-市場から数百メートル程離れた先に一件の民家ある。スタンリーはそこで暮らしている様だ。
「どうぞ。買い物の途中だったので、何ももてなすことは出来ませんが・・・。」
「あ、いえ!お構いなく!なんかすいません。」
頭に手をやり、軽く会釈する。
部屋の中はこざっぱりとしていた。木製のテーブルに椅子が二つ。他にも年季が入った家具が幾つか置いてある。
「どうぞ。ただいま持って来ますので、少々お待ちください。」
「あ、すいません。」
着席を諭され、言われるがままに座って待つ。スタンリーが雅一にマグカップを置いて、部屋の奥の扉へと消えて行った。
「なんだろこれ?コーヒー?」
マグカップの中には黒い液体が湯気を立てている。手にとって口元に運ぶ。
「??お湯かこれ?」
どう見てもコーヒーなのだが、コーヒー特有の苦味などが一切しない事に少々驚く。
「こっちの世界の水は黒いのか?なんか不健康そうな色だなぁ。」
出された手前、文句は言いたくは無いのだが、自然とそんな台詞がこぼれた。
「いや、そんなことより。地図を見せてもらえばここが何処か分かるはずだ。『ビッグ』・・・ナントカって言ってたけど。」
雅一は考えた。何故自分だけ〈エルダー・テイル〉の世界に来てしまったのか。もし本当にここが〈エルダー・テイル〉の世界なら、自分は一体何をすればいいのか。
〈エルダー・テイル〉は〈ハーフ・ガイア・プロジェクト〉と言うおよそ半分サイズの地球をマップとして使っている。つまり大まかな地理情報は実際の地球と大差は無い。日本でプレイしてこちらに来てしまったのであれば、そのまま〈エルダー・テイル〉の日本。ゲーム上で〈弧状列島ヤマト〉に来ているはずである。
だが雅一は、ここに来る直前の自分の行動を思い出した。
「そうだ!おれ、〈妖精の輪〉に入ったんだ!インドのクエストやるために!・・・じゃあここってまさか。」
ログインしていた場所に移動しているのであれば、ここがインドである可能性が高いと考えた。だが、雅一はあのWebサイトがしばらく更新されていなかったことには気付いていない。
「インドってどの辺りだったっけ?んーまぁ良いや。確か日本からそんなに離れてないはずだ。帰る手段なんて、どうとでもなんだろ!」
先ほどまで発狂する程取り乱していたのが嘘の様に前向きな姿勢になっている。雅一は元々PMA(肯定的精神姿勢)の持ち主でもあり、絶望的状況でも常に前向きな考えで発言、行動を取るため、仲間内からも尊敬されていた。
先ほどの暴れっぷりも、この異常な状況下とたった一人の孤独感を考えれば、無理もないことかもしれない。
「お待たせしました冒険者殿。奥の方にしまっていましたので、取り出すのが大変で。」
部屋の奥にある扉から、大きな額縁を担いでスタンリーが戻ってきた。
「中々年季の入っているものですが、これでよろしいでしょうか?」
大きな額縁をテーブルの上に乗せる。雅一はその額縁を覗き込むと、そこには見慣れた世界地図が写っていた。少し違うと言えば、アメリカ大陸が地図の中央に来ているくらいだ。
「失礼ですが、冒険者殿はどちらから?」
「え?ああ、おれは日本から来ました。」
「『ニホン』・・・ですか?」
聞きなれない言葉にスタンリーは首を傾げる。
「(ああ、そっか。このおっちゃんはゲームの中の人だからわかんねぇか。)ええっと。ここからです。」
雅一は世界地図の端の方に描かれている日本列島を指差した。
「ほぉ!あの〈弧状列島ヤマト〉から!それは随分と遠くから来られたのですな。」
スタンリーは感心する様に顎に蓄えた立派なヒゲをわしゃわしゃと触った。
「え!おっちゃん、ここの事知ってんの!?」
雅一はスタンリーの意外な反応に驚いた。
スタンリーはニコリと笑い、大きく頷いた。
「ええ。この地図は、ここ〈弧状列島ヤマト〉から来た冒険者の方に描いていただいたんですよ。」
スタンリーは遠くを見る様な目で地図を眺め、口を開いた。
「私は自分の目でこの世界、〈セルデシア〉を見て回るのが夢だったのですが、生憎私は〈大地人〉。あなた方〈冒険者〉の様な丈夫な身体を持っていません。ですから私の代わりに、この地を訪れた冒険者の方に依頼して、この〈世界地図〉を描いていただいたのです。」
「へぇー。そんなことがあったんすねー。」
雅一は素直に感心した。
〈大地人〉とは〈NPC〉。つまり“ゲームの中にだけ存在する造られた人間"である。ゲーム上、この〈大地人〉と呼ばれる〈NPC〉に話しかけても、決まった台詞以外の返答は望めない。
だが、スタンリーの話し方や仕草はどれも自然なものであり、とてもプログラムされている動作や台詞には思えなかった。
「ん?待てよ?って事は、やっぱここは日本じゃ無いのか。」
雅一は腕を前に組み考え込んだ。自分の抱いていた希望の一つが見事に打ち砕かれてしまった。だが、ここが〈エルダー・テイル〉の世界だと解ってからは覚悟していたことなので、それ程ショックは受けなかった。
だとすると、やはり直前に入った〈妖精の輪〉の移動先であるインドの何処かと言う可能性が極めて高いと感じた。
地名は聞いたことの無い名前であったが、来る前によく調べなかった事も事実。改めて自分の場所を確認するために、雅一はスタンリーに質問した。
「あの、おっちゃんゴメン。ここの場所って・・・ええと、〈ビッグ〉?」
「〈ビッグアップル〉ですか?」
「そうそれ!!そこってこの地図でどの辺なの?」
スタンリーは地図上に移した視線をずらした。
「この土地は〈ウェンの大地〉と呼ばれる大陸です。〈ビッグアップル〉はその〈ウェンの大地〉の・・・。」
手を動かして指を差す。
「この辺りになります。もっとも、ここは〈ビッグアップル〉の大分外れの方ですが。」
雅一は驚愕する。
「え。」
指を置いたそこはアジア諸国ではなかった。
「あ。」
地理に詳しく無くても、スタンリーが示した場所を、雅一は知っていた。
「・・・アメリカ・・・?」