風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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余話・短編です


余話
沈丁花・Ⅰ


 

 

 

 

「・・着いて、来るな」

 

「もう一回見せて、もう一回だけ!」

 

「しつこい」

 

 水色の妖精は振り向きざまに腕を伸ばして、五本指を突き出した。

 地面の岩が光ったかと思うと、表面がパリッとはぜる。

 

 追い掛けていた赤毛の子供は、目をキラキラさせて満面の笑み。

 憧れの妖精の里で毎日術に触れられて、嬉しくてしようがないのだ。

 兄弟子の眉間の縦線になど気付いていない

 

「そう、これこれ、この感じ」

 子供は躊躇なく、まだチキチキ言っている岩を撫でた。

 並みの者なら感電して悲鳴を上げる所だが、この子は平気だ。

 手の中に感触が残っている内に模倣しようと、銀の瞳を寄り目にして、掌に集中し始めた。

 

 カワセミは鼻から息を吐いて、とっとと踵を返した。早朝の修練が済んだら、長に言い遣った仕事がある。子供の相手ばかりしている訳には行かない。

(第一子供の面倒を見るのはノスリやツバクロの方が上手じゃないか。何で暇さえあればボクに絡んで来るんだよ)

 

 ――バシッ

 

 振り向くと、子供の両手の間に放電が出来ていた。一瞬で消えてしまったが間違いなく自ら作った物だ。

 

「へぇ・・」

 

「ね、ね、今の感じでよかった?」

「まぁね」

「やったあ!」

 

 子供は拳を突き上げてピョンと跳ね、そのまま手を振って坂を駆け下りて行った。

 放牧地の向こうの修練所へ座学を受けに行くのだ。

 

 肩を下ろして、馬繋ぎ場へ向かうカワセミの両側から、ノスリとツバクロが寄って来た。

 

「・・見てたの」

「ガキンチョ、長に、雷系の術の資質があるって言われて、大喜びだったもんな」

「ノスリが相手してやれば良かったのに」

「僕らに誉められてもあそこまで喜ばないよ、キビタキは」

「…………」

 

 

 キビタキという名前を貰った人間の少年トルイは、限られた里での修行期間に、あらゆる物を吸収しようと一所懸命だった。

 今は修練所に通い、妖精の子供が基本として学ぶ、世界の摂理や掟についての講義を受けている。

 

 修練所は里の子供の為の教育施設で、年齢に応じた様々な講義や実技教習が行われている。

 長は彼に役立ちそうな講義を選び出して、受講の許可を取ってくれた。

 何日かに一度は長に直接指導も受けられるのだが、基本、長も三人の弟子も忙しいのだ。

『城の家庭教師と師匠にしか物を習った事がない』と言うキビタキは、初めての大勢で学ぶ教室に緊張しながらも、真面目に通っている。

 

 指定された講義が終わったら一直線に長の執務室に駆け戻る。

 里の中心、石造りの執務室は、長と三人の弟子、数人の見習いが出入りするが、昼間は無人な事が多い。

 彼はひたすらそこで『一番下っ端』らしい雑用をこなしている。

 誰かが帰って来たら稽古を付けて貰い、子供が寝る時間になったら、居候している三人の弟子の家へ。

 

 

「放課後なんか、ちょっとくらい同年代の子と遊んでもいいのに」

 

 子供か帰宅した夜半の執務室。

 ツルツルに磨かれた靴を眺めながら、ノスリが呟いた。

 同じくツルツルにされたスウェードの長靴(ちょうか)を睨むツバクロ。

「皇子様育ちで下働きなんかした事ないだろうに、健気だな。そうそう、朝の早い内に夏草色の馬に会いに行っているみたいだよ」

 

「ああ、帰る時はあいつに乗せて貰わにゃならんからな。どうだ、ちょっとは慣れてくれたか?」

 

「何だかんだ言ってあの馬は、肝心な時はちゃんと言う事を聞いてくれるからね。最初に脅し過ぎちゃったな」

 

「子供は子供と遊べばいいんだ――!」

 長椅子に寝転んだカワセミが手足をバタバタさせる。長が居ないと行儀もクソもなくなるのが彼。

 

「ノスリやツバクロは程々にしか懐かれていないから、のほほんとしていられるんだ。何でボクにだけあんなトリモチみたいにベッタリ張り付いて来る訳?」

 夕方仕事から帰ってからも、カワセミはずっと子供にまとわり付かれて、渋々術の手解きをしてやっている。ちなみに彼はいつも裸足なので、磨いて貰う靴がない。

 

「君だってキビタキの事、結構気に入ってただろ?」

「あの子は好きだけれど子供の相手はキラ――イ!」

 

 訳の分からない理屈を捏ね出した所で、御簾が開いて群青色の長い髪の長が入って来た。

 

「人間は寿命が短いですからね、一期一会という言葉があるくらいで。貴方に教わる機会を、貴方より重く考えているんですよ」

 

「長、お帰りなさい」

 弟子の二人は立ち上がり、カワセミは長椅子の下に一度転がり落ちてから、ぬっと顔を出した。

「ボクは困る! もっとノスリやツバクロと分担して欲しい!」

 

「俺は格闘を教えているぞ。だが人間は体力の限界が早いから、時間が短くなるのはしようがない」

「僕は座学を見てあげてるけれど、カワセミが戻って来ると飛んで行っちゃうからね」

 

「後進を育てるのも大切な修練の一環です。短い期限なんだから頑張って見てあげて下さいね」

 

「ゔう゛・・」

 

 長に言われたらしようがない。

 水色の妖精は、渋々諦めて、長椅子に戻った。

 

 長は奥の大机に座し、手にしていた巻き紙を端に置いて、本日の報告に目を通し始める。

 

「長、こちらの巻き紙は? 僕に処理出来る物ならして置きますが」

「ああ、先ほど馬繋ぎ場で、修練所の古参の教官に渡されたのですが……そうですね、目を通して、必要な部分を要約して口頭で伝えてくれますか?」

 

「はい」

 ツバクロは巻き紙を開いて、なるほど……と納得した。ビッシリと敷き詰められた煉瓦塀文字。

 ノスリとカワセミも両側から覗き込んで、うへぇという顔になる。

「文字数の圧で殴ろうとするヤツって、得てして薄っすい事しか書いていないんだよね!」

 カワセミが言って、顔を上げた長に『めっ』って顔で叱られた。

 

「あぁ――……キビタキが講義を受けに来る事に対しての、遠回しな苦情ですね」

 きっちりと目を通したツバクロが喋り始めた。

 長は黙って報告書類を仕分けている。

 ノスリとカワセミが横へ行って、仕分けられた萱紙を綴じる作業を手伝い始める。

 

「人間が混じっていると、教えてはいけない箇所の度につっかえて、講義が滞ると。まぁそんな感じです」

 

「『()()()()迷惑してる』とか主語を大っきく書いてあるんでしょ?」

 カワセミが嫌みたっぷりに突っ込んで、長にまた睨まれた。

 

「返書しますか?」

 ツバクロはもう紙を広げて羽根ペンを構えている。

 長は、報告書の何枚かを読み返しながら、朗々と答えた。

「では……『こうこう、こう言う陳情を頂いたけれど、修練所で子供達に教える基本の中に、他種族に言えないような代物が混じっているとの指摘にびっくり。真実ならば大問題であるので、人手を割いて全見直しをお願いします』って内容を穏便な文章に変換して、修練所長殿宛てにしたためて下さい」

 

「了解です」

 ツバクロは返事と共に筆を走らせる。

 

「ノスリ、こちらの見習いさんが書いた報告書、問題点を朱筆しておきましたので、明日、指導をお願いします」

「承知しました」

「カワセミ、何かありますか?」

「ん――・・ これ、何だかピリッとする」

 水色の妖精は机に残された書類の中から、一枚を取り上げた。

「では、明日は一番にそれを再調査しましょう」

「はぁい」

 

 将来的に長を継ぐ事を告げられた時は三人ともビビったが、こうやって皆で協力する形を作って、少しずつ準備している。

 長は、未来を見据えた様々な改革を、自分の任期の間に形にしようとしている。

 が、やはり里の皆が皆、諸手を挙げて賛同してくれる訳ではない。

 

 特に古い大人には、血縁外の長に異を唱える者が少なくない。仕方のない事だ。何万年もやって来た事を変えるのだから。

 少しずつ少しずつ、無理なく自然に曲げて行かねばならない。

 

 

「人間の教育を引き受けるってぇのも、改革の一つなのか?」

 執務室の灯りを消し、長と別れて三人、坂を下って帰宅の途。

 三人暮らしのパォだが、今は小さいベッドを入れてキビタキが居候している。

 

「流石にあの子だけの特例だとは思うよ。それでも未来にまた、妖精の資質を持った人間の子供が現れる可能性もある。その時に里がスムーズに受け入れられるように、良い前例にしてあげなくちゃね」

「えぇ――っ、ボクは疲れるぅ」

 

「お前に喰い付いて行ける人間なんてそうそう出現してたまるか。稀少なケースなんだからせいぜい可愛がってやれや」

「他人事だと思って……」

 

 パォが近付いて来たので、三人はお喋りを止めた。

 奥のカンテラ台に薄い灯りが灯され、隅のベッドで子供が寝ている。

 最初は起きて待っていたのだが、カワセミに『定められた時間に寝ろ、さもなきゃ強制睡眠の術だ』と脅されてから、寝ているようになった。

 

 妖精でも人間でも、子供には充分な睡眠が必要っていうのは、大昔からの大地の掟だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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