-澄み渡る青空。萌え広がる緑の大地。吹き抜けるそよ風。雅一は1人立っていた。
「・・・・・・。あれ?」
キョロキョロと辺りを見回す。蔦や苔に覆われた建物がそこら中に見える。よく見れば近代的なビルに見えなくもないが、遠目から見ても随分前に荒廃してしまっているのが解る。
「何処だここ?あれ?俺の部屋は?」
つい先ほど、部屋のパソコンで〈エルダー・テイル〉をプレイしていたはずだった。時間ギリギリに妖精の輪に飛び込み、アップデート完了させたとこまでは覚えている。だがその後、どうやってここに来たのかは全く覚えていなかった。
「何でこんなとこにいんの?おれ。あ!そうか!」
雅一が何か閃いた。
「夢か!夢見てんだな!そうかそうかゆめかー!なぁんだ。」
腕を前に組み、ウンウンと大きく頷く。しかし疑問が新たに浮かび上がり首を傾げた。
「でもおれ、そんなに眠たくなかったんだけどなぁ。授業中寝てたし。それに。」
辺りを見渡しながら、歩き回ってみる。
「殺風景な夢だなぁ。なんもないなぁ。お、鳥だ!鳥とかいんだな。夢なのに。・・・つかここ。」
足を止め、荒廃したビルの集合体を眺める。
「〈エルダー・テイル〉の〈アキバ〉に似てね?」
誰がいるわけでも無いのだが、自然と疑問が口に出た。周りを見る。やはり誰もいない。
「最近〈エルダー・テイル〉にどっぷりはまってたからなぁ。初めてだなぁ。RPGにはまったの。そりゃ夢も見るか。」
雅一は〈エルダー・テイル〉をプレイする前は、ゲームと言えば格闘物かアクションゲームくらいしかやったことがない。それ以外は空手に精を出していたので、RPGに関わることは全くなかった。彰から度々〈エルダー・テイル〉を勧められていたのだが、興味自体全く湧かなかった。
そんな事を思い返しながら再び歩き出す。
「夢なら誰か出て来ても良さそうなんだけど・・・ぅわぃて!!」
ドタっと勢い良く前に転ぶ。顔面を勢い良く地面に打ちつけた。小石につまずいた様だ。
「いてて・・・。なんだよ。何で夢なのに痛い思いしなきゃ・・・。ん?」
ぶつけた鼻の頭を摩りながらまたしても疑問が浮かぶ。
「ここ・・・。ホントに夢か?」
鼻先からジンジンとした痛みが広がっていく。妙に生々しい痛みと地面に触れた時の質感が、リアルな感覚を呼び覚ます。
ここが夢であるならば、もっとフワフワとした感覚なのだが、踏みしめる地面も、吹き抜ける風も、鼻に感じる痛みも、揺れる草木や飛んでいる鳥も。現実のそれと何ら変わりはない。「現実かもしれない。」そんな考えが一気に不安へ変わり、周りにある風景や風の存在。現実味のある痛みでその不安が恐怖へと変貌して雅一を襲った。
「・・・嘘・・・だろ?・・・夢だ。夢に決まってる・・・!!」
不安と恐怖心を拭い去るかの様に自分に言い聞かせる。勢い良く立ち上がり、そのまま緑の大地を駆け出す。それでも襲ってくる恐怖心に、思わず声を荒げて叫び出した。
「父ちゃん!!?母ちゃぁぁぁあああん!!誰か!誰かぁぁぁ!!!誰かいないのかぁぁぁぁあああああ!!」
いくら叫んでも、どこからも返答は無い。緑に染まった静寂の廃墟を、ただ駆け回った。
「嘘だ!嘘だろ!?なんなんだよここは!何処なんだよ!俺の家は!?日本じゃ無いのか!?・・・ぐぁ!!」
夢中で駆け回っていたが、迫り来る恐怖心に足がもつれて転んでしまう。
「いってぇ・・・。!?」
ヒンヤリと冷たい感触が手の甲に伝わる。見たこともない小さなトカゲの様な生き物が、自分の手に張り付いていた。
「うわ!!うあああああああああああああ!!」
咄嗟に腕を振り、トカゲを振り飛ばす。爬虫類は苦手では無いのだが、状況が状況なだけに、雅一には全てが恐怖の対象に見えていた。
その場でうずくまり、ガタガタと震え出す。
「やだ・・・。もう嫌だ。帰りてぇ・・・!!家に・・・!!日本に帰りてぇ・・・!夢なら覚めろ!早く覚めろ!!」
うずくまりながらブツブツと呪文の様につぶやき出した。恐怖のあまり、泣き出しそうになるのを必死に堪えた。
静寂に包まれる中、ふと人の話し声が耳に届いた。
「・・・声・・・?・・・人の声だ。人がいるのか!?」
声が聞こえた方に一目散に駆け出す。荒廃したビルの向こう側に、明らかに雰囲気が違う建物の集合体が見えた。ガヤガヤとした喧騒な声はそこから聞こえて来る様だ。
「人がいる・・・!人がいる!!」
孤独な恐怖心から逃れられるなら何でも構わない。そう思いながら雅一はひたすら走った。
近付くにつれ、人の姿がチラホラと見える。建物の近くにはテントなどが貼ってある。よく見れば、野菜や果物。雑貨などが置かれている。どうやら小さな村市場の様だ。
市場を行き交う人々は、見た目こそ質素な姿をしているが、普通の人間の様だ。会話をしたり、物を購入したり、笑ったりしている。
市場の裏手からフラフラと現れた雅一に1人が気付いた。
「ん?誰だ?」
「人だ・・・。人がいる・・・。・・・人間だぁぁぁぁあああああ!!」
「うわぁぁあ!?な、なんだ!?」
あまりの勢いに市場の人は驚き後ずさる。だが逃げるよりも早く雅一は市場にいた男性の両肩をガシッと掴み、激しく揺さぶって訴えかけた。
「おい!ここは何処なんだ!?日本なのか!?何でおれはここにいるんだ!?ここは日本じゃ無いのかー!?」
「うわわわ!な、なんだあんた!?冒険者か!?ちょ!離してくれー!!」
「冒険者だって?お、おいあんた!ちょっと落ち着け!!」
雅一を引き剥がそうと数人の村人が割って入る。すると今度は割って入って来た別の村人に掴みかかった。
「教えてくれー!ここは日本の何処なんだ!?それとも夢なのか!?夢なら夢って言ってくれー!!」
取り乱す雅一に驚くばかりの村人達。
「な、何言ってんだ?『ニホン』てなんだ?ここは『ビッグアップル』だよ!外れの方だけど。知ってて来たんじゃ無いのか?」
掴んでいた手をスッと離す。村人の口から出た言葉に血の気が引いて行く。
「『ビッグ』?なんだって?・・・やっぱり日本じゃ無いのか?じゃあ、ここは・・・?」
「なぁあんた、(冒険者〉なんだろ?だったらこっちの集落よりもあっちの・・・。」
話しかけて来た村人に再び掴みかかる。
「すんません!すんませんけど、地図持ってないっすか!?」
「うわ!ち、地図!?わ、私は持ってないよ!」
雅一と村人のやりとりを見ていた他の村人達が集まり出した。
「〈冒険者〉なのに、地図を持ってないのかしら?」
「何か変わった人だなぁ。迷子の〈冒険者〉なのか?」
取り乱す雅一を囲う様に、村人達は顔を合わせて話し出す。
村人達の話し声の中に、気になる言葉が耳のついた。
「〈冒険者〉?おれのことか?」
ここに来る直前までプレイしていた〈エルダー・テイル〉の中で、〈冒険者〉とはプレイヤー。つまり自分のことを指す。村人達がこぞって自分の事を〈冒険者〉と呼ぶ。それはつまり。
「ここ・・・。ゲームの?〈エルダー・テイル〉の世界なのか・・・?」
「あの・・・。失礼。そこの〈冒険者〉の方。」
雅一の後ろから、初老の男性が声をかけて来た。村人に掴みかかったまま、ぐるっと顔を向けた。
「地図をお探しなら、私の家にありますよ。」
「!!!!?マジすかおっちゃん!!!」
今度は声をかけて来た初老の男性に掴みかかる。勢いに負けて少し後ずさるが、雅一をしっかりと受け止めた。村人の1人が驚いて声をかける。
「スタンリーさん!」
「はは。大丈夫。この方は少々混乱しているだけだろう。私に任せてくれ。」
村人達が心配そうな眼差しを送る中、スタンリーと呼ばれた初老の男性は笑顔で答える。
「では、冒険者殿。私の家にどうぞ。こちらですよ。」
「はい!ありがとうございます!押忍!!」
スタンリーに連れられ、雅一は村市場を後にした。