風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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よっつめのおはなし
白い森 ~寂しい天の川~・Ⅰ


 

 

 

 この土地の夏は短い。

 短い夏に一斉に草が萌え立つ。

 

 夏草色の馬に乗った青い髪の青年が、雲を縫って目的地へと急いでいた。

 

 青というより濃い紺色の癖っ毛を襟足で束ね、眉と目の縁は細筆でスラと線を引いたよう。

 里で一番高くまで上がれると自負する飛翔は力強く、表情も自信に満ち満ちている。

 

 人間の王都より北に位置する白い森が、長に指定された待ち合わせ場所だが、その手前の岩山に、手を振る二人の知った顔が見えた。

 

「ノスリ! カワセミ!」

 青年は馬を降下させた。

「どうした? 集合はあの森だろ?」

 

「ああ、集合場所へ行く前に、確認しておこうと思ってな」

 青い髪を頭の天辺でぎゅっと束ねたガッシリ系の青年が答える。

 三人とも成人になりたての初々しい年頃だが、ノスリと呼ばれたこの青年は、他の二人より頭一つ抜き出ている。

 

「確認?」

「お前は何て言って長に呼ばれた? ツバクロ」

 

 ツバクロと呼ばれた青年は、整った眉を寄せて困り顔をした。

 ノスリはどうも、物事に即答を求めたがる。

 自分達の師匠である蒼の長に呼ばれたのだから、何でも任せて素直に従っていればいいのに。

「鷹の手紙では、用事があるから白い森へ来て二人と合流するように、ってだけ」

 

「お前もそれだけか」

 ノスリは腕組みした。

「近くの湖に滞在していた俺達はともかく、遠い北西の山に出向していたお前までわざわざ呼び戻して」

 

「ノスリ、とにかく長の指示通りに動こうよ」

 

「それがな、カワセミが……」

 ノスリは、さっきから押し黙って目だけキョロキョロさせている小柄な青年の方を向いた。

 

 カワセミは緩慢な動作で顔を上げ、二人を交互に見た。

 ノスリとは対照的にこの青年はえらく華奢で、本当に小鳥みたいだ。

 その細い首や手足にザラザラびっしりと石の鎖が巻き付いて、身体は小さいのに腰まで覆う水色の猫っ毛が、アンバランスなシルエットを作っている。

 ゆっくりゆっくり開かれた口から、「胸騒ぎがする・・」と不穏な台詞。

 

 ツバクロは真顔になった。

 カワセミの場合、捨て置けないのだ。彼がたまに発する予知(っぽい)能力はガチだ。何度か助けられもしているし、ノスリが彼に一目置くのもその為だ。

 

「ザワザワする。誰か来るんだ。そいつは破壊者。何かを壊す」

 

「カワセミ」

 ツバクロはなるべく穏やかに遮った。

「君の予感が信頼出来る事は知っているよ。でも会う前からそういう風に決めつけられる奴の身にもなってやれよ。気の毒だろ」

 

「うん・・」

 カワセミは頷いた。

 この能力が現れ始めた頃、気味悪がる周囲から庇ってくれ、上手くやれるように誘導してくれたのはツバクロだった。

 だから普段マイペースな彼も、ツバクロの進言は素直に受け入れる。

 

「何にしても森へ行こう。そろそろ約束の時間だし…………っっ!!?」

 ツバクロが馬の方へ歩きかけて、違和感に足を止めた。

 影が、着いて、来ない!?

 

 馬が悲鳴を上げて後退りする。

 ノスリとカワセミにも緊張が走った。

 

 ピンピン跳ねた癖っ毛の影が、いきなりビュンと伸びて地面から離れて立ち上がった。

 

「何だ、何がっ??」

「虎……」

 カワセミがポソリと言った直後、見上げるばかりの黒虎が形を成した。

 青竜刀のような爪がツバクロに向いて振り下ろされる。

 

「うわっ」

 後方に跳んで避けた次の二撃目を、ノスリの二刀がガチリと受け止めた。

「カワセミ! 呪文を寄越せ!」

 

 水色の青年が、慌てて術を唱えて光の塊を作り、ノスリの大刀に向けて放った。

 受け止めた光を切っ先まで重鎮させ、剣は生き物のように震える。

「うりゃあ!」

 術の上乗せされた刃をノスリが一閃、虎は腹を見せてすっ転んだ。

 

 しかし退治するには至らず、黒い毛を剣山みたいに逆立てて起き上がって来る。

 

「ごめ・・慌てたから力が足りなかったみたい」

「ツバクロ、時間を稼げ!」

「言われなくても」

 

 動きの素早いツバクロは、左右に跳んで虎の気を引き、細剣を振ってカマイタチの術を放った。

 しかし虎は何かに守られているのか毛皮が固いのか、物理の攻撃では傷一つ付けられない。

 

「何てモノを連れて来たんだ、ツバクロ!」

「ごめん、二、三日前に山で祓い損ねた奴だ。影に取り付いていたなんて」

「迂闊だな。長が居たら大目玉だ・・」

「いいから早く術を作れ、カワセミ!」

 

 武器を持つ者を狙う習性なのか、虎は剣を持つ二人を執拗に襲う。

 その隙にカワセミは手の中でジュワジュワと、緑に光る特大の槍を作り上げた。

「行くよ――」

 

「おう! ……ぁっつ!!」

 視線のそれた隙に虎の前肢が飛んで来て、ノスリは転がって避けねばならなかった。

 投げられない槍を両手で掲げたまま、細っこい妖精はグラグラと揺れる。

「ああ~ ツバクロ~」

 

「僕にはそんなデカイの無理っ!」

 

「ダメ~ 持ってられない、直接投げる~」

 

「よせ、バカ!」

 

 貧弱な腕が投げた槍は案の定、弧を描いて虎の鼻先にヘナヘナと落ちた。

 武器と見なしたのかおちょくられたと思ったのか、とにかく黒虎の逆鱗にめっちゃ触れた。

 

 ガアアアア――!!

 

 怒り狂った獣の爪と牙と棍棒のような尻尾が無茶苦茶に飛んで来た。

 

「こうなる事を予知しろよ!」

 魔力に全振りで体力機動力ゼロのカワセミを抱えて、ノスリが逃げ回る。

「ボクだって万全じゃない・・」

 

「君の言ってた『何かを壊すモノ』ってこいつ?」

「違う、多分・・」

「逃げろ逃げろ逃げろ!」

 

 とにかく物理が効かないんだからカワセミに術を作って貰う以外にない。それをノスリの力業で撃ち込むのがいつもの定石(セオリー)。

 今一度仕切り直そうと、ツバクロが囮になって飛び出そうした所で……

 

 不意に虎が止まった。

 と思ったら三人に背を向け、いきなり四つ足で岩山を駆け下り出した。

 

「え? 何だ!?」

「ヤバい! あそこ!」

 

 岩山を下った森の入り口に、人間の子供がポテポテと歩いている。

 人間にあの虎が見えているかは怪しいが、魔の獣は人間を引き裂く力を十分に持っている。

 

「行け、とにかく間に合え!」

 ツバクロが風を呼んで岩山を飛び下り、ノスリは最速で走る。カワセミはとにかく槍を作る。

 

 しかし次の瞬間、思いも寄らない事が起こった。

 

 子供は迫り来る虎にしっかりと視線を向け、腰の剣を抜いた。

 小さい身体に不釣り合いな、大きな刃。

 その剣は鞘から姿を現した時から溢れんばかりの光を湛えていた。

 

「破――邪――!!」

 

 声変わりしていない子供の声と共に、振り上げられた剣から光が湾曲して飛び、真正面から虎に命中した。

 光はたちまち虎を包んで絡め取る。

 逃れられない黒虎はしばらくもがいていたが、だんだんに小さくなってプツンと空中に消えた。

 

 三人は岩山の中腹で止まっていた。

「今の、どうなったんだ。ツバクロ?」

「多分、異次元に飛ばしたんだと思う。でも、あんな子供が……?」

 

「光が翡翠色だった・・」

 後ろからカワセミが不機嫌そうに下りて来た。

 蒼の妖精の術の光は様々で、緑もあれば黄やオレンジもある。

 術力が上がるにつれて色が抜けて白に近付き、白を越えると翡翠に輝く。

 

「嘘だろ、緑の見間違いじゃないのか?」

「ううん、翡翠。長の術と同じ色。ボクでも二、三回しか出せた事ないのに・・」

 

 言っている間に、子供は剣を収めてスタスタと岩山を登って来た。当たり前みたいに妖精も見えているようだ。

 

「何だ、こいつ」

 ノスリが無遠慮に呟く。

 子供……十二、三の人間の男の子は、見た事もない真っ赤な髪と、瞳孔が縦に割れた銀の瞳をしていた。

 だが気配は至(いた)って人間。

 何者なの? と聞く前に、子供の方から質問して来た。

 

「『蒼の長の三人の弟子』って、あんた達?」

 開いた口元の犬歯も人間離れして大きい。

 

「ああ、そうだが、お前は?」

 答えたノスリの鼻先に、蝋封された手紙が突き付けられた。

 

「長が、渡せって」

 

 人間の子供をメッセンジャーに?

 三人は訝(いぶか)りながら封を剥がして覗き込んだ。

 大人しく待つ子供の前で、三人の青年の目は見開かれ、口がポカンと開く。

 

「蒼の長が、人間を、弟子に取るって!?」

 

 

 

 

 





挿し絵:ツバクロ 
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挿し絵:ノスリ 
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挿し絵:カワセミ 
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挿し絵:トルイ 
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挿し絵:四コマ 
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