風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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白い森 ~寂しい天の川~・Ⅷ

 

 

 

 

 

「起――き――ろ――!」

 

 やっぱり子供は寝過ごしてしまった。

 今回はノスリに毛布ごとひっくり返される。

 洞穴から転がり出ると、ツバクロが焚き火を起こし、カワセミは朝の修練に行く所だった。

 

「来い・・ キミ、修練次第では何かの術が降りるかもしれない」

「えっホント? じゃなくて、はい!」

 

 滑るように歩く水色の髪の後ろを、子供はバタバタと着いて行った。

 湯を沸かすツバクロの横で薪を削りながら、ノスリが微笑まし気に見送る。

 

「俺、最初、長があの子を里に関わらせる事に、結構ビビった。何を考えているんだ、って」

「ああ、実は僕も。あのヒト、慣例を無視して飄々と色んな事を変えて来たから……今度は何をやらかすんだ、って」

「長があの子をどうされるつもりなのかは分からんが…… 俺はあの子は好きだ」

「僕も好きだよ」

 

 

「そうですか、それは良かったです」

 木々のざわめきの中に声がした。

 

 二人が飛び上がって振り向くと、長い群青色の髪を揺らして、蒼の長が涼しげな顔で立っていた。

 

「お、さ、!」

「直接来られたんですか!?」

 

「早く貴方達に会いたくて、ダッシュで用件を済ませて来ました。何か飲ませて下さい」

「あ、あの、長……」

「最初に言っちゃいますが、()()()あの子をどうこうするつもりはありません。お茶くださいな。喉がカラカラです」

「は、はい」

 

 ツバクロがカップに紅茶を注いで、長に差し出した。

 

「長、だけれどあいつ、中々のタマだ。人間の将軍だけに納めておくのは勿体ないですぜ」

「ふふ、ノスリは私と同意見ですね。あの子の落ち着き先は、彼の父親と話が着いているんですよ、あちち」

「はあ」

 長の人脈って……

「北の草原台地の領主の席です。蒼の里のある所ですね。貴方達と彼と、仲良く平和に治めて行って下さいね」

 

「…………」

「…………」

 二人の青年は口をパカンと開けた。そういう事ですかっ! 

 

「仲良しになって貰えてとても良かったです」

 長はすまして紅茶をすすった。

 

 ツバクロがそぉっと切り出した。

「僕達、その……あの子の母親、長の妹君に、お会いしました」

 

 長はカップから口を離して、二人から顔を背けて地面を向いた。ヒクヒクと肩を震わせている。

 勝手に王都へ行った事を怒っているのか、妹君の事を想って涙を堪(こら)えているのか。

 実は思い出し笑いを噛み締めているだけだが。

 

「そうですか、で、どうでした? 私の妹、どうでした?」

 やっと顔を上げた長は、目をうるうるさせている。

 

「えぇ? えと、その、綺麗な方だなぁ、と」

 思っていたのと違う質問をされて戸惑うツバクロ。

「綺麗だけれど、おっかなかったっス」

 素直なノスリ。

 

 

「誰がおっかないの?」

 カワセミが上半身裸のズブ濡れで戻って来た。

 後ろから同じような格好の子供が着いて来るが、こちらは朦朧(もうろう)として足元が千鳥っている。

 

「おやおや」

「あ、長ぁ!」

「ちゃんと修練は欠かしていませんね、エライエライ」

 長は立ち上がって、カワセミの濡れた髪をクシャクシャと撫でた。

 

 子供はどんな修練をやらされたのか、フラフラで長にも気付けていない。

 背中のタテガミを晒したまま、地面にグニャリと倒れ込んでしまった。

 

「お――い、長が見えているぞ」

「お、長、ふにゃ……」

 立ち上がろうと頑張るが、手足に力が入らない感じで、うつ伏せたままアメンボのようにもがいている。

 

「珍しい弟子入りポーズですね。名前は貰えたんですか」

 

 三人は顔を見合わせて子供に向いた。

「ほら頑張れ」

「名前ってのは自分で名乗るモンだろ」

 

 子供は歯を喰い縛って顔を上げた。

「キ……キビタキ!」

 言い終わるや、また地面にバタンキュウ。

 

「ほお」

 長は三人を見回した。

 蒼の里で鳥の名前を貰ったのはこの三人だけだ。彼らはそれを誇りに思っている。

 しかもキビタキというのは三人にとって特別な鳥だ。

 この子は相当好いて貰えたようだ。

 

 

「おや?」

 長が森の入り口を見やった。

 

 青年達も釣られてそちらを見て……

「ヒッ」

 三人一緒に電気に弾かれたように飛び上がった。

 森の入り口に気配もなく現れた、馬を連れた人影……

 

「あらら貴女、どうしたのですか?」

 長が驚いた感じで立ち上がった。

 

 逆光の中の冬空の髪、氷のような表情……件(くだん)のアイスレディだ。

 昨日はローブ姿だったが、今日は真白い甲冑に身を包んでいる。

 

「かっけぇ……」

 ノスリがポツと呟いた。

 

 女性は朝の木洩れ日の中を静かに歩き、長の前まで来て、やにわに跪(ひざまず)いた。

 

「長、申し訳ありません」

 

「何かあったのですか?」

 

 

 

 ***

 

 

 

「遠征が早まったのです大陸で急な動きがあって」

 

「それは、また……」

「急ぎ出立(しゅったつ)せねばなりません。トルイも、初陣は発表されています。父と共に国民の前に立って宣誓をせねばなりません」

「そうですか……それは……仕方がないですね。今回の弟子入りは見送りにしましょう、残念ですが」

 

 三人の青年はハッとして、うつ伏せたまま意識を失くしている子供を見た。

 あんなに楽しみにしていた弟子入りを取り止めて、戦争に行ってしまわねばならないのか……

 

「まあ、トルイ」

 女性は弟子達の陰になっていた我が子をやっと発見した。

「だらしのない、長の御前で!」

 

「わぁあ!」

 カワセミが弾かれたように子供に被さる。

「ボクがシゴキ過ぎたの、ビンタは勘弁してやって!」

 

 ノスリもその前に立ちはだかった。

「昨日から飛ばし過ぎたんだ。こいつ吸収が早いからつい熱が入って、すんません!」

 ツバクロは一歩前に出る。

「この子は僕の弟弟子です。不備があるのなら、あ、兄弟子の僕に、せ、責任が、ありまひゅ」

 ちょっと噛んだ。

 

 弟子達に見えない後方で、長が目を三日月にしてニコニコと眺めている。

 

 女性は口の端を震わせて、何かを懸命に抑えているようだ。

 ツバクロは歯を喰い縛った。

 しかし子供が目を覚ましたので、女性の意識はそちらへ行った。

 

「ふわ…… あれ、母さん?」

「遠征が早まったのです。急ぎ城へ戻らねばなりません」

「え、えぇっ?」

「今回の弟子入りは見送りとなりました。帰宅の準備をして来なさい。出陣に際して、初陣の皇子の顔見せがあります。貴方がいなくては始まりませんよ」

 

「は、はい……」

 子供は三人の方を哀しそうに見てから、千鳥足で洞穴へ駆けて行った。

 三人はというと、女性が今言った言葉の中身に、やや凍り付いている。

 

 長が改めて女性の隣に来た。

「本当に残念です。皇子として世間にお披露目してしまうと、そうそう自由もなくなる。今回が良い機会だったのに」

「大陸から帰ったら……もしかしたら何年か先になるかもしれませんが、またお頼み致します」

「ええ。貴女も病み上がりなんだから無理をしてはいけませんよ」

 女性は少しだけ目をしばたいた。

 

 子供が身支度を整え、三人の青年の前に来た。

「えっと、ありがとう、ございました……カワセミさん、ノスリさん、ツバクロさん……」

 

「おう、俺らの事はもう、さん付けで呼ばなくてもいいぞ。同じ名を持つ仲間だ」

 子供の堪(こら)えた目の下が、ブワッと膨らんだ。

 

 それを見ていたツバクロが、意を決したように女性の前に駆け出た。

「あ、あの! 出陣式と、その後、大陸の砦に居ればいいんですよね!?」

 

 女性は固まった表情で癖っ毛の青年を見つめている。

 今度こそビンタが飛んで来るかもしれない、しかしビンタの一つ二つ受ける覚悟だ。

「大陸までの移動に何十日も掛かるでしょう? そのタイムラグに、少しでも蒼の里で勉強出来ます!」

 

「ほぉ、そしてその後は?」

 長が口を挟んだ。

「僕が砦まで送ります。僕が風を読んだら、どんな草の馬よりも何倍も速い。長もご存知でしょう? だから、えっと、大陸まで飛ぶ許可を、下さい……」

 

「順序が逆でしたね。宜しいでしょう、許可します」

 言いながら女性に向き直る。

「・と言う事です。どうです? このツバクロなら、二人乗りでも大陸の砦まで半日掛からずに飛べます」

 

 女性は氷の像のように微動だにしない。

 子供はすがるような目で彼女を見上げる。

 やがて女性は目を臥せて、ツバクロに深々と頭を下げた。

「宜しく、お頼み致します……」

 

「あ、いえ、はいっ」

 テンパる青年に背を向け、女性はスタスタと自分の馬に向かって歩き出した。

 子供も慌てて着いて行く。

 

「ここで待っていますよ、式典なんて面倒な物、チャッチャと済ませて来て下さいね――」

 長が朗らかに声を掛け、女性は鞍上で目礼して、子供と共に飛び去った。

 

(あの子、色んな物を堪(こら)えるのに、一杯一杯でしたねぇ)

 

 

 

「お~さぁ~~」

 しみじみしている長の後ろから、三人の弟子が折り重なって抗議の目で圧を掛けている。

 

「キビタキの父親が帝国の大王だなんて聞いてませんよぉお――!」

「あのガキンチョ、皇子サマかよぉ」

「あのヒト、大王の妃なんダ・・」

 

「まあまあ、丁度時間も出来ました。ちょっと座りましょう。ノスリ、焚き火が消えそうですよ。ツバクロ、お茶を入れて下さい。カワセミ……」

 長はまだ上半身裸のままの弟子に、上衣を掛けてやりながら言った。

「あの子は妃ではありません。王の子を一人送り出したけれど……それだけです」

 

 

 

 

 

 

 

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