もしも、彼女たちの通う学校が『十宝学園』だったら……
ある日の午後、閂市街に二人の少女の姿があった。長い茶髪に穏やかな雰囲気の少女――宮崎奈々は、蘇芳色の髪をツインテールに纏めている少女――菅原妙子に、どこか心配そうな表情で話しかけた。
「妙子っち! 妙子っち! もう待ち合わせの時間から五分も経ってるよ。それなのにメッセージに既読もつかないし……優花っち、どったのかなぁ?」
「んー、ちょっと細かくない? 優花だってたまには遅刻くらいするよ」
妙子はスマホの画面を見たまま特に気にした様子も見せない。
奈々と妙子の二人が待ち合わせの約束をしている園部優花は真面目な性格をしており、その性格から約束の時間に遅刻するようなことは滅多にない。
だが、遅刻することが皆無というわけでもない。優花の親友である奈々はそれを知っているからこそ、現状に不安を抱いていた。
「……それとも、優花の遅刻になにか問題が?」
「おおありありのオオアリクイ! 優花っちって普段は絶対に遅れないけど、遅れる時は数十分コースで、たいてい面倒事に首突っ込んでるじゃん!」
「……面倒事じゃなくて人助けでしょ?」
「面倒なのはおんなじ!」
髪の毛を淡い栗色に染めている優花は、ファッション等の好みがそっち系に近いことや、性格が割とサバサバしていることから不良と誤解されがちな少女だ。
その実、どちらかと言えば真面目な性格をしている優花は、なんだかんだ言いつつも困っている人がいたら手を伸ばさずにはいられない。
「は~……わっかんないなぁ~。どうして何の得にもならない事に、貴重な時間を割くんだろ……」
「性分でしょ? 別に悪いことじゃないと思うんだけど」
「妙子っち。自発的行動の発露と、打算的損得勘定で、世界は回ってるんだよ?」
損得勘定に欠けている、と暗に言う奈々に苦笑いする妙子。
「ま、確かに待たされるのは嫌だよね。でも、優花が約束を破ったことは一度もないんだしさ、気長に待とうよ」
「は~……もし正義の味方なんて職業があったら、優花っちの天職だったかもね」
「正義の味方って魔法少女とか? 現実的に考えてボランティアとかかな……それより、優花が来るまでマルチ戦手伝ってよ」
「りょーかい!」
ささっと自分のスマホを取り出すと、奈々はゲームアプリを起動した。
☆
その頃、優花が何をしていたかというと……
「ふええ……」
公園に並ぶ高い木々のうちの一本。
その樹上で男の子が、啜り泣きながら縮こまっている。
ここまでよじ登ったのはいいが、恐怖で動けなくなり、立ち往生してしまったのだ。
「どうしよう……だれか、だれかたすけてっ……かみさま……」
風が吹くたびしなる枝の上で、竦んでしまい大きな声も出せない。
どうしようもなくなり、いよいよ神頼みを始めた少年の耳に、不意に明るい声が飛び込んできた。
「安心して! もう大丈夫だから!」
「えっ?」
声のした方を見ると、掴まっている枝の根本で、女の子が一人、こちらに微笑んでいた。
美人系の顔立ちで目つきもやや鋭い彼女は、それでも男の子を安心させるようにできるだけ優しい表情を浮かべている。
「……お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんは、園部優花。ボクを助けに来たの。どうして、こんなトコに?」
返事の代わりに男の子は顔を上に向ける。
一段高い枝先に、スチロール玩具の飛行機が引っかかっていた。
「なるほど、ね。……オモチャは大事だけど、まずはキミ自身が大事だから。こっちに手伸ばせる?」
「う、うん……」
腕を伸ばした優花に、男の子は恐る恐る手を伸ばしていく。
しかし恐怖で縮こまった腕は、思うように伸びてゆかない。
「ん~……後少し! ガッツ出して! 頑張って!」
「こ、こわいよ……」
「ガンバレ男の子! いける! もう少しだけだから……んっ……!」
「くっ! んんんっ!」
男の子が決意し伸ばしたその直後、ミシミシと枝の軋む音が聞こえてきた。
およそ地上5メートルの高さ。このまま落ちれば大怪我は間違いない。
「頑張って……もうちょっと……」
「んっ……」
ミシ……ミシッ……
「ダメッ、折れるわ! こっちに跳んで!」
「えっ! えっ……!」
「私が受け止めるから! 信じてっ!!」
メリ……メリメリッ!
「え、ええいっ!」
男の子が飛ぶのと同時に枝が折れ、優花は幹を蹴って空に飛んだ。
「……っ!」
そして、男の子の体をキャッチすると、優花はギュッと抱きしめ、そのまま落下に身を任せた。
(やっちゃった……脚、折れちゃうかな……)
この高さからの落下は女子高生の優花にとっても致命的だ。男の子を抱えていることから受け身も取れない以上、落下のダメージをもろに受けることになる。
これから先に待ち受ける激痛に優花は表情を硬くする――だが、
どさっ……
その未来が訪れることはなかった。
「……えっ?」
予想していたのは、足裏に訪れる重たい衝撃。
しかし、実際に優花を包んだのは、たくましい二本の腕だった。
「…………」
「あ…………」
「キミ、大丈夫かな? 痛いところはないか?」
見上げれば、そこには見たことのない一人の男性の姿があった。顔つきは日本人のそれに近いものの、その髪の色は真っ白に染まっており、瞳も[[rb:紅玉 > ルビー]]のような紅色をしている。所謂、アルビノというヤツなのかもしれない。
「……かっこいい……」
「え?」
「えっ? いっ、いえっ! どこも痛くないですからっ!」
「そうか。なら、よかった。よいしょっと……」
優花は地面に下ろされると、腕を緩め、抱きしめていた男の子を放した。
「キミ……痛いとこはない?」
「うん、だいじょうぶ……でも……」
しょんぼりした視線が樹上に向く。
「あ……オモチャ……」
そう、男の子が樹上に登った理由はオモチャが枝に引っかかったから。男の子の視線と優花の言葉でそれに気が付いた男性は、行動を共にしていた人物に声をかけた。
「あの飛行機か。おーい、雫。ちょっと出て来てくれないか」
シュッ……
「なにかしら若頭領?」
「ひぇっ、八重樫さん!? いつからそこに!?」
姿を現したその少女の名前を優花は知っていた。
彼女の名前は八重樫雫。優花と同じ十宝学園に通う女子高生であり、学校で二大女神を呼ばれるポニーテールにした長い黒髪がトレードマークの少女だ。
優花と同じように鋭い切れ目をしており、しかしその奥には柔らかさも感じられるため、冷たいというよりはカッコイイという印象を受ける。
「あそこの枝に引っかかっているオモチャを取ってくれないか? 俺のジャンプじゃ、いささか足りない」
「……目立つわよ?」
「頼むよ。それに俺は、これからイヤでも目立つことになる」
「……了解したわ」
雫は身を沈め、地を蹴る。その勢いで2メートルは跳んだかと思うと、そのまま木に飛びつき、一気に駆け上る。
「うわっ! すごっ!」
あれよという間に枝の根元まで行くと、雫はトントンと枝の上を走り、オモチャを拾い上げて宙に飛ぶ。
体操選手のようにクルクル前転し、危なげなく地面に着地した。
百七十二センチメートルという女子にしては高い身長と引き締まった体、そしてその素早い身のこなしは忍者を彷彿とさせる。
「ほら。この飛行機は、あなたのものでしょう?」
「うん! ありがとう、お姉ちゃん!」
「……ふふ」
(八重樫さんって、あんな顔するんだ……)
雫の実家は八重樫流という剣術道場を営んでおり、雫自身、小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。
現代に現れた美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、熱狂的なファンがいることは優花もよく知っている。なにせ後輩どころか同級生の女子生徒からも”お姉さま”と慕われてよく頬を引き攣らせているものだから。
クラスメイトと言ってもそれほど親しい関係というわけでもない優花は、そうやって頬を引き攣らせる姿ばかりが印象に残っていた。
「じゃあなボウズ。これから、この辺は危なくなるから、家に引きこもってるんだぞ」
「うん! お姉ちゃんとお姉ちゃんとお兄ちゃん! どうもありがとう!」
男の子はオモチャを受け取ると、三人にお辞儀して、笑顔で去っていった。
「……よかった」
「よかないぞお嬢ちゃん。どうして、あんな危険なコトしたんだ? 一歩間違えれば、キミもろとも大怪我してた。助けを呼ぶのが正解だったんじゃないか?」
「うっ……そうかもしれません、けど、泣いているあの子を見ていたら、居ても立っても居られなくなって。助けを呼びに行ってる間に、もし木から落ちてしまったら……そう思ったら、勝手に体が動いてました」
「……キミは厄介な性分だな。だが魅力的でもある」
「えっ、ええっ!? 魅力っ!?」
「すまない。そういう意味じゃないんだ。もちろんキミは魅力的な女の子だが」
「あっ、ああああ……」
「……上手く言えないな」
優花は思わず赤面してしまう。チョロい、と言われるかもしれないが、窮地を救われた直後に「魅力的な女の子」なんて言葉をかけられたら、一人の女の子として心を揺さぶられないはずがない。それがカッコイイ男の人からの言葉なら尚更だ。
「若頭領、そろそろ時間よ。こんなところで油を売っている場合じゃ……」
「おっと、そうだった。雫、ユーノの準備が出来ているか確認してくれないか?」
「了解したわ」
雫はスマホを取り出し、どこかへと電話をかけ始める。
「はい……はい。若頭領、準備完了よ」
「了解。じゃ、そろそろ始めてもらうよう伝えてくれ」
「あの……ちょっといいですか?」
「ん?」
「今更ですけど……助けてくれてありがとうございました。私、園部優花って言います」
「ユウカちゃんか、いい名前だ」
このままではお礼も言えないままお開きになりそうだったので、若干慌てた様子で助けてくれた男の人に優花は話しかける。
「……私、友達を待たせてるからそろそろ行かないといけなくて……その前に、よろしければ、あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」
「俺の名は戦部トキサダだが」
「……トキサダさん」
「もし、市内で遊ぶ約束なら、今日はやめておいた方がいい。友達にも伝えてくれ」
「どうしてですか?」
「理由ならすぐにわかるわよ、園部さん」
「え?」
そう雫が告げてから数秒後のこと、
ウ~~ウウ~~ウウ~!
市内にサイレンが響き渡る。そして、女性の声で意味不明な内容が放送された。
『緊急放送、緊急放送。こちらはダイビート、こちらはダイビート。
閂市の皆さんに避難のご案内です。
現在、この街に異世界からの侵略者が接近しています。市内で戦闘が発生する可能性があります。速やかに自宅、もしくは近隣避難所に避難してください。
繰り返します。現代、この街に異世界からの侵略者が接近しています』
「侵略者……戦闘? なんですか、今の放送は?」
「聞いたままだ。キミも家に帰って、外に出るんじゃないぞ」
「それだけじゃ何の説明にも……」
「詮索はいいから、とにかく逃げなさい! あなたのためよ!」
「あ……」
「若頭領、行きましょう!」
ギンッと目を吊り上げて発せられた雫の言葉にはなかなかの迫力があった。少なくとも、かなり根性がある方の優花が動きを止めてしまうくらいには。
「じゃあな、優花ちゃん。縁があったら、また会おう」
「あっ! トキサダさん!」
トキサダたちは停めてあった車に乗り込むと、猛加速で市内方向に向けて走り出した。
ブロロロロロ……
「行っちゃった……悪い人じゃないっぽいけど、異世界からの侵略者はないわよね。あはは……」
なにかの冗談かしら、などと優花が考えていたその時。
ズン……
「え?」
ズン……ズーン……
「今の……まさか爆発音?」
市内の空を見やると、空中から幾筋もの虹色の光線が、地上に向けて伸びている。
笑いの消えた顔で息を飲むと、優花は慌ててスマホを取り出し、友達二人にメッセージを送った。
(ナナ……タエ……返信して……お願い……)
が、しばらく待っても返信はない。続けて電話をかけるが応答はなかった。
あの空を見て、トキサダの言葉を冗談だと笑い飛ばすほど、優花は愚かな性格をしていない。
本当に「異世界からの侵略者」なのかはわからない。
それでも、何か自分の理解の及ばないことが起きていることだけはわかった。
(どうしよう……二人が逃げ遅れてたら……私が遅れなきゃ、こんなことには……)
ズン……ズズン……
街から響く爆発音は、次第に感覚が短くなる。
「……っ!」
唇を結んで決意を固めると、優花は全速力で家と反対方向に駆け出した。
☆
「はあっ……はあっ……これは……」
見慣れた街の中心部は、無残に変わり果てていた。
建物は破壊され、地面は割れ、あちこちから黒煙が立ち昇っている。
今日日、特撮でもこれほどの光景を目にすることは滅多にない。
それほどまでに、彼女の平穏は粉々に砕かれていた。
「ひどい……こんなの……」
「いやああー! 助けてええーっ!」
「今の声……ナナ!」
悲鳴の聞こえた方に向けて優花は一目散に走り出す。
そうして路地裏に辿り着いた優花は、怪人に襲われる二人の友人の姿を目にした。
「ブーッ!」
「ああーん! もうダメ! お父さん! お母さん!」
「これが運命なの……先立つ不幸をお許しください……」
「ブーッ! ブブーッ!」
ヒュッ……ゴッ!
「ブウッ!?」
横からの飛来物にブーブー鳴き声を上げていた怪人の体が揺らいだ。
「ブロック? 誰が……」
「ふーっ……ふーっ……」
「優花っち!?」
「ナナ! タエ! 伏せてっ!!」
優花は手に持った消火器の噴射口を黒い怪人に向け、噴射レバーを握る。
ブシュウウウウウッ!!
怪人の目と思しき部位に消火剤をぶち撒ける。
「ブウウウーッ!! ブッ、ブッ! ブーッ!」
「これでもくらえっ!」
更に優花は怯む怪人に目掛けて、全力で消火器を投げつけた。正常な状態なら避けることもできたのだろうが、目を潰された直後ではどうしようもなく。
ヒュンッ……ガンッ!
頭部に消火器を叩きつけられた怪人はフラフラと地面に崩れ落ちる。
「二人共っ! こっちに! 走って!」
「了解!」
「ありがと、優花っち!」
タッタッタッタッ……
地面に倒れた怪人の横を走り抜けた奈々と妙子は、そのまま優花と共に急いでその場を後にした。あの怪人が目を覚ます前に少しでも遠い場所に逃げるために。
「はあはあ……どう? もう、いない?」
「わかんない……怖くって、前しか見てなかった……」
「いないみたい……少なくとも、さっきの黒いバケモノは……」
奈々が恐怖に身を震わせる一方で、妙子は警戒した様子で周囲を見やる。
「……ごめん!」
優花は二人の前に回ると、深々と頭を下げた。
「二人共、ごめんなさい! 私が遅刻したせいで、危ない目に遭わせちゃった!」
「やだ気にしないでよ。優花っちが間に合っても、結局あいつら襲ってきたんだし」
「うん、優花のせいじゃないよ」
「二人共……でも、一体何があったの?」
二人の言葉に、心にこびりついた汚泥が洗い流されるような感覚を覚えつつも、こうなった理由について知っているだろう二人に質問を投げかける優花。
「空から降り注いだ虹色の光線の中から奴らが現れたの」
「その前に避難放送があったから、少しは構えてたけど……逃げ遅れた人はみんな石にされたんだ」
「石?」
「あそこ、見える? あの虹色の石」
妙子が指差す路上には、虹色に輝く、鶏卵大の丸石が転がっていた。
注意して見ると、同じ形状の石が、あちらこちらに散らばっている。
なにも知らなければ、その虹色の石の美しさに見惚れていたかもしれないが、妙子からその正体を教えられた優花には悍ましい光景にしか見えなかった。
「嘘でしょ……これ、みんな人間なの?」
「それだけじゃないよ。襲われた人の中には、石じゃなくて……」
「う……ううううっ……」
その時、近くの路地から、一人の男性が、ふらふらした足取りで現れた。
「いけない!」
「優花! 待って!」
妙子の制止の声を聞かずに優花は男性の下へ駆け寄る。
「大丈夫ですか? 私たちも怪人から逃げてきたんです。一緒に逃げませんか?」
「うっ……ううっ……グッ……グルグググッッ!」
「逃げて優花! ”変わる”っ!」
「変わる?」
「グオッ! グオオオッ! グアアアーッ!! オルタナ~チューニング!」
唸り声を上げていた男は、両目から狂気の赤い光を迸らせ、見る間にその姿を変えていった。
両肩部から線路のようなものを生やし、遮断機のような頭を持った黄色い怪人。
「……シャダーン! 俺様はアルダーク怪人、レールフラスト! 地球上の道路は全て線路になるのだ!」
――レールフラスト。
スーパー戦隊に出てくる怪人のようなことを言い放つ、文字通りの怪人へと呻き声を上げていた男は変わり果てた。
「そんな……人が怪人になるなんて……」
「逃げる途中で何人も見たの。光線を浴びた人間は怪人になるんだ」
「はやく逃げよ! 優花っち!」
「う、うん! あっ……」
再び逃げ出そうとした三人の足が止まる。
いつの間にか、さっきのとんがり頭の黒い怪人たちに囲まれていたのだ。
「ブーッ!! ブーッ!」
「ブブブーッ!」
「ブーッ!!」
「あ……消火器の粉被ってるヤツもいる……」
その中に一体、憤怒の声を上げる怪人の姿が。
先程、優花が不意打ちで沈めた怪人もその戦列に加わっていた。
「今度こそ万事休す……」
奈々と妙子の表情に、いよいよ絶望が浮かぶ。
しかし、優花だけは、一人、前に出ると、厳しい表情で怪人たちに拳を構えた。
「怪人ども……くるならこい!」
「ちょっ、優花っち! なにケンカ売ってるの!?」
「それに、その構えなに? 空手とかやってたっけ?」
「ないわよ……でも、このまま黙って、石や怪人にされたくない……」
所謂、戦闘員らしき怪人の集団だけでなくレールフラストという週毎の怪人クラスにも囲まれているというのに、立ち向かう意志を示す優花は根性のある女子高生だ。
しかし、根性だけではどうにもならないことはある。無謀にも自分たちに立ち向かう意志を示す少女の姿に、レールフラストは嘲笑うような声を上げる。
「ほう娘? 我々に立ち向かうのか?」
「そう……っ、そうよっ!」
「フフフ……そのように虚勢を張っても膝が笑っているぞ?」
「……っ」
「面白い娘だ。お前は石や怪人にする前に、欲望の餌食にして恥辱に晒してやろう」
「え、ええっと……ちじょ……え?」
意図の分からないレールフラストの言葉に、優花は戸惑ったように視線を彷徨わせる。が、直後、響いた奈々の言葉に驚愕の声を上げた。
「優花っちをボコボコにして、エッチなコトするって言ってるのよ!」
「んなっ!? なに言ってるのよ、このヘンタイっ!!
……じゃなくって! アンタみたいなヤツに負けたりしないわよ!」
「フハハハ! 勇ましいな! さて、どこから剥いてやろうか……」
「くっ……」
(怖い……怖くて泣き出しそう……このままじゃ私もやられて……きっとナナとタエも捕まって……)
今にも叫び出してしまいそうなのを歯を食いしばって必死に耐える。
(私は、なんて無力なの……私に怪物と戦える力があれば、ナナとタエを救うことができるのに……)
「……だれか……助けて……」
風にさらわれるほど小さな、消え入りそうな声で呟いた次の瞬間だった。
「――待ちなさい!」
その、誰かがやってきたのは。
「えっ?」
「むっ……今の声! 何者だ!?」
シュンッ、と。異なる色のコスチュームに身を包んだ三人の少女が、レールフラストの前に降り立った。
「青い地球を守るため、胸の鼓動が天を衝く! エスカレイヤー、悪の現場に只今参上!」
「悪鬼彷徨う現の闇を、払うは月影、我、上弦なり! 想破上弦衆、閃忍。ハルカ、見参!」
「人々の希望を奪い、絶望を撒く魔の尖兵。もはや贖罪の刻は尽きました。
われ神騎エクシール! 罪に汚れし、その魂! 神に代わって誅滅します!」
赤のエスカレイヤー
黄の閃忍ハルカ
青の神騎エクシール
「お前たちは何者だ!」
「私たちは超昂戦士」
「”ちょうこうせんし”?」
「あなたたちのような世界の敵と戦い、平和を守るため立ち上がった者です」
「アルダークの怪人よ。欲望に囚われたその姿から、私たちが解放します!」
三人の超昂戦士が、優花たちを守るように得物を構える。
対するレールフラストは、超昂戦士という未知の敵を相手にも怯む様子はない。
「色の主張が激しい女どもがしゃらくさい! 裸に剥いて、晒し者にしてやる! 行くぞ、フーマン!」
「ブーッ!」
「ブーッ! ブーッ!」
フーマンと呼ばれた黒い怪人が一斉に三人の超昂戦士に襲いかかる。
「――負けません!」
と、同時に三人の超昂戦士もまた動き出した。
キンッ……キィンッ! ドカッ! バキッ!
少女たちは怪人の攻撃を軽やかに躱し、手に持った武器を振るい、一撃の下に倒してゆく。
中でも優花の目を引いたのは、赤色の髪の戦士、エスカレイヤーの姿だ。
「Dハーケン!」
「ブーッ!」
「Dスラッシャー!」
「ブーッ!」
飛ぶ斬撃が怪人の体を斬り裂き、返す刀で複数の怪人を纏めて薙ぎ払う。
まさに、無双の戦士。闇に苦しむ人々を救い、未来に光を取り戻す正義の味方。
(すごい……私たちと変わらないくらいの女の子なのに、あの怪人たちを圧倒してる……)
「たしかエスカレイヤー……超……戦士?」
「『超昂戦士』だ」
超戦士、という優花の誤りを正すように男性の声が聞こえてくる。
「わ! イケメンが生えた!?」
「トキサダさん?」
「やあ、また会ったね」
奈々たちの背後から戦部トキサダと、初めて見る銀髪の女性が現れた。
「よかった……三人とも怪我はなさそうね?」
その女性の声に、妙子は聞き覚えがあった。
「む? もしかして放送の人ですか?」
「あなた、良い耳してるのね。私はダイビート副官のユーノよ」
「俺はダイビート長官、戦部トキサダだ」
「ダイビート?」
「ひらたく言えば、侵略者から、この世界を守る、正義の組織だな」
正義の組織。本当に、特撮の一場面のようなことが目の前で起きていることに理解が追いつかない。
それでも、優花には一つだけ聞かなければならないことがあった。
「今戦っている、エスカレイヤーさんたちもダイビートの人なんですか?」
「ああ、彼女たちは、ダイビートの特殊戦闘スタッフ。超昂戦士だ」
「超昂戦士……」
お喋りしている間に、気がつけばフーマンと呼ばれていたとんがり頭の怪人は全員倒され、怪人はレールフラスト一体になっていた。
「くっ……!」
「もう、あなただけですね」
「痛い目に遭いたくないでしょう? 大人しく、降参して下さい!」
神騎エクシールと閃忍ハルカの発した情けからの言葉。
だが、レールフラストは――
「電車の力を舐めるなっ! 食らえっ! 上下線クラーッシュ!!」
足元に展開した線路の上を滑るように超昂戦士たちに突進する。
「仕方ありませんね……」
それに、エスカレイヤーは一滴の動揺も見せることなく。
「これでとどめです! サブリミット・エスカレーション!!」
キィン……シュワーン!!
「ぐあああああああああっ!! ショ~~~テ~~~ン!」
すれ違いざまの光の斬撃を以て、レールフラストを爆発せしめた。
「正義の勝利です!」
爆発が収まった跡の地面には、元の姿に戻った男性が横たわっていた。
「すごいです! エスカレイヤーさん!」
「やったあああっ!!!」
「ふう……」
ただ怪人を倒しただけではない。怪人にされた人を元の姿に戻してみせた。
これ以上ない完璧勝利に優花たちは歓喜の声を上げる。
「まず、初戦勝利……というところかしらね?」
「ああ、そうだな。本来の筋書きだと、3日ほどでこの街は壊滅したんだが……」
トキサダは、不敵な表情を浮かべ、市内の空を見上げた。
「さて、予想外の展開に、アルダークはどう動くかな?」
☆
白。
上も下も、右も左も、見渡す限りただひたすらに白いだけの空間。
そこには十メートルほどの高さの雛壇が置かれている。
そして、その最上段に備え付けられた玉座に妙齢の美女が座っていた。
「これはこれは……」
波打ち煌めく金糸の髪、白く滑らかな剥き出しの肩、大きく開いた胸元から覗く豊かな双丘、スリットから伸びるスラリとした美しい脚線。
全体的に細身なのに、妙に肉感的にも見える。足を組み、玉座に頬杖をついて薄らと笑みを浮かべる姿は、”妖艶”という言葉を体現しているかのようだ。
並の男なら――否、性別の区別なく全ての人間が、流し目の一つでも送られただけで理性を飛ばすか、或いは信仰にも似た絶大な感情と共に平伏するに違いない。
そう無条件に思わせるほど、圧倒的な美がそこにはあった。
だが、その美貌に対した動揺を見せることもなく、背中から六本の機械の触手のようなものを生やしたバケモノは、ただ視界の先に映る超昂戦士だけを見ていた。
「エスカレイヤーとそのお仲間の登場とは。予想していなかった展開だな」
「……怖いですかディストバーン? 超昂の力を持つ者が」
局部だけを爪の生えた手のようなもので隠している浅黒い肌の幼い少女が、ディストバーンと呼んだその怪物に「怖いか?」と尋ねかける。
「怖いか……だと? フハハハッ! フハハハハハハハッ!!
怖いものか! 滾っておるのだ! 俺の手で、にっくき超昂戦士を八つ裂きに出来るのだからな!
オルバよ! 超昂戦士の滅亡を見ているがいい!
我はディストバーン! 欲望の断罪者!
全ての超昂戦士を、汚し! 貶め! 壊し! 滅ぼしてくれるわ!!」
哄笑を上げるディストバーンにオルバと呼ばれた少女は告げる。
「ああ、見ているともさ。それが私の役目なのだから……」
そんな怪物と少女の遣り取りを眺めていた灰色の翼の少女が肩を竦める。
「やだやだ。もうっ、あんな殺気立っちゃって。ね、こ・う・きくん?」
「……そうだな。俺たちは超昂の力を持った者から人類を開放するのが目的なんだ。本来なら彼らも俺が救ってやらなきゃならないんだろうけど……彼らはやりすぎた。人々を殺し、洗脳までして……俺は、たとえこの手を汚すことになっても、超昂の力を持った者たちを倒す。そして、人々を奴らの魔の手から救い出してみせる!」
「やぁ~ん。光輝くん、格好良いぃ~」
恍惚の表情で灰色の翼の少女は光輝と呼ばれた少年に縋り付く。
そして、それら全てを睥睨していた妙齢の美女は愉しげな表情で呟いた。
「――では、ゲームを始めようか。地球人類の諸君。我を楽しませてくれ」
☆
「さてと……じゃユーノ、落ち着いたところでこっちの配信開始といくか」
「はい長官」
「配信?」
「今の彼女たちの戦闘を、各動画サイトで流していたのさ。ほら」
「わ……すさまじい視聴数」
トキサダが見せたスマホには某大型動画サイトの配信画面が映し出されていた。
妙子の言う通り、視聴数はとんでもない数だ。ちょっと優花も見たことのないほどである。
この数値こそ、今の戦闘が、全世界に放映されていた何よりの証拠だった。
「もしもし君枝くん、そっちの準備はOK? はい」
インカムの向こうに頷くと、ユーノは、小型カメラをトキサダに向け、カウントダウンを始めた。
「はい長官。3、2……」
「ごほん……全世界のみんな、見ているか?
我々は地球防衛組織『ダイビート』。俺は長官の戦部トキサダだ。
現在、我々の地球は、宇宙からの侵略者アルダークの標的にされている。
連中の目的は、この地球上から人間を駆逐する事だ。
この映像を見てくれ……」
直後、各動画サイトやテレビの画面に映し出される破壊された都市。
それこそ、悪意の津波によって押し流されたかのように蹂躙されたその街が、今、自分たちの暮らす閂市であることに、優花たちはいち早く気付くことができた。
「壊滅した閂市だ。俺たちが来なければ、3日と経たず、この姿になっていた。
信じられないかもしれないが、我々は未来の地球からやってきた。
アルダークに支配された地球からね。
俺たちの歴史で人類は負けてしまった。
なぜか? 自分たちの運命を、”戦える誰か”だけに、任せたからだ」
続き、画面に映し出されたのは十字架に磔にされた幾人もの超昂戦士の姿。その中には、先程、怪人たちと戦っていたエスカレイヤーたち3人の姿もあった。
「さっき怪人を倒した超昂戦士たちの末路だ。
超昂戦士は強かった……が、圧倒的な数の不利は覆せなかった。
皆、平和を取り戻せなかった事を、悔やみながら死んでいった。
彼女たちの悲しみの叫びは、今でも耳から消えない。
だから俺たちはこの時代に来た!
戦士を育て、組織を作り、今度こそ世界を救うために!!」
再び、画面に映し出されるトキサダの顔。その真剣な眼差しは画面の前のあなたを見ていた。
「ダイビートは、一般、公人を問わずメンバーを募集する。
われと思わん者は門を叩いてくれ。申し込みとチャンネル登録は画面下のアドレスから頼む。
以上だ」
その言葉を最後に、動画の配信が終了する。
各種機器を操作していたユーノは、配信の終了を確認すると声を上げる。
「……はいOK。同時翻訳も誤作動ナシ。流石さやかさんの作ったツールだわ」
「さてと、事後処理は担当スタッフに任せて、我々は基地に戻るか」
トキサダは優花たちに視線を向けると別れの言葉を口にする。
「ユウカちゃんたちも気をつけてな」
「…………。とっ……トキサダさん!」
「ん?」
「私……私、ダイビートに入ります!」
「えっ……」
「…………」
その言葉に驚いたような表情を浮かべるユーノとトキサダ。
当然、彼女の親友である奈々と妙子も驚愕の表情を浮かべており。
「ちょっと! 優花っち、なに言ってるの!?
落ち着いて……落ち着いてものを言おうよ! ね!」
「ナナ、私は本気だから。私、ダイビートに入る。そして……超昂戦士になる!」