風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

24 / 39
金銀砂子・Ⅷ

 

 

 

 

 真っ暗な中、上も下も分からない状態で、トルイはいた。地に足が着いている感触が無い。

 

「イル?」

 繋いでいた筈の手は離れ、返事もない。ただ、近くに彼女がいる気配はした。

 

 ――ほぉ・・

 

 低くエコーの掛かった声が上がった。

 

 ――羽根を持つ資質がある。だが純血ではない。

 ――しかし今となっては稀少。

 複数がざわざわと、好き勝手に話す気配。

 

「誰だよ!」

 

 目の前の暗闇に、さっきのドクロと羽根を持った巨大な像が浮かんだ。次いで、他の人物のレリーフが数体、トルイを囲むように出現する。

 皆、背中に立派な羽根を持っているが、よく見ると複数の羽根を重ねているから分厚く見えているのだ。

 

 何にしても羽根の事を聞かなければ。

「あの、俺、折れた羽根の……」

 

 ――羽根が欲しいのだろう。

 ――羽根が欲しくてここへ来たのだろう。

 

「えと、ちょっと違くて」

 

 ――純血でもない分際で。

 ――純血でもない身で神に近付きたいか。

 

 言っている内容が分からない上に、エコーがかかり過ぎて耳鳴りがする。

「俺は、折れた羽根の治し方を聞きに来たの! 俺の母親が、羽根が折れて病んでるの!」

 やっと言えた。

 

 ――ほお。

 ――母親がいるのか。

 ――そちらは純血か?

 

 どうして大人ってこちらの言ってる事とは別の所に食い付くのだろう。

「純血とか知らないよ! 母親を、治す、方法、教えて、下、さ、い!」

 

 ――ではその羽根を母親に与えればよい。

 

「え?」

 いきなり身体のバランスが崩れた。

 後ろに倒れる? と思ったが、元々立っているのかどうかも分からない。

 

 さっきの廊下みたいに氷の鏡が何枚も現れた。皆トルイを映している。

「ええっ?!」

 背筋がザワッと震えた。

 鏡の中の少年の背中には、半透明の翡翠色の羽根があるのだ。

 たとえ羽根がなくても、トルイはそれが自分だと気付くのに時間が掛かった。

 だって、鏡の向こうの見知らぬ子供は……親父と同じ真っ黒な髪、母さんと同じはなだ色の瞳…… でも顔立ちは自分だ。服装も、手の中の剣も。

 

「どういう事? どういう……」

 

 ――よかったな、呪いは解けた。

 ――神の力に近い護りの羽根のお陰だ。

 ――あの娘に感謝せねば。

 

 あまりに沢山の事が降り掛かって来て、トルイは頭がどうにかしそうだった。

「呪い? 守り? 何だって? あの娘ってイル?」

 

 ――良い羽根になった。

 ――背中を合わせて儀式をしたろう。

 ――お前が連れて来た贄の娘。

 ――美しい羽根になってくれた。

 

「えええええ――!」

 トルイは血の気が引いた。背中のこの羽根がイルだって!? なんで、どうして!

「待って待って、違う、間違いだ! イルを元に戻して!」

 

 ――なんと、折角の羽根を。

 

「違う、違くて、俺、羽根なんか要らないから!」

 

 ――・・・・・・

 

「イルは贄じゃない、間違いです、元に戻して! あと母さんもそんな羽根なんか欲しくないと思うから、具合を良くする方法だけ教えて下さい」

 

 レリーフ達は長らく黙っていた。

 が、トルイに聞こえないように自分達だけで何やら相談しているのが分かる。

 トルイは彼らの羽根をじっと見た。

 この羽根も誰かを贄にして得たのだろうか。一人でこんなに沢山…………

 

 ドクロ持ちのレリーフがやっと喋った。

 ――お前の母親をここへ連れて来るがいい。折れた羽根を接いでやろう。

 ――その時、お前の羽根も元の娘に戻してやろう。

 

「……今、戻してくれないの?」

 トルイは慎重にゆっくりと聞いた。

 

 ――今戻すと、再びこの神殿を訪れた時、入り口で難儀する。

 ――その本来の姿も、一度母親に見せたかろう。

 

「…………」

 

 ――だがお前は一つやらねばならぬ事がある。

 ――羽根を持ってこの空間を出るには、羽根を要らないなどと口に出してはいけなかった。

 ――さあ、一度声に出して言うだけでよい。羽根が欲しいと。

 

 

 

 ***

 

 

 

「子供騙したぁ、まさにこの事だな!」

 

 良く通る声が響いた。

 

(何度か聞いた声?)

 思う間もなく、上方に炎が渦巻き、入り口で会った炎の狼が現れた。

 

「どチビが、帰れっつったろが!」

 

 ――獣、邪悪な。

 ――穢らわしい。

 ――子供よ、お前の呪いの元凶だ、相手にするな。

 

 トルイは炎を揺らめかせる獣を見上げた。 ……呪い……

 

「ふん、どぅでもいいけどよぉ。そこのガキに教えたおく事が、ふたぁつ程あるんだわ」

 

 闇に並んでいた鏡が砕け、破片が切っ先を光らせて狼に飛んだ。

 狼はそれらをヒョイと避けながら

「『欲しい』って言っちまうと、羽根は二度と娘に戻れない!」

 叫んでトルイの頭上を飛び越した。

 

 ――聞くな、耳を塞いでいろ。

 ――出鱈目だ。

 

 追い立てるように鏡が砕け、破片が渦を巻いて狼を襲う。

 

「それと、折れた羽根を治す術(すべ)なんかない!」

 飛んで来る破片を避けながらも狼は、トルイの目をしっかり見て叫んだ。

 

 ――黙れ黙れ黙れ!

 ――獣が、邪悪な獣!

 

 レリーフ群が轟音を立て、狼に向けて倒れる。

「おっと?」

 流石に少々たたらを踏んだ所で、残りの鏡が一斉に砕けて狼を囲んだ。

 

 !!!!

 

 半透明の翡翠の羽根が狼の目の前に広がった。

 避け損ねた破片を、トルイの剣が叩き落としたのだ。

 そうして剣を上げ、最後に残ったドクロを持つ像に、ピシリと切っ先を向ける。

 

 へっ……と炎の息を漏らし、狼は口の片端を上げた。

 

 ――子供よ、気でも振れたか。

 

 トルイは剣を振り上げた。

「ワンワンうるさい!」

 

 思い切り撃ち下ろした剣から破邪の光が弾け飛び、像は呆気なくかき消された。

 辺りはシンと静寂に包まれる。

 

 

「ふぅん」

 赤い狼がニヤニヤしながら、暗闇の空中を歩いて来た。

「ショボい魔法だな」

「さっき呼んでくれたの、あんただろ」

「お偉い有翼人サマより、何で邪悪な獣を信用した? 赤毛の皇子さん」

 

「あんたを信用したからじゃない。ただ……」

「ただ?」

「大勢で来て口々に喋る連中は、相手にしちゃいけない」

「誰が言った?」

「親父」

 

 狼は口を耳まで裂いて笑った。

 

 

 ***

 

 

「さてと、教える事はさっきので終いだ。じゃあな」

 狼は踵を返した。

 

「え、待って! もっと教えて、お願い」

 

「俺様は、お願いされるのが大っ嫌いだ!」

 狼は振り向いて牙を剥いた。

 

「お願いじゃなけりゃ、どうしたら……あ、ケイヤク? 魔性に何か頼むには『契約』って奴をすれば……」

 

 一瞬で、狼が元いた場所からいなくなり、牙がトルイの喉に迫っていた。

「軽々しく契約なんて言葉を口走るんじゃねぇ! ガキが! ・・!」

 その言葉の最後、狼は後退りしていた。

 トルイが剣を抜いて、両手で突き出していたからだ。

 

「言え! 母さんの救い方、イルの戻し方、言えよ!」

 

「宥(なだ)めたり脅(おど)したり、自分勝手だねぇ、人間はこうでなくっちゃ」

 

 狼はクルリと回って普通の狼サイズにまで縮み、突き出したままの剣の背峰に飛び乗った。

 何だか上機嫌だ。剣を向けられて喜ぶなんて、おかしな奴。

 

「有翼人の祖先もそうだった」

 喜ばせてくれたご褒美なのか、鼻先を顔に近付けて急に語り出した。

 

「生まれた時から羽根がある奴は稀だ。もっと昔は全員にあったのかもしれんがな……

 おっと、剣を下ろすと話をやめちまうぜ。頑張って支えていな。ちょいと長くなるがな」

「ぇぇ・・」

 ニタリとする鼻先を睨みながら、トルイはプルプルと剣を握った。

 

「羽根のねぇ奴は欲しいわな。神に近付く護りの羽根。だが以外と簡単に手に入るんだ。寿命の終わる者が、子や孫の為に死後羽根になってやる。美しい話だ。それだけやってる間は平和だった」

「…………」

「ところがこの羽根、奪う事が出来る。そして、死に行く身内に頼らなくとも、人間でも誰でも羽根に変えられる儀式の方法を、誰かが構築しちまった」

「・・・・・・」

 

「後は争奪戦だわなぁ。いつの世も、欲をかいた強い奴が生き残る」

「あいつら、贄とか言っていた……」

「ああ、やっただろうな。何も知らない人間を拐って」

 

 トルイは動揺する気持ちを抑えて、必死で剣を支えた。

 

「お前の背中の羽根は、ここにいる間はまだ戻せるから落ち着け。続けていいか?」

「……ああ……」

「そういうのに危機を感じた良心の残った連中が、一気に反旗を翻し、神殿を封印して山を降りた。後は分かるな」

「……うん……」

 

「蒼の妖精に対して此処(ここ)が禁忌なのは、封印されているのが祖先だからだ。万が一関わると、また敵対せにゃならん。同族の殺り合いが奴らには禁忌なんだ、魔のモノに身を落とす」

「…………」

 

「封じられた祖先は長い長い時間、肉体を亡くしても羽根への執着だけでここを漂っている。『羽根を持つ資質のある肉体』は喉から手が出る程欲しいだろうな。

 分かったか、お前や妖精どもがここに近付いちゃいかん理由が。理解出来たら二度と来るな」

 

 トルイは腕が鉛みたいだった。支えていられなくなる前に聞いてしまわなくては。

 

「か、母さんも羽根があったの? ここで儀式をしたの? だから羽根が折れたら罰を受けなきゃならないの?」

 

「あいつのは、多分違う」

 狼は、近しく知っているみたいな口振りだった。そしてトルイは気付かなかっが、ホンの少し身体を浮かせてオマケしてやっていた。

「たまたま隔世遺伝で羽根を持つ資質があった。そこにたまたまあいつを守りたい死に行く魂があった。まったくの偶然だ。本人も多分知らん。羽根は力尽きて折れたら、ただ散って無くなるだけの存在だ。本来ならな」

 

「本来と違うの?」

 

「……未練があるんじゃねぇか?」

「羽根になったヒトが?」

「両方だ、お前の母親も」

「…………」

「お前は心当たりがねぇのか」

「母さんは、そのヒトについて何か隠してる」

 

「十分だ、後は自分で考えろ」

 狼は剣を離れてやって、クルリと回って暗闇に着地した。

 

「あっ、イルを……」

「さっきお前が『要らない』と言ったろ。あれで儀式は反故になってる。ここを出たら元通りだ。ああ、『欲しい』と言い直せばその姿でおうちに帰れるぞ」

 

「俺の青鹿毛、赤毛の方が映えるし」

 

 狼はカカカッと高笑いした。

 

 

 

「契約してもいいから、一つ質問に答えてくれ」

 

「あぁん?」

 三白眼がまた睨み付けて来たが、今度はキレずに質問を待ってくれた。

 

「何であんた、そんなに詳しいんだ? 見た所、風の一族との関係もなさそうなのに」

 

「……まぁ、面白そうだったからな。ここには俺様の大好きな欲望がギュウ詰めだ。それに惹かれた魔物連中も賑やかだし」

 

「そう……分かった、ありがと」

「なんだ、それだけでいいのか?」

「うん、で、契約って俺、何をすればいいの?」

「いらんいらん、それっぽっちサービスにしておいてやる。じゃあな!」

 

 去りかける狼に、トルイは一度つぐんだ口を思い切った感じで開いた。

 

「わざわざ調べてくれていたの? 母さんの為に」

 

 狼の全身から炎が立ち上った。

「か  え  れ  !!」

 

 

 

 

 

 赤い獣が闇を歩いていると、前方に立つ影があった。闇の中にいて、内からの光が辺りを温もらせる。

 

「あいつはもう帰ったぞ。お前も早くここから出て行かんと、還り損ねるぞ」

 

「トルイさまのお母君に……」

 イルアルティは胸に手を当てて、獣の銀の眼を真っ直ぐに見ていた。

「看病していた時、聞いちゃったんです。イル、馬鹿だから。皇子様の髪の毛なんであんなに真っ赤っかなんですか? って」

 

 狼は下を向いて蒸せ返るように笑った。

「そりゃ大馬鹿者だ! 普通聞かんぞ」

 

「そしたら、そんな風に笑いながら……トルイにはお父さんが二人いるのよ、って」

「…………」

「血を分けてくれたお父さん、護りを授けてくれたお父さん」

「護り? 何かの間違いだ」

 狼は吐き捨てるように言った。

 

「強い、狼の、護り、だって」

「・・へっ」

 

 二人は闇に溶けた。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。