風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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風の末裔・Ⅴ

 

 

 

 

 

 女の子はキョトンとして、孔雀鳥のように美しい長と、煤と傷だらけの少年を見比べた。

 

「あぁ――」

 少年はこめかみをポリポリと掻く。

「じゃあ、あんたが、蒼の妖精の偉大なる長サマ?」

 

「『蒼の長』で結構です。代々、貴方の一族にはそう呼ばれていました」

 

「あ――、うん、分かった、オッケ」

 

「私の父も貴方の父上と同時期に急逝してしまい、引き継ぎが何も出来ていませんでした。本当に突然過ぎて、貴方の行方を失してしまって……申し訳ありませんでした」

 

「いいよ、それは。捕まったのは俺のドジだったし。それに『妖精は人間の生業に深く関わる物ではないから当てにはするな』って言われていたよ、あんたの親父さんから」

 

「父上が……」

 

「俺達家族、たまにしか親父に会えなかったけれど、あんたの親父さんもよく一緒に来たよ。兄弟で見えるの俺だけだったけど。聞いてない? 親父さんから」

 

「いえ……」

 

 女の子はポカンと口を開けたまま、長と少年を交互に見やった。月占の託宣で捜していたとは彼の事だったのか。

 ポツポツと、長と共に捜索に出ていた兵士達が空から降りて来た。

 兵士長もいて、渋い顔でこちらを見ている。

 

「でもまあ、申し訳なかったと思ってくれているのなら、今、一個だけ頼みを聞いて貰える?」

 

「我々に出来得る事なれば」

 

「その立派な剣と草の馬を貸して。空飛ぶ術もサクッと掛けて」

 

「えっ!」

 女の子だけでなく、長も驚きの声を上げた。

 

「そなたの逃がした奴隷達なら、あちらで外の仲間と合流出来ていたぞ。斬った張ったは必要なかろう」

 老練の兵士長がこちらへ歩きながら口を挟んだ。

 

「ああ、草原に潜んで機を伺っていた同族がいたんだ。ちゃんと来てくれたんだな、うん、あいつらは大丈夫。俺が行くのはあっち」

 

 少年は火掻き棒を上げて街の中心を指した。

 赤い狼の親玉が、塔の上からギラギラした銀の瞳で地上を見回している。

 

「あの欲望の戦神(いくさがみ)をあそこまで育てちゃったのは、下で争っている人間の所為(せい)だ。そして人間のやらかした事に妖精は手出ししない。そうだよね?」

 

 蒼の長は黙って頷く。

 

「だったら人間の俺が始末を付けに行かなくちゃ」

 

 女の子は仰天してまた少年を見上げた。今、命辛々逃れて来た所なのに。

 

「あそこで争っているのは、そなたには関係のない部族だろう。むしろ遺恨があるのでは……」

 兵士長が言うのを、長は視線で制した。

「双方の部族が闘う力を失くすれば、あの獣は離れて行くでしょう。今は一刻も早く貴方の傷の手当てをしたい」

 

「そしてまた何処かに現れては人間の戦を煽って、どんどん大きくなるんだろ?」

 

「…………」

 

「あんたの親父さんは、人間を部族で分けていなかった。人間という種族で一括りにしていたよ」

 

 長は無言でヒクリと揺れた。

 

「俺の親父もそうだった。そして、人外が見える身に生まれたのならその役割を果たさにゃならんって、耳にタコが出来るくらい言われていた。俺は役割を果たしに行く」

 炎の熱に煽られて、獅子みたいな髪がゆっくりと揺れる。前髪の奥の強い強い目。

 でも横で見上げる女の子は、真っ黒な瞳の中にまた、炎とは違う揺らめきを見た。

 

 

 ――そして

 風の魔力を孕んだ馬と剣、ついでにマントも借り受けて、少年は街に向けて舞い上がる。

 

「長……」

「掟破りの罰は私も受けましょうね」

「いえそれは……」

 兵士長は苦々しい唇を噛みながら、少年の騎馬の後ろ姿を見送った。妖精は人間の生業に手出し出来ない。

 隣の、まだ危うい表情を隠しきれない若い長は、先代の長から何も引き継いでいない。

 機会が無かったのだ。

 

 人間の何倍も寿命を持つ妖精。

 まだまだ現役だった先代は、妻に一度先立たれたが、後妻の予定は整っていた。

 これから直系の子孫を増やし、その中から慎重にゆっくり後進を育てる予定でいた。

 人間とは時間の感覚が違う。

 まさかあのヒトがあんなに急に呆気なく逝ってしまうとは、誰も思わなかったのだ。

 

 たった一人の跡取り候補となった彼は、手探り状態で長を襲名せねばならなかった。

 しかし蒼の長を名乗るからには、何もかも己で判断して背負う事となる。

 

 

 ――ザアッ

 

 空から影が過(よぎ)って、長も兵士長も驚いて見上げた。

 女の子の小さい馬が、少年を追って飛び上がったのだ。

 

「馬鹿者、お前が行って何になる。邪魔になるだけだぞ」

 

 兵士長が叫んだが、女の子は一瞥もくれずに馬を駆って飛び去った。

 風を巻いて一足飛びに炎を越える様は、いつもの弱虫の味噌っかすとは思えない。

 

「兵士長」

「何でしょう、長様」

「あの子、あんなに飛べましたっけ。あの様子だと、もう鈴の能力も越えているのでは?」

「そういえば、何でだ……」  

 

 

 ***

 

 

 塔の上の狼は、突然飛び込んで来た人間の若者を、眉間にシワを入れてねめ付けていた。

 地上の人間達は我を忘れて叩き合い、大好物の欲望のエネルギーを撒き散らしてくれている。ご馳走をたらふく頂いて上機嫌な所に、貧弱な人間の若造が無粋に飛び込んで来たのだ。

 

 いやこの若造も、先程、蒼の妖精の子供とセットになった時は、一瞬美味しそうに見えた。

 なのにすぐ離れてしまったので残念に思っていた。

 

「聞けよ欲望の戦神(いくさがみ)」

 

 だから若者が図々しく宣(のたま)い始めても、鼻でせせら笑って喋らせてやっていた。

 

「聞かぬと後悔するぞ、面白い話を持って来てやった。なぁお前、そんなにチマチマとセコい欲望ばかり集めていて、つまらなくならないか?」

 

 はあ!? 狼は銀の目をギョロリと剥いて、爪を光らせて威嚇する。

 後一寸でも不快にさせたらバラバラに引き裂いてやるぞという意思表示だ。

 ただ、若造の出で立ちは先程と違う。馬は一流の闘牙を立ち上げ、掲げる剣は翡翠。少しは美味そうか?

 

「ここらで大きい勝負をしないか? 俺と来いよ。今とは比べ物にならない面白い世界を見せてやる。何せ俺はこの地上の大王(ハーン)になるんだ」

 

 今度こそ狼は大口を開けて笑った。

 少年を取り巻いていた分身狼どもは、一斉に後肢を縮めて飛び掛かる体勢を取る。

 

 ――!!

 少年の前に別の草の馬が立ち塞がった。

 小さい詮(せん)ない草の馬、チビの妖精が、ハナクソみたいな竜巻を構えている。

 

「・・あれぇ、チビッ子、何で来ちゃったの?」

 

 少年は軽い感じで言ったが……

 声は微かに上ずっていた。

 

 女の子は夢中で少年の周りを竜巻で守りながら、彼の瞳の奥の揺らぎを見た。

(やっぱり……)

 この人は、自信に満ち溢れている訳ではない。

 大勢から期待され頼られるので、『大丈夫な振りをするクセ』が付いてしまっているだけなのだ。

 

 チビッ子妖精のそよ風みたいな術など狼の鼻息一つで吹き飛ばされて、次の瞬間には草の馬ともどもバラバラにされてしまうだろう。

 

 しかし狼の爪は動かず、銀の目が細まって、大口叩きの人間の少年と芥子粒みたいな妖精の子供をじっと見つめている。

 

 ここいらで蒼の妖精の兵士部隊などが来ていれば、戦闘になったろう。

 だが目の前で狼の群れに囲まれながら自分を睨み上げるのは、どう見たって相手にならない非力な二人。

 

 理解出来ない、分からない。

 分からない事は・・・・お も し ろ い 。

 

 ――ちょっとでも『つまらねぇ』と感じたら、その瞬間お前さんは八つ裂きだ。それでもいいか――

 

 地の底から響くような魔性の問い掛けに、少年は声を張って答えた。

 

「おお! 望む所だ」

 

 

 ***

 

 

 地上で争っていた人間達は、信じられないモノを見た。

 大勢が目撃して後々語り草になったのだから、幻覚ではないだろうが。

 

 闘牙まとった天駆ける馬に乗った少年が、光輝く剣を掲げて空から舞い降り、しかも炎の狼まで従えていた。

 そりゃ、天から降りた神の子、救世主だと思うだろう。

 双方剣を捨て、導かれるようにその『神の子』の元へ集う流れとなる。

 

 

 

 

「あのさ、チビッ子に聞いた。あんた、親父さんに何を教わる間も無かったんだって?」

 馬と剣とマントを返しながら少年は、長に顔を寄せて小さい声で言った。

「悪かったな、なんか色々無神経を言っちまった」

 

「いえ」

 長は短く答えて、遠くの山を見やって目をしばたかせた。

 長い夜が明けて、朝陽が山際に光の縁取りを作っている。

「本当に、急に隠れてしまわれたので」

 

「俺の目の前だったんだ」

 

 長は振り向いて少年を凝視した。

 

「親父を庇った。暗殺者の矢が三方から飛んで来て……普段は堂々と構えて凄い術を使うヒトなのに、咄嗟にやった事は自分を盾にする事だった。俺も親父も茫然とした。そんな事をするヒトだとは思っていなかったから。妖精は人間の生業には手出ししないって自分で言っていたのに」

 

「…………」

 

「結局その後攻め込まれて、親父もいつもの力を出せずに倒されてしまった。あの人なりにショックを受けてたんじゃないかな、多分だけれど」

 

「…………」

 

「あんたの親父さんさ、結構あんたの自慢してた」

 

「……私への気遣いですか? だったら……」

 

「違うよ、あんまり自慢するから、会った事もないあんたに反感を抱いてたんだ。会ってみたら思ってた奴と違ったけどね」

 

「…………どんな自慢を?」

 

「どこにでもいる普通の親馬鹿の自慢だよ。俺の息子は出来が違う、将来が楽しみだ、羨ましいだろとか。そんで親父も同じような事を言い返してた」

 

 長は下を向いて少し笑った。

 

「大変だよね、お互い大層な親を持つと」

 

 二人は静かに握手をした。

 

 

 

 

 

 

 

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