風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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風の末裔・Ⅳ

 

 

 

 飛び交う火矢と投石、左に右に逃げ惑う住民、財を抱えた人間、子を抱いた人間、動いている人間、動いていない人間。

 

 草の馬は、風の妖精が飛行術を唱えないと飛べない。

 人間からは見えないが、火も石も馬にとっては脅威だ。

 

 屋根で燃える炎がはぜて、破片が降って来る。

「ひっ」

 頭を抱える腕を、横から掴まれた。

 

「ドン臭ぇなあ、あんた本当に蒼の妖精か?」

 火掻き棒を持ったままの少年が、狭い路地に引っ張り込んでくれた。

 直後、居た場所を、どちらかの騎兵が乱暴に駆け抜けて行く。

 

「あんたの言った通り街中丸焼けになりそうだから、奴隷小屋を全部開けて回る事にした。あっちにあと二棟」

 少年は話しながら細い路地をぐいぐいと進む。

「それも貴方の仲間?」

「いや、知らん連中だけれど、こんな中、奴隷小屋の鍵を開けてやってから逃げる律儀な牢番なんかいないだろ」

 女の子はオレンジの炎に逆光の少年をマジマジと見た。

 

「それより馬はどうした?」

「えっ、あ、あの、逃げられて……」

「はあ!?」

 

 顔を真っ赤にして女の子は俯いた。情けない。こんな少年を前にして情けない。

 自分は安全な妖精に生まれてフワフワ生きて来て、手綱もフワフワ持っていただけなんだ。

 こんなにも覚悟を決めて必死に生きている人の前で、何て恥ずかしい。

 

「ほれ」

 目の前に鉄の棒が突き付けられた。

「そちらの棟。さっきの調子で錠前を叩き壊して回って。俺はあっちを壊して来る」

「は、はい」

 

 鉄の棒を振り下ろすと、自分の中の何かも叩き壊した気がした。

 扉が開くと、絶望の表情をしていた女性や子供がよろけながら飛び出して来る。

「あ、ありがとう、ありがとうございます」

 顔が煤で真っ黒だ。

 女の子は夢中で次々に扉を壊した。

 

「あっち方向の壁が切れてる、走れ!」

 少年の指差す方向へ、解放された奴隷達は顔を上げて駆けて行った。

 最後の一人まで小屋を出たのを見計らってから、少年は妖精の女の子に向いた。

 

「よし、じゃあ、あんたの馬を捜しに行こうか」

 

 

 ***

 

 

「だ、大丈夫です、一人で捜せます」

「そんなにドン臭くて大丈夫もないだろ」

 

 さっきから女の子は、飛んで来る物や走って来る馬から、散々少年に助けられている。

 壁の裏に隠れて騎馬をやり過ごしながら、少年は呆れ顔で言った。

「人間から見えないからって、踏み潰されたら同じだろうが。そもそも何で手綱を離しちまうんだよ」

 

「しょ、しょうがないじゃないですか! 味噌っかすなんだから! 何をやっても皆と同じに出来なくて! 貴方とは違うんです!」

「…………」

「貴方も出会ったのが他の妖精なら良かったのに」

 

「おい、お前!」

 

 少年が出し掛けた言葉は、頭上からの怒号に掻き消された。

 一段高くなった石垣の上から、階級の高そうな兵士が見下ろしている。

「『英雄』の息子じゃねえか! 何でここに居る? ……ああ、逃げ出しちまったか、ちっ。そこに居ろよ。お前だけは逃がしちゃいけねぇんだよ」

 

 女の子は少年を見た。彼は口を結んで虚空を睨み付けている。

 彼の傷は石切場の労働だけで出来るような物ではない。

 知っている、人間が実権を取ったらまず何をやるか。以前の首長の血縁を酷い目に遭わせて見せ付けて、民族の誇りを奪って勝利を誇示するのだ。

 

「こっちだ」

 少年は路地に駆け入ろうとしたが

 

「おい、皆、英雄の息子がいるぞ、捕らえろ! 報奨が出るぞ!」

 声に、騎馬や歩兵が集まって来てしまった。

 

 ち、と少年は舌打ちをして、繋いでいた手を離して腰の火掻き棒を握った。

「俺は強い、心配すんな。お前は踏み潰されないように隅っこに隠れてろ」

 

 軽く言われて、女の子は突き離された。

 そう、この少年にとっても自分は役立たずの味噌っかす。逃げれば楽だ。この子は大丈夫、強いって自分で言っているもの。

 

 狂気の顔の大人が大量に押し寄せて来る。

 少年の真っ黒い瞳の奥で何かが揺らいだ。

 

 ・・大丈夫な訳がない!

 

 瞬間、女の子の何かがはぜた。

 

 ―― 風! 風よ、かぜ、かぜ、かぜえぇえええ――――!!!

 

 キュキュン! キュン!

 少年に迫っていた先頭の兵士達が、見えない何かに凪ぎ払われた。

 

「行きますよ!」

 今度は女の子の小さい手が、少年の傷だらけの右手をガッシリと握った。

 

 

***

 

 

 少年には、女の子が叫んだ瞬間、空気が色を持って、火花を散らしながら渦巻くのが見えた。

 

 人垣が崩れた所から二人、手を繋いで駆け抜ける。

 

「ハッハア! 誰が味噌っかすだって?」

 

「出来た事なかったです、『凪ぎ払いの竜巻』。今初めて成功しました」

 

「マジかよ」

 

 

 路地を抜けるといきなり目の前が開けた。

 作りかけの石像がそびえ、いつの間に塔の真下まで来ていた。

 楼閣の狼は猛々しげに地上を見下ろし、時折上がる火の粉を喰らいながら着々と数を増やしている。

 

 と、石像の影にヒョッコリと、小さな草の馬が現れた。

 

「あっ、馬っ!」

 女の子が叫ぶのと、

「『英雄』の息子だ!」

 両部族の兵士がどよめいて一気に注目を集めるのと同時だった。

 

「貴方どれだけ有名人なの!?」

「有名なのは親父や爺様だ!」

 

 殺気立った男達が波の如く押し寄せる。

 馬がまた怯えて駆け出そうとして

 ――!

 一足早く駆け付けた少年の左手が手綱を掴まえた。

 

「よぉしよし、ご主人さまの帰還だ」

 反対の右手で女の子を馬上にブンと放り上げる。

「ほら行け、・・おい?」

 繋いだ右手を女の子は離さなかった。

 

「乗って、下さい!」

 

 

 少年を後ろに二人乗りで、小さな馬は舞い上がった。

 金の鈴がキンキンと悲鳴を上げる。

 重量も限界なのだが、風の妖精以外を乗せるのに抵抗しているのだ。

 

「おい、大丈夫なのか?」

「低い所をゆっくり移動する分には……集中が切れるからあまり話し掛けないで下さい」

 女の子は玉汗を滲ませながら手綱に集中する。ギリギリだが浮いていられる。

 

 掟破りだから当然なのだが、試した事もないから知らなかった。

 草の馬に跨がると、人間の姿も人の視界から消えるようだ。

 足の下では、見失った英雄の息子を求めて、大勢が右往左往している。

 そんなに大事なのだろうか、以前の権力者の子供を踏み付けて上に立って見せる事が。

 

 燃え盛る屋根からの上昇気流に乗って、二人を乗せた草の馬はそこそこの高さまで上がる事が出来た。

 火の赤に照らされて、街の端の外壁と外の草原が見える。ここからなら気流を滑り降りるように街の外まで一気に飛べる。もうあまり馬に負担を掛けずに済む。

 ほぅ、と気の弛んだ瞬間、

 

「あぶな・・!」

 少年が後ろから手が伸ばして女の子を抱えた。

 髪を掠めて赤い塊が横切る。

 

「ええっ!?」

 さっきまで素知らぬ振りだった狼達が、一斉にこちらを見下ろしているのだ。

「な、何で、どうして?」

「知らないよ!」

 

 親玉の大きい狼を残して、小兵の分身達が空中で跳ねて八方から襲って来る。

 駄目だ、逃(のが)れられない。今の馬の能力ではとても……

 

 刹那、女の子の手足が頭を経由しないで動いた。

 手綱鞭一閃、渾身の飛行術を馬にくれ、自分は両足引き上げて馬の背峰を蹴る。

 

「おい!!」

 

 少年の腕をすり抜けて女の子の身体は空中へ飛び、負荷の減った馬は急加速を得てツバメのように離脱した。

 その場でぶつかり合って花火のように散る狼を尻目に、少年一人を乗せた馬は、外に向けて滑空して行く。

 

「お、お――い、チビッ子!」

 

 鞍上で振り返る少年に、小さい妖精は落ちながら、頑張って笑顔を作って手を振った。

 自分は風の妖精だ、ちょっとくらいの高さなら大丈夫な筈……

 だけれど、これ、高過ぎない? やっぱり、こ、わ、い!

 

 

 キュイン!

 一際高い風切り音。

 

 胴に腕が回って、女の子の身体はフワリと浮いた。知った色の髪が目の前に掛かる。

 

「長さま・・!」

 

 翡翠の額飾りに群青色の長い髪。

 草原の人外の頂点に立つ蒼の長が、闘牙燃え立つ馬に跨がり、半泣きの女の子を片手で抱えながら彼方を見据えている。

 

「長さま、あ、あの、ごめんなさい」

 

 長は女の子の方を見もせずに、唇を結んで眦(まなじり)を上げ、壁向こうに飛び去る少年の後ろ姿を凝視している。

 そして女の子を小脇のまま、片手綱で馬に渇を入れて彼の後を追った。

 

「長さま! 違う、私が無理に乗せたの、あの人は悪くない、私が」

 

 草の馬に風の妖精以外が乗るのは最大のご法度だ。ましてや単独で手綱を握るなど。

 相手が何者でも関係ない。草原では蒼の長の裁定が全てなのだ。

 

 長は一言も発さぬまま一駆けで少年のすぐ後ろに迫り、手綱を離して剣をシャリと抜く。

 地上に飛び降りた少年も、こちらを見据えて火掻き棒を構えているではないか。

 

「だめ――――っ!!」

 

 ザシュザシュザシュ! ドン! 

 

 

 剣を納める音がして、焦げ臭い匂いの中、女の子が目を開けると、少年の周囲で数匹の赤い狼が真っ二つになって散って行く所だった。

 彼の火掻き棒も一匹を仕留めたらしく、振り抜いた形のまま黒い煙を上げている。

 

 塔の親玉狼は数匹の追っ手を放っただけで、諦めたのか興味を失くしたのか、そっぽを向いて街中に集中し始めた。

 炎を吐いて分身を増やし、地上で争い続ける人間を煽っている。

 

 長の馬は地上に降りていた。

 放された女の子は慌てて地面に飛び下りて、少年に駆け寄る。

 何があってもこの人を弁護しなくては。例えどんなに厳しい罰を受けても。

 

 しかし長はそんな妖精の子供を咎めるでなく、自身も下馬して少年をじっと凝視する。

 やがて目を細めて最初の言葉を発した。

 

「お捜ししました。イェスゲィ・バァトルの子息殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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