二人して山のような料理をガツガツ食べていると、さっき接客に来た若い女が廊下をうろうろしていた。
イブはぱたぱたと若い女に向かって手を振る。
「どうかした?」
「あ、いえ、休憩時間になったのですが、休憩する場所が無くて……」
「じゃあ、そこの空いてるテーブル使って。テーブルの料理は好きに食べていいから」
「ありがとうございます! お言葉に甘えさせてもらいます!」
そう言うと、若い女は俺とイブの間の椅子に背を向けて座った。
輝くような金髪に青の瞳。整った顔をしているが、鼻の周りにあるそばかすが彼女の整った顔に影を作っていた。だが不思議なことに、そのそばかすというマイナスポイントが逆に彼女から愛嬌のようなものを感じさせ、気軽に話しかけられる雰囲気がある。それに、胸はイブとは比べものにならないほど豊満。しかし腰はきゅっとしていて、思わず二度見してしまうような見事なスタイルだ。
それから三人で食事を続けた。
五分後、若い女は俺たちのテーブルの椅子に移動し、食事を再開した。
俺と目が合うと、女は愛想よく微笑む。俺は照れくさくなって視線を逸らした。
「わたし、リアって言うの。お兄さんの名前は?」
「俺の名はアダム。そっちの色気のない女はイブ」
「誰の色気が無いって?」
イブが木製のコップを投げ、俺の頭にぶつけた。木製だが普通に痛かったので、俺は頭を押さえて何度もさすった。
リアはクスクスと楽し気に笑っている。
「みんなの食事を奢るなんて、お兄さん粋なことするねえ」
「いやいや、普通だよ。それに、そもそもイブがいたからそういうことができたんだし、イブのおかげさ」
「みんなに奢りますって言った時のお兄さんの顔、カッコ良かったよ」
リアが俺の方に体を寄せ、豊満な胸を押しつけてくる。目は潤んでぽおーっとしていた。
ん? と俺は思った。
俺はイケメンでもなければ、美少年でもない。女にモテるタイプじゃないのだ。
もしこの店がキャバクラのような、女の子がボディタッチを当たり前のようにしてくる店なら、純粋に女の子とのボディコミュニケーションを楽しんだだろうが、この店はただの飲食店。そんなサービスは無いはずだ。
だから俺は嬉しいという気持ちより、警戒心の方が強くなった。
さりげなくリアを俺の体から引き離す。
「いや~、お姉さんみたいな可愛い子に言われると照れるな~」
俺はとりあえず褒め返しをして、無難にこの場を乗り切ろうと考えた。
リアは満面の笑みになり、
「やだ~、可愛いだなんてお兄さんやだ~」
とより体を俺に密着させてきた。
俺が助けを求めようとイブを見ると、イブはニヤニヤしていた。
「ユー、ヤっちまいなよ。男はモンモンウジウジしてるより、ムラムライライラしてる方が良いとあたしは思うぜ? それとも、まだ童貞?」
「童貞で悪いか! 初めては好きな人とって決めてんだよ!」
もちろん嘘だが。
「乙女か!」
とイブがツッコミを入れた。
「ドーテー?」
リアが首を傾げて呟いた。
「一度も『まぐわい』をしたことない男のことだよ」
イブがご丁寧に童貞の解説をリアにした。ファック!
リアはポッと顔を赤らめ、伏し目がちになりながらもチラチラと俺の顔を見る。
「わたしは、その、一度もまぐわってない人でも、全然……」
俺は言い知れない不安感のようなものを感じた。
だが、極めて残念なことに、俺の股間の宝剣(未使用)は「オッケイ!」と言わんばかりに鞘を抜き払い、臨戦態勢になっている。オッケイ! じゃねえよクソが。早く鞘にしまえ。
え? 何故宝剣なのかって? それは俺が包茎だからさ。包茎だけに宝剣ってね。死ねよボケが。全然上手くねえんだよ。
ちなみに、包茎の男性は仮性を含めると七割以上と言われている。つまりズル剥けの方がマイノリティ。包茎こそマジョリティーであるのは疑いようのない事実であり、スタンダードなのだ。また生物学的に見ても、性器が皮に包まれ保護されているのは自然である。包茎こそ正義! 性器だけに! ……っとに今の俺の心理状態は最悪だな。
「ほらお兄さん、飲んで」
リアが小麦色に輝く液体が入った木製のコップを渡してきた。
ひと口飲んでみると、苦味の強いビールのような味がした。
「これは酒?」
「エールよ。ほらほら、飲んで飲んで」
リアはイブにもエールの入ったコップを渡した。
俺はイブの反応を窺う。どう見てもイブは十代に見えたからだ。
イブはコップを受け取ると、俺の予想に反してコップのエールを一気に飲み干し、空になったコップを俺の方に向けて笑い声をあげた。
「レディに年齢を尋ねるのは失礼だと承知しているんだけど、イブって何歳?」
「二十三」
「十代にしか見えなかった」
「よく言われる」
俺はエールを一気飲みせず、ちびちびと飲む。
「イブさん。さあさあ、もっとどうぞ」
「ありがと」
リアはイブのコップに瓶でエールを注いだ。
そうしていると、客席の方からたくさんの人たちが一様にエール瓶を一本持って現れ、柔和な笑みを浮かべながら俺たちに近付いてくる。
「いや~、今日あんたらと出会えて良かった! 夕食ごちそうさま! まだまだ夜は長い! お互いもっとこの一時を楽しみましょう!」
「そうだ! あんたら最高だぜ! 何か困ったことがあったら俺に言いな! 力になってやるよ!」
「もっと酒を飲んで騒いで踊ろう! 今日という日に感謝し、時を忘れて楽しもう!」
それからは代わる代わるコップにエールを注がれ、トイレで指を口に突っ込んで吐き、それからまたテーブルの食事を食べた。何故そんなことをしたかと言えば、酔ったように見せかけるためだ。
正直に言えば、俺はただ口を付けるだけであまりエールを飲まなかった。勢いよくエールを飲む振りをして、コップの中身のほとんどを首元から下にこぼした。
こんな得体の知れないところで酔い潰れるなんて冗談じゃない。それが俺の本音だった。たとえそれが好意であったとしても、俺は拒絶を選んだ。
それでもそれなりにエールは飲んだから、足がふらつく程度には酔ってしまった。
いつの間にか店内にはノリの良い音楽が流れていた。こういう店は音楽を演奏する人を数人雇っているのが普通らしく、店の隅で様々な楽器を使って演奏していた。
リアが俺の腕をとる。
「お兄さん、一緒に踊ろ? 踊り方教えるから」
「あ、俺が最近この世界に来た人間って知ってたんだ?」
そう俺が訊くと、リアは笑った。
「お兄さん、有名人なんですよ。昼に来たお客さんが口々に言ってたもの。『裸の女が描かれている物を持って落ちてきた奴は前代未聞』だって」
もし周りに人がいなかったら、今頃俺は「ふぇえええ!」と泣いているだろう。それくらい恥ずかしかった。
「わたしはそういうの、気にしないので。お兄さんのこと、別に気持ち悪いとか思ってないですから」
リアはまるで聖母のような笑みを浮かべた。言葉のナイフってのは悪意をもって刺されるより善意をもって刺された方が痛いんだなと、俺は痛感した。
それからリアに踊り方を教えてもらいながら、他の客たちと一緒に踊った。どうやらダンスはこの世界の数少ない娯楽の一つのようだった。俺はダンスは好きだし今でも暇な時はダンスを踊るから、この一時は純粋に楽しかった。
踊り終えると、イブのところに戻ってきた。
イブは未だに客たちにエールを代わる代わる注がれていて、注がれたエールを全て馬鹿正直に飲み干していた。顔は赤くなり、眼の焦点も定まっておらず、まるでそういう機械になってしまったかのように笑い続けていた。
──こいつには危機意識とか警戒心とかないのか?
こんな場所で酔い潰れて万が一何かあったらどうするのか、イブはちゃんと考えているのだろうか? 見知らぬ地は疑心暗鬼になって慎重に行動するくらいがちょうど良い。
イブは虚ろな瞳をしつつも笑っているアブない人間になっていた。
周りの客たちを虫でも追い払うようにしっしっと手を振って部屋から追い出すと、イブは俺の右腕に抱きついた。
「なぁ~、アダム~、そろそろ行こうぜ~」
「……行くって、どこに?」
「ラ・ブ・ホ」
「はあ!?」
「あはははは! 冗談だって! ラブホなんてあるわけないじゃん! あたしの泊まってる宿だよ。や~ど! あはははは!」
「もしかして同室?」
「ったり前じゃん! なんで二人寝れる部屋なのにもう一部屋借りなきゃなんないんだよお。お金がもったいないだろお?」
それを言うなら家何軒も買えるようなお宝を飲食店の一日貸切に使ったのはどうなのよ? と俺は思ったが、口には出さなかった。
イブの寝込みを襲おうなんて微塵も考えてないし、野宿じゃなくてしっかりしたベッドで寝れるなら、誰と一緒だって天国だ。
俺はずっと付いてきていたリアに別れを言い、イブの右腕を肩に回してイブを引き摺るように店を出た。イブは酒を飲みすぎて一人で立てなくなっていたからだ。ほんと何やってんだよ。