風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

13 / 39
蒼と赤・Ⅵ

 

 

 

 テムジンはさすがの草原の覇王だ。

 人外達の補佐がなくとも一夜で敵本陣を制圧し、情報を得て、鴉使いの本拠地までたどり着いていた。

 

 小狼は屋根の瓦礫から身を乗り出して、先頭で切り込むテムジンを見た。

 丸一日しか離れていないのに、偉く懐かしく感じる。

 

「行こうぜ、あいつを止めてやらんと、付き合わされている周囲が気の毒だ」

 

 しかし小狼は後退りして、尖塔の瓦礫にすっと立った。

 

「おい?」

「約束。アルを助けて貰う代わりに、何でも言うことを聞くって言ったから」

「あぁん? お前さんが俺様の希望に添える事が出来るとでも思ってんのか。思い上がりも甚(はなは)だしい」

 

「出来る事はあるよ。狼、私がテムジンの前から消えればいいと思っているでしょ」

「…………」

「その方がテムジンを自由に出来るものね」

 

 赤い狼は妖精の娘をマジマジと見た。

 確かに、あの人の皮を被った獅子王がまどろっこしい面を残しているのは、こいつが側に居るせいだ。しかし……

 

「俺様が消えろと言ったら消えるのか?」

 

「うぅん、消えてあげたいけれど、やっぱりそれは出来ない」

 

「だろうな」

 

「代わりに」

 

「…………」

 

「祓ってあげます。テムジンの隣を巡っての決着、今ここで付けてしまいましょう」

 

 妖精の娘は残った一本の剣を抜いた。

 もしも第三者がここに居たら、何でそれが代わりになるんだと、無茶な理屈に呆れるだろう。

 しかし炎の戦神は口を耳まで裂いて楽しげに笑った。

 

「奇遇だな、丁度俺様も、それを望もうと思っていた所だよ!」

 

 狼の首回りから背峰に掛けて、バリバリと炎が燃え上がった。

 先程までとは違う、本気の炎。

 

「勿論タダでは祓わせない、命を賭けろ。サシの命のやり取りだ。蒼の妖精の太古の術とのガチ勝負! ヒャアッハハ、骨の髄まで痺れるぜぇ!」

 

 戦神なのだ。闘う中でしか己を保てない、身体の芯まで戦神(いくさがみ)。

 相手に退いて貰って借りを作っては駄目なのだ。命を張って奪い合わないと。

 

 対して小狼はシンと動かず、静かに剣に呪文を溜め始める。

「狼さ、私のこと戦場に向いていないって言ったよね。ここで躊躇(ためら)うぐらいなら、この先テムジンの役には立てないって事でしょ?」

 

「そういう理屈で構わんよ、どうせ俺様が勝つ。アイツが上がって来ない間にとっとと済ませちまおうぜ」

 赤い狼は妖精と距離を取って、地面スレスレに身を低くした。

 こいつの兄貴の蒼の長は、確かに強そうだったが、特に闘ってみたいとは思わなかった。

 今、目の前にある強さは別の種類だ。背筋がザワ付く、ああ、面白れぇ……

 

 小狼の引きつめていた髪がほどけてオーラと共に舞う。

 狼の炎が更に白熱して辺りを焦がす。

 

 

 

 城下で戦している人間達は、勘の良い者も悪い者も、皆一様に意味不明の鳥肌を立てた。

 テムジンは必死に塔を駆け上がる。

 間違いなく上で、取り返しの付かない事が起きようとしている。

 

 

 小狼の剣が翡翠色に輝いた。

 狼の炎も白から金に変わる。

 双方空(くう)へ飛び、二つの光が上空で交わる。

 

 光の中で、狼はスローモーションのように気付いた。

 妖精の子供が大きくなれないのは、無意識にテムジンとお子様関係を続けていたいからだと思っていた。

 違う。

 この娘を子供のままにして置きたかったのは……折り畳んで自分の手の中に収めて置きたかったのは……テムジンだ!

 テムジンから離れて、初めてこいつは成長し始めたのだ。

 

 狼が垣間見たのは、透明な薄い羽根に包まれた、凜々とした女性の戦神だった。

 

 しかし翡翠の輝きはすぐにしぼんだ。赤い狼の力が勝り、カミソリみたいな牙が妖精の子供の喉元に届く。

 

 

 

 ・・

 ・・・・

 双方の光は消えていた。

 小狼の剣はダラリと下ろされ、狼の牙は喉の直前で止まっている。

 

(なんで、なんでこの牙に力が入らないんだ、俺は!)

 

 妖精の娘は静かに目を開いて、狼からするりと離れて剣を鞘に収めた。

「おあいこね。狼だって私を倒せない癖に」

 

「ほ、本気で来なかったのか? 俺様を試したのか? てめぇ……!」

 

「ううん、そんな怖い事出来る訳ないじゃない。目一杯本気だったのに、貴方の匂いを感じただけで剣の力が消えてしまった。貴方がその気なら、私はそれまでだった」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 

 

 鴉の残党を薙ぎ払いながら、テムジンが城壁に駆け込んで来た。

 

「小狼(シャオラ)――!」

 

 二人はフサリと王の両側に降り立った。

「早かったな、テムジン」

「ご心配をお掛けしました、王」

 テムジンは荒い息を吐きながら、子供のような心細い顔で二人を見比べた。

 

「鴉使いはほぼほぼ魔性だったぜ。まぁ、祓ったのはこいつの破邪の剣だ」

「魔の者と契約し過ぎて人間でなくなった者でした」

 狼が素直に妖精の手柄を報告し、謙遜してアワアワしそうな妖精の娘はスンと落ち着いている。

 テムジンは戸惑いながら双方を見る。

「……アルカンシラは?」

「あいつは」

 

「死にました」

 狼が言うより早く小狼が言葉を被せた。

「死んだと思ってあげてください。二度と王の前に姿を現しません」

 

「何で……」

 

「普通の女の子だからです。いくら人外が見えたって、普通の女の子に貴方の隣は厳しいのです。大鴉に襲われて魔性の陰陽師に苛まれて、二度とそんな場所に戻りたくないと思うのは当たり前だわ」

 

 小狼はポケットに残っていたトルコ石の玉を差し出してテムジンの掌(てのひら)に落とした。

 王はそれを見つめて茫然とする。

 

「護衛しきれなくて申し訳ありませんでした」

 妖精の娘はテムジンに頭を下げながら、その向こうの赤い狼をチラリと見た。

 狼は、チッ、分かったよ、という風に口の端を歪めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 テムジンがアルカンシラを諦めたかどうかは分からない。

 人間の密偵を使って調べさせたかもしれないが、人目からは見えない草の馬で遠くに運ばれた者は、探しようがなかったろう。

 少なくとも人外の二人の前では、彼女の名を口にしなくなった。

 

 

 戦が収束と言っても、土地の一つを越えて先へ進めただけだ。

 廃城をそのまま本国との中継地に据え、王は本来の生業に専念する。

 先の国と使者を送り合い、しばらくは兵を休ませての牽制合戦。

 

 人外の二人も羽根を伸ばす時間だが、テムジンは彼らに変化を感じていた。

 赤い狼は、あれほど鬱陶しがっていた妖精の子供に行き合っても、顔をしかめなくなった。

『どチビ』とも言わなくなったし、冗談めかして『蒼の狼さんよぉ』とか呼んだりしている。

 

 小狼は小狼で、以前は事あるごとに拗ねて逃げ回った物だが、今は多少からかってもニッコリ受け流す。

 

(何があったのか、あの日城壁で)

 

 何だか置いてけぼりのテムジン。

 だから二人が小狼の部屋で話をしているのを、つい足を止めて立ち聞きしてしまう。

 

 

 小狼は囚われていた部屋をそのまま寝室にしていた。

 天涯付きのベッドは気に入っていたのだ。

 床は塞いだが、壁に穴が開いたままなので、声は丸聞こえ。

 

「蒼の妖精ってさぁ、成長すると姿が変わったりするのか?」

「ん――? 術力が付くにつれて髪や瞳の色が濃くなるよ。稀に、術力が凄く高いのに赤ちゃんのままな色のケースもあるらしいけれど」

 

「そうじゃなくて、もっとドドンと大きな変化。例えば羽根が生えるとか」

「羽根ぇ? あはは」

(……やはり目の迷いだったか?)

 

「いるよ、そういう蒼の妖精」

「いるのかよ!」

「ごくごくご――くたまに、肩甲骨の下に小さいヒヨコみたいな羽根を持って生まれる子。百年に一人か二人って感じで、先祖返りだって」

 

「ほぉ、で、そいつは大きくなったら天使になったり、特殊な能力が目覚めたりする訳か?」

「それはないわ」

「ないのかよ!」

 

「育っても羽根は小さいままだし、特に何の効能もないし。それ以前に羽根がある子は虚弱で長生き出来ないって言われていたぐらいで。少なくとも有難がられる物ではなかったと思う」

「…………」

 

 

 二人の会話が他愛も無さげだったので、テムジンも中に入ろうとした。

 

「お前さ、身体を成長させたいか?」

 

 唐突な話題に、壁の向こうの者は足を止める。

 

「勿論よ、どうして?」

「成長を阻害しているモノの正体は分かる。後はお前がそれをどうするかだが」

「本当?」

 

 テムジンも思わず身を乗り出した。自分だって知りたかった事だ。

 

 しかし気配に狼は気付いた。

(立ち聞きかよ、王様!)

 ここで本当の事、『テムジンが、成長する小狼と向き合う事を嫌がっているから』なんて言った日にゃあ、余計にややこしい事になっちまう。

 妖精は目をキラキラさせて続きをまっているし……

 

「お前さん、色恋って奴に興味を持て」

「はぁ? 何それ?」

「要するにだ、お前は色気が足りん!」

「だから悩んでいるんじゃない。はぁ、期待して損した」

 

 壁の向こうで、ズリズリドシンと脱力した音。

 ふん、簡単に教えて貰えると思うなよ、てめぇで気付いて何とかしろ。

 

 しかし狼の思惑を越えて、小狼はけっこう本気にしていた。

 

 

 

 結果オーライという言葉がある。読んで字の如くだ。

 

 小狼は『色恋』なる物の練習をしてみようと、ひっつめていた髪をおろしたり、唐突に花を摘んで輪っかを作ったりし始めた。

 人間の兵士の中に好みの容姿の者を見付けては、見えていないのをいい事に、耳元で謎の歌を唄いかけたりした。(犠牲になった兵士はその後悪夢を見るようになるらしい)

 何せお手本がいない。

 何処ぞで入手した恋物語の書物をなぞっているだけ。

 

 しかし果たして、僅かずつではあるが、彼女の身体が変化を始めた。

 背が伸びて、顔も指もほっそり、直線だったシルエットに曲線が増えたような気もする。

 嘘から出たマコトか、本当に効果があったようだ。

 

 妖精の娘のはっちゃけは、思いの外テムジンにこたえていたのだ。

 手の中に収めて置きたかった小鳥が、手から抜け出して勝手な方向へ飛んで行く。

 草原の覇王と言えど、彼女達は思い通りにならないって事を、真綿で首を絞めるように思い知らされている。

 

『この城何かいる』『読経のような声が聞こえる』などと兵士の間に流れる怪異簞を懸命に潰して回るテムジンを横目で見ながら、狼は鼻からフンと息を吐く。

(自業自得だ。全盛期のどチビの悩みの半分も味わえ)

 

 

 

 そんな穏やかな日々の夕刻。

 赤い狼は城壁のへりに立っていた。

 

 妖精の娘はこの短期間で頭一つも背が伸びた。

 完全に成人したらあの有翼の姿になるのだろうか。

 残念ながら自分にそれを見る事は出来ないな。

 

(潮時だ)

 

 居心地が悪すぎる。

 もうここは自分の居る場所じゃない。

 

 妖精の娘は、勝負の決着を双方付けられなかった事で、対立を保留にしたつもりだろう。

 こちらはそうは行かない。

 

 戦神なのだ、欲望と憎しみの。

 あの城壁で、アイツに牙を掛けられなかった時点でリーチ。

 これ以上ぬるま湯に浸かっていると、力を失くして消えてしまう。

 

 本来ならば、契約した者から離れるならば、某(なにがし)かの呪いを掛けて行かねばならない。

 しかし今回は全面的に自分の気分。テムジンに落ち度はない。

 しゃあないな、勘弁してやるか。

 

 あばよ・・

 口の中で呟いて城壁を蹴ろうとした時、夕空に一点の影が見えた。

 

「小狼、お前の馬が戻って来たぞ!」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。