さて、そもそもである。そもそも何故アダムなのか。俺には当然日本の国籍があり、氏名もある。
まあ俺を騙すため、俺に名前を訊かず勝手に名前をでっち上げる必要はあったかもしれない。だが、何度も言う。何故アダムなのか。ホワイ!?
俺はどこからどう見てもアジア系の顔であり、間違っても白人系の顔ではない。もっと日本的な名前を付けるのが自然である。
「なあ、一つ訊いてもいいか」
俺はもう目の前の美少女に敬語は使わなくなっていた。騙してきた相手に下手に出る必要はない。
「何さ」
「何故アダム?」
「覚えやすいじゃん」
「ああ、覚えやすいな。
「そうなったらお前がボコられるだけじゃん」
「あっ、それもそうか。なら良いわ……ってなるか! なお悪いわ! 言っとくがイブって名前のお前もボコられるからな。どっからどう見ても日本のプリティーガールじゃん」
「あたしには秘策があるから」
「あ、そうなのか。良かったな。でも俺はちっとも良くねえんだよ。てか、俺の名前はアダムで終わりか?」
イブはふるふると首を横に振る。
「アダム・ゴドストがフルネーム」
ゴドスト? なんだそのファミリーネーム? なんか意味があるのか?
「ゴドストはどっからきたんだ?」
「ゴッドストーリーをもじって」
「分かるか! ドラゴボって聞いて『ドラゴンボールね』と連想できる奴しか辿りつかんわ!」
「なら、もう一つの候補の方が良かった?」
「もう一つ?」
イブは俺の耳に顔を近付けた。
「ジュウカン・スキー」
「……は?」
イブから小さく呟かれた言葉に、顔から汗が吹き出す。獣姦・好きー? まさかこいつ……。
「『雌犬と雌猫のワンニャンパラダイスで──』」
「アイ! アム! アダァム! イエエエエエ!」
俺はイブの声を遮るように叫んだ。
拳を突き上げ、親指で自分をさし、ステップを踏む。
「あははははは!」
イブは俺を指さして無邪気に笑っていた。
この壁女が……、と俺は心中で悪態をつく。
このイブって女は、俺があの場所に落ちた時から俺を見ていたのだ。俺が走って逃げたのも、飲食店を巡り歩いていたことも全て、俺の後をつけて見ていたに違いない。この世界に来たばかりの俺をカモにするために。
──まんまとハメられた!
俺はイブをキッと睨む。
「最初から俺を狙ってたな」
「まあね。でも、悪くないだろ? あたしはこの世界に来て三年だから色々この世界について教えてやるぜ? 食事でもしながら。まあアンタに選択肢はないけど。もうあたしのパーティーメンバーだし」
辺境の地に行った時、一番必要なのは金でも食糧でもサバイバルグッズでもパーティーグッズでもなく、現地をよく知っている優秀なガイドだ。
そういう意味からすれば、三年この世界で生きているイブと一緒に行動して損はない。俺はそう判断した。今にして思えば早計だった。三年もこの世界にいるのに一人で行動していることに何の疑問も感じなかった。
俺は深呼吸して平常心を取り戻した後、イブに向かって右手を差し出した。
「オッケー。これからよろしく」
「握手は嫌」
「なんで?」
「赤いの手に付くじゃん」
「お前のせいだろ!」
「あははははは!」
イブは愉快そうに笑う。
俺は深くため息をついた。
イブという美少女が常識人から逸脱した存在だと思い知るのは、二人で飲食店に入った時だ。
ちょうど夕食どきということもあり、飲食店はどこも並んでいて満員だった。
こういう場合、普通の人は遅くなってもいいから並ぶか、諦めるか、すいている飲食店を探すか、これら三択の内のどれかを選ぶだろう。
だが、イブは違った。
並んでいる人々を強引に押しのけ、店主が文句を言うために厨房から出てくると、イブは腰に下げている袋からキラキラと赤く輝く握り拳くらいの大きさの石を取り出した。
「これでこの店、一日貸し切りにしたい」
「え……ッ? ほ、本当にたったそれだけいい? この店買収しに来た、違う?」
「……そんなに価値の高い物ですなの?」
俺が横から口を挟む。てか、翻訳お札Google翻訳みたいになってんだけど。さっきの受付の人の言葉はまともだったから、札にも調子があるのかな? 早く改良品作れ。
店主はぶんぶんと頭を上下に振る。
「みなさん誰だって知ってるです。これ魔の力凝縮石──魔石です。ですがこれほどの大きさに純度……間違いなく上級クラスのデーモンのもの。これだけで家何軒買えるですよ」
「マジですなのか!?」
「ふっふ~ん。まあ、あたしはそこそこ経験を積んだ冒険者だし? それくらい手に入れることができて当然よ」
「すみませんです! お客様の方々! これから明日のこの時間まで、このお二方の貸し切りなった! 本当に申し訳ないですが、店から出てけ!」
家を何軒も買えるお宝が手に入るチャンスなのだ。店主が最低の対応をしてしまうのも仕方ない。当然、他の客からすれば迷惑でしかないため、そこら中から罵声と怒声があがる。
「おい、イブ。こんなことしたら客からフルボッコにされるぞ」
「あたしは大丈夫」
「誰がお前の心配してるか! 俺がフルボッコにされるっつってんの!」
「だったらあたしが全員の相手するよ」
イブが腰にくくりつけてある剣の柄に手をかけた。
俺の顔から血の気が引く。
「待て待て! 俺に考えがある!」
「何さ?」
「んんッ」
と俺は咳払いした後、
「食事中の皆さん方! 俺たち別に皆さん、出て行ってほしい違う! ただテーブル一つ開けてほしい、食事したいだけ! またこうして一緒なった何かの縁! 皆さん方のお代、全て俺たち払う! 好きなだけ飲む、食べるしてください!」
俺は後ろを振り返り、
「今並んでいる方たちの皆さんもお代払うします!」
俺の言葉を聞いた客たちは歓声をあげた。
俺は店主に向き直り、
「そういうことなのです、他の客追い出す必要ありません。それから、彼らの食事代全て俺たち」
「ああ! 私お客様追い出す心痛む、店の評判落ちる! あなたのご厚意、感謝します! どうぞお好きなだけご注文ください! もちろん、皆さまも!」
「イエエエエエ!」
客たちが一斉に拳を突き上げた。どんちゃん騒ぎが始まる。
俺はふぅ~とひと息つき、イブの方を見る。
「おおー」
こんな騒動を引き起こした元凶はパチパチと手を叩きながら、感心したような声をあげていた。
「アダム、面白いことするね」
「いやいや、お前ほどじゃねえよ」
「えへへ、そうかな」
「褒めてねえよ」
俺は深くため息をついた。このイブって女のトラブルメーカーぶりは胃薬がどれだけあっても足りないかもしれない。
店主が店の奥、従業員が休憩や食事で使用する部屋に俺たちを案内する。確かにその部屋ならどれだけ客がいようと関係ない。いつも空席だ。
俺たちは四角い木のテーブルが二つある内の一つに向かい合って腰かける。椅子はテーブルごとに四脚置かれていた。
接客らしき若い女が水の入った木製のコップを二つと何枚かの紙が束ねられたメニューらしきものを持ってきた。
「なあ、アダム」
「なんだ」
「腹減ってる?」
「今ならイギリス料理だって喜んで食べるさ」
「そうか。よっぽど腹減ってるね」
イブはにやりと笑った。悪戯を思いついた子どものような笑みだった。
「注文だ!」
イブが叫ぶと、すぐに若い女が駆け込んできた。
「はい! どうぞ!」
「メニューのここからここまで、全部持ってくるよろしい」
イブがメニューの左斜め上から右斜め下まで人差し指でつうっとなぞる。
若い女はびっくりして声を出すのを忘れていたようだったが、数秒後我に返り、
「は、はい! ただいま!」
と慌ただしく出ていった。
「イブ。お前の今やったやつ、飲食店で一回はやってみたいことナンバーワンのやつじゃん」
「今度はアンタにもやらせてやるよ」
イブは無邪気に笑った。
こうして見るとやっぱり可愛いな、と俺は思った。性格は問題ありだけど。