風の末裔 ~見えない羽根のおはなし~   作:西風 そら

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閑話・ 短編です





閑話・Ⅰ
あなざぁ すとぉりぃ


 

 

 

 イルアルティは草原をトボトボと歩いていた。

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔をして。

 

 兄妹喧嘩はいつもの事だけれど、今日のお兄ちゃんは酷い。

 イルの事、捨て子拾われっ子って言った。ずっと棘みたいに刺さってる事なのに、お兄ちゃんは無神経にそれを押し込んだんだ。

 

 イルは六人兄弟の末っ子だけれど、一番近いお兄ちゃんは六つ離れていて、そこから上はみんな年子。

 お兄ちゃん達はお父さんそっくり、お姉ちゃん達はお母さんそっくり。

 イルはどちらにも似ていない。目も鼻も唇も、お父さんお母さんの何処とも重ならない上に、肌の色まで違う。

 イルだってもう七つ。

 子供っていうのはお父さんお母さんの部品を貰って生まれて来る事くらい知っている。

 

 

「おうちに帰りたくない……」

 丘の上の大きな楡(にれ)の木の根元に座り込んで、落ちて行く夕陽を見つめる。

 頭の上に早い星が煌(きら)めき出し、泣きべその子供に、もう暗くなるよと囁く。

 

 遠くの雲間にちらちらと見え隠れするモノ。

 夕陽のオレンジに溶け込んで、首の長い細い馬が二頭三頭駆けている。

 馬上には幻のようなヒト。皆、乗り姿が凄く綺麗。

 馬が大好きなイルは、いつもウットリと見惚れる。

 

 物心付いた頃から何度も見掛ける光景だけれど、お兄ちゃんはそんなの居ないと馬鹿にする。

 お姉ちゃん達は『鳥じゃない?』と信じてくれない。

 大好きなモノを貶されるのが嫌だから、誰にも言うのはやめた。

 

 

「おうちに帰りたくない」

 もう一度呟く。

 あのお空の馬が連れて行ってくれないかな。

 どんな所へ連れて行かれたって、皆の気の毒そうな視線の集中する食卓よりはずっといい。

 お父さんはきっと言う。

 イルももう七つだね、本当の事を言っても受け止められるよね、って。

 幾つだって聞きたくない。

(でもいつかは聞かなくてはいけない……)

 イルは耳を押さえてうずくまった。

 

 

「イルアルティ」

 風が穏やかな声を運んで来た。

 顔を上げると、お父さん。

 イルの一番仲良しの、尾花栗毛に乗っている。

「こいつはお前が何処へ行っても一直線に見付けるな」

 お父さんが降りると馬はすぐに寄って来て、イルのテカテカの頬に鼻をくっ付けてくれた。

 あったかい。

 

 お父さんは後から歩いて来て、横に腰を下ろす。

 イルは前を向いたまま硬直する。

 

「イルももう七つか。お父さんのお話を聞いてくれるかい?」

 

 イルは思いっきり頭を振って、耳を押さえた。

 と、肩に大きな手、それからギュッと抱き寄せられた。

 しばらく暖かいお父さんの心臓の音を聞いて、イルは耳から手を離して膝の上に置いた。

 

「イルは、お祖父さん、お祖母さんは好きかい」

 拍子抜けな問い掛け。

 

「? うん、好き」

 

「お父さんも大好きだ。沢山の兄弟を別け隔てなく育ててくれた。でもお祖父さんお祖母さんは、お父さんの本当の親ではないんだ」

 

「え……」

 

「お父さんが小さい時ね、住んでいた場所で戦争があって。怖い兵隊が大勢来て、お父さんの両親も兄弟も、皆この世からいなくなってしまった」

 

「…………」

 そんな話初めて聞いた。ほんのちょっと前まで世界で一番可哀想な気分でいた自分を恥ずかしく思った。

 

「寝ていた所をお母さんに起こされて、外に出たら目の前が真っ赤で。妹と一緒に馬に押し上げられて、逃がされたんだ」

 

「それでお父さんは生き延びられたのね」

 

「ああ、だけれど、それだけじゃない」

 お父さんは風にうねる草原を身やった。

「その頃、お父さんには素敵な友達がいた」

 

「??」

 

「名前も知らない、喋った事もない。ただお父さんが野駆けを遊んでいると、何処からともなく現れて、隣を走っている。こちらが笑うと向こうも笑う。それだけでその子の事が大好きになれたんだ」

 

 少年みたいな声で、お父さんは過去に思いを馳せる。イルはドキドキしながらそっと聞いた。

「その子はどんな馬に乗っていたの?」

 

「金の鈴を付けた、空飛ぶ馬だったよ」

 お父さんはサラリと言った。

「イルには見えているんだろう? 羨ましいな、お父さんはイルくらいの年頃にはもう見えなくなってしまっていた」

「…………」

 

「それでね、お父さんと妹は、馬を走らせて一生懸命逃げたけれど、すぐに兵隊に追い付かれてしまった。大きなギラギラした刀が光って、もう駄目だと思った」

 

 お父さんの声が震えた。イルも一緒になって震えた。

 

「いきなり凄い風が吹いた。馬ごと浮き上がってしまうような物凄い風」

「う、馬ごと?」

「ただただビックリいている間に、信じられない早さで景色が流れて、気が付いたら今のお祖父さんお祖母さんのパォの前に居た。大きくなって調べてみたけれど、元の住処は馬で一昼夜かかるような遠い場所で。襲われた時から月もほとんど動いていなかったのに、本当に不思議だった」

「それって……」

 

「妹はショックでしばらく口を聞けなかったんだけれど、一年位して不意に教えてくれた。あの時、金の鈴の馬に乗ったあの子が来て、兵隊を追い払ってくれたのだと」

 

「ほ、本当?」

 

「イルは本当だと思うだろう?」

 

 イルは頭がクラクラする程、何度も頷いた。

 

「お父さんも本当だと思う。でも信じてくれる人が居ない中では、妹は言いたくはないみたいだった。イルも内緒で頼むな」

 

 イルは神妙に頷いた。本当はお兄ちゃん達にも話して欲しいけれど、信じる術のない人達の前で、大切な宝物みたいな想い出を語りたくない気持ちは分かる。

 それよりお父さんと内緒話を共有出来る方が嬉しかった。

 

「それからお父さんと妹は、お祖父さんお祖母さんの家族に入れて貰って、それはもう大切に育てて頂いた。本当に感謝しかない」

 

 その妹という人は、別の部族にお嫁に行った。婚礼の儀式も持参品も、遜色のない物を取り揃えて送り出して貰えたのだという。

 

「だから……捨て子を拾っても、同じようにしようと思ったの?」

 イルはズバリと聞いてみた。お父さんの今の話を聞いた後では、自分を可哀想に思う気持ちはほとんど薄らいでいた。

 

「ああ、そうなんだけれどね」

 お父さんもズバリと言ったが、まだ言葉を継いだ。

「それだけじゃない。お父さんは大人になって、その家族の子供の一人と所帯を持って、子供が出来て、とても幸せで」

 

 イルは黙って神妙に聞く。最初より怖くない。

 

「ある夜、風が吹いたんだ。無風だったのにいきなり屋根をミシミシ言わせる程。風の中に、金の鈴の音を聞いた気がした」

 お父さんはまたイルの肩を抱き寄せた。

「小さい時のあの友達が訪ねて来てくれた! そう確信して外へ出たらね…………イルが居たんだ。羽毛みたいなおくるみに包まれて」

 

「イルも……何処かで助けられて運ばれて来たの?」

「うん? その頃には草原の争いは落ち着いていたから、どうだろうね。とにかくお父さんは嬉しかったんだ。小さい時のあの友達が、お父さんの事を忘れないでいてくれた。お父さんの事を信頼して、大切な赤ん坊を預けに来てくれたって」

 

 ・・・・

 イルは聡い子供だった。

 そこまで聞いて、お父さんの話はどこまでが作り事だろうかと考えてしまった。

 捨てられ子だったという事実を、甘い砂糖がけにくるんで、和らげようとしてくれているのか、と。

 

 お父さんはイルの表情を見て取った。

「イルは自分でどう? 風の神様と縁続きがあると感じる事はないかい?」

 

 ・・・・

 足は凄く早い。走っても走っても疲れない。

 空飛ぶ馬が見えるだけでなく、たまに、いろんな声や音が聞こえる。

 おかしな子だと思われるから言わなかったけれど。

 ・・? あれ、もしかして、おかしな子じゃないのか?

 イルはただのイルで、おかしな子ではなかったの?

 

 不意に、新しい世界が目の前に広がった気がした。

 大地にとろけるような感覚。

 

「さて帰ろうか。お母さんが心配している。お母さんは子供の頃、お父さんや妹の話を信じてくれた、数少ない一人なんだよ」

 

 イルはお父さんと一緒に立ち上がった。

 馬が鼻を鳴らして寄って来る。

 

「それとねぇ、お兄ちゃんを許してあげておくれ。もうこってり上のお兄ちゃんお姉ちゃんに絞られたから」

 

 元よりイルは、最初の恨み事など消えていた。お陰てでこんなに素敵な秘密を聞けた。

 そうしてお父さんの前に乗せられて、ポクポクと家路に着いた。

 

 その時楡の木の枝を、風が小さく跳ね上げた。

 

 

 

 

  ~あなざぁ すとぉりぃ・了~

 

 

 

 

 

 

 

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