風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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沈丁花・Ⅱ

 

 

 

 その日、執務室は珍しくカワセミ一人だった。

 本日の仕事が奇跡的に何の滞りもなく終わり、日の高い内に帰って来られたのだ。

 この時間、キビタキはまだ修練所。

 

「う~~ぃ、久し振りにダラダラ出来る。これで長が居てくれたら最高なんだけどな~」

 

 しかし彼の満喫タイムはすぐ打ち壊された。

 外から声が掛かり、御簾が揺れて顔を出したのは、キビタキと同年代の子供。

 室内にカワセミ一人なのを見て、ビクビクしている。

 

「・・なに?」

 ゆらりと立ち上がる水色の妖精に、子供は絞め殺されそうな顔でしどもどと喋った。

「えっあっ、あの、修練所長が、長様を呼んで来るようにって」

 

「長がこんな時間に居らっしゃる訳がなかろう」

「でっ、でも、あうぅ……」

 

 居なかったら弟子の誰かでもいいという伝言を子供がやっと言えた頃には、カワセミのイライラはマックスに達していた。

 何だってこんな日に限ってツバクロもノスリもいないんだよ。そもそも所長ごときが何故長を呼び付ける? 

 

 仕方なく子供に先導させて修練所へ向かうカワセミ。

「あの、俺ら、ちょっとからかっただけなんです……」

 子供は消えそうな声で一度だけ喋ったが、恐ろしい三白眼にギロリに睨まれ、二度と口を開けなくなった。

 

 修練所に近付くにつれて喧(やかま)しい声が響き、土手を登って姿を現したら、広場で遊んでいた子供に一斉にビビられる。

(だからイヤなんだ、こっち来んの)

 

 所長室の扉を開くと室内全員にまたビビられた。

 所長はじめ教官らしき大人と子供が数人づつ。不快指数の高い部屋だ。

 

「長は不在です。代理で来ました」

 奥に座す所長の前に進もうとして、来客用の長椅子に子供が寝かされているのに気が付いた。

 額に濡れ手拭いを乗せられた、赤毛のキビタキ。

 

「…………」

 カワセミは無言でそちらへ方向を変え、脇に屈んだ。

 手拭いをどけると、意識が飛んでいて目の下が黒い。

 術力を急激に放出した反動症状。彼も散々経験したからすぐに分かる。

 

 何も言わずにカワセミは、細い指を突き出して赤毛の子供の額に触れた。

 ピシッと音がして、横たわっている身体が拳一つ分も跳ね上がる。

 室内全員がまたビビる。

 

「な、何をしておる」

 古参らしき老教官が、その場から動かないまま声を上げた。

 

「叩き起こして連れ帰る。その為に呼び付けたのではないのか?」

 

 子供の身体がもう一度ピシリと跳ね上がり、足が椅子の肘掛けに当たってゴンと音を立てたが、まだ目を覚まさない。

 

「え、いやいやいや」

 老教官は慌てて所長を見た。

 髭をたたえた所長はハッとして、やっと自分の役割の為の口を開いた。

「こうなった次第を伝える為に呼んだのです」

 

「長を?」

 

「そ、その子は先程まで熱もあった。動かせないだろう」

 

「知恵熱みたいな物だ、この程度でだらしがない。長が居らしたら煩わせる所だったではないか」

 

 水色の妖精の声は氷のように棒読みで、聞く者の背中に冷水を流す。

 細い指がもう一度子供の額に触れようとした所で、後方にいた若い教官が駆け寄り、手首と腕を掴んだ。

 

「話を、先に話を聞いて下さい」

 

 案の定というか、呼び出しの理由は子供の喧嘩だった。

(くだらない・・)

 

 若い教官が、子供らに話をするよう促す。

「俺ら、『何もやってない』よ。何もしないのにそいつが勝手にキレたんだ」

 一番身体の大きな子が、代表するように喋った。

 

「最初は『ささいな』口喧嘩だったらしいが、人間の子供が興奮して放電を起こしてしまったのだ」

 古参の教官が仰々しく言う。

 

「・・何処で?」

「き、教室だ、場所などどうでもいいだろう。側に居ただけのこの子らを感電させたのだぞ」

 

 カワセミは顔を上げて、大人の陰に隠れて立つ子供達を見た。人数は五人で、案内して来た子も混じっている。

 

「ピリっとしただけだよ、静電気みたいなの」

「光は眩しかったけれど、しょぼい術だったよな」

 思いの他大層な騒がれ方になって、呼び出されて来た大人は物凄くおっかないしで、後悔している感じだ。

「でも俺ら、本当に『何もしてない』よ。そいつ、術をボーハツさせて勝手に引っくり返っただけだし」

 身体の大きい子供が繰り返した。

 

「そうか」

 カワセミは、踵を返して戸口へ向かった。

 

「待て、まだ話を」

「どの教室だ?」

「は?」

「起こった事をつまびらかにする。長には繕い無き真実を報告せねばならぬゆえ。早く案内を」

 

 誰も動かないので、水色の妖精は風のように老教官の前へ行き、額に掌をかざした。

「ひっ」と禿げ頭を押さえる老人を尻目に、スタスタと廊下に出て、一直線に件の教室へ向かう。

 

 所長が慌てて追い掛け、残る教官と子供達も後を追った。

 教室では水色の髪の後ろ姿が、既に漆喰の床に掌(てのひら)を当てていた。

 正確に、先程赤毛の子供が倒れていた場所だ。

 

 何故分かる? 疑問に思うまでもない。彼が『長に次ぐと噂される術者』だからだ。

 禿げ頭から教室の場所を抜き取り、教室に入ったら術の残り香を探ったのだ。

 

「このヒトには何も隠せない」

 後方の若い教官が小声で呟いた。

 横の子供がビクッと揺れる。最初にカワセミを案内して来た子だ。

「あ、あれは何をしているの?」

「『地の記憶を読む』って奴だ。過去にそこで何があったかを知る事が出来る。……誰が何をどういう風に喋ったのかも、全部だぞ」

 子供は五人とも蒼白になった。

 

「や、やめて貰ってよ」

 身体の大きい子が老教官の腕にすがった。

 禿げ頭は思いも寄らぬ事態に茫然と突っ立っている。こんな予定ではなかった、長殿を呼び付けて、それ見たことかとネチネチ喋る自分しか想定していなかったのだ。

 

「『何もしていない』のなら堂々としていなさい」

 若い教官が小声で言った。

「何もしてないよ、手も出していないし、触ってもいない」

「言葉は暴力と同じにヒトを傷付ける事が出来る。知っているから使ったし、いま後悔しているんだろう?」

「~~ と、とにかくやめて貰って。謝るから!」

 

 若い教官が「カワセミ殿」と言って止めようとした時、後ろから何かに押された。

 赤毛の子供が凄い勢いで飛び込んで来て、皆を押し退け、足をもつれさせながら水色の妖精の腕にしがみ付いたのだ。

 地面から手の離れたカワセミは、驚いた目で子供を見ている。

 

「み、視ちゃった?」

「・・・・いや、まだ」

 

「視なくていい。俺がみんな悪い。どんな罰も受ける。だから視なくていい」

「…………」

 

 カワセミは立って、キビタキを子供達の方へ向かせた。

「悪かったと思うのなら、謝れ」

 

「ごめんなさい」

 赤毛の子供は素直にペコンとお辞儀をした。

 

 ・・?

 正面の子供達ばかりでなく、所長や教官までもが目を見開いている。

 キビタキは顔を横に向けて、そして感電したみたいに震えた。

 

 カワセミも後ろで直角に頭を下げている。

 

「この度は我が弟(おとうと)弟子が大層な迷惑を掛けた。兄弟子として不行き届きを深謝する」

 

 キビタキは上げようと思っていた頭をもう一度、額が膝に着くかと思う位勢いよく下げた。

 

 

 

 

 夕焼け空を背景に並んで帰る、水色の妖精と赤毛の子供。

 二人とも無言だったが、まだ足取りの覚束ない子供の歩調に、カワセミは合わせてやっている。

 

 放牧地への土手を登った所で、カワセミが立ち止まった。

「何の香りだ?」

 

「ああ、うん、あれだよ、沈丁花」

 子供は反対側の土手下の、白い花房に覆われた灌木を指差した。

「もうちょっと早くに咲く花なのに。陽当たりが悪いのかな」

 

「キビタキはそういうのよく知っているな」

「母さんが、花や植物が好きな癖に、全然覚えないの。だから俺が代わりに覚えて、教えてあげてる」

「そうか…… 手折って来てくれ」

「えっ? はい」

 

 キビタキは土手を滑り下りて、花房が一つ付いた枝を取って来た。

 カワセミは枝を受け取って、香りをくゆらせながら歩き出した。キビタキも後に続く。

 

 それだけの、何て事はない道行きだった。

 初夏の牧草地が夕陽のオレンジに柔らかくそよぐ。

 これから沈丁花の香りを嗅ぐ度にこの風景を思い出すんだろうなと、キビタキは思った。

 

 

 人生で、ただ長く居ても何も残らないヒトがいる。

 ほんの少ししか居なかったのに、一生残るヒトもいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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