風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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白い森 ~寂しい天の川~・Ⅳ

 

 

 

 

 森の奥の水場のある広場に最初に飛び込んだのは、俊足のツバクロだった。

「カ、カワセミ――!」

 

 昼間の黒虎が、針金みたいな体毛を逆立て、真っ赤な口を開いて水色の妖精に襲い掛かっている。

 カワセミは足元に描いた円に結界を張って辛うじて防いでいる状態だ。

 

「虎、こっちだ!」

 ツバクロが回り込んでカマイタチを放つ。

「カワセミ、呪文を寄越せ!」

 ノスリも駆け込んで、二刀を引き抜いた。

 しかしカワセミは円の中にうずくまったままだ。

 ケガをしているのか?

 

 その時、かなり遅れて子供が繁みから飛び出して来た。

 黒虎はいきなり翻って、三人に見向きもせずに、爪を振り上げて子供に向かって行った。

 

「危ない!」

 ツバクロが慌ててそちらへ走ろうとするが、

 ――え?? 

 見えない壁に遮られた。

 

「おい!?」

 ノスリも同じように足止めを喰らっている。まさか……

 

 水色の妖精が、結界の円の中で、スッと立ち上がった。

「・・お手並み、拝見・・」

 

「「カワセミ――――っっ!!」」

 

 

 虎は子供に向かって一直線に襲い掛かる。

 子供は目を見開いて、大きな剣を抜いた。

 しかし……

 

「何だよそれ・・」

 昼間とは比べ物にならない薄い光に、結界の輪の中でカワセミがイラ付いた声を上げる。

 

 虎は子供の真上に爪を振り上げる。

 子供も剣を振りかぶるが、誰がどう見たって防げる力ではない。

 

「カワセミ! 術を解け!」

 ツバクロが叫ぶと同時に、カワセミは結界から消えた。

 一瞬で子供の前に移動して、虎の前に即席の結界を張る。

 虎は見えない壁にぶつかってドスンと尻餅を付いた。

 

「ノスリ、頼んだ・・」

 

 ようやくカワセミから術を受け取ったノスリの剣が、後ろから虎を両断した。

「??」

 手応えがぜんぜん無い?

 藁束を切ったみたいで、真っ二つになるやいなや、カサカサと崩れてしまった。

「何だ? 昼間の虎と違う?」

 

「・・ああやっぱり複製品じゃそんな物か」

 子供の前で座り込んでシレッと言うカワセミに、青年二人は顎も外れんばかりに叫んだ。

 

「「こらぁあ――――!」」

 

 

 

「黒虎の体毛から作った。昼間拾っておいたんだ」

 焚き火に戻ってカワセミは、悪びれもなく説明した。

「もういっぺん君の剣技を見たくてさ」

 

 子供は複雑な表情。あとの二人も口をへの字に曲げながらも、責め立てる事が出来ない。

 何せカワセミは仰向けでぐったり動けない。

 

『瞬間移動』『結界』『破邪の呪文』の三つを一時に唱えた反動で、身体が悲鳴を上げてぶっ倒れ、ここまでノスリに背負われて来たのだ。

 

「そんな顔しないでよ、罰が当たってこんな羽目になってんだから。ああアタマイタイ・・」

「にしても、やり過ぎだぞ、お前」

 ノスリが、額の濡れ手拭いを替えてやりながら言った。

 

「君らだって気になってるだろ?」

「…………」

 

「昼間のアレなら、俺の力じゃないよ」

 子供が口を開いた。

「師匠が破邪の呪文を持たせてくれているんだ。術を剣に含ませて。だから一回こっきりしか出来ない」

 

 三人の妖精は口をポカンと開けた。

「本当かよ」

「うん、俺、破邪の呪文は習い始めた所だもん。俺自身の能力はそんな大した事ないと思うよ」

「何だよそれ、俺、マジでビビってたわ、あ――ぁ」

「ビビってたの?」

 

 ノスリは脱力したが、カワセミは額の手拭いを落として半身を起こした。

「術を持たせるって? 剣に術を、その、手弁当のように持たせる事が出来るの? 君のその……師匠?」

 

「うん、長だって出来るでしょ?」

 

()()()()しか出来ないよ!!」

 叫んで貧血起こして、ベタッと二つ折になって倒れ込む。

 

「カワセミ、今日はもう寝ろ。今聞いても頭に入らんだろ。明日に回そうな、明日に」

 ノスリが子供をあやすみたいに言った。

「うん・・」

 色々難しいカワセミだが、ノスリは彼の扱いのベテランだ。ツバクロは心の中だけで『カワセミマスターのノスリさん』と崇めて有り難がっている。

 

 とりあえず本日は就寝する事になった。

 ノスリがカワセミを抱えて寝床の洞穴へ行き、子供も後に続こうとして、焚き火番のツバクロを振り向いた。

 

「ごめんなさい、俺がちゃんと言わなかったから、混乱させて」

「いや、気にしないでいいよ。それよりカワセミがごめんな」

「ううん。あの……俺、蒼の妖精って、師匠と長と、あと一人ぐらいしか知らないから、基準が分からないの」

「そうなんだ」

「師匠、『蒼の里の者から見たら、自分など味噌ッかすです』っていつも言っているから」

「…………」

 

 

 子供も寝床へ行き、ツバクロは焚き火を見つめながら、今日の出来事を反芻する。

 術はヒトの物でも、それをブレずにしっかり撃ち出せるのは、『大した事のない者』には出来ない。ノスリだって相当酷い目に遭いながら、やっと修得したのだ。

 あの子供は、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、あ、あ、うわぁああ――ー!」

 

 子供の叫び声にツバクロは、泡喰って寝床の洞穴へ走った。

「どうした?」

 

 起こされたノスリとカワセミが迷惑そうに子供を睨んでいる。

 子供は半身起こして背中を丸め、自分の肩を抱いてカタカタ震えている。

 

「寝惚けたの?」

「まったく、お子ちゃまだよなぁ」

 

 しかし子供の震えが止まらないのでちょっと心配になって来た。

 

「世話の焼ける・・」

 カワセミが動いて、子供の肩を押して仰向けに転がし、額に手を当てた。その手が額との間で薄く光る。

 子供の目がトロンとなった。

 

「・・悪い夢でも見たのか?」

「黒い虎が影から出て来て」

「・・うん」

「母さんを引き裂くんだ」

 

 ノスリとツバクロは真剣な顔を見合わせた。

 

「・・予知夢を見た事は?」

「ない」

「・・じゃあ大丈夫だ。黒虎と闘ったから神経が昂っているだけ」

「母さんを」

「・・うん」

「守らなきゃ、誰も守ってくれないから俺が守らなきゃ」

「・・そうだな」

「早く大人になって、もっと強くなって、早く、もっと……」

「・・ああ、きっと強くなれる」

 

 子供は口を半開きにしたまま、静かに寝息を立て出した。

 ツバクロが毛布を掛けてやる。

「カワセミ、ありがとう」

 カワセミは何も言わず、横になって毛布に潜り込んだ。

 

「焚き火番、変わるぞ」

 ノスリが起き出して来て、ツバクロの横へ来た。

「何だか大変な子供だが、やっぱり子供だなぁ」

「ああ」

 

 

 

 

 

 

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