風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

23 / 39
金銀砂子・Ⅶ

 

 

 

 四つ足の馬では厳しい角度の崖が出現した。

 小さな人間なら登れそうな細いキレットがある。

 

「お前、ここで待っていてくれる? 明日中には絶対に戻るから」

 鐙(あぶみ)を上げ、手綱を鞍に縛って、トルイは馬の両頬を挟んで銀の目で見つめる。

 もう二日目の夕方。明日の日の入りまでが大人達との約束だ。

 

 崖は思ったより短く、二人はほどなく広い棚に出た。

 山の頂点が目の前にそびえる。

 その真下は見上げるような氷の壁。

 表面はツルツルで何の取り掛かりもない。

 ここから先には進めないのか?

 

 しかしイルは、ニコニコしてその壁を見上げている。

「やりましたね!」

 

 不思議顔で、何が? と聞く皇子に、イルは戸惑って答えた。

「え、確かに、神殿にたどり着くだけじゃ駄目なんだけれど……」

 

「神殿って、どれ?」

 

 イルが指差す場所は、氷の壁があるばかりで、どんなに目をこらしたって何も見えない。

 

 イルは罰悪い顔で黙ってしまった。

 こいつは意地っぱりだけれど、嘘は言わない。

 

「どんな神殿?」

 

「あ、はい。・・太い氷の柱が両側にそびえて、大きな入り口。奥は山を堀り抜いた感じで、先が見えません。でも入り口が氷漬けです」

 

「入れないの?」

 

「はい……ただ、ここに意味のありそうな標(しるし)があるんです」

 イルが進み出て、雪原のある一点に立った。氷の壁の真正面で、足元の氷の下に太陽の標があるという。トルイにはやはり見えない。

「解錠の魔法、使ってみましょうか」

 

「あ、それなら俺も習ってる」

 

 二人で並んで、杖と剣を掲げて呪文を唱えた。

 小さな風が立ち上がって氷壁を撫でる。

 

 ――パシン!

 氷に亀裂が入った。それが瞬く間に広がって・・

 

 やったか? と思うより早く、氷壁が一気に砕けた。

 開錠の魔法が効いた? 違う。

 巨大な破片が鋭い切っ先を向けて、二人目がけて一斉に飛んで来た。

 招かざる者に対する攻撃!?

 

「あぶな・・!」

 トルイは咄嗟にイルを庇うが、剣で弾ける量じゃない、やばい!

 

 

 地を這うように一直線に雪を蹴るモノがあった。

 それは一瞬で、牙で男の子の襟首を、爪で女の子の胸ぐらを引っ掛け、垂直にジャンプした。

 氷のナイフ達は二人のいた地面に刺さり、盛大に砕けて白い粉となる。

 

 いきなり空に連れて行かれた二人は、今度は急下降し、地面にゴロンと放り出された。

 何が起こったのか?

 

 転がったまま呆然と見上げる二人の前に、見馴れすぎた赤い色。

 

「お前らの来る所じゃねぇ! どチビどもが!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 燃えるように真っ赤な、水牛ほどもある狼。

 口の端からも炎がチロチロと洩れ、銀の三白眼は鋭い光を放っている。

 魔物? 神殿の魔物だろうか?

 

 しかしトルイは、それ以外の事で頭が一杯になっていた。

 何で俺と全く同じ色の赤い体毛、銀の瞳? 何で、何で?

 

 狼は踵を返すと、「帰れ!」と言い捨てて頂上の方に跳び、姿を消した。

 

「ま、待って」

 トルイが追い掛けようとするのを、イルが腕にぶら下がって止めた。

 

「罠かもしれないです!」

「邪魔す……」

 

 怒鳴りかけたトルイの両頬を、小さい両手がパチンと挟んだ。

「何すんだ!」

「貴方は何をしにここへ来たの!?」

 

「あ・・」

 目の前に火花が散ったかと思ったら、いきなり氷壁に巨大な神殿がそびえ立った。

「ああああ、ああ・・!」

 

「見えるんですか?」

「ああ……」

「良かった」

「俺、覚悟が足りなかったのかもしれない」

 

 トルイは肩で息を付いて、イルをしっかり見た。

「すまなかった」

「いえ、こちらこそすみませんでした。ほっぺ、痛かったですか?」

「いや……」

 オタネ婆さんがこいつに無理矢理な自信を植え付け、着いて行くよう仕向けた理由が、トルイはだんだん分かって来た。

 

 

 

 とにかく結果だけ見ると、神殿の入り口は開いた。

 さっきの事を考えると足を踏み入れるのも恐ろしいが、行く以外にない。

 

「神殿っていうと、奥に本殿があったりするんでしょうか」

「イル、そっち半分気を付けていてくれよ」

 

 エントランスの階段を上り、広いホールに出る。いきなり奥に向かって真っ直ぐな廊下。

 枝道は一切無さそうだ。

「嫌な作りだな」

「奥に……行くしかなさそうですね」

 

 二人並んで、ゆっくりゆっくり氷の廊下を歩く。

 外の風の音すら遮断されているようで、静か過ぎて不気味だ。

 床も壁も鏡のようにツルツルで、二人の姿を二重三重に写し出す。

 トルイは緊張して息が詰まって来た。

 

「ほっぺ、やっぱり痛かったですか?」

「違うって! 何故それをそんなに気にする!?」

「皇子様だから、ほっぺパチンされた事ないかなぁって」

「ほっぺパチンて……」

 

「イルのおうちではそう言って、我が儘言ったり悪い事をしたらパチンってされるの」

「親父さんが?」

「お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも。イル末っ子だから一番一杯される」

「…………」

 

「された事ない?」

「ないな。頬を張られた事はあるけれど」

「お父さんに?」

「母さん。俺が小さい頃、勝手に草の馬に乗って飛びそうになった時。俺も浮かぶと思っていなかったし」

「わあ・・」

「母さんのあんな怖い顔見た事なかった。俺、吹っ飛んだもん」

 

「その後ヨシヨシしてくれた?」

「ないよ! 何だよそれ、こっ恥ずかしい」

「イルんちでは、泣きべそしてたらヨシヨシされるよ。末っ子だから一番一杯される」

「俺は泣きべそなんかしない!」

 

 何だか喋っている内に気味が悪いのも吹き飛んで、歩幅が大きくなって行った。

 イルは本当に規格外なのだ、色んな意味で。

 グングン歩いて、とうとう両開きの大きな扉に突き当たる。

 

 天井まである重そうな扉。

 頷(うなず)き合って、片側の取っ手を二人で協力して押したり引いたりした。

 固い。当たり前だ、どれだけの時間締め切りだったのか。

 それでもやっと少しの隙間を作り、人の通れる隙間をこじ開けた頃には、随分時間が経ってしまっていた。

 

「はあ、ふう、ちょっと休む?」

「王様達に言われたタイムリミットがあります。行きましょう」

 

 トルイを先頭に、隙間から身体をねじ込むと、内部は以外と明るかった。

 天井の円いドームから中央に光が降り、肩で息をしている二人の吐息がやけに響き渡る。

 けっこうな広間で、奥には祭壇。

 やはり神殿の本殿なのだろうか、壁一面に何やらレリーフが刻まれている。

 

「見て……!」

 イルが掠れた声で叫んだ。

 レリーフは羽根のあるヒト達の絵柄だった。大きな鳥のように厚みのあるたっぷりとした羽根を持つ、有翼人。

 

「やった! やっぱりここで正解だったんだ!」

 後は、そう、この部屋をくまなく調べよう。

 どこかに文字があるかもしれない、それともレリーフに何かヒントは?

 

 キョロキョロしているトルイに、イルが寄り添った。

「このレリーフ、何だかおっかないです」

「そう?」

「生きているみたいで……」

「まさか、怖い事言うなよ」

 

()()()()なんて特に……」

 イルが視線で指した先、祭壇の真後ろに、一際大きい像が立っていた。こちらはレリーフでなく立体だ。

 右手にドクロ、左手に一本の羽根を持ち、他の物に比べて確かに生々しい。

 

「他のより精巧に作ってあるからだよ。そんなに言うなら風の魔法で問い掛けてみる? 何か反応したら儲け物だし」

 

「でも……」

 

「何かやらなきゃ進まないだろ。ああ、よく見るとこのホールの床の中心、太陽の標じゃないか。()()()()だな」

 

 一歩踏み出すトルイを、イルが引っ張った。

「イルがやります。何かあったら助ける役は、トルイさまの方が頼りになりますから」

 

「そう? うん……」

 確かにそうではある。

 

 イルは太陽の標に立ち、石像に向いて柘榴石の杖を掲げる。

 トルイは剣を構えて背中合わせに立ち、剣に術を含ませて、何かが飛んで来ても対処出来るように身構えた。

 

「いいぞ」

 

 イルが教科書どおりのきれいな呪文を唱える。

 風が渦巻いて、祭壇の像だけでなくレリーフ達も撫でた。

 

 何か起こるのか?

 起こらないのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 天井がザワザワとどよめき、降りていた光が陰った。

 次いで黒い塊がシュンシュンと飛び回る。

 ――羽根ヲヨコセ

 ――ハネ、ハネヲ・・

 

 黒い影の一つがトルイ目掛けて降って来た。

「は、破邪!」

 慌てて呪文を唱えて剣を振るが、水を斬ったみたいな感触だ、やっつけた気がしない。

 天井の魔物は増えて行く。

 床にも黒いもやが湧いて来た。

 まずい、まずいまずい・・!

 

 ――こっちだ!

 喧騒に混じって明確な声がした。

 ――走れ!

 

 トルイは後ろ手でイルの腕を掴んで、声の方へ駆け出した。

 途端、床が消えて足が空を切った。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。