風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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白い森 ~寂しい天の川~・Ⅵ

 

 

 

 

「ノスリ、ツバクロ――!」

 空に響くカワセミの叫び声。

 三頭の馬が黒い影に覆われた。

 真上の空中に、いきなり黒虎が出現したのだ。

 

「派手過ぎだろ、カワセミ!」

 ツバクロは馬を翻して虎の前に飛び込み、剣を抜いて見せてから降下した。

 地上まで虎を誘導するつもりだ。

 

 ところが虎は武器に見向きもせず、風を巻いて空中を走り、反対方向へ逃げるノスリの馬を追い掛けた。

「いかん!」

 一人なら迎え撃つが、今は子供を乗せている。ノスリは速力に劣る自分の馬に渇を入れて、何とか逃げ切ろうとする。

 

 その時、後ろの子供がいきなり立ち上がった。

「あの虎、俺が目当てなんだ!」

 言うが早いか、馬の背を蹴って進行方向と逆側に飛び降りてしまった。

 もうほとんど地面近くにいたが、上手く風に乗れずに着地に失敗し、子供はゴロゴロと転がる。

 虎は本当にそちらへ向きを変えた。

 

「あああっ! まずい!」

 想定外の事態に、ツバクロもカワセミも反応が遅れた。虎が思ったように動いてくれない。

 まだ転がる子供を追い掛け、青竜刀のような前肢を振り上げる。

 

 ――ガシィ!

 二人と違って油断していなかったノスリが、いち早く馬を飛び降り、二刀で爪を受け止めた。

「カワセミ! 呪文を寄越せ!」

 

「あ、うん」

 カワセミは慌てて術を唱えてノスリの剣に向けて放った。夕べみたいに一撃で終わらせたら元も子もないので、ややセーブした呪文だ。

 

 ツバクロも馬を返して戻って来た。

 ――!??

 視界の端に何か映った?

 地平に細い人影、と、昨日の馬……?

 ゆっくり凝視している暇はない。

 とにかく子供を逃がさなきゃ。

 

 術を貰ったノスリの剣が虎を退かせ、ツバクロもカマイタチを放った。

 しかし黒虎は全く効いていない感じで、首を左右に振っている。

 おかしい? 夕べの森で闘った分身とは大分違うような……?

 

「カワセミ?」

「ごめん、本体が来ちゃったみたい」

「マジか、ヤバいだろ!」

 

 子供が立ち上がって、二人に向かって走って来る。

「カワセミ、俺の剣!」

「来るな! キミは逃げろ!」

 

 しかし黒虎は、鼠に執着する猫のように子供の方へ向きを変える。

 

「うぉりゃああ!」

 跳躍したノスリが一閃、虎の肩に大刀で斬りかかった。

 しかし術の入っていない剣は、固い毛皮に止められる。

 

 食い込んだ大刀はビクとも動かず、ノスリは身を振った虎に振り飛ばされてしまった。

 流石に虎も肩の刺(とげ)に怒り、刺した本人に向かって両前肢を振り上げて行く。

 小刀のみになったノスリはまだ体勢が取れていない。

 

 一瞬の隙を突いて、子供が虎の背に駆け上がって大刀に飛び付いた。

 

「カワセミ、呪文、呪文ちょうだ……あぁあ!」

 振り回されながらも握った刀を離さない子供。

 

 考えている暇はない。カワセミはフルスロットルで呪文を放った。

 

 術を貰った大刀が緑から白に輝き、子供は両手に力を込める。

 

 ――破邪――!!

 

 光が翡翠に変わる。

 虎は肩口から真っ二つに分かれた。

 分かれた瞬間粉微塵になり、ザアッと崩れて子供はダルマ落としのように真下に落っこちた。

 

 三人の妖精はしばし茫然としていた。

 最初に我に返ったノスリが、落ちた所へ駆け寄る。

 子供は大の字になって黒い破片の中に伸びていたが、大刀は離していなかった。ノスリを見てニニッと笑う。

 残りの二人も来て両側から手を差し伸べ、子供を引っ張り起こした。

 

 ツバクロは地平の人影を振り向いた。カワセミも途中から気付いていた。

 何で助けに入らなかったんだろう?

 

 その人影が、馬を引きながらこちらへ歩いて来た。

 

「・・!!!!」

 三人は息が止まった。

 赤毛の子供の師匠、『蒼の狼』が、出奔した蒼の妖精だというのは聞いていたが、ごつい剣士か老練賢者のような風貌をイメージしていた。

 

 だから……歩いて来た、風柳(かぜやなぎ)みたいに細い女性に、何のリアクションも取れずに棒立ちになっている。

 冬空色の、霜の降りたような髪と瞳、透ける肌。遥か氷の山から粉雪と共に飛んで来たのかと思わせる……アイスレディ。

 ……こんな女性(ヒト)、里でも何処でも見た事がない……

 

 

 

 

(まったく、どの辺が『狼』なんだよ)

 三人は口をパカンと開いたまま突っ立っていた。

 

「母さん!」

 子供が駆け寄った。

 

 え――っと、粉雪さん、じゃなくて、この子の母さん? が、蒼の狼でこの子の師匠?  

 あ、もしかして馬を借りてるだけで師匠はまた別に? ダメだ、頭が働かん……

 などと脳みそを巡らせている間に、女性は大きく手を振り上げていた。

 

 ――ピシャリ!

 三人は自分が叩(はた)かれたように目を閉じた。

 

 頬を張られた子供が、女性の前で三歩よろめいている。

 

「虎に付け狙われているというのに、剣を身体から離すなんてもっての他です。貴方は一人しかいないのですよ」

 凛と通った、鈴を振るうような声。

 

「ごめんなさい……」

 

「やっと虎を倒せましたね、よくやりました。でも一人で倒したと思ってはいけませんよ」

 

「はいっ」

 

 それから女性は、空間に糊付けされたように固まっている三人に正面向いて、深々と頭を下げた。

「未熟な子供でございますが、何卒宜しくご指導下さいますよう……」

 

「あ、は、はははい!」

 三人は電気に弾かれたように返事をした。

 

 女性がもう一礼をして草の馬で飛び去って、しばらくしてから青年達はようやく硬直が解けた。

 

 子供が神妙に覗き込む。

「ね、とても『気楽に会える』って感じじゃないでしょ?」

 

 三人は首降り人形のように何回も頷いた。

 

 

 ***

 

 

 いぶかる子供とノスリを連れて白い森へ戻り、ツバクロとカワセミは自分達の企てを白状した。

 ノスリは蚊帳の外だった事に不満タラタラだったが、結果一番早く動けたのだからと宥められた。

 

「母さんが助けてくれる訳ないじゃん!」

 子供は口を尖らせた。

「黒虎は俺が怒らせたんだから、責任取ってちゃんと倒せ、って言われていたんだ」

 

「怒らせたって……」

「何ヵ月か前、カゼイズル……北西の山で、眠っている所に騒ぎを起こして怒らせたんだ。それ以来、影に乗っては俺を襲いに来る」

「ええ……」

 ツバクロの影に乗って来たのも必然?

 道理でこの子にばかり向かって行った訳だ。

 

「術を持たされて、責任持って祓えって言われていたんだ。でもいつも力が足りなくて、山に帰す事しか出来なかった。みんなのお陰でやっと倒せた!」

 子供は犬歯を見せて笑顔になり、三人に向けてピョコンとお辞儀をした。

 

「……それで、君が命を落としそうになったらどうするつもりなんだ? 今日だって剣が無かったし、結構危なかったと思うんだが」

 ツバクロが真剣な面持ちで問うた。

 

「そうならないように普段からシゴかれてんじゃん」

 キョンと返事をする子供。

 

 三人はうっすら分かって来た。

 この子と蒼の狼の師弟関係に、自分達の定石は通用しない。二人だけの絶対の信頼で成り立っているんだ。

 

「何だか少しだけ羨ましい」

 カワセミがポツリと言った。

 

 

 ***

 

 

 時は少し遡る。

 

 西の森、中央の広場。

 空から戻った女性は、馬を下りてパォの入り口を潜った。

 

 中にいたヒトがいない? と思ったら、床に転がってカブトムシの幼虫のようにくの字になって、ヒクヒクと痙攣している。

 

「兄様?」

「ひ、ひ、クルシイ……」

 

 小机には一抱えもあるビイドロの大皿。清水が張られた水面に、今しがた出会って来た三人の若者の呆けた顔が映っている。

 

 彼女の兄である蒼の長が、まだヒィヒィ言いながら起き上がった。

「ああおかしい、ツバクロの顔ったら。カワセミでもこんな顔をするんですねぇ」

 

「兄様、趣味が悪いです。ご自分の弟子をそんな風にオモチャにする長が、何処にいますか」

 

「オモチャになんかしていません!」

 長は長い髪を払って背筋を伸ばした。

「ただね、あの子達が勝手にオモチャになってくれるだけですよ」

 

 また相好を崩して笑い出す兄に溜め息吐いて、女性はベッドに腰掛けた。

 確かに自分で頼んだ事だから、文句は言えないのだが……

 

 

 

 トルイが妖精の学びを受けたいと言うのを、長は二つ返事で承諾してくれた。

 人間に生まれたので油断していたが、思った以上に妖精の資質を継承していた子供を、彼も案じていたのだ。

 技や術は妹でも教えられるが、蒼の妖精としての根っこの摂理を、一度きちんと学ばせねばならない。

 

 ただ、多忙な長を独占する訳には行かず、他の弟子の子達と机を並べる事となる。

 心配したのは、里を出奔した身の妹だ。

 

「心配いりませんよ、皆本当にいい子達です」

 長は不安がる妹の為に、少しの『お試し期間』を設けて参観させてくれた。

 水鏡の術は、音声は聞こえないが大体の状況を見る事が出来る。

 最初はギクシャクしていた弟子達との間柄が段々とほぐれて行くのを、母は涙ぐみながらここで見つめていたのだった。

 

 

 

 水盤の映像がフッと消え、甲高い鳴き声と共に外から鷹が帰って来た。

「ご苦労様でした」

 昨日の夕方から、この鷹の目が水盤に映像を送ってくれていたのだ。

 褒美のエサを与え、長は水鏡の術を解いた。

 

「参観はもう要りませんよね、安心したでしょ。何せ私の自慢の弟子達です」

 

「はい、でも、お弟子さん達にもっとお礼を言いたかったわ。身を挺してトルイを守ってくれたあの身体の大きな方なんか、抱きしめて感謝を示したかった位です」

 

「そ、それは、絶対にやめて下さい、ああ、釘を刺しておいて良かった……」

 

 黒虎との闘いを見届けに行こうと馬に跨がる妹に、長は幾つかお願いをしていた。

『表情は崩さぬよう、間違っても笑ったりせぬよう、弟子達に話し掛けるのは最小限にして下さい』と。

 

 

「出奔した身ゆえ、里の者とあまり関わってはならぬのは得心しておりますが……」

「あ、そういうのじゃないです」

 長は努めてシャッキリして、妹に向き直った。

 

「貴女には、あの三人にとって『孤高の存在』になって貰います」

「へ……は……?」

「必要なんですよ、ああいう成長途上の若者には。今後もし会う事があっても、毅然としていて下さい」

「はぁ……でもそういう役割は兄様の方が適任ではありませんか?」

 

「嫌ですよ、疲れるから」

「…………」

 

「私は優しくて美味しいトコ取りのオジサンでいます。楽だから」

「…………」

 

「貴女も、一族の事を私に任せきりで引け目を感じているのなら、その位は引き受けて下さい」

「……分かりました」

 

 渋々承知する妹に、長は横目でほくそ笑む。

 この妹(こ)は、自分を見られる者がほぼ限られた環境で成長し、唯一の大人の男があの『唐変木(テムジン)』だ。

 だから自分の外見が、他の者にとってどれだけインパクトがあるのかなんて、全く知らない。

 弟子達が一通りのリアクションを取ってくれて、長は大いに満足だった。

 

 まあ、予想外の収穫もあった。

 優等生過ぎて、横風(イレギュラー)に弱かったツバクロ、

 自分の事だけで精一杯だったカワセミ、

 物事を早合点して、即席に答えを求めがちだったノスリ、

 ……彼らが自分の欠点に向き合って克服する切っ掛けをくれた。

 

(本当に大した子供ですよ、貴女の息子は……)

 

 

 

 

 

 

 

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