風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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白い森 ~寂しい天の川~・Ⅱ

 

 

 

【――この手紙を持参した子供を暫く預かる事になりました。人間だけれど風が使えちゃいます。放っておくと危ないですからね。弟子と同じに扱いますので、心構えを教えて、蒼の里へ案内してあげてください。

 P・S みんな仲良くね♪ 】

 

「おい、本当に長の書いた物か? 長が人間なんかを弟子にする訳ないだろ」

 

「人間なんかで悪かったな」

 

 大男のノスリに臆せず背伸びして睨み付ける子供の前に、ツバクロが慌てて割って入った。

「落ち着いて、この蝋印は長の物で間違いないよ。えと、まず名乗り会おう。僕はツバクロ。こっちはノスリ、それとカワセミ。君は?」

 

「名前ってのは自分で名乗る物だと教わった。蒼の里ではそうではないのか?」

 

 イラッと揺れるノスリの肩をツバクロが押さえた。

「……ノスリだ」

「・・カワセミ」

 

「僕達は名乗ったよ。さ、君の名前は?」

「長に止められてる、名乗っちゃ駄目だって」

 

「ふざけんな!」

 ノスリが掴もうとする胸ぐらがフィッと消えて、子供は後ろに移動していた。

 

「そうじゃなくて。俺、妖精の里に、弟子入り? をするんでしょ? 人間の名前を持って来ちゃ駄目なんだって。あんた達に名付けて貰えって」

 

「弟子入りなんざ認めていねぇ!」

 振り向いて再び胸ぐらを掴もうとする手を、子供はまた風の術でかわそうとする。

 しかし先回りしたツバクロに肩を掴まれた。

 

「今、何て?」

「だから人間の名前を持って来ちゃ……」

「その後!」

「あんた達に名前を付けて貰えって」

「!?」

 

 三人は驚愕の目を見開いた。

 蒼の妖精が名前を授かるのは成人と認められてからだ。それまでは生まれた家系で使い回される幼名で呼ばれる。

 名を授けるのは当代の長で、長の言霊(ことだま)によってその者のヒトと成りが定まる。簡単ではない、超重要な役割なのだ。

 

「ねえ、君の聞き間違いじゃないかな? 僕達は長の弟子で、名前を授けるような立場じゃない」

 

 赤毛の子供はフィッと下を向いた。

「そりゃ、俺だって長に付けて貰いたかったさ。でもあんた達の記念すべき命名第一号になってやれって」

「…………」

「これってどっちが名誉なんだ? あんた達に名前を付けられる俺か? 俺に名前を付けるあんた達か?」

 

 三人は口を結んで止まった。

 そんな重い責任がいきなり降って来るなんて……

 

「え――と、名前ったって、僕達君の事を何も知らない。少し行動を共にしてからちゃんと考える。それでいい?」

 ツバクロが何とかまとめようとした。

 

「うん、それでいいぜ」

 

「じゃあねぇ、まず言葉使いをキチンとしなさい。僕らは君の兄弟子だ」

 

「ちょっと待てツバクロ、俺はまだ認めていないぞ」

「今それを言っても堂々巡りだろ」

「いや、認めん、人間なんざ……」

 

 ――ピッシィィイイ――!!

 

 すぐそこの岩に緑の雷光が落ちた。

 地面がどん! と揺れて、全員が尻餅をついた。術を使ったワセミ以外。

 

「・・ノスリィ、長の決め事は、絶対・・!」

 静電気をバチバチ言わせながら、水色の髪が広がる。

 

「ち、分かったよ、お前がそう言うのなら」

 渋々諦めるノスリの横を通り過ぎて、赤毛がカワセミに駆け寄った。

 

「すっげぇえ!」

「!??」

「凄い凄い、ね、俺も練習したらそんなの使えるようになる!?」

 子供は感激の勢いでカワセミに両手を突き出した。

 

「あっ、今触ったら……」

 ツバクロが止める間もなく、子供は細い両手を握ってしまった。

 雷(いかづち)を使った直後のカワセミに触れると、自分達だってエライ目に遭うのに。

 

「うわあ、ビリビリする! カッコイイ! 本格的な術って感じ!」

 赤い髪を逆立てながら子供は大喜びだ。平気なのか……?

 

 カワセミは水色の目を真ん丸に見開いて呆然、ノスリも流石に驚き顔だ。

 ツバクロがノスリの横にスッと寄る。

「暫く様子を見よう。君だってあの子の正体を知りたいだろ?」

 

 

 ***

 

 

 ともあれ、全ては蒼の里へ行ってからだ。

 長に聞けば納得の行く答えをくれるだろう。

 三人は自分の馬を引いて来た。

 

「おい赤毛、お前、馬は? 歩いて来たのか?」

「乗って来たけれど、借り物だ。帰さなきゃ。あんた達の誰かに二人乗りで連れてって貰いなさいって言われた。あ、俺、このヒトがいい!」

 子供にいきなり抱き付かれて、カワセミは子犬にじゃれ付かれる老猫みたいな迷惑顔をした。

 

「よく見ろ、その貧相な馬で二人乗りが耐えられると思うか?」

 ノスリが後ろから子供の首根っこを掴んで引き剥がした。確かにカワセミの馬は主に似て痩せギスだ。

 

「ついでに言うと僕の馬も駄目だからね」

「え、えぇ――……」

「意地悪じゃないぞ。ツバクロの馬は里で一番狂暴だ。俺らだって迂闊に近寄ると噛まれる」

 ツバクロの後ろの鮮やかな夏草色の馬は、先程から白目をむいて鼻息荒く子供を睨み付けている

 

「で、必然的に俺になるのだが」

 ノスリは子供を下ろして、腕組みをして息を吐いた。

「何か言う事は?」

「おっきい馬!」

 

 は? と後の言葉が空振りしたノスリの横を通り過ぎて、子供は他の馬よりも二回りも大きい草の馬の前に立った。

「こんな大きな馬初めて見た。長の馬も大きいけれど、こっちは筋肉隆々ですっごい強そう!」

 キラキラした目で言われて、さすがの大男も対応に困っている。

 

「うん、ノスリの馬は大概の事に動じない。他の馬が煽られるような風の中でも空中でドッシリ構えていられるんだ」

 ツバクロが取り持ってやった。

「キチンと頼んだら乗せて貰えるよ」

 

「あ、はい。宜しくお願いします。ノスリさん!」

 

 何だちゃんと挨拶出来るじゃないか、と思ったが、よく考えたら初っぱなに「人間なんか」などと言われたら、そりゃ斜に構えるよな。

 心配しなくとも、普通に良い子かもしれない。長が面倒を見る気になるぐらいだし。

 何となく安心したツバクロだが、森の入り口を見下ろしてハタと止まった。

 

 一頭の薄色の草の馬が現れ、子供目指して一気に駆け上がって来たのだ。

 

「君、乗って来たって草の馬だったの?」

「うん、俺の馬じゃないよ。か……『蒼の狼』の馬」

「あおの・お・お・か・み・・?」

 

 三人の青年は顔を見合わせた。聞いた事もない名前だ。しかも随分と厳(いか)つい。

 

「里を出奔したヒトだから普段は使っていないけれど、長に貰った名前だから、蒼の里のヒトに言うのならこっちかなと。駄目だった?」

「いや……」

 

 草の馬を持っている上に長が名を授けたのなら、正真正銘、蒼の妖精だ。

 しかし、里を出奔した? 自分達はそんな存在知らない……

 

 子供に鼻面を刷り寄せる馬は、淡い新芽の黄緑色。中振りだが均整が取れていて、立ち姿も美しい。

 そして何より、まとっている精気が半端じゃない。昨日今日鍛えられた物ではない格上のオーラ。

 蒼の妖精は皆自分の馬が一番と思っているが、今ばかりは三人ともしばらく見惚れた。

 

 草の馬は基本、一生を一人の主(あるじ)と過ごす。

 主が七つの時に宛がわれ、主の資質に合わせて草を伸ばして成長する。

 こんな立派な草の馬の持ち主って……?

 

「どういうヒトなの? その『蒼の狼』ってヒト、君とどういう関係?」

 

「あ――……」

 子供は戸惑いながら、ツバクロの質問に答えようとしたが……

「俺の師匠で…… ああ、やっぱり長に聞いて。俺、何を何処まで喋っていいのか分かんない」

 

 三人はまた顔を見合わせた。

 確かに、出奔した者ならそれなりの事情があるのだろうし、本人の居ない所で無闇に喋らないのは真っ当だ。

 でもやっぱりモヤる。

 

「ねぇ、ボク、その馬に触っていもいい?」

 後方にいたカワセミがスゥッと動いた。

 

「いいよ、こいつ頤(おとがい)をコショコショされるのが好きだよ」

 子供は喉(のど)かに言って場所を明けた。

 

(あ、それは……)

 手を上げかけてツバクロは躊躇した。

 カワセミは、『モノ』に触れるだけで持ち主の情報を読み取る事が出来る。

 止めなきゃいけないのは分かっているが、ツバクロだってこの馬の持ち主への興味は止められなかった。

 

 

 

 

 

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