美神の副団長は苦労人 作:金鳥
最後の方に少しだけアレンが出ます。
初めまして、アーニャ・フローメルです。
無理に深層の攻略に付いて行き、兄様に大怪我を負わせ愛想を尽かされた私ですが、今はシルとミア母ちゃんに拾われて『豊穣の女主人』という酒場で働いています。
今日も本来なら忙しくても楽しい1日が始まる予定だったのですが、現在私は
「舌を噛まないように気を付けろ」
「貴様は我々よりレベルが低いのだから大人しく運ばれていろ」
「ヒヒヒ・・・水、飲む?」
「「「「甘味もあるぞ」」」」
───何故か異様に優しい幹部達と共にオラリオの外に出ております。
・・・なんでこうなったニャ?
◆遡ること、半日前。
幹部陣のみ入室が許された円卓の間。何故かアーニャは本来なら入室を許されないその場所にオッタルの手で放り込まれていた。
訳が分からないがこんな所を幹部陣、特に兄に見られてはどうなるか解らず慌てて退室しようとしたが運悪くオッタルの招集に応じたヘディンとヘグニ、ガリバー兄弟達が入室してしまう。
顔を青ざめさせてこれから浴びせられる罵倒に身構えたアーニャだったが、そんな彼女を見た彼等の反応は想像出来ないものだった。
「む、猫娘か。久しいな」
「ヒヒヒ、長き時を経て再び女神の元に戦車の片割れが戻ってくるとは」
「しかしどうしてここにいるんだ?お前の兄なら休暇中でホームにはいないぞ」
「大方また食べ歩きでもしてるんだろうが、必要なら呼ぶか?」
「ちょっと待ってろ、ひとっ走り探してくる」
「侍女に茶と菓子を用意させるからそれでも飲み食いして待ってろ」
「ニ″ャ!?い、いえそんな恐れ多い(え、何この対応?)・・・!」
罵倒されるどころか気遣われる始末。追放される前とは全く違う雰囲気にアーニャは困惑した。
「それより、兄様って今日は休み何ですか?」
「知らなかったのか?なら何故ここに」
「その、団長が・・・」
「理解した。あの脳筋め、また何か碌でもないことを思い付いたな・・・」
ヘディンが頭痛を堪えるように眉間を押さえ、そのままアーニャに謝罪する。仰天したアーニャは両手をぶんぶんと振って謝罪は不要だと伝えた。
「落ち着けベーリング。もうすぐ脳筋から話があるだろう、あの猫を呼び出すのはそれからだ」
「あー、そう言えばそうだったか」
「脳筋の話とか絶対に碌でもないことだから無視しても良いんじゃないか?」
「いや、一応団長だし聞くだけ聞いてやるべきだろう。正直面倒だけどな」
アルフリッグが3男を諌め、4男のグレールが侍女に用意させた茶と菓子をアーニャの前に置く。
「お前の兄が作った菓子だ。美味いぞ」
「え(兄様が作った???)」
「そういえばあいつ、お前とはなるべく会わないようにしてたんだったか。お前の兄の趣味が食べ歩きというのはさっき話したろ?」
「は、はい。それも初耳ですが」
「それで行き付けの店から新商品の意見を求められる事が多くてな。律儀に応えていった結果、新商品の開発に携わるようになったんだ」
「なんて??」
「この菓子は確かデメテルファミリア直営のスイーツショップで来月やるフェアの目玉商品の試作品だったな」
丁度女性の意見も聞きたいって言ってたし、良かったらこの紙に感想を書いてくれ。そう言って渡された紙とペンを受け取ったアーニャは呆然としていた。
───ミャーがいない数年間で兄様に何があったの?というか兄様冒険者じゃなかったの?なんで飲食店のアドバイザー?
訳が分からないが取り敢えず
「い、いただきます」
「ヒヒ・・・召し上がれ」
大好きな兄様が作ったという菓子を食べることにした。器に盛られたそれはプリンやゼリーに似ているがスプーンで掬った感触はそのどちらとも違う。牛乳のように白い層と鮮やかな赤い層が交互に折り重なるそれを口にする。
「!!っ~~~お、美味しいニャー!!」
思わず叫んでしまったが仕方ないだろう。口にした瞬間ジュワッと融けた2つの層は甘いミルクの味と爽やかな酸っぱさを持ったベリーの味がした。かなり濃い味なのに不思議と軽く、まるで泡を食べているようだ。
パクパクと一心不乱に食べるアーニャを幹部陣は優しい目で見ていた。
「「「「「「(もっと食え、猫娘)」」」」」」
アーニャ自身も疑問に思っていたが幹部陣はアーニャへの対応が異常に優しくなっていた。何故かと言えば、理由はいくつかある。
1つ目は、アーニャがフレイヤ様の寵愛を求めていなかったこと。団員達にとってフレイヤ様の寵愛が何よりも大事な物であることは決して変わらない事実であり、故に普段から団員達はいがみ合っている。
だがアーニャはそれに当てはまらない。アレンと一緒にいたいのが1番の理由であるが、拾われた恩を純粋に返したいという思いもあって冒険者になったアーニャはもう充分過ぎる程フレイヤ様から与えて貰っていると感謝していた。故にこれ以上の寵愛を求めておらず、それでいて追放された今でも実はフレイヤ様の事を内心でかなり慕っている。
この事実を酔い潰れたアーニャから聞き出したシルとその護衛をしていた為隠れて聞いていたアレン以外の幹部達の中でアーニャの評価は一気に上がった。
2つ目は、フローメル兄妹の過去を知ったからだ。
兄のようにムドオンカレー級の劇物を完食することは不可能だが、それよりまだ比較的ましなシルの料理を実はアーニャは完食出来ている。
その理由が副団長就任試練でアレンから語られた過去の壮絶な食生活にあることを容易に想像出来てしまった彼等は思わず憐憫を抱いてしまったのだ。
絶対に美味い物を食わせてやろうと決意するぐらいには。
3つ目は、アーニャに癒やしを求めたからだ。
自身の鍛錬や試食係、飲食店へのアドバイス等でどうしてもアレンの手が空いていない間は幹部陣で副団長業務を代行している。
だが、トップのオッタルは残念な事に脳筋。フレイヤ様の護衛ぐらいしかまともに仕事が出来ず、実は団長としての書類決済もギルドや他派閥への対応も全てアレンがやっていたことが発覚。この事実に幹部達からオッタルへの評価は下がり(特にヘディンの)、アレンの評価は上がった。
そしてギルドや他派閥からの苦情が記された書類を見て愕然としてしまう。
そこに記されていたのは、一般団員達が行っている奇行についての苦情だった。
曰く、ダンジョンでフレイヤ様の愛を感じると叫びながらモンスターパレードに突っ込んだ。
曰く、子供向けのぬいぐるみ店にフレイヤ様の等身大ぬいぐるみを作るように脅迫した。
曰く、タトゥーショップの店員にフレイヤ様の絵を自分の肌に彫って欲しいと依頼した。
曰く、フレイヤ様に誤ってぶつかってしまった子供を【男殺し】の寝室やアポロンファミリアのホームに投げ入れた(たまたま通りがかった【超凡夫】が決死の思いで救出した)。
他にも色々と、顔を引き攣らせてしまうような苦情が大量に寄せられており副団長室の机にいくつもの山を作っている。
この苦情の山を見て、フレイヤ様の事しか見えていなかった幹部達はようやっと目が覚めて周囲を見渡す余裕が出来た。すなわち
「「「「「「俺達、ひょっとしなくてもこいつらと同類だと思われてるのか??!!」」」」」」
フローメル兄妹が入団初日に気が付いた事実に幹部陣はようやく気が付いた。普段からフレイヤ様を檻に入れとけと豪語し、外部との交流や対応を一手に担ってきたアレンは唯一まともな常識人として認識されていたが他の幹部達は違う。
様々なファミリアにギルド職員、更にはオラリオの住人にまで非常識人扱いされた彼等はまず信頼を勝ち取るまでが大変だった。特にヘグニは普段の口調がアレな為、幼い子供に変人なのかと無邪気に訊ねられてその場に泣き崩れている。
そんな彼等にとって数少ない癒しはフレイヤ様の側にいることと、護衛中のシル様の様子を見ることだけだった。最近のシル様はアーニャの本心を知ってから彼女の事を親友としてだけでなく姉のような母のような態度でも接しており、基本的に甘えん坊なアーニャもそれに無邪気に応えている。
その光景の尊さに幹部達は一瞬で癒され、アーニャの評価がまた上がった。
それらの理由により幹部達(オッタル除く)はアーニャのことを妹のように扱うようになったのだ。
───なお、そんな幹部達の様子を見てアーニャを狙っていると勘違いした隠れシスコンにより彼等は粛正され、全員仲良くディアンケヒトファミリアに入院しアミッドの世話になっている。
美味しそうに菓子を食べるアーニャを間近で見て癒される幹部達。そこに、とうとうオッタルが顔を出した。
「全員、揃っているな」
「オッタル!貴様彼女を連れてきたりゆ、う?」
「ククク、我等が団長よ。・・・何故冥界に召されそうになっているのだ?」
衣服はボロボロで体中に痣が浮かんでいるオッタル。顔面に至っては半分がパンパンに腫れ上がっており、まさしく半死半生の有様だ。
「いや、彼女を借りることをミアに伝え忘れていてな。その事を伝えに行ったら『何人の娘を攫ってるんだいアホンダラァ!というかそういう事は事前に言いな!!』っと怒られて一方的にボコボコにされた」
「当然だな」
「(え、ミア母ちゃんレベル6なのにレベル7の団長をボコボコに出来たの?)」
「オッタルとアレンを除く団員達を全員しばいてランクアップしたからな。確か更新前のステイタスもほぼ全てがカンストしていたし」
「(何それ怖い)」
実は幹部達、以前ミアに職務について訊ねに行ったことがあるのだ。常に忙しく、今まであんな苦情を1人で対処していたアレンには聞き辛いしオッタルは論外。というより普段はいがみ合って喧嘩腰に話している為教えを請うのはむかつく。
そもそもそのアレンですらオッタルがサボっていた団長としての職務を手探りでやっていることを悟ったヘディンがならば解る者に聞くまでだと前団長であるミアを訊ねた。
「護衛なんざに現を抜かしてる暇があったらさっさとやらんかアホ共がぁぁああああああああ!!!」
当然、それを聞いたミアはキレてヘディンは宙を舞った。目撃してしまったミアの娘達は恐怖のあまり泣き、身を寄せ合う。そして改めてミアを怒らせないようにしようと決心した。
しばらく臨時休業にすることを伝えて酒場を後にしたミアはそのままフレイヤファミリアのホームに直行。扉を吹き飛ばし、呆然とする団員達を片っ端から殴り沈めていった。
幹部達にも拳骨を落とし、説教しながら団長としての職務とそれ以外にも細々とした注意点を指導。それが終わった後、部屋の隅で震えていたフレイヤにステイタスの更新を要求しランクアップ。
そのタイミングでノコノコと修行から帰ってきたオッタルの首根っこを掴み、庭へ連行してフルボッコにした後埋めた。
この時アレンはヘファイストスファミリアに遠征で使う装備の発注を行っていて席を外していた為制裁を食らうことはなかったが、ホームに帰ってきて副団長室の机の上に職務のマニュアルと冷めても美味しいように作られた料理が置いてあるのを見て全てを察した。
フレイヤに詳細を聞き、反脱退状態のミアのレベルアップを大々的に知らせるのは申し訳ないと感じたアレン。ギルドに事情を説明し税金を増やすだけにして騒動に幕を引いた。
「それで?話というのはなんだ」
「無論、フレイヤ様のことだ」
「ああ成る程、またあの発作か」
戦慄するアーニャを余所に会議が始まる。内容を聞いたオッタル以外の幹部達は疲れたようにため息をついた。
「『檻に入れてでも大人しくさせとけ』っと豪語する駄猫に以前までなら不快感を覚えていたが」
「ククク・・・あの方が脱走する度にあいつがどれだけ苦労しているか知った今となっては罵倒できないな」
「まあ主に弟達が罵倒していたんだがな」
「「「正直すまんかった」」」
「全く、お前等ときたらようやく自覚したのか」
「「「「「「黙れ脳筋。団長の仕事を全くしていなかったお前が言うな!!」」」」」」
「(何このコント。この人達こんなに仲が良かったニャ?あと兄様働き過ぎでは・・・)」
思わず宇宙に放り出された猫のような顔になってしまうアーニャ。自分の兄の体調も思わず心配してしまう。
「っ全く。それで?今回も誰かが影ながら護衛するってことか?」
「ならば各々の使命を確認し、一時の余暇を堪能している者が女神を守護するべきだろう」
「まあ仕方ないか。正直言えばフレイヤ様の護衛を最優先したいが」
「仕事を放り出す訳にもいかないからな」
「俺達兄弟はクエストがあるから無理だな」
「となるとヘグニとヘディンのどっちかか。ああ、オッタルは書類仕事溜まってるから居残り確定な」
「・・・すまん、それについてなんだが」
誰を派遣すべきか話し合う幹部陣に何故か冷や汗を流して気不味そうに話を遮るオッタル。
滅多に見せないその様子に幹部陣は嫌な予感を感じた。
オッタルは無言で懐から紙を取り出し、円卓の上に広げる。
『伴侶(オーズ)を探しに砂漠に行ってきます。追い掛けてくるのなら必要な道具を土精霊の金庫に預けてあるのでそれを使って下さい P.S.やっぱり脱走って楽しいわよね((o(^-^)o))』
「・・・既に、脱走済みだ。フレイヤ様の手で砂漠用の装備もギルドへの都市外遠征許可も我々全員分出ていた」
「「「「「「早く言え、脳筋!!!!」」」」」」
「準備万端で脱走?え?(フレイヤ様ってそんなキャラだったの?)」
なんと言うことでしょう。敬愛するフレイヤ様は既にオラリオにおりませんでした。後を追ってくる幹部達のこともちゃんと考えて装備や申請等の準備を終わらせている辺りにメモ1つ残して脱走した時よりも成長が感じられます。───そもそも脱走するなという話ですが。
「アレンを探せ!あの方が起こす騒動を唯一まともに対処出来るのはあいつだけだ!」
「ギルドに行った時にロイマンから聞いたが、あいつも今はオラリオにいないらしい」
「なにぃいいい!!??」
「え、それヤバくない。俺ちょっと森に帰っても良い?」
「気持ちは解るが落ち着けヘグニ!」
「この時期に都市外となると、目的はラキアの牛丼屋がやっているメガ盛り牛丼の大食い挑戦かあるいはメレンで今が旬の魚をふんだんに使った海鮮丼か?」
「あるいはウィーシェの森で今やっている果物の収穫祭じゃないか?来月のスイーツフェアで使う材料の仕入れに悩んでいたし」
「ラキアとメレンの丼物は確か先月の休みに食べたって言ってたぞ?ウィーシェの森への仕入れも確か一昨日終わらせていた筈だ」
「(兄様って本当に冒険者?というかそんなに全力で休日を満喫するタイプだったんですか?)」
いないのなら仕方が無いと諦め、すぐに各々が仕事を幹部候補達に引き継がせる為席を外す。
1時間足らずで準備を終えた彼等は、急ぎフレイヤ様の後を追うのだった。
「ところでミャーが呼ばれた理由って何ですか?」
「シル様が作ったマグログミという菓子を試食するようにという仕事があったんだが、幹部全員がいないとなると必然的にあの酒場の従業員、特に猫人であるお前が試食させられる羽目になりそうだから連れてきた」
「ありがとうございますニャッ!!」
「「「「「「オッタル、ナイス!!」」」」」」
アーニャはフレイヤ様を追う名目でマグログミという劇物を口にする事態を回避した。猫だから魚は好物だろうし大丈夫だろうと言われても食べたくない物は絶対に口にしたくないのだ。頻繁に試食係を任されるアーニャだって逃げたくなる。たまにはクロエとかルノアとか私によく試食係を押し付けてくる仲間が食べれば良いのだ。
なお、試食係は結局クロエとフレイヤファミリアのヘルンという団員が任せられることになった。クロエは猫人だから、ヘルンは以前ムドオンカレーを毒物だと言ってしまった罰という理由でマグログミを食することになる。当然、アミッドが治療した。
そうしてアーニャと幹部達はオラリオを旅立ち、砂漠に向かったのである。
◆一方、その頃。
「アレン、ここにいる奴隷達とあの館を買うから手続きお願いね?」
「はい、フレイヤ様(どうして、どうして・・・!)」
たまたま砂漠の町を訪れていたアレンは何故かそこにいたフレイヤに捕まり、無理難題を押し付けられていた。
血涙を流さんばかりの悲痛な表情で商人達と手続きを行うアレンは、折角の休暇が台無しになったことを悟る。
「(俺の、俺の休暇がぁぁああ!!!!)」
普段から多大なストレスを抱えているアレン。それを発散出来る休暇が何よりも楽しみな彼にとって休暇を取り上げられることは1人で階層主に挑むことよりも苦痛である。
最早、完全にブラック企業の社畜と化していた。
アレンの苦労を知った幹部達は少しだけ優しくなっています。というかアーニャに癒されるくらい疲れています。
ちなみに、一般団員達が起こす騒動は数が多いですが被害の規模はまだマシな部類の物が多い方になります。
反面、フレイヤが起こす騒動は数が少ない分被害の規模がとんでもない訳でつまり今回、アレンの苦労はお察し下さい。