風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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みっつめのおはなし
金銀砂子・Ⅰ


 

 

 朝露の草原に春草が波打っている。

 なんて広い、真っ直ぐな大地!

 イルアルティは風に乗って愛馬と共に飛ぶように駆けていた。

 

「気持ちいい・・!」

 

 昨日この草原を通り掛かった時、思いきり走ってみたい衝動に駆られたけれど、族長達と一緒だったので我慢した。

 それでも宿の布団で眠れなくてそっと抜け出して来たのだ。

 やっぱり来てよかった!

 夜明け前の凛とした空気の中、馬の脚も軽く、空まで駆けて行けそう。

 

 不意に、後ろから別の馬の息づかいが聞こえた。

 イルの斜め後ろにピタリとくっついている。いつの間に?

 チラと見ると、青鹿毛の艶やかな馬に、乗っているのは同年代の男の子。

 大人用の兜を深く被っていて、顔は見えない。

 

(イルを女の子だと思ってからかうつもりね。よぉし!)

 馬に檄を飛ばす。

 

 ――行け!

 

 気持ちのいい風が束になってイルと愛馬を包む。

 地元ではこれで、どんな大人も名馬もぶっちぎれたのだ。

 

 しかし

 シュン! と風切り音がして、青鹿毛は一歩でイルの尾花栗毛を抜き去った。

 追い抜き際に、兜の下の口端が上むくれて笑っているのが、スローモーションのように見えた。

 

 あっと思う間に小さくなる青鹿毛を、イルは茫然と眺める。

 生まれて初めて……負 け た …………

 

「やっぱり王都ともなると、凄い人がいるんだわ」

 馬を返すと、地平まで広がる、王宮を擁する巨大な都。

 昇り始めた朝陽に色付く建物群に、イルは馬を向けた。

 

 

 今日の午後には、噂に名高い帝国の大王が、大陸から凱旋して来る。

 明日より祝賀の催事が開かれるのだが、そのひとつの競馬(くらべうま)大会に、イルは地元の代表として招かれたのだ。

 

 驚いて辞退しようとするイルの父親に、族長は是非に是非にと押し切って、都までの送迎も申し出てくれた。

 地元の競馬大会で二年連続ぶっちぎりで優勝しているイルを、彼は大層自慢だったのだ。

 

 

「イルアルティ、何処へ行っていたのかね?」

 族長はたっぷりした髭を撫でながら、宿の中庭で他の部族の代表達と井戸端会議をしていた。

 

「ほぉ、その子供ですか。お宅のご自慢の神童というのは」

 大勢のニヤニヤした視線が嫌で、イルはお辞儀だけして、馬を引いて早足で通り過ぎた。

 

「あの子は内気でね。しかしひと度馬に跨がると、都といえどもその辺の騎手では歯が立ちませんぞ」

 族長の自慢を背中に聞きながら、イルは消えてしまいたくなりながら馬房へ向かう。

 今しがた『その辺の騎手』に思いっきり負けて来た所なんだけれど……

 

 都に行くと決まった時はワクワクもしたけれど、来てみたら街の大きさ人の多さが想像の百倍だった。

 色んな物が所狭しと並んで目がチカチカして、忙(せわ)しなく行き交う人達は早口で何を喋っているのか分からない。

 

 そのてっぺんにいる王様や偉い人や沢山の人が見ている中で競走するって?

 ここではその辺の子供でさえも当たり前にあんなに強い。

 イルは既に逃げ出したくなっていた。

 尾花栗毛がなぐさめるように鼻面を押し付けて来る。

 

「うん、明後日は目立たないように適当に走って、とっととおうちに帰ろうね」

 

 

 

 

 青鹿毛は草原を抜けて、王都の西の森に向かって駆けていた。

『鎮守の森』と呼ばれ、近隣住民の立ち入りが禁止されている場所だ。

 少年はお構いなしに踏み入って、慣れた感じで馬を進めた。

 入り口の藪だけ抜けると馬一頭分通れる道が出来ており、少し歩くと小さなパォのある広場にたどり着く。

 

 ひんやりした朝霧の中に、馬装を解かれたばかりの草の馬が湯気を上げながら立っていた。

 その奥、木漏れ日の下、空色の髪を長く編んだ女性が、小柄な身体を覆った甲冑を外している。

 

「おかえりなさい!」

 

 少年は馬から飛び降り、駆け寄りながら兜を脱いだ。

 真っ赤な髪がファサと広がる。

 

「母さんは一足先に帰ると思って、城のバルコニーから空を見張っていたんだ。ドンピシャだったね!」

 女性の前まで来て少年は、銀の瞳で懐こく見上げ、八重歯と言うには大き過ぎる犬歯を見せて笑った。

 

 女性……小狼(シャオラ)は、ついついほころびそうになる頬を引き締め、冷静な声を作る。

「王が帰還なさるというのに、城に居なくていいのですか?」

 

「いいの! 昼までに戻れば。あいつら、俺がいない事なんか気にも止めないよ」

「またそんな言い方……」

「だってさ、王は百万の歓声に迎えられるのに、母さんは一人なんて」

 

 この辺りで小狼は根負けした。駄目だ、ピシリと接さなければと思っていても、頬の緩みは止められない。

 

「そうね、うん、ありがとう。ただいま、トルイ」

 

 

 少年は武装を外すのを手伝い、最後に白銀の剣を受け取って、目をキラキラさせながら眺めた。

「俺が一緒に行けるようになったら母さんを一人にしないからね。あ――あ、早く大きくなって出陣したい。兄上達はもう役職を貰って城を守っているっていうのに!」

 

 いつもここへ来ると饒舌になる子供だけれど、今日はとみによく喋る。

 

「何だかご機嫌ですね。良い事でもありました?」

 

「うん! 面白い奴に会った!」

 

「どんな方?」

 

「俺と同じように、人間なのに風を使う奴!!」

 

 

 

 

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