風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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蒼と赤・Ⅴ

 

 

 

 

 

 小狼(シャオラ)は周囲を見回した。

 

「狼狽えるな、アイツが見ている」

 

 見張りに残った黒虎が、結界の向こうから不審げに覗いている。

 

 小狼は虎に背を向け、ベッド駆け込んで突っ伏した。

「うわああ――ん、うえええ――ん」

 

 黒虎はやれやれという感じで、入り口から離れてそっぽを向いた。

 

 

「どこ?」

 枕に顔を埋めたまま小声で聞く。

 

「俺様が分身を作れるのは知っているだろ。本体は屋根の上」

 

 耳に手をやると、狼の硬い体毛が数本、指に触れた。

「鴉は?」

「俺様があんな小者に気取られるようなドジを踏むと思ってんのか、お前じゃねぇんだ」

「ごめん……」

「ああ、分かった分かった、今は脱出するのが先だ。草の馬は地下に繋がれていたから、ここを出たら自分で取りに行けよ。俺様は他を引き付けて置いてやる。まったくお前さんが質とか、冗談じゃないからな」

 

「そうじゃない、狼、先にアルカンシラを助けて」

「はあああ!?」

 

 狼が思わず声を上げたので、黒虎がまた覗き込んだ。

 

「ああ――ん、ひっく、ひっく」

 妖精の泣き声で、虎はうっとおしそうに引っ込む。

 

「狼、お願い。私は自分で渦中に飛び込んだ身だけれど、アルは静かに暮らしていた所を巻き込まれたのよ」

「いやいや、あいつ思いっきり間者だったんだろが。テムジンがここに居ても、『放っとけ』って言うぞ」

 

「それは……・・でも助けて。狼の言うこと何でも聞くから。契約してもいい」

「いい加減にしろ!」

 

 妖精の娘ははなだ色の瞳でじっと分身の毛を見つめる。

 ――くそ!

 

「分かったよ、あの娘を外に逃がせばいいだけだな」

「ううん、私の所へ連れて来て」

「は・・」

 また大声を出しそうになって狼は口をつぐんだ。

 あああ、面倒くせえ!

 

「そいじゃ一度で済ませるぞ。あの娘を助けながら騒ぎを起こすから、お前はそれに便乗して自力で脱出してこちらへ来い。出来るな?」

「うん、狼、ありがと……」

「言うな! 俺様はお前に礼を言われるのが、この世で一番大っ嫌いなんだよ!」

 

 赤い毛は妖精の手を離れて、壁の隙間にすぅと消えた。

 

 

 程なくして、大きな破壊音。

 建物全体が激しく揺れる。

 

 

 ***

 

 

「派手ね」

 小狼は呟いてベッドから身を起こした。

 何でだろう、凄く冷静になれた。

 狼が来てくれたお陰? だとしたら何か悔しい。

 

 入口を向くと、黒虎が音のした方を気にしながらも、こちらを凝視している。

 

「何があったのかしら? ね、黒虎さん?」

 

 また破裂音がして、虎はそちらへ顔を向けた。今だ!

 

 ――真空!

 

 素早く唱えて、風の渦を結界の手前に飛ばした。

 油断していた黒虎は真空に引っ張られ、一回転して結界に激突。

 

 虎だってやっぱり痛かろう。唸りながら無茶苦茶に暴れて、入り口周囲の壁を壊してしまった。

 支えの無くなった結界は、急激に収縮して、瓦礫と共に虎を呑み込む。

 

 爪を宙に一掻きして、黒虎は結界と共にプツンと消えた。

 

 後には、都合よく下の階に通じる大穴。

 階下の人間の兵士達が何事かと右往左往している。

 小狼は息を吸い込んで、そのまま大穴に飛び降りた。

 

 

 ***

 

 

 月が煌々と照らす、砦の塔の屋根の上。

 赤い大きなケダモノが、黒髪の少女を咥えてぶら下げている。

 

「助けて、助けてぇ……」

 

 城壁から見上げるのは、墨将(メィジャ)。

「そいつはテムジンの所の戦神(いくさがみ)だ。怒りを買ったな、諦めろ」

 

「嫌ぁあ!」

 

 赤い狼は、アルが監禁されていた部屋をいきなり叩き壊して、何も言わずに彼女を咥えて屋根に飛んだのだ。

 タダで助けてやるもんか。怖い思いの一つもしやがれ!

 

「狼さん」

 ぶら下がりながらアルが小さな声で言った。

「今轟音がした部屋は小狼(シャオラ)がいる所だわ。早く助けに行ってあげて」

 

「…………」

 

「私の事は気の済むようにして。早く小狼を。虎の唸り声もしたわ。お願い早く」

 

 またかよ!

 狼は、自分でも血管が二、三本ブチ切れるのが分かった。

「てめぇら、これ以上俺様に『お願い』すんな! 俺様はそんな何でも聞いてやるような『いいヒト』じゃねぇ!!」

 

 思わず開いてしまった口から、アルの身体が転がり落ちる。

「きゃっ!」

 

 狼は慌てて追い掛けて、屋根の端で取り押さえた。

「危ねぇ危ねぇ……あ」

 

 墨将がワナワナ震えながら見上げている。

「茶番かあ! 謀(たばか)りおって! 行け!」

 陰陽師の影が延びて、白虎が飛び出した。

 

「はぁん? 俺様が娘を庇って自由に闘えないとでも思ったか?」

 狼はアルを掴まえていた前肢をあっさり離して、白虎を迎え撃った。

 

「きゃああ!」

 アルは簡単に屋根から落ちた。

 次の瞬間、蒼の妖精の駆る草の馬が、屋根の下から現れる。首にアルを引っ掛けて。

 

 

 小狼はアルを抱えたまま、屋根の天辺に馬を下ろした。

「狼、ちょっとだけ時間稼いで」

「ヒト使いが荒過ぎるぞ!」

 

 赤い狼は白虎とガッツリ四つに組みながら、陰陽師の方へ飛んだ。

 墨将が慌てて避けた後に、二頭の戦神が絡まって激突する。

 

「小狼(シャオラ)、私、私……」

「時間がないから私の話だけ聞いて」

 小狼はアルをきちんと鞍に座らせて、自分は下馬した。

 

「集落へ帰っては駄目。テムジンの元も、北の都の後宮も駄目。貴女とお腹の子供が戦から逃れて本当に安心出来る場所」

 一旦息を呑み込む。

 故郷を出てから、極力迷惑をかけないようにと縁を絶っていた。

 でもアルと子供を様々な柵(しがらみ)から守って貰えるのは……

 

「蒼の里を目指して。この馬が場所を知っている。私の兄がいるわ。兄様を頼って」

 

「小狼……」

 

 アルに何を言う暇も与えないで、小狼は馬の尻を叩いた。

 振り向いて何か叫ぶ娘を乗せて、草の馬は一気に跳躍した。

 鴉が一斉に飛び立ったが、呪文の効いた馬は彗星のように夜空に消える。

 

 

「もういいのかよ」

 赤い狼が、白虎の首をペッと吐き捨てながら隣に来た。

 城壁では、怒りの陰陽師が黒いオーラを発散させながら、次々と怪しげなモノを召喚している。

 

「うん。後はあいつをやっつける」

 小狼は屋根の天辺で、狼と背中合わせに剣を構えた。

 何処で調達したのか、三本の細剣を腰帯ごとたすき掛けに背負っている。

 

「あれは人間扱いしない方がいいぞ」

「やっぱりそう?」

「掟破りになるとか惑っている余裕はねぇって事だ。・・来るぞ!」

 

 

 ***

 

 

 墨将の放った魑魅魍魎(ちみもうりょう)が空に舞い上がる。

 動物の形をしたモノ、爬虫類の形をしたモノ、よく分からない毛むくじゃらのモノも。

 屋根上の二人の上に影を落として、一斉に襲い掛かる機を伺っている。

 

 しかし狼は、空よりも背後の気配に背筋をザワ付かせた。

「なんだ……?」

 後ろで小狼が呪文を唱えている。

 剣が破邪の術力を吹き込まれてピリピリと震えるのが伝わって来る。

 

「お、おい?」

 声を掛ける前に、妖精は剣を頭上高くに掲げた。

 

 ――破邪!!

 

 術力ではち切れんばかりの剣が、思い切り撃ち下ろされる。

 破邪の光が三勺花火みたいに飛び散った。

 魍魎(もうりょう)どもも大鴉も一気に吹っ飛ぶ。

 

 赤い狼は?

 間一髪、屋根の反対側に張り付いて難を逃れていた。

「阿保ぉお――! 俺様まで祓う気か!」

 

「ご、ごめん」

 妖精の娘が謝る手の中で、剣にピシリとヒビが入り、ホロホロと崩れてしまった。

 

「ああ、やっぱりその辺に転がっていたような剣じゃ、もたないね」

 柄を投げ捨てて小狼は、残りの二本の内太い方を抜いた。

 

 狼は無言で妖精を凝視する。

(何だ? こいつ、いつの間にこんな芸当が出来るようになった?)

 

 赤い狼とて、小狼をまったくの無能者だとは思っていない。

 痩せても枯れても蒼の妖精だ。長の血筋のようだし、太古の術を使う素養はあるのだろう。

 ただ、心身が子供のままなのが枷になっていただけだ。

 

「俺様の背に乗れ」

「いいの?」

「離れて闘って流れ弾に当たっちゃたまらん。ほら奴さん、まだおかわりがあるみたいだぞ」

 

 陰陽師が、もはや人間の声ではない音で呪文を発しながら、ムクムクと妖気を集めている。

 

 小狼は慌てて狼の赤い毛を掴んでよじ登った。炎が上がっているが、以外と熱くはないんだな、と思った。

 

 恐ろしい声の呪文が止まって、一瞬の静寂

 ――ジジジジ、ジジ・・!!!

 

 瞬間、墨壺が破裂したように、真黒な影が広がった。

 空全体が嵐の海のようにうねる。

 墨の波が四方から荒れ狂いながら襲って来る。

 

「振り落とされるなよ!」

 狼は小狼を背に、塔の屋根から跳躍した。

 直後、黒い波が塔の屋根を粉砕した。

 

 

 ***

 

 

 

 黒いうねりを掻い潜って、彼方に二つの光が見えた。

「奴の目だ」

 

 小狼は逆手に持った剣を水平に保ち、片掌(てのひら)を剣の柄尻に押し当てた。

 術力は切っ先に集中する。

 

 うねりが鞭となって飛んで来るが、狼の炎が全て焼き付くした。

 二つの光が怯えの表情を示す。

 

 ――人がそこまで力を持ってはいけない。

 

 狼は戦慄を覚えた。

 どチビの声か これ? 

 背中にいるのは……だ れ だ ??

 

 辺りが眩(まばゆ)い白に満ち、陰陽師の断末魔が空一杯に広がった。

 

 

 

 遠くの山に一条の朝陽が射し、薄い朝焼けの中に赤い狼が浮かんでいる。

 空の墨はきれいさっぱり消えていた。

 

「ああん、また剣が折れちゃった」

 狼が振り向くと、ボロボロになった剣を情けなさそうに見つめる妖精の子供。

 さっきのは…………何だ?

 

 急に周囲の音が耳に入り出した。

 地上でいつの間にか、見慣れた旗色の軍隊が、雀蜂のように城に雪崩れ込んでいる。

 

「おい、白馬の王子様のお出ましだぞ」

 

 

 

 

 

 

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