風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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白い森 ~寂しい天の川~・Ⅴ

 

 

 

 

 朝陽の射し込む洞穴で子供が目覚めると、他の者はもう居なくて寝具が畳まれていた。

 

「うわあ、寝坊、ごめんなさい」

 外へ駆け出ると、ノスリが焚き火を組み、ツバクロが落ち枝を抱えて繁みから出て来た所だった。

 

「おはよ、ね、水汲んで来てくれる?」

「うん、あ、はい。カワセミさんは?」

「日課の修練」

 

「カワセミさんに一杯用事があるんだ。まず謝らなきゃ。そんで夕べのお礼も言わなきゃ」

 

「どっちもいいよ」

 灌木をかき分けてカワセミが出て来た。上半身裸でずぶ濡れだ。禊(みそぎ)をしていたらしい。

 

 長い髪が張り付いた背中を見て、子供は目を見開いた。

 濡れた髪の間、肩甲骨の下に、小さな二つの隆起があり、髪とは違う異質な細い毛に覆われている。

 

「・・何ジロジロ見てるの?」

「あ、うん……それ、羽根痕(はねあと)……珍しい先祖返りって奴?」

「ああ、知っているんだ?」

「そんなに詳しくは聞いていない」

 

 カワセミの背には生まれた時から鳥のヒナのような羽根がある。赤ん坊の拳程の、ほとんど成長しないコブのような物だ。

 何百年か前には複数いたらしいが、近年ではカワセミだけだ。能力には関係しないし、長生き出来ないなんて不吉な言い伝えもあるので、里の者はあまり話題にしない。

 彼がそれについてゴチャゴチャ言われる事を嫌がるので、ツバクロ達は身構えた。この子がまたしつこく絡むようなら止めなくちゃ。

 

 と、やにわに子供が自分の上衣をガバリと捲り上げた。

「俺のも見て見て!」

 

 !? まさかこの子にも羽根が? 一瞬ビビったがそうではなく、彼の背にあったのは仔馬のようにフサフサのタテガミだった。髪と同じ真っ赤っか。

「カッコいいでしょ、ね、カワセミさんとどっちがカッコいい!?」

 

「…………」

 二人の妖精は口を半開きで止まり、カワセミは不機嫌になるタイミングを奪われて困っている。

 

(サクッとお出しされたな)

 ツバクロがカワセミの頭に乾いた布を放ってやりながら目配せした。

 子供は純粋の人間ではなく何か混ざっているのだろうと予測していたが、やはりそうだったみたいだ。

 カワセミは懸命に目を細めて正体を見極めようとしている。だが彼にも判別出来ないようで、眉間に縦線を入れて苛立っている。

 

「おう、カッコいいぞ。それは誰から貰った?」

 ノスリのカラッとした声に、二人は思わず二度見した。

 

「狼! 『狼の呪い』って長は言ってた。でも直接悪い事が起こる呪いじゃないから大丈夫だよ」

「え、狼って、お前の師匠?」

「ううん、師匠は『蒼』でこっちは『赤』。長が言うには、師匠の喧嘩相手だって」

 

「ほぉ、外見だけの呪いで済んでいるのか?」

「うん、母さんは気にしていないし親父もカッコいいって喜んでるし、全然呪いになってないの。呪った相手もガッカリだよね」

「はは、そうか、それは確かにガッカリだな」

 

 子供が水を汲みに行ってから、ノスリは鼻から息を吹いて二人を見た。

「聞いて欲しいから見せたんだろうが。聞いてやりゃいいんだよ」

 

 ノスリィ、だから君って好きだよ。

 

 

 焚き火を囲んで、お祈りをして、煮られた雑穀の朝食を摂る。

 

「あの、カワセミさん、夕べは……」

 そぉっと言う子供に、カワセミはピシャリと突っぱねた。

「そういうの、いいっていったでしょ」

 

「カワセミ、お礼くらい言わせてやれよ」

 

「昨日黒虎を呼んで君をハメた事と相殺してくれれば助かる。あとじゃあ、頼みがある」

 

「うん! 俺に出来る事なら何でもする!」

 子供は張り切って答えた。

 

「君の師匠に会わせて欲しい。その、『蒼の狼』ってヒト」

 

 それは、ツバクロとノスリも願っていた事だ。

 この子の昨日の話の感じから、二つ返事で応じてくれるだろうと思えた。

 しかし……

「ごめんなさい」

 子供は眉を寄せて俯(うつむ)いてしまった。

 

「へえ・・」

 カワセミのこめかみの血管がヒクリと動いて、他の二人はヒヤッとなる。

「ボクみたいな小者には会っていられないって? 孤高の剣士サマなんだ、へえ――、へええ――」

 ああ、スイッチが入っちまった。このモードになると蛇よりネチッこいんだよなあ。

 

 しかし挑発は子供を素通りする。

「逆だよ、あのヒト、出奔した事を凄く重く考えているんだ」

「へえ?」

「長と交流があるっていっても、いつも長の方から押し掛けて来る。あのヒトはガチガチに気を使って遠慮して。里の知らない若者になんてとても気楽に会える感じじゃない」

 

 流石のカワセミも拍子抜けして挑発を止めた。

 

「ごめんね、カワセミさん、何か他の頼み事、考えておいて。水、足りなくなったよね、汲んで来る」

 子供は水筒を持って、水場へ駆けて行った。

 

 

 三人はシンとなったが、ウヤムヤしている。

 特にツバクロは、その孤高の剣士サマに逆に興味を持ってしまった。

 凄いオーラの馬を持っていて、長に匹敵する術者の癖に、ガチガチに気を使うヒト……? イメージが湧かない。

 

「畏(かしこ)まって会おうとするから、引かれるんだ」

 ノスリがまたもっともな事を言い出した。

「もっとこう、ナチュラル~に会える感じを演出すりゃいいじゃないか」

 

「何だよそれ、ナチュラル~って何だよ」

「あの子供が危機一髪の所をボク達が助けるとか、ベタベタなのはやめてね」

「何で分かる!」

 

 話している所へ子供が帰って来たので、一旦その話題は切られた。

 

 四人で空を眺めてしばらく待ったが、鷹が来る気配はない。

 二、三日と言っていたから、やはり今日は何も無いのだろう。

 

 ノスリが手頃な木の枝を掴んで立ち上がった。

「鈍(なま)りそうだから、いっちょ振って来るわ。お前も来るか? 剣は習っているんだろ?」

 

「うん! あ、はい!」

 子供は嬉しそうに返事をし、二人連れ立って昨日の広場へ歩いて行った。

 

 程なく、森の中から剣を振る風切り音とノスリの威勢のいい掛け声が聞こえて来る。

 腕を組んで考え込む癖っ毛の妖精に、水色の妖精は禊(みそぎ)の間外していた手首足首の石をジャラジャラつけ直しながら、話し掛けた。

「そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない?」

 

「会わせて欲しいって望んだのは君だろ」

「キミだって興味津々な癖に。どっちにしても頭脳担当はキミだから任せるよ」

「丸投げかよ……」

 

 カワセミはひとつひとつの石を確かめながら、丁寧に身体に巻き付ける。

 どれもこれもちゃんと意味があるらしい。

 ただの装飾品ではなく、術を使うとすぐにオーバーフローを起こす彼の、護身道具なのだ。

 

 外された石と一緒に、小さな布袋が置いてある。口元からピンピンと覗く黒い毛。

 

「カワセミ、それ、黒虎の毛、まだ残っていたのか?」

「うん? 長に渡そうと思って」

「見せてくれる?」

 

 ツバクロは針金みたいな固い毛を摘まんで、じっと見つめた。

「よし!」

 

「何を思い付いたの?」

「カッコ付けようとするから駄目なんだ。僕ら全員、情けなく黒虎に襲われればいい。タスケテ~って」

「はあ……」

 

「あの子の師匠の目の届きそうな場所で黒虎の分身(フェイク)を出してさ。出て来ざるを得ないだろ? キミは希望通り彼の術を見られる。あちらは助けに来たんだから遠慮しなくていい。僕らはお礼を言う為に、眼前まで行かなきゃならない。一石三鳥だ」

 

「ツバクロ、凄いな、キミがいれば里の未来は明るい」

 

 

 森の奥の打ち合いの音が途切れ、灌木の枝の折れるパキパキという音が聞こえる。

「・・あの重量感はノスリだな。受けてやってるのか」

「ノスリには黙っていよう。間違いなく大根だし」

「ひどぃ・・まぁ、嘘の吐けない奴だものな」

 

 一汗かいた二人が、晴れ晴れとした表情で戻って来た。

 

「お前、思い切りは良いがワンパターンだ。敵はお手本通りの動きばかりしてくれんぞ」

「うん、……あ、はい!」

「いつでも術が使えるとは限らん。ついでに剣も無い時の格闘術も教えてやろうか?」

「やったあ! ……あ、はい!」

 

 剣を交えると何かが通じると言うが、まるで昔から知っていたみたいに打ち解けている。

 世の中みんなノスリならどれだけ平和になる事か……二人とも、ノスリのそういう所には一生敵わないと思っている。

 

「所で、今話し合ったんだが」

 ツバクロが畏まって子供に向いた。

「僕は今までの持ち場に仕事を残している。聞いたらカワセミも、中途半端にして来た所があるって言うんだ。それで、今日はもう鷹は来なさそうだから、一旦持ち場に戻ろうと思う。君も家まで送って行くよ」

 

「え、だって、長はここで待機して鷹を待てって……」

「大丈夫、一日程度で戻るし、鷹は僕らがいなけりゃノスリ達のいる湖の方へ行く。こんな森に君を一人で置き去る訳には行かないよ」

「…………」

 

 午後一杯ノスリに指導して貰うつもりだった子供は、酷くガッカリ顔だ。

 ツバクロは少し胸が痛んだ。

 

「カワセミ、何をやり残して来たんだ? まあお前が気になるんなら戻った方がいいよな」

 計略を知らないノスリは素直に従ってくれ、カワセミもちょっと胸が痛んだ。

(後で、ツバクロがナイショにしている隠し酒の場所でも、教えてやるか・・)

 

 

 

「どっちに送る? 家の方か、それとも師匠の所か?」

「あ、師匠ン所に俺の青鹿毛を置いて来たんだ。王都の西側で降ろして欲しいです」

 

 会話を聞いて、ツバクロはカワセミにGOOサインを出した。

 無理に誘導せずに済んだ、計画の半分は成功したような物だ。

 

 三騎は同時に風を呼び、一斉に地上を離れる。

 編隊で飛んだ事がないという子供は、ノスリの後ろでワクワクした顔。

 

 足元に白い森が小さくなる。

 カンバの白っぽい葉と石灰岩の岩山が、緑の草原の中に浮かぶ島のようだ。

 

 カワセミがノスリの馬にスッと寄せて、後ろの子供に話し掛けた。

「ねぇ、キミの長剣の柄のその赤い石、何か謂れがあるのか?」

 

「えっ」

 カワセミから普通に雑談して来てくれた事に顔を輝かせ、子供は嬉しそうに剣を持ち上げた。

「師匠のお下がりだからよく知らない。珍しい石なの?」

 

「ボクの石と共鳴するか試してみたい。ちょっと貸して貰えるか」

 

 子供は少し躊躇したが、飛んでいる間ならと、剣をベルトから外してカワセミに渡した。

 カワセミは手首の石を剣に当ててみる振りをしながらさりげなく離れて行き、ツバクロにGOOサインを出した。

 虎はどうやら『武器を持つ者』に向かって行く習性があるようだから、子供から剣を取り上げておく事にしたのだ。

 

 よし、これで準備万端。

 小袋を取り出しながらカワセミは、王都の西のこんもりした森を睨んで目を細める。

 目一杯、目一杯、目一杯集中して、やっと微かな気配を感じる程度。今まで何度もこの辺りを飛んだのに、結界が張られている事にすら気付けなかった。悔しい、悔しい、忌々しい・・!

 

 黒い固い毛を袋から掴み出し、念を込めてフッと吹く。

 

 

 

 

 

 

 

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