テーブルにはこれでもかというくらい様々な料理が並び、一つのテーブルでは置ききれないのでもう一つのテーブルも使ってイブが注文した料理はようやく並べ終えた。
イブは骨付き肉の骨を持ち、豪快にかじりついている。俺の知っている美少女とはやはりカテゴリーが違うらしい。
俺も何の肉かは分からない肉料理や魚料理、サラダ、スープ、パンをナイフとフォークを使って次々に食べた。空腹は最高の調味料とはよく言ったもので、どの料理も満足のいくうまさだった。
「あたしが色々説明してもいいけど、それよりアダムの質問に答えた方が都合が良いだろ? なんでも質問ウェルカム!」
イブは食事の手を休めず、そう言った。どうでもいいが、口に物を入れて喋らないという基本的なマナーも身に付いていないのか。俺はイブの両親の顔を見たくなった。
俺は口の中にある物を呑み込んだ。
「じゃあ、まず俺をこんな場所に転移させた物好きは誰だ? それから、転移させた理由は?」
「おっ、いきなり核心を突くね。あたしたちを転移させたヤツは、実は正確には分かってないんだ。転移させた理由も不明」
イブはお手上げと言わんばかりにナイフとフォークを持った両手を頭上にあげる。
──知らないのかよ。
俺はがっかりしたが、口に出しては言わなかった。
それより、イブの微妙な言い回しが気になる。
「正確には分からないってことは、ある程度予想はついてる?」
イブは唇の端を吊り上げた。口には茶色っぽいソースが付いている。
「この町からずっと南に行ったところに、森がある。そこの森の奥に住んでると思われるヤツが、転移させた物好きの最有力候補。あたしら紋章者は『ゲームマスター』って呼んでる。ほら、この世界ってゲームみたいな魔法やらモンスターがいるから」
俺は頭が痛くなった。
紋章者? 魔法? モンスター?
一つ一つ訊き、情報を整理しなければならない。
「ちょっと待ってくれ。紋章者? 異世界人じゃなくて?」
「気付かなかったのかよ。自分の体を見てみな」
俺は座ったまま、自分の体を見る。別段変わったところはない。
イブがいきなり前屈みになり、襟を引っ張って服の中を見せる。全く谷間のない布製の灰色ブラジャーの上部分、鎖骨の辺りに蝶の両羽のような紋様がタトゥーのように淡く刻まれている。
俺もイブ同様、襟を引っ張って自分の服の中を見た。イブと全く同じ紋様が腹に刻まれている。俺はプロサッカー選手でもなければAV男優でもないので、タトゥーを彫ったことなんて生まれてから一度もない。
「ゲートを通った時、その紋章があたしらに刻まれた。そう考えて間違いない」
「ゲームマスターとやらはヤクザかな? 俺たちはいつの間にか構成員にされたわけだ」
「案外悪いもんでもないさ、これは。魔法が使えるようになる」
「魔法!?」
「個体差はあるけどね。大抵はこの世界の住人より高い魔力適性を得る。そのせいか、紋章狩りなんて言って紋章者を殺して皮を剥ぎ、自分に貼り付けるヤツまで出てくる始末さ」
「……恐ろしい話だな。ところで、魔法を使うためにはどうすればいいんだ?」
「魔法には基本的に三種類ある。魔力だけの魔法と、呪文と魔力さえあればいい魔法と、呪文と魔法陣と魔力が必要な魔法。例外で何かしらの供物が必要だったり、対象に対して手順が必要だったりするけど、説明すると長いし面倒くさいから、今はしない。いいね?」
「オッケー。つまり、呪文さえ覚えれば、俺も魔法が使えるわけだ」
俺は興奮しているのを自覚した。自覚しても抑えられない。どんな魔法が使えるのかと、俺はそればかりを考えていた。
イブが意地の悪い笑みを浮かべた。
「一つ、呪文を今から教えるよ。照明魔法。呪文はライト。しっかり光のイメージを頭に浮かべ、意識を集中させて唱えるんだ」
「ライト」
俺は光る玉を頭に思い描き、意識を全身に集中させる。
呪文を唱えると、体が一瞬熱くなり、右手の平から光球が現れた。
「は、はははははは……」
俺は笑った。この非現実のような世界が現実であることを実感し、笑うしかなかった。
イブが口笛を吹く。
「筋良いじゃん。けど、残念だな。魔法型か。面白いものが見られるかもと期待したのに」
「魔法型?」
「どうやら二種類の傾向に分かれるみたいなんだよ。魔法型と肉体型に。魔法型はその名の通り、魔法を使用するのに長けている。呪文やら魔力以外の何かが必要な魔法が得意で、魔力だけの魔法は不得意。そっちの場合、あまり効果は期待できない。
肉体型は魔力だけの魔法は得意だけど、魔力以外の何かが必要な魔法は苦手。使えなくもないけど、多大な負担を強いられる」
「……ちょっと待て。もし俺が魔法型じゃなくて肉体型だったら、今頃どうなってた?」
「反復横跳びをインターバル無しで三十セットやった後みたいな顔になってたね」
「畜生が! なんで事前に教えなかった!?」
俺は頭に来て怒鳴った。
怒鳴られても、イブは悪びれずに、むしろ俺の反応を楽しむような笑みになる。
「悶え苦しむところが見たかったから」
「イブくん! せめてオブラートに包んで発言しよう! 俺の心がブレイクしてしまうぞ!」
「あたしは悶え苦しんだのに、アンタは苦しまないなんて不公平じゃん。あと、心ブレイクするとこ見せて」
「頭イカれてんのか!?」
俺は出した光球を八つ当たり気味に殴った。
光球は壁に飛んでいき、壁に貼り付く。
室内は真昼のように明るくなった。
思わず立ち上がっていた俺は深く息をし、ドカッと椅子に腰を下ろす。
イブは平然と食事を再開していた。
「……で、モンスターってのは?」
「本とか、映画とかにでてくるような、凶悪な生物、ドラゴン、死霊とか、そんな感じの奴らの総称。この世界の住人は『デーモン』って呼んでるけどね」
「魔法にモンスター……ハリー・ポッターの登場人物になった気分だ。マジックアイテムはあるかい?」
「マジックアイテムが魔法付与された道具という意味ならあるよ」
「パーフェクトじゃないか!」
これで俺も魔法使いだわーい! ってアホか!
本格的に死の危険を感じ取り、俺の心に恐怖が宿った。身震いする。
それでも、この場から逃げようとは思わなかった。
そんな俺を、イブは興味深そうに見ている。
「この状況で笑みを浮かべるなんて、やっぱりアンタ変わってるね」
俺はハッとして、自分の顔を右手で触れた。笑ってた? 俺が? 適当なこと言いやがる。
──俺は普通だ。
そう言いたくなったが、止めた。
俺は目の前の料理を片付ける仕事に戻った。