風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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金銀砂子・Ⅳ

 

 

 

 西の森のパォ。

 

「足は折れてはいない。肋(あばら)は多分ヒビ。内蔵は大丈夫そうだけれど当分安静で様子を見よう。額は俺が縫ったから、痕が残ったらごめんな」

「いえ……」

「しばらくトルイを滞在させるよ」

「大丈夫です。薬が効いてきました。貴方、お城に戻らなきゃ」

「ヴォルテに任せて来た。俺より仕切りが上手い。『若い二人の旅立ちに拍手を』とか言って城門を閉じちまった。お陰で大部分の者が演出だと思ってくれている」

「あらまあ……」

 

 女性は笑ったが、力が弱い。

 目立たないが筋肉やら血管やら、あちこち潰しているのだろう。

 

「間抜けね、戦場でも怪我なんかした事なかったのに」

「間抜けなもんか、あの娘(こ)は無傷だ」

 

「……あの子ね……あの子……」

「うん……」

「イルアルティっていうの」

「うん……」

「ごめんなさい、アルはお腹に赤ちゃんがいました」

「俺の?」

「はい」

 

 王は、動揺を表に出さないように、努めて冷静に聞いた。

「アルは?」

「亡くなったそうです。拐われた時に呪いを掛けられていたと」

「…………」

 

 少し時間を掛けてから、聡明な王は呑み込んだ。

 そんな目に遭ったのなら、子供を自分から遠ざけたいと思われても仕方がない。

 

「アルの遺志なんだね? 子供は俺と関係のない人生を歩ませたいって」

「……はい」

 

「君は大切な友人の願いを守った。では俺もそれに沿おう」

 

 小狼は目を閉じて、心からの感謝の礼を述べた。

 よかった…………

 ただもう一つ、今話さなかった事は、自分が墓まで持って行く事だ。

 ――アルカンシラが、敵方の国の間者だった事。

(せめてテムジンの中では、無邪気で純粋な乙女でいさせてあげたい)

 

 

 

 パォの入り口が揺れた。

 銀の瞳のトルイと、後ろに居心地の悪そうなイルアルティ。

 

「何でその娘を連れて来た!?」

 テムジンが怒鳴った。

 

「だ、だってこいつが……」

「ひっく……」

 大声に驚いて息が止まっている娘。

 話を聞かれていた訳ではなさそうだが……

 

「ほら言うんだろ? 無理矢理にでも着いて行くって大暴れした癖に」

 トルイが娘を押し出した。

 

「あ、あのあの、きちんとしなければいけないと思って。い、命を助けて頂いて、ありがとうございましたっ。そしてトンでもない怪我をさせてしまってごめんなさい!」

 

 小狼はテムジンと顔を見合わせた。

「大した怪我ではないのよ。綺麗に治るから大丈夫」

 

「ほ、本当に?」

「本当ですよ。妖精は身体の傷は人間より治りやすいの」

「すごい……あ、良かったです、良かったぁ」

 

 心から胸を撫で下ろす娘に、小狼も痛みが癒された気がした。

 きっと素晴らしい両親の元で育ってくれたのだ。感謝せねば。

 

「あ、それでですね。皇子様に聞いたんですけれど、お母様は妖精さんだから他の人には見えないって。だったら、もしも嫌じゃなかったら、治るまでイルに看病させて下さい! お掃除もお洗濯も何でもやります!」

 決死な顔で一気に言い切って、黒髪がピョコンと頭を下げた。

 

 夢のような申し入れ。しかし小狼は王を見て目を游がせた。

 今しがた、関わらないようにしようと話し合った所なのだ。

 

「うん、じゃあお願いしちゃおうかな」

 テムジンが軽く言って、周囲を驚かせた。

「君、イルアルティだっけ? ここへは家族と? ……あ、族長? では手紙を書こう。もう少し滞在して皇子の乗馬指導を頼む、って名目でいいだろ。トルイ、後でこのお嬢さんと一緒に宿舎まで行って、先方を安心させて来なさい」

 

「何で俺が!」

 トルイは不満いっぱいだ。

 自分ばっかり叱られるし、母を付ききりで看病するのは自分だと思っていたからだ。

 

「皇子なら民がいらぬ心配をしないよう采配してやる物なの。嫁入り前の嬢ちゃんを王宮が引き留めるなんて、あらぬ噂が広まったら可哀想だろうが」

 王はさっそく腰掛けて、羊皮紙を引っ張り出して書状を書き始めた。

 本当に決めるのも動くのも早い人だ。

 

 イルはクルクル進む話に目を白黒させていたが、希望どおり看病出来そうなのでホッとしている。

 

「あ、皇子様、無理言ってごめんなさいでした」

「はいはいどういたしまして」

「おじさまも有難うございます」

 

 手紙を書いていたテムジンが顔を上げてキョロキョロした。

 

「え、おじさま……俺の事?」

「はい、駄目でしたか、何とお呼びすれば」

「いやむしろ俺を誰だと思ってた?」

「はあ、そういえば、あの、どなた様で」

 

 口をポカンと開いて何も言えない男性と、忍び笑いが肋(あばら)に響いて悶絶している女性の代わりに、トルイが口を開いた。

「この人、俺の父親」

 

「父親、皇子様の父親、ち、ち、お、や、、、」

 イルアルティの口が秒刻みでヒキガエルみたいに横に伸びて行く。

「お、う、さ、ま? 王様! へほほほ!?」

 

 飛び上がる娘を眺めながら、テムジンがトルイに耳打ちする。

 

「面白いな、この娘」

「面白れぇだろ」

 

 

 ***

 

 

 兄にはなるべく連絡しないで……というのは事ある毎の小狼の口癖だが、今回は上空で待機していた鷹が一部始終を眼(まなこ)に記録して帰ったので、一気にバレた。

 

 競馬大会の翌日には、蒼白な蒼の長と赤鬼のようなオタネ婆さんが、ハヤブサの如く飛んで来た。

 

「あああ、やっぱりあの王に関わっているとロクな事にならない」

「受け身が甘いからそういう事になるんじゃい」

 

 などとブツブツ言いながらも術で骨を継ぎ、特製の膏薬で足をぐるぐる巻きにしてくれた。

 妖精の治癒の術はけして万能ではなく、身体が直そうとする力を後押しする物だ。

 それでも施して貰うと痛みがすうっと引く。

 小狼は素直に感謝した。

「お忙しいでしょうに、すみません」

 

「いやいや今回は私の不手際が発端です。貴女はよくやりました。よくイルアルティを守ってくれました」

 

 

 入り口にパサリと音がする。

 街へ買い物に行っていたイルが、荷物を足元に落っことした音だ。

 小狼に誉めてもらった髪はおさげに編んで下ろしている。

 

 長が振り向いて感動の瞳を潤ませた。

 ずっと成長を見守って来た赤子。いつも遠目でしか見られなくて、こんなに近くで対面するのは初めてだ。

 

「貴女が……ぐふ!!」

「お父さん! イルのお父さんでしょ!」

 

 背の高い長にチビッ子のイルがタックルすると、丁度鳩尾(みぞおち)に入る。

 痛そう……と思いながら小狼がベッドから見上げると、兄は『お父さん』と呼ばれて抱き付かれた事にじ――んとしている。

 訂正しないで放って置いてあげた方がいいのかしら。

 

「人の娘よ、お主には歴とした両親がおるだろう」

 オタネ婆さんが思いっきり怖い顔をして娘をねめつけた。

 

「だって……」

 

「お主を育んでくれた者がお主の両親じゃ。人の娘が人外と関わりたがるとロクな目に合わぬぞ。とっとと故郷へ帰りなされ」

 厳しい。でもその通りなのだ。

 誰も味方してくれないので、イルは泣きそうになった。

 

「帰しちまっていいのかよぉ?」

 戸口に片足を掛けて、オタネ婆さんの天敵が現れた。

 可愛かったのは赤子の頃だけの、赤毛の小悪童(わっぱ)。

「少なくとも風の制御方法ぐらい仕込んでやんないと、こいつ同じ事を繰り返すぜぇ」

 

 トルイは落ちていた荷物を拾って、イルと長の間に挟むように押し付けた。

 

「知った風な口をききおって、お主が挑発したせいではないか」

 

 婆さんが小突いて来る杖を掴んで、皇子は空いた片手で蝋印された羊皮紙を、長に突き付けた。

「親父から。外せない会合で挨拶に来られなくてゴメンって内容」

 

「トルイ、親書は両手で正面に立って渡しなさい」

「この態勢でどうするんだよ!」

「礼儀が優先です。小突かれておきなさい」

「うう」

 

 母子が言い合っている間に長は手紙を開いて目を通し、丁寧に畳んで懐にしまった。

 

「イルアルティの風の制御についての相談も書かれていました」

「ああ、母さんには無理だし、長に頼みたいって言ってた」

 

 隅に突っ立っていたイルはビクッと顔を上げた。

 もしかしてお父さんに教えて貰えるの?

 

「蒼の長を何と思っておるのか。長様にそんな暇はお有りでない!」

 婆さんの一喝がイルの期待をペシャンコにする。

 

「俺が教える?」

「ヒヨッコがさえずるでない!」

「じゃあ……」

「仕方がない、この婆が直々に一肌脱いでやろう」

 

 イルはまたヒキガエルみたいな顔になった。

 よりによってこの場で一番怖そうなヒトが師匠だなんて。

 と、思う暇なく、鼻先にビッと杖を突き付けられた。

「挨拶は!?」

「よ、宜しくお願いします……」

 

 

 

 

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