5.選択
「里香ちゃんは私のために天国からが戻ってきてくれたんです」
憂奈は自身の話をそう締めくくった。
「やっとおわった〜?君って意外とお喋りなんだね」
五条はよっこらせとベッドから体を起こした。
里香との出会いから憂奈の中にいるようになった経緯を話し終えた頃にはすっかり空が白んでいた。
五条は話の序盤で涅槃のポーズになっていた。目が包帯で隠れているので寝てるのか起きてるのかイマイチわからなかったが、「へー」とか「ふーん」とか言っていたので一応起きていたのだろう。
そんな五条の態度など気にも留めず、憂奈は喋り倒した。
いかんせん里香について話せる機会がないのだ。例えば友達に「6年前死んだ親友が今も一緒にいるんだ」なんて言ったら頭(あるいは心)の病気を心配をされるだろう。事情を知っている家族に至っては里香の話題は禁句になっている。
里香について語りたいという思いが募って6年分。
一夜語り通したその姿は推しを語るオタクそのものだった。
当初、憂奈が辛い思いをするのではないかと心配していた里香もこれにはニッコリ。
遠足の話をする幼児を相手にするが如く、憂奈の話を聞いていた。
五条は欠伸をして言った。
「君達のことは大体わかったよ。つまり君の友達の祈本里香はLOVEなぱわーで呪霊になって君に取り憑いている。君は里香に呪われているけど満更でもないってわけね」
「まあそんな感じです……」
憂奈は苦笑した。
「見たところ里香の力は強大だ。振る舞いは理性的で憂奈に害を為さなければ無害であることも理解できた。だけど、このまま今まで通り放置って訳にもいかない。里香ほど強力な呪霊は通常こちらで監視及び管理が必要になる。まあウチの上層部腐ってるから、このままだと憂奈、里香と一緒に死刑宣告されちゃうよ」
「え、死刑!?なんでですか!」
憂奈は叫び声をあげた。何も悪いことをしていないのに、死刑だなんて冗談ではない。
「上層部は皆頭が硬くて保守的な老害ばっかだからね。里香を祓うために被呪者である憂奈を殺そうとするだろう。疑わしきは罰する的な。要するにビビってるんだよ強力な呪霊にさ。情けない話だけど。
そんな上の連中を納得させるには、憂奈が里香を制御できるということを証明しなければならない。だからさ、」
五条は憂奈にずいと近づいた。吐息がかかる距離に、五条の包帯で覆われた目元がある。
「乙骨憂奈、君を呪術師にスカウトしたい」
呪術師―呪術を用いて呪霊を祓い、日夜暗躍する影の立役者。そんな人に、
「私が……?」
このままでは里香と共に殺されてしまうらしいということはわかった。殺されないために強い呪術師になる必要があることもわかった。
憂奈は今日まで戦いとは無縁の生活をしてきた。呪霊となった里香と一緒に6年間いたとはいえ、呪霊については知らないことが多い。今日廃病院で呪霊を祓ったのは里香であるし、自分が呪術師になって戦う姿なんて想像出来なかった。だが、憂奈には絶対に許せない事があって、そのために答えは決まっていた。
「呪術師は命がけの仕事だ。この場ですぐ決める事は難しいかもしれない」
「やります」
「はや」
「やります。里香ちゃんと一緒にいるために、私、呪術師になります。里香ちゃんが誰かに殺されるなんて、もう二度と御免ですから」
憂奈の瞳には決意が宿っていた。あと憤怒と悔恨と怨嗟と悲哀も。五条は形の良い唇に弧を描く。
「イイねえ、イカれてるね。呪霊と一緒にいるために、呪術師になるなんて。呪術師は晩年人手不足だから、君みたいな才能ある若者が来てくれると助かるよ」
「とは言っても、役に立てるかはわかりませんが……」
「大丈夫さ。僕の目に狂いは無いよ。呪術に関してはちゃあんと教えてあげるから、安心して。僕って呪術師の学校の先生だから」
「えっ」
こんな怪しさ満点で軽薄そうな人が教師とか世も末だな、と憂奈は思った。それが顔に出ていたのか「今失礼な事考えたでしょ」と五条が言う。
「まあとにかく、」
五条は居住まいを正し、憂奈に手を差し伸べた。
「これからよろしくね、憂奈」
憂奈はおずおずとその手を取る。大きく節張った手は少しひんやりとしていて、憂奈にオトナノオトコを感じさせた。
「よろしくお願いします、五条先生」
こうして、乙骨憂奈の呪術師としての人生が幕を開けたのだった。
一晩語り通した憂奈は流石に疲れて眠りについた。今、憂奈の体を動かしているのは里香だ。
「許さないわよ五条悟。憂奈を危険な道に誘ったこと」
刃物の切先のような視線が五条を射抜く。
「確かに僕は道を示した。だが、その道を行くと決めたのは憂奈だ。君は憂奈の決意を否定するのかい」
「お前が道を示さなければ、そこに道があると憂奈が知ることもなかったでしょう」
「死人が今を生きる者の選択に口を挟むなよ」
「殺す」
「冗談。格の違いはわかっているだろう」
実際、亡霊である里香に憂奈の人生に口出しする権利は無い。それがわかっているからこそ、この白い悪魔に恨み言を垂れるしか出来ないのだ。
里香は嘆息した。今の里香ではこの男に勝てない。
「貴方、何が目的なの」
「言っただろう、呪術師は晩年人材不足なのさ。それこそ呪霊の手も借りたいくらいにね」
五条は軽薄な笑みを浮かべた。星の光を集めたような髪が朝日を受けて輝いていた。この男は、怖しく美しい瞬間がある。それは神々しさを感じさせるもので、やはり、魔的だと里香は思うのだ。