突然だが、神隠しというものを知っているだろうか。
神隠しと聞いて千と千尋の神隠しを思い浮かべた人もいるかもしれないが、それでもいい。イメージは合ってる。
さて、何故いきなりそんなことを訊いたのか。
答えは単純。今まさに俺が神隠しの被害者になったからだ。
それはアダルトショップの帰り道で起きた。
俺は面白そうなDVDを発掘するため定期的にアダルトショップに行く。そして、いつも行くアダルトショップで『雌犬と雌猫のワンニャンパラダイスでラビット!』というDVDを見つけた。そのパッケージが傑作で、胸と局部の部分が切り取られた犬と猫の着ぐるみを着た女二人が、ジャングルで暮らす先住民みたいな格好をした男に左右から抱きついているパッケージだった。このパッケージを見た瞬間面白そうだとビビッと脳に電流のようなものが走り、そのDVDと他のDVD二つを手に持ち、会計に行った。ちなみに、他二つのDVDタイトルは『義妹とイケないこと~寸止め巨乳JK~』と『ラブラブ恋人エッチ~ずっとあなたを見つめます~』。
正直に言うと、俺はこの二つのDVDは見るつもりがなかった。なら何故会計に持っていったかと言うと、まず第一にレジまで持っていく間に他の客に見られないようにするためと、俺はマニアックではなくノーマルだと店員に伝えるためである(俺はこれをサンドイッチ購入と呼んでいる)。まあ俺が行くアダルトショップの会計レジは手元しか見えないようになっているため、店員に顔を見られないが。ただこう、自分に言い訳して買うための勇気を出すみたいな感覚、男ならきっと誰もが理解してくれると信じている。理解しない男は一人残らずエロDVD買った帰り道に死ね。
で、その帰り道。車がそれなりに走り色んな店が並んでいるそこそこ賑やかな道を歩いていると、いきなり自分の足元の地面が消えたような感覚に襲われた。驚いて下を見ると、俺の下に黒い穴がぽっかりと空いていて、俺の体はその穴に呑み込まれた。
落ちる直前、俺は助けてくれと前から歩いてきていた女性に叫んだが、女性は信じられないという表情を送ってきただけで、指一つ動かさなかった。
で、穴に落ちたと思ったらいきなり遥か上空にいた。つまりはスカイダイビングをしているわけだ。パラシュート無しで。この恐怖に耐えられる人間がいるのだろうか。
俺はその事実に直面したショックで気を失い、何かの衝撃で意識が戻った。
俺は目を開けて周りを見渡すと、どこか洋風の建物が辺りに並んでいた。白人、黒人、アジア系など、様々な人種の人々が俺を見てクスクスと声を殺して笑っている。
そこで俺は思い出した。
──エロDVD。
他のアダルトショップは知らないが、俺が買うアダルトショップではレジ袋は有色で中身が分からないようになっている。だから基本は袋を開けられない限り見られる心配はない。
俺は地面に視線を向ける。そこには隕石が落ちたようなクレーターができていた。その周りはまるでトンボ掛けされた野球グラウンドのようにきれいにならされた土。コンクリートで道が整備されていないことに疑問を感じるべきだったんだろうが、今の俺にとっては些事だった。俺の頭はエロDVDのことでいっぱいだったのだ。
視線をさまよわせる。少し自分から離れたところに数人の男女が集まっていた。
俺はあちゃ~と頭を抱える。彼らが囲んでいる中心には、「わたしを見て! ルックミー!」と言わんばかりにレジ袋から飛び出した三つのエロDVDが散乱していた。
「オ~、ソーグッド!」
「アーユークレイジィ!?」
「ゴートゥへッ!」
耳を澄ませば、彼らから英語のような言語が聞こえた。
俺はあまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら、エロDVDを囲んでいる彼らに体当たりし、手に持っていたレジ袋に散乱したエロDVDを突っ込んだ。
いきなりの俺の攻撃に、囲んでいた彼らはぽかんとしていた。
俺はレジ袋にエロDVDを入れ終わると彼らに向き直り、右手の親指で自分をさして、
「アイ! アム! ノーマル! オッケェイ!?」
と叫んだ。
「……オ、オッケェィ……」
彼らは困惑しながらも返事をした……ようだ。リスニングが正しければ。俺は正しいと信じた。自分が変態ではなく普通だと相手に伝わったのを。
故に心から安堵し、颯爽と回れ右をしてその場から立ち去った……わけねえだろ。こちとらエロDVDが入ったレジ袋持ってんだぞ。脱兎のごとく無様に逃げたさ。なんか文句あるか? 俺の立場なら誰だってこうする。故に、恥ではない。
俺はただその場から遠ざかりたいという理由だけで当てもなく走り続けた。
人通りの少ない路地に来てようやく走るのを止め、石造りの建物の外壁にもたれてそのまま座り込む。深呼吸して、バクバクいってる心臓をなだめようとする。
──静まれ、俺の心臓。落ち着いて、現状把握だ。
ある程度落ち着き余裕を取り戻すと、改めて周囲を見渡した。木材や石材が使われた建築物しかなく、電力を使用するタイプの街灯は一つとしてなく、車も一台も走ってない。まるで数百年前のヨーロッパにタイムスリップしてしまったような錯覚に陥る。なんにせよ、日本ではないのは確定だ。ここの連中は日本語を話さない。多分英語を話していた。
自分の身に一体何が起こったのか。
一番可能性があるのは、これら一連の出来事が夢だということ。アダルトショップに行ったのも、あの真っ黒な穴に落ちたのも、意味の分からない場所に来たのも、全ては夢。
そう考えて、俺は愕然とした。そんな荒唐無稽な予想が一番現実的な可能性であり、また頭では夢ではなく現実にいると確信しているからこその衝撃であった。
毎日、退屈だった。
毎日、なんか面白いこと起きね~かな~と思っていた。
商業系の高校を卒業し即就職した。それから五年が経過し、一人旅、ゲーム、漫画、アニメ、映画、音楽、ダンス、ドライブ、釣り、登山、プチプチ、アダルトDVD漁りなど、様々な面白いことを見つけようとしてきた。確かに充実していたかもしれないが、心の奥底ではどれもしっくりこなかった。今でもそれらの趣味は続けているが、どこか惰性で続けているところがあった。
だが、これはさすがにないだろう。誰がターミネーターみたく過去に行って未来を変えたいと願ったのか。そもそも、ここは過去なのだろうか。ワープなんてあるはずがないが、もしワープで文明が遅れてるヨーロッパ圏の国に行ったとしたら? それか、俺は人さらいに遭い、なんやかんやあって外国に送られ、なんやかんやあって人さらいから逃げ出し、なんやかんやあってパラシュート無しのスカイダイビングをし、なんやかんやあってエロDVDをぶちまけたのだろうか。
──いや、もっと真剣に考えろ。ニュースや雑誌で人が消える記事が無かったか、よく思い出せ。
そう言えば数年前、殺人罪で投獄されていた女が突如として姿を消したとして、大騒ぎになったことがあった。神隠しだ! なんてマスコミが決めつけて報道していたのを覚えている。
俺はハッとして、スマホを取り出し、電源ボタンを押す。表示された画面を見て、舌打ちした。圏外なのである。これでは電話はおろか、ネットで情報収集もできない。
俺は所持品を念入りに確認した。財布、家のキー、スマホ、カード入れ、メモ帳。エロDVD三枚。頼れるのは実質己の身一つ。おまけに、現在地も時間も分からない。
そこで、俺は空腹を覚えた。腹が減っては戦はできぬと偉い人も言っていた気がする。とりあえず俺は現実逃避をすることに決めた。立ち上がり、どこかの飲食店を探すために人が往来している通りに向かって歩き出す。
こうして俺のゲームのような旅は始まった。