乙骨憂奈は愛してる   作:I@an

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乙骨憂奈の事情

 

 

 

3.五条家に押し入る

 

「まず呪術師について説明しよう。」

憂奈達はハルカを病院に送った後、憂奈の家に来ていた。怪しげな男、五条悟も一緒だ。五条は憂奈のベッドにどっかり腰をかける。

「でもその前に、君のご主人様を表に出してくれないかな」

「ご主人様じゃないわ。親友よ」

里香が不機嫌に言う。里香はこんな男を家に連れてきたくなかった。しかし、この男の強さが本物であるということは本能から察せられたし、どうにか隙をみて逃げられないものかと様子を伺っていたがそんなものは無く、抗議の言葉はのらくらとかわされ、いつの間にか家に押し入られてしまった。

「話なら私が聞く。憂奈も中で聞いてるから問題ないでしょう」

「うーん、僕ってそんなに信用ないかな。そのユウナちゃんの今後にも関わることだから直接話したいんだけど。

絶対に傷つけたりしないからさ。なんなら縛りを結んでもいい」

「縛り?」

「あれ?知らない?こうやって……」

五条が里香(憂奈)の手に触れようとした。

その時、里香の意識がぐるりと回る。

「里香ちゃんに何かするつもりですか!?」

憂奈が意識の表に出てきた。

「ビックリした。体の主導権って君にあるんだね」

「そりゃあ、私の体ですし……」

「ふーん。まあいいや。君が表に出てきてくれたから、やっと話ができる」

 

憂奈は自分の部屋だというのに落ち着かない気持ちだった。いかんせんこの五条という男、嵩張るのだ。高身長で体つきもがっしりしている。更には全身黒づくめ。六畳の部屋が五条悟という男の雰囲気に支配されているようだ。居心地の悪そうな憂奈を気にも留めず五条は呪術師について説明を始めた。

曰く、この世には呪い―呪霊と呼ばれるものがいる。呪霊とは恨みや後悔、恥辱など、人間の身体から流れた負の感情が具現し意思をもった異形の存在である。

曰く、呪術師とは呪術を用いて呪霊を祓う人間のことである。その歴史は古く、千年以上前から現代に至るまで人々の平穏を守るために暗躍している。

そして目の前にいる男、五条悟こそが呪術師の中で最強……らしい。

「じゃあ、次は君の話だ」

五条は憂奈に人差し指を突きつけた。

「君と、君の中にいる彼女の話……聞かせてくれる?」

憂奈は腹の前で手を組んだ。これは不安な時の憂奈の癖だった。中にいる里香に、勇気をもらう為の儀式である。

「私が変わろうか?」

と里香が言う。憂奈は首を横に振った。

「ううん、大丈夫。ちゃんと説明できるよ」

憂奈は一つ深呼吸した。

「……私の中にいる彼女は、祈本里香といいます。

6年前に交通事故で亡くなった、私の親友です」

 

 

乙骨憂奈には世界一大好きな女の子がいる。

 

幼少期の憂奈は、非常におっとりした少女だった。

自分から能動的に行動することがなく、他人に言われるがまま生きていた。小学校に入ってからもそれは変わらなかった。一度見知らぬ男に何処かへ連れて行かれそうになったことがあるが、その時もぼんやりと握られた右手を眺めているだけだった。目撃していた同級生が防犯ブザーを鳴らしてくれなかったら、憂奈は無事ではなかったかもしれない。

憂奈が小学5年生の時、肺炎を患って入院したことがある。

そこで憂奈は運命に出会ったのだ。

 

白いベッドの上でうつくしい少女が青空を背負って笑った。

そして世界が色付いた。

 

乙骨憂奈の人生はそこから始まったのだ。

運命の名前は、祈本里香といった。

憂奈と里香はすぐに互いの一番になった。退院した後も時間を見つけては毎日遊んでいた。

こんなに綺麗で可愛い女の子が友達だなんて夢みたい!

憂奈の毎日は輝いていた。

ある日、いつも遊ぶ公園で里香は言った。

「こんなに仲の良くなった友達は憂奈が初めて。私、憂奈のこと親友だと思ってるわ。憂奈は?」

親友!友達よりも特別なカンケイ!

里香ちゃんと私が親友……。

憂奈は自分の頬がぽっと熱くなるのを感じた。

「私も、私も、里香ちゃん以上の友達はいないから、里香ちゃんは親友だよ……」

そう言った憂奈を里香は嬉しそうに見つめた。

「ホント?嬉しい!」

綺麗に笑う里香を見て、憂奈は一層顔を赤くした。

里香ちゃんは親友。世界一好きな人。

翌日、公園にやってきた里香は、高級そうな小さな箱を持っていた。

「里香ちゃん、それなあに?」

寄ってきた憂奈に、里香は箱の中を見せた。

中に入っていたのは、2つの指輪だった。シルバーの輝きはオモチャではないホンモノの輝きを放っていた。

「わあ!この指輪どうしたの?」

「これはね、私と憂奈の指輪よ」

里香は小さい方の指輪を取り出すと、憂奈の左手の薬指に嵌めた。

「親友の証」

優しい顔で憂奈の薬指を撫でた里香は、いつもよりオトナっぽい雰囲気だった。伏せた睫毛が日の光にあたってキラキラしている。憂奈は思わず見入ってしまった。

「でも里香ちゃん。左手の薬指は結婚した人の指輪をつけるんだよ」

里香は憂奈の左手に指を絡めた。濡れた双眸が憂奈を見つめる。

「私達は親友でしょう。親友は、友達よりも特別だもの。結婚する人と同じくらい特別なんだから、左手の薬指に指輪をはめたっていいの。」

シルバーのリングは子供の指には大きく、不安定に揺れていた。「おっきかったね」と言って里香が笑う。

「憂奈が大きくなって結婚するまで、左手の薬指(ここ)は私にちょうだい」

「えー里香ちゃんより好きな人出来るかなあ」

憂奈がそういうと、里香はキョトンとした。その後頬を染めてクスクス笑った。里香が憂奈を抱き寄せる。憂奈はその背に腕をまわした。触れた箇所の体温が一つになる。里香ちゃんの匂いがする。

それは完璧で幸福な昼下がりの出来事だった。

 

 

二人の蜜月の日々は憂奈の肺炎がぶり返し、再び入院したことで幕を閉じた。里香は当初お見舞いに訪れていたが、ある時からパタリと来なくなってしまった。里香ちゃんに嫌われてしまったのだろうか。私よりも仲の良い親友が出来てしまったのだろうか。不安は尽きず、そのせいか肺炎もなかなか良くならなかった。憂奈が退院したのは入院から3ヶ月経った頃だった。

退院後、里香といつも遊んでいた公園に行こうと支度をしていた。里香がお見舞いに訪れて以降、里香とは会っていない。あの公園に行けば里香と会えるかもしれない。そんな期待を胸に家を出ようとした時、母から呼び止められた。

「あのね、憂奈。落ち着いて聞いてほしいんだけどね」

里香ちゃんは交通事故にあって天国へ行ってしまったの。

 

「……え?」

 

里香は憂奈のお見舞いに行く途中で車に轢かれて死んでしまったらしい。憂奈の記憶の里香はこんなにも生き生きとしているのに、遺体は焼かれ灰となり、骨だけが冷たい墓場に埋まっているという。よく、わからない。

里香ちゃんがいないのに、今日も学校はあって授業が始まって休み時間にみんな遊んで笑っている。

世界には里香ちゃんのことを知らなくて、里香ちゃんが死んだことも知らない人がいる。それが不思議で不気味だった。

思えば彼女と一緒にいた時間はいつも幸せで、夢だったのではないかという気さえした。思い出は美しく、罪悪の味がするのだ。

憂奈はすっかり塞ぎ込んでしまった。学校にも行かず、自分の部屋のベッドで丸くなっていた。朝も昼も夜も里香がいなければ意味が無かった。生きていく意味が無かった。半ば廃人と化した娘に母は泣いていた。それすら憂奈の心を動かさない。憂奈は全てを拒絶するように、瞼を閉じた。

 

 

「憂奈、憂奈!」

眠る私を起こす声がする。その可愛らしい声が誰のものかなんてわかっている。だから今目を開けてもどうせ夢の中にいるのだ。

「もう!憂奈ったら!」

ぱちんと頬を挟まれた。その衝撃で思わず目を開けた。私の上に跨っているのはやはり里香ちゃんだった。もう日が昇っていて、カーテンを閉めていても部屋の中は明るい。里香ちゃんの体は透けているなんてこともなく、腹に感じる重さもあった。

里香ちゃんがいる。白い肌。濡れた双眸。けぶる睫毛。口元の黒子。品のある青いワンピース。どれをとっても私の知っている里香ちゃんだった。

「こんなの夢だよ……」

「そうだよ、これは夢。でも、此処にいる私は本当よ」

「わかんないよ……」

怖くて震える私を、里香ちゃんが抱き締めた。

「憂奈が私のこと呼ぶから、戻ってきたんだよ。

ねえ、私がいなくなってさみしかった?」

私は里香ちゃんの背中に縋り付いた。

「さみしいよぉ……」

「うん。私もさみしかったよ……でも、これからはずっと一緒。憂奈の体を貸してね。憂奈の中にいれば、憂奈が死ぬまでずっと一緒にいられるから」

「うん……うん……ずっと一緒にいよう」

「約束」

里香ちゃんの顔が近づく。唇に柔らかい熱が触れた。

目が覚める。一度瞬きをする。目尻から涙が伝う。今度こそ現実だ。

「里香ちゃん」

「なあに」

私の中から声がする。夢じゃない。夢じゃなかったんだ。視界がますます歪む。涙が溢れ嗚咽が漏れる。

「もう、泣き虫ね」

優しい里香ちゃん。私のために天国からが戻ってきてくれたんだ。

 

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