名な店にも通ってるはず。デメテル様監修の絶品パフェのこと教えてくれたのもこいつだし。え、こいつパフェとか食べに行くキャラだったの?
アレンの味音痴疑惑等を話し合う幹部達。
唯一、ミアだけが理由を知るためアレンに訊ねる。
「あんた、それ美味いのかい?」
「?いや、シル様には失礼だがそんなに美味くはねぇぞ。何というか、味よりも栄養摂取を優先した・・・あれだ、薬膳料理に近い」
「(そんな人を瞬殺する薬膳料理があってたまるかい)栄養、あるのかいそれ?」
「食べた感じカレーの具材として定番のジャガイモや人参、玉葱以外にキャベツや茸にトマト、林檎にバナナやドリアンとかの果物、後ダンジョンで取れる食材をじっくり煮込んで生姜やニンニク、カレースパイスで味を調えてるな。あとこれ水入れないで具材の水分だけで作ってますよね?」
「すごい、良く解りましたね!」
「素材の味がしっかり出てましたからね。ただ野菜の青臭さやドリアンの匂いがかなり残ってるのとアクが取り切れてないので具材の水分が出て来たら蓋を開けて匂いを飛ばしつつアクを取るともっと良くなると思いますよ」
「成る程。ありがとうございます!」
「「「「「「「「(なんで食レポ始めてるんだよ!?)」」」」」」」」
美味くは無いと言われてムッとしたシルだったが、しっかりと味わった上での感想だということが解りアドバイスを貰ったこともあって直ぐに期限は機嫌は直った。
オッタルや同僚達は試食を拒むか一口食べたら泣き喚いたり何故かヘグニのように急に寝たりしてまともな感想を聞かせてくれなかったので不満だったのだ。
「(あんたそんな特技あったのかい)確かに色々具材が入ってるみたいだから栄養はあるみたいだね。けど、それだけで薬膳料理って言うのは違くないかい?」
「ん?このカレー食った瞬間からこう、身体にじわじわと何かが染み渡るような感じがして発汗もしてきたから薬膳料理みたいだなって思ったんだが違うのか?まあ確かにこの前の休みに薬膳料理を食べた時はこんなにすぐ効くような感じはしなかったけどな」
「(その染み渡る何かは毒で汗は冷や汗じゃないのかい?)あー、話は変わるんだけどね?」
「何だよ?」
「アーニャはそれ食べられなかったんだけど、なんであんたは食べられるんだい?あの子がうちの店で働くようになるまでは同じ食生活だったろう?」
「そんな訳あるか」
ミアの疑問をあっさりと否定するアレン。何を言ってるんだと言わんばかりの表情をしているが、それはむしろミア達がするべきだろう。
どういう事だと聞くミアに渋々とアレンは口を開く。
「フレイヤ様に拾われるまでは俺とあいつの二人で廃棄世界を彷徨ってたことは知ってんだろ?まずまともな食料なんざ手に入らねぇがそれを食ってあの愚図が腹でも壊したら俺の負担が増えるだろうが」
「(そこで見捨てるという考えが出ない辺りやっぱりあの娘のこと大事にしてるんだね)」
「だから食っても問題無さそうな木の実探したりその辺にいたモンスターを狩って集めた魔石と引き換えにまともな食料買ってあいつには食わせてたんだよ。あの愚図、俺の手を煩わせやがって」
「えっと、じゃああんたは普段何食べてたんだい?」
「主に狩ったモンスターの肉だな。それだけだと栄養のバランスが悪いから野草とか樹皮とかも食ってた」
「モンスターってあんた」
「味は酷えけど肉食わねえと体力付かねえからな。だからあいつの舌は俺よりも遥かに肥えてる。だからといって好き嫌いするとかあの愚図はっ・・・食えるだけマシだろうに甘やかし過ぎたか」
過去を思い返して苦い顔をするアレン。甘やかし過ぎたと悔やんでいるが
「(いや、あんな場所で妹にまともな食料食べさせ続けるって)」
「(兄として、かなりちゃんとしているな)」
「(なんだかんだで自分の責務を確りと果たしているな、こいつ)」
「(とゆうかあの場所でまともな扱いの食料ってオラリオじゃ残飯も良い所の代物じゃないか?)」
「(そしてそれよりも遥かにまともじゃ無い物を食い続けたこいつって)」
「(あの猫娘、好き嫌いが激しいんじゃなくて単に今まで食えなかった分だけ美味い物を食いたいだけなのでは?)」
「(この猫も食べ歩きが趣味だしな)」
「(ところでガリバー兄弟の皆さん。暗に私のムドオンカレーが残飯よりも酷いって仰ってます?)」
「「「「(・・・あ)」」」」
顔を青ざめさせるガリバー兄弟。咄嗟に否定するが、なら食べられますよね?と返された為顔を青ざめさせながらスプーンを手に取る。
なお、この会話もアイコンタクトで行われているが何故かシルも出来ていた為全て筒抜けになっていた。
決死の覚悟でカレーを掬い、目を閉じて一気に頬張るガリバー兄弟。
「「「「」」」」
そして無言でドシャッと音を立てて四人同時にヘグニの後を追った。当然顔面から煙と何かが溶ける音が出始める。
「ガリバー兄弟ーーー!!!」
「オッタル!」
「解っている!」
叫ぶヘディン。
ミアとオッタルは片手で一人ずつガリバー兄弟の首根っこを掴み素早くカレーから引き上げた。2人はそのまま部屋の外で寝かせられているヘグニの所へガリバー兄弟を運び出す。
そんなに辛かったかこれ?とヘグニ達がダウンした理由をカレーが辛すぎたからだとしか思っていないアレンは首を傾げながらムドオンカレーを食べ進めている。
「ところでヘディンさんは食べないんですか?」
「っ?!い、いえ勿論食べますがちょっと熱そうなのでもう少し冷ましてからと」
「?猫舌の俺が食えるんだから大丈夫だろ?」
「駄猫、貴様ぁ!?」
「それにほら、折角のカレーが冷めたせいで」
「?」
もごもごと口を動かしながらスプーンで指すアレンの行儀の悪さにイラッとしたヘディンだが、何となく嫌な予感がしたので仕方なく視線を落とすと
「───カレーが青くなってんぞ」
「んな訳あるかぁぁああああ!!??」
何ということでしょう。あんなに毒々しい煙を放ちながらもルーの色は普通のカレーと変わらなかったムドオンカレーが鮮やかな青色になっているではありませんか。
───いや、なんで?
「何はしゃいでんだ?肉も野菜も放置してたら変色するんだから当然だろ」
「それは生!加熱する前の食材に起きる現象だ!これはカレーでじっくり火を通していると貴様が先程言っていただろうが!?」
「何言ってんだ?モンスターの肉とか焼いても時間が経つと変色するしデメテル様に聞いたら色が変わる紅茶とかあるみたいだから普通だろ?」
「そもそもモンスターの肉なぞ普通食わんし、女神デメテルの話も多分そういった意味では無いと思うぞ!?」
本気で言ってるアレンに頭を抱えるヘディン。だが時間が経てば経つほどカレーは更に変化していく。
「そうこうしてる内に今度は湯気も青くなったぞ。良いからさっさと食え」
「俺に死ねと!?」
「───ヘディンさん?」
「ヒッ(しまったぁぁああああ!!??)」
恐る恐る振り向いたヘディンの視線の先には、圧を放ちながら微笑むシルの姿が。目は笑っておらず、私の料理に文句があるのかと告げている。
先程のガリバー兄弟と同じ過ちを犯した自分自身を罵りつつ、仕方なくスプーンを取るが。
「(あ、無理だ。これを食べたら俺は死ぬ)」
瞬間、自らの終わりを悟り手が止まってしまった。
冒険者である以上死ぬ覚悟は出来ていたが、こんな死に方はしたくない。何か、何か方法は無いかと必死で自慢の脳味噌をフル回転させる。
自分の口調が昔に戻っていることに気が付かない程思考に没頭していた為この時ヘディンは全く周囲の様子を把握していなかった。故に、気付けない。
「いや、良いからさっさと食え」
「ムグッ!?(駄猫貴様ぁぁああああ!!??)」
中々食べようとしないヘディンにイラッときたアレン。スプーンを持った手を掴み、無理矢理ムドオンカレーを口に押し込んだ。
瞬間、ヘディンの口内に広がる甘味と苦味と辛味に臭み。カレーとは思えないぶよぶよとした食感。
それら全てを味わったヘディンは静かな微笑みを浮かべ───。
───本物は、なまことか入っててもっとヤバイぞ。
「」
そのまま気を失った。失神する直前にどこかのシスコン番長が不穏な事をいっているイメージが脳裏を過ったが、その意味を理解する間もなく崩れ落ちる。他の幹部のように顔面からカレーにツッコむことは意地でもしなかったが口は開きっぱなしだ。
「シル様、美味しかったみたいですよ。見て下さい、こいつの笑顔。どうやら美味すぎて昇天したらしいですね(どうせシル様の手料理食べたことが嬉しすぎて昇天したんだろうなこいつ。あいつらみたいに辛いの苦手じゃなかった筈だし)」
「あらあら、嬉しいですね。それなら皆さんが残したカレーも勿体ないので召し上がって頂きましょう」
「「(トドメ刺してどうする!?)」」
アレンが口を固定し、シルがカレーを流し込む変則的なあーん。それをドアの隙間から見ていたミアとオッタル。まともな料理であれば望外の喜びに満たされていただろうが実際は口にする度に身体が痙攣する程ヤバい劇物。こいつら、人間じゃねえと2人は戦慄した。
そしてこれからそれを特盛りで食べなければならないことに青ざめるオッタル。
「ん?どうした猪。あいつらの介抱が終わったんならてめぇもさっさと食いやがれ」
「う、うむ(試練を出した手前断れん)」
「(・・・これが終わったら胃に優しい物作ってやるかねぇ)」
だが団長として、試練を出した者として食べないという選択肢は無い。シル様に対して失礼であるし何より残せばミアからの鉄拳制裁が待っている。
万全の状態ならともかくムドオンカレーを食し生死の狭間を彷徨う状態で食らえばそのまま召されることは間違いないからだ。───まあ実際は流石に料理と呼ぶのも烏滸がましい物体Xを食べ残したところで怒らないしむしろ決死の覚悟で食べようとしているオッタルの様子にミアはドン引きしているのだが、そのすれ違いに気付くことは無かった。
スプーンを握りしめ、バロールと1人で戦った時の事を思い出しながら意を決してスプーンをカレーに突っ込み
ブシュウウゥゥ!!!
───先端が溶け落ちたスプーンを見て、思わず口を開けて愕然とした。
「(いや、待て。スプーンが溶けるカレーとは何だ!?他の連中の時はそんなこと無かっただろう!?)」
「だから早く食えって言ったんだよ俺は。時間が経って腐りかけた食い物って酸味が強く出るだろ?これだけ時間が経てばそりゃ金属を溶かすぐらいにはなるわな」
「「んな訳あるか!!??」」
「?モンスターの肉とかだと良くあることだぞ。お陰で保存が利かなくて昔は食糧確保に苦労したしよ」
「「(こいつ、マジでどんな食生活を送っていたんだ??)」」
【暴喰】よりも悪食を極めてそうなアレン。ザルドの意思はあいつに勝利した俺ではなくこいつが受け継いでいたのかと思考が異次元に飛びかけたが、なんとか持ち直す。
使い物にならなくなったスプーンをテーブルに置き、皿を掴む。食器が使えないのならば、手段は1つ。
皿を傾け限界まで開けた口の中にムドオンカレーを流し込む。瞬間、口の中に広がる異臭と異常な酸味。
吐き出そうとする身体を精神力で抑えつけ、噛まずに飲み込む。カレーは飲み物だと以前誰かが言っていた事を思い出したが為に取った手段だ。
ゴキュゴキュゴキュ・・・っとやけに大きい嚥下音が鳴り響き、10秒程で止まる。ゆっくりと皿を起き、ナプキンで丁寧に口元を拭うオッタル。
「・・・とても、個性的なお味でした」
「すげー汗だけどそんなに辛かったか、これ?」
「だまれねこいやほんとうにたのむからいまははなしかけないでくれ」
「?」
「蜂蜜とかも入れて甘めにした筈なんですけどね?」
滝のような冷や汗を流すオッタル。相変わらず訳が分からないという表情をしているアレンに言いたいことが山程あるが、これ以上話すと間違いなく嘔吐してしまう為今は話しかけるなと懇願する。
だがここに、もう1人空気が読めない人物がいた。
「あ、じゃあ私おかわり持って来ますね」
「っ!!??」
「オッタルさん、団長だから皆さんより食べるって仰ってましたよね。今食べた特盛りが大体3人前でヘディンさんは6人前食べましたからあと最低4人前分持ってきます。温め直してくるので少しお時間頂きますね。アレンさんはどうしますか?」
「申し訳ありませんがやはり腹の具合が不調なので遠慮させて頂きます」
「そうですか、残念です。あ、じゃあその分オッタルさんに食べて貰いますね!」
「(ま、待って下さいシル様・・・駄目だ、声が出せん。おのれアレン貴様ぁぁああああ!!)」
必死で止めようとするオッタルだがムドオンカレーにやられた喉は声を出してくれず、シルを止めることは出来ない。せめてアレンを巻き添えにしたいが、理由がちゃんとしており嘘もついていないのでシルが認めてしまった為それも不可能だった。
「(・・・すまん、ザルド。俺達はここまでかもしれん。だが安心しろ、貴様の後を継ぐ奴はちゃんといたぞ)」
「(なんでか俺とこいつ以外全滅してるが、これってもしかして俺が副団長やらなきゃ駄目な流れか?あ、でもヘディンの奴は俺より食ってるからあいつが副団長か、やったぜ)」
「(なんだろう、あのバカ娘もっととんでもない事をしそうな気がするんだけど大丈夫かねぇ?)」
色々と覚悟を決めたオッタル。
副団長をやらずに済みそうで歓喜するアレン。
まだこれ以上にヤバい何かが起こると直感するミア。
そんな状態が20分程続き、オッタルの体調も大分回復してきた。これなら何とかあと1回耐えることが出来るだろうと考えていたが、残念なことにミアの予感が当たってしまう。
「お待たせしました!」
輝くような笑顔で扉を開けて入ってきたシル。その後ろから侍女達が運んできたワゴンには鍋が乗せられていた。
「ムドオンカレー熟成版です!」
「「(なんで強化されてるんだぁああああ!!??)」」
それは、青かった。煙もルーも、全てが。
そして、液体でも固体でもなくゲル状になっていた。
呻き声を上げる青いゲル状のルーには、何故か苦悶に満ちた顔が浮かんでいた。
────どう見ても【外道 スライム】です。
とうとうこの女、料理で悪魔を作り出しました。
「(待て待てマテまてモンスター!これモンスター!?)」
「生きたままの食材を食う躍り食いとか聞いたことがあるけど、これがそうなのか?」
「(んな訳あるかい馬鹿猫!?)」
戦慄するオッタルとずれた感想を口にするアレンにツッコむミア。そんな3人の様子を気にせずウキウキと説明し始めるシル。
「ほら、カレーって一晩寝かせると美味しいっていうじゃないですか?その原理を利用して氷魔法が使える団員さんに冷やして貰ってから温め直してみたんですよ。そしたらほら、見た目で解るほどこんなに熟成されたんです!」
「「熟成とは??」」
何を言ってるんだとツッコむ団長コンビ。だがシルはそれに気付かずカレー?が入った鍋をオッタルの前に置いた。
「さあどうぞ。遠慮無く召し上がれ♪」
「(鍋ごと逝けと!?)」
顔を引き攣らせるオッタル。だが、彼に選択肢など無かった。震える手で鍋を抱え、そのままゆっくりと傾けて中身を口に注ぎ込み───。
その日、都市最強の冒険者は半死半生となり一ヶ月間療養することを止むなくされる。
治療を任されたアミッドは毒では無かったことに安堵したが純粋な不味さで第1級冒険者を瞬殺する料理による症状の治療など解るはずも無く、泣きながら試行錯誤する羽目になり主神と主神が一方的に敵視している医神を巻き込んでなんとか治療に成功した。
この後、『豊穣の女主人』を監査する為にアミッドが定期的に巡回するようになったが必要な措置だと流石のミアも文句は言えなかった。
なお、騒動の原因となった副団長の地位だが結局アレンが就任することになる。
オッタルの次に食べた量はヘディンが多かったが、副団長=オッタルと同じく試食係を任せられると理解したヘディン本人が何かと理由を付けてアレンに押し付けた。
ムドオンカレーを唯一平然と完食したアレンに試食係を任せたい前団長のミアと現団長のオッタルもその意見に賛同しアレンを推薦した為、アレンの副団長就任は決定。
これが、アレン副団長就任の本当の経緯である。
「いや、なんで俺が副団長なんだよふざけんな!?」
無論、アレンの意思は無視された。