イブを抱えながら、大通りらしき人通りの多い道を歩く。もう夜中で明かりも松明が所々あるくらいしかないのに、それなりに人はいた。
イブは意識は失っておらず、
「あっち」
とか、
「こっち」
とか指をさして宿までの道案内をしてくれた。
歩いている最中、イブが突然体をくねらせる。
「あっ、ちょっ、今胸触ったでしょ!? んっ、宿まで我慢してッ」
そう喘ぎ声混じりにイブが言ってきた。
美少女にこう言われたら、どんな男も自分の宝剣を輝かせて抜く機会を窺うだろう。ちなみにズル剥けの奴は宝剣じゃねえからな。
それで、俺はと言うと、昼間から驚きの連続で肉体的にも精神的にも結構疲れていて、そんな中イブの考え無しのせいでイブを運ぶ羽目になり、そのイブが大剣やら剣やら短剣やら多く物を持っているせいで重くてイライラがクライマックスになっていたので、
「は?」
と真顔で返した。ちょっと殺気も込めていた気がする。主観を徹底的に排し、極めて客観的になったうえで、
──こいつ泡吹いて倒れねえかな。
と思った。
「そもそもどこが胸か分かんねえよ」
「あはははは! 死ね」
イブが光の早さで俺の側頭部を殴った。当然俺は倒れ、一人で立てないイブも倒れた。
そんなコントみたいなアホなことを何回かやりつつ、俺は着実に宿までの距離を縮めていた。
俺はさりげなく後ろに視線を送る。
屈強な男が四人、それぞれ槍や剣を装備して離れたところを歩いていた。得物は手に持っていないが、何かあればすぐ得物を持てるところに手を置いている。
こちらが足を止めると、四人の男の一人がどこか指さして足を止め、四人で会話を始める。一度なら偶然かもしれないが、すでに四度。
──やっぱつけられてるよなあ。
俺は正面に視線を戻すとため息をついた。
そりゃポンと何軒も家を買えるようなお宝出したら、もっと良い宝をいっぱい持ってるんじゃないかと考えるのは普通で、力ずくで奪おうと考える奴が出てきてもおかしくはない。
それに後ろからつけてくる連中は俺たちに酒を積極的に勧めてきた客たちの中にいた。これはもう窃盗を考えて酒を勧めていたと結論付けていい。
──どうすっかな……。俺は魔法が使えると言ってもまだ照明魔法しか使えないし、武器も無い。武器があったところで武器の扱いなんてしたことないから、あの四人に瞬殺される。これはもうイブの所持品全部差し出すしかないか……。
何もできずに言うことを聞くのは屈辱だが、命まで失わないためには仕方ない選択だ。
「おい、イブ」
俺は小声で言った。
イブは蕩け切った目で俺の方を見る。
「何? もしかして我慢できなくなった? 最初から素直になれば良いのに~」
「とりあえず一回死んでまともな頭に生まれ直してこい」
「は? あたしはまともだろ?」
「ああ、まともだよ。お前ほどまともな頭した奴は他にいねえよ。それはそれとして、後ろから明らかに『これからあなたを襲います』って感じの連中がつけてきてんだよ」
「……へぇ……」
イブはさりげなく視線を後ろに向けた。
後ろの四人を認めたらしく、視線が俺に戻ってきた時には肉食獣のような獰猛な笑みになっていた。
「あはは、ほんとに笑える話だよ、これは。後ろの奴ら、頭イってんぜ?」
「何が?」
頭イってんのはお前の方だし、後ろの奴らのやり方はともかく思考回路は極めて正常だと思っている俺はイブが何言ってるのか理解できなかった。日本語っぽく聞こえるけど他の言語の空耳かな? と疑ったくらいだ。
「宿はあっち」
イブが指をさし、道案内を再開した。
とりあえず襲ってくるまではこうして宿まで歩くらしい。後ろの連中の本当の狙いは、宿の場所を知って宿に置いてある荷物まで全部奪うつもりかもしれないと俺は考えたが、どちらにせよ選択肢は無い。ここで襲われて宿まで案内しろと言われたところで拒否なんてできないのだから。ならば、成り行きに任せるしかない。
襲われないのはきっと周りに人がまだいるせいだろう。人がいなくなったら即襲いかかってくるはずだ。
さて、イブの指示通り進んでいくと、今までと違いどんどん人気の少ないところに来ていた。もうイブが故意に人気のない場所に誘導したとしか思えず、俺は困惑した視線をイブに送った。
もはや周囲には後ろからつけてきている男四人だけで、その場所も家の高い塀に囲まれていて賑やかな通りからは決して見えない場所だった。つまり、ここで何が起きても助けが来る確率は極めて低い。
「さて……」
イブの体が高熱でも出たように熱くなった。
俺は驚き、抱えていたイブの腕をほどいた。ほどき、我に返る。イブが倒れてしまう!
が、イブは倒れなかった。それどころか、赤くなっていた顔は元の顔色になり、焦点の定まっていなかった瞳は力を取り戻し、ふらついていた体は大木のごとく固定されていた。まるで酔いがどこかに吹っ飛んでしまったようだ。
俺は後ろを振り返る。
四人の屈強な男たちがそれぞれ得物を手に走って近付いてきていた。強盗をするつもりだ。
そこからは一瞬だった。
イブが一瞬で先頭を走る男の前に移動し、首に短剣を突き刺した。
時間が止まった。俺も、他の男三人も、一体何が起こったか分からないという顔をしてイブを見ていた。
その頃には男の首から短剣は抜かれ、血飛沫が塀一面に斑模様を描き、イブは別の男の首を短剣で切り裂いていた。イブは短剣を両手に持っていると、この時気付いた。
息をつく暇もない、殺戮劇。
槍を構えた男が高速の突きをイブの横から繰り出すと、イブは身をひねってかわした。そこから相手が槍を横に薙いで柄の部分でイブを叩こうとするが、イブは頭を下げてかわしつつ前進し、槍を持つ男の胸に一突き、すかさず頭に一突きし、男は血を噴き出しながら仰向けで倒れる。
「……う、うわぁぁあああ……」
最後に残った一人が情けない声を出して一目散に逃げた。イブはまるでバッタのように高く跳躍し、逃げている男の背中に飛び乗り、そのまま短剣を持つ右腕を振り上げ、上から真っ直ぐ首を貫いた。
うつ伏せに倒れていく男を踏みつけながら、イブは俺の方に歩いてくる。
イブは途中に倒れている男の近くでしゃがんだ。血に染まった二本の短剣を男の服で丁寧に拭き取り始めた。
「な、こいつら頭イってただろ?」
「…………は?」
目の前の光景に衝撃を受けていた俺は、かろうじて一言だけ声を発することができた。
俺の眼前にはまるでそういうアートがあるかのように塀も、地面も血に染められていた。どこからか不良少年が現れ、『びっくりしたっすか? これペンキなんすよ』と得意気に笑ってくれたらどれだけホッとするか。
だが、これは現実で起きた殺人劇だ。
「考えてもみなよ。こいつらじゃ手に入らない物をあたしが持ってるってことは、どう考えてもあたしの方が強いわけじゃん。そんな簡単な理屈も分からず強盗しようなんて、頭イってるとしか考えられないって」
「……ていうか、イブ。お前、泥酔してたんじゃ……」
「泥酔なんて軽い状態異常じゃん。魔力だけの魔法で回復余裕よ」
「……お前……マジか……」
このマジかには色んな意味が含まれていた。
泥酔を回復できる魔法を使えること。平然と四人の男を殺したこと。いつでも泥酔から回復できたにも関わらず、ここまで運ばせたこと。しかも結構重い。
「なんで店出てすぐ回復しなかった?」
「あんたの苦しむところが見たかったから」
「畜生が!」
そこで、ひっという女の声が聞こえた。